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【幸成編】
3.信頼(後編)
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***
慶孝が送迎のために出向くと、桃子は驚いた様子だった。
「鶴丸は……具合悪いの?」
「あーはい、なので今日は俺が送迎しますんで」
「……そう」
桃子が残念そうなのを慶孝は疑問に思った。
「風邪でもひいたの?」
「さあ、どうなんでしょうか」
「ちゃんと病院行ったのかな」
「これから行くんじゃないですかね」
「もうっ、松田の返事ってあやふやなんだから」
「すんません……」
慶孝は謝るしかできなかった。
邸宅に戻ると、桃子はキッチンに入った。
「何するんですか?」
「お菓子作るよ」
「ほう……お菓子ですか?」
「うん」
慶孝がそばで見守っていたが、そのうち眠ってしまった。
ふといい香りに目を覚ましたのか、涎を拭っている。
「すんません、寝てしまいました」
「いいよ、別に」
桃子はくすくすと笑った。
「今、焼いてるから。焼けたら冷まして出来上がりよ」
「へえ……何が出来るんだろう」
「あとであげるから」
慶孝はオーブンを覗いて、桃子を見た。
「俺も何か焼き菓子とか、作れるようになりたいなあ」
「じゃあ、教えてあげようか? 簡単なものしかできないけど」
「ほんとですか! 出来るようになったら女の子にもてますかね」
「そんなことは知らないよ」
桃子は困った顔で慶孝を見た。
「そうですかあ……」
焼き上がり、粗熱を取ったあと、
「ブラウニー完成だ」
桃子は嬉しそうに言った。
天板にはココア色の焼き菓子がきれいに仕上がっている。
「おおおお」
「じゃあ、カットしよう」
「手伝います」
「うん、お願い」
天板から取り出した生地を綺麗に取り出し、包丁で適度な大きさにカットした。
「ほら」
一口大にカットした端切れを、桃子は慶孝の口元に運ぶ。
「はい、あーん」
慶孝が口を開けると、桃子はそれを放り込んだ。
「……もぐ」
味わうように慶孝は噛み、にやっと笑った。
「どう」
「美味しいです」
「よかった」
じゃあこれ、と桃子は必要な分量だけよけると、皿に盛って慶孝に渡した。
「松田、食べる?」
「はい!」
「ほかの人もいるかな」
「いやあ、なくてもいいですよ。あ、オヤジには持っていかれますか」
「あげなくていい。あの人にあげるくらいなら、全部自分で食べるから」
「…………」
それなら、と慶孝は口を開き、
「学校のお友達にさしあげては」
と提案した。
「そうだね、そうする。ありがと」
できあがったブラウニーをラッピングして、それを持って桃子は幸成の部屋を訪ねた。
(よし……ちょっとお見舞いに来ただけ。別に特別なことはないわ)
深呼吸して、幸成の部屋の前で声をかける。
「鶴丸、いる?」
返答はない。
何度か呼んだが、声はなかった。
「鶴丸、入るよ!」
しかし彼はいない。
部屋にはいないようで、家中を探すが見つからず、夜になっても姿がなかった。
別の者に尋ねると、
「鶴丸なら、夕方から出掛けていきましたよ」
とのことだった。
夕方から病院に行くなんて変だな、と桃子は首を傾げた。
なかなか帰ってこない幸成に、メッセージと一緒にブラウニーを部屋のちゃぶ台に置いて、自分の部屋に戻った。
外に出て、幸成が帰ってくるのを待っていたが、なかなか姿は見えなかった。
(病院、じゃないよね……)
お見舞いにブラウニー作ったのにな、食べてくれるかな、とドキドキしていた。
いつも世話をかけて、助けてもらてばかりなのに、素っ気ない態度しか取れず、本当は申し訳なく思っているのだ。しかし、改めて礼を言うのもおかしい。
具合が悪いのはきっと自分のせいもある。
少しくらい労ってあげたいし、感謝の気持ちを伝えたいと思っていた。
(遅いな……)
ふと、車の音がして、そちらを振り向いた。
エンジンのなかに人の声がして、幸成と女性の姿が見えた。
思わず垣根の影に隠れ、そっとその様子を伺う。
女性の車を下りた幸成が、
「またね」
と女にキスをされていた。
(え!)
心臓がバクバク言っている。
見てはいけないものを見た気がした。
「今日はすっごくよかった」
「ああ、俺も」
「またね」
「うん」
カラン……と下駄の音が鳴った。
なんでサンダルじゃなく下駄を履いてしまったのだろう。下駄しかなかったのだ。
(聞こえたかな……)
エンジンの音に紛れて聞こえなかったかもしれない。
桃子は慌てて家に入った。
(あれって……鶴丸の彼女なの……?)
随分派手な人だった、と感じた。
まるでテレビで見たキャバ嬢のようだと思った。
次の日、また慶孝が朝の送迎をしてくれることになった。
「また松田なんだ?」
「俺ですみません」
「謝ることはないけど」
「まだ、鶴丸は具合悪いのかな」
「いやー……どうですかね」
桃子は察した。
慶孝は真実を知っている、と。
この男とは付き合いは短いが、性格はわかりやすかった。
ちょっと脳天気で女好きな青年だが、常識は持ち合わせている。そのくせ、間抜けで嘘が苦手な男だ。
年下の子供の自分でもわかる。
「じゃあ、行ってくる。帰りもお願いね」
「行ってらっしゃいませ」
だが、夕方、迎えに来たのは幸成だった。
「お嬢、お疲れ様です」
「鶴丸……」
なんで、と思ったが口にはしなかった。
「松田じゃないの?」
「松田は他の用事がありますので。俺だと不満ですか」
「そんなことないよ。具合悪いって聞いてたから、大丈夫なのかなって思っただけ」
車の後部座席に乗り込み、桃子はルームミラーを見た。
同じようにミラーを見ていた幸成と目が合い、思わず目を逸らしてしまった。
「お嬢、昨日、部屋に来られたんですね」
「……うん」
「鶴丸はいなかったから、焼き菓子置いてった。勝手にごめん。病院行ってたんだよね」
「病院? そうだ、お見舞い、ありがとうございました。美味かったです」
「もう食べたの」
「ええ、駄目でしたか」
「駄目じゃ無いけど」
それより、と桃子は遮る。
「具合は……? 悪かったんだよね、松田が言ってた」
「あー……はい、そうですね」
(嘘)
昨日女と一緒だったくせに、治ったら女と会うんだ、と桃子は心の中で罵った。
顔がむすっとしていることに、自分では気づけなかった。
「帰り、遅かったんだ? 病院は遅くまで開いてた?」
「……病院だけに行ったわけではないので」
幸成の答えに不満になった桃子は、
「……ふうん」
そう言って黙り込んでしまったのだった。
慶孝が送迎のために出向くと、桃子は驚いた様子だった。
「鶴丸は……具合悪いの?」
「あーはい、なので今日は俺が送迎しますんで」
「……そう」
桃子が残念そうなのを慶孝は疑問に思った。
「風邪でもひいたの?」
「さあ、どうなんでしょうか」
「ちゃんと病院行ったのかな」
「これから行くんじゃないですかね」
「もうっ、松田の返事ってあやふやなんだから」
「すんません……」
慶孝は謝るしかできなかった。
邸宅に戻ると、桃子はキッチンに入った。
「何するんですか?」
「お菓子作るよ」
「ほう……お菓子ですか?」
「うん」
慶孝がそばで見守っていたが、そのうち眠ってしまった。
ふといい香りに目を覚ましたのか、涎を拭っている。
「すんません、寝てしまいました」
「いいよ、別に」
桃子はくすくすと笑った。
「今、焼いてるから。焼けたら冷まして出来上がりよ」
「へえ……何が出来るんだろう」
「あとであげるから」
慶孝はオーブンを覗いて、桃子を見た。
「俺も何か焼き菓子とか、作れるようになりたいなあ」
「じゃあ、教えてあげようか? 簡単なものしかできないけど」
「ほんとですか! 出来るようになったら女の子にもてますかね」
「そんなことは知らないよ」
桃子は困った顔で慶孝を見た。
「そうですかあ……」
焼き上がり、粗熱を取ったあと、
「ブラウニー完成だ」
桃子は嬉しそうに言った。
天板にはココア色の焼き菓子がきれいに仕上がっている。
「おおおお」
「じゃあ、カットしよう」
「手伝います」
「うん、お願い」
天板から取り出した生地を綺麗に取り出し、包丁で適度な大きさにカットした。
「ほら」
一口大にカットした端切れを、桃子は慶孝の口元に運ぶ。
「はい、あーん」
慶孝が口を開けると、桃子はそれを放り込んだ。
「……もぐ」
味わうように慶孝は噛み、にやっと笑った。
「どう」
「美味しいです」
「よかった」
じゃあこれ、と桃子は必要な分量だけよけると、皿に盛って慶孝に渡した。
「松田、食べる?」
「はい!」
「ほかの人もいるかな」
「いやあ、なくてもいいですよ。あ、オヤジには持っていかれますか」
「あげなくていい。あの人にあげるくらいなら、全部自分で食べるから」
「…………」
それなら、と慶孝は口を開き、
「学校のお友達にさしあげては」
と提案した。
「そうだね、そうする。ありがと」
できあがったブラウニーをラッピングして、それを持って桃子は幸成の部屋を訪ねた。
(よし……ちょっとお見舞いに来ただけ。別に特別なことはないわ)
深呼吸して、幸成の部屋の前で声をかける。
「鶴丸、いる?」
返答はない。
何度か呼んだが、声はなかった。
「鶴丸、入るよ!」
しかし彼はいない。
部屋にはいないようで、家中を探すが見つからず、夜になっても姿がなかった。
別の者に尋ねると、
「鶴丸なら、夕方から出掛けていきましたよ」
とのことだった。
夕方から病院に行くなんて変だな、と桃子は首を傾げた。
なかなか帰ってこない幸成に、メッセージと一緒にブラウニーを部屋のちゃぶ台に置いて、自分の部屋に戻った。
外に出て、幸成が帰ってくるのを待っていたが、なかなか姿は見えなかった。
(病院、じゃないよね……)
お見舞いにブラウニー作ったのにな、食べてくれるかな、とドキドキしていた。
いつも世話をかけて、助けてもらてばかりなのに、素っ気ない態度しか取れず、本当は申し訳なく思っているのだ。しかし、改めて礼を言うのもおかしい。
具合が悪いのはきっと自分のせいもある。
少しくらい労ってあげたいし、感謝の気持ちを伝えたいと思っていた。
(遅いな……)
ふと、車の音がして、そちらを振り向いた。
エンジンのなかに人の声がして、幸成と女性の姿が見えた。
思わず垣根の影に隠れ、そっとその様子を伺う。
女性の車を下りた幸成が、
「またね」
と女にキスをされていた。
(え!)
心臓がバクバク言っている。
見てはいけないものを見た気がした。
「今日はすっごくよかった」
「ああ、俺も」
「またね」
「うん」
カラン……と下駄の音が鳴った。
なんでサンダルじゃなく下駄を履いてしまったのだろう。下駄しかなかったのだ。
(聞こえたかな……)
エンジンの音に紛れて聞こえなかったかもしれない。
桃子は慌てて家に入った。
(あれって……鶴丸の彼女なの……?)
随分派手な人だった、と感じた。
まるでテレビで見たキャバ嬢のようだと思った。
次の日、また慶孝が朝の送迎をしてくれることになった。
「また松田なんだ?」
「俺ですみません」
「謝ることはないけど」
「まだ、鶴丸は具合悪いのかな」
「いやー……どうですかね」
桃子は察した。
慶孝は真実を知っている、と。
この男とは付き合いは短いが、性格はわかりやすかった。
ちょっと脳天気で女好きな青年だが、常識は持ち合わせている。そのくせ、間抜けで嘘が苦手な男だ。
年下の子供の自分でもわかる。
「じゃあ、行ってくる。帰りもお願いね」
「行ってらっしゃいませ」
だが、夕方、迎えに来たのは幸成だった。
「お嬢、お疲れ様です」
「鶴丸……」
なんで、と思ったが口にはしなかった。
「松田じゃないの?」
「松田は他の用事がありますので。俺だと不満ですか」
「そんなことないよ。具合悪いって聞いてたから、大丈夫なのかなって思っただけ」
車の後部座席に乗り込み、桃子はルームミラーを見た。
同じようにミラーを見ていた幸成と目が合い、思わず目を逸らしてしまった。
「お嬢、昨日、部屋に来られたんですね」
「……うん」
「鶴丸はいなかったから、焼き菓子置いてった。勝手にごめん。病院行ってたんだよね」
「病院? そうだ、お見舞い、ありがとうございました。美味かったです」
「もう食べたの」
「ええ、駄目でしたか」
「駄目じゃ無いけど」
それより、と桃子は遮る。
「具合は……? 悪かったんだよね、松田が言ってた」
「あー……はい、そうですね」
(嘘)
昨日女と一緒だったくせに、治ったら女と会うんだ、と桃子は心の中で罵った。
顔がむすっとしていることに、自分では気づけなかった。
「帰り、遅かったんだ? 病院は遅くまで開いてた?」
「……病院だけに行ったわけではないので」
幸成の答えに不満になった桃子は、
「……ふうん」
そう言って黙り込んでしまったのだった。
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