突然恋に落ちたら

文字の大きさ
上 下
27 / 46
【幸成編】

1.世話係(後編)

しおりを挟む
「ちょっと、いつもの所に買い物行ってくる」
 ある日、桃子が作業中の幸成の声をかけ、そう言った。近くのコンビニに行くときなども声をかけてくる。
 土曜日の午後だ。
 空いた客間の掃除をしていた時だった。
 昼間は個人的な用事は入れないようにしているし、付いて来いというなら付いていくようにしている。大した仕事は任されていないし、ずっと家のことをしているので息がつまるし、寧ろ自分も出掛けて息抜きがしたいのが本音だ。
 そして、桃子の言う「いつのも所」というのが郊外の大型ショッピングセンターのことだ。ここが気に入っているようで、本屋もあれば洋服屋もある。
「一人で行くから」
「いえ、俺ももちろん行きますよ、車出します」
「うん……ううん、電車で行くから」
「いえいえ、俺が車で」
「うん……でも……」
「何か不都合でも?」
「別にそういうわけじゃないけど」
 じゃあ行きましょうか、と車を回してくることを伝え、桃子の買い物について行くことにした。
(あ……)
 桃子が入った店は下着屋だった。
(それで渋ったのか……)
「俺はそこの入口が見える場所にいますので」
「……鶴丸が選んでもいいよ?」
「いや、俺が選ぶ意味がわからないんですけど」
「……そう」
 女性用の下着が嫌なわけではない。寧ろ好きだ。
 出来れば女性が付けている姿を見たい、そしてそれを脱がせるのも楽しい。
 などとは口が裂けても言えない。
「あの、お客様」
 入口付近で待っていると、店員がやってきて声をかけてきた。
「はい」
「お連れ様が、お呼びです」
「えっ」
「あの、先程の……」
 ええええ、と激しく顔を歪めた。
 幸い他の客は試着室にはいない。
 店員に試着室に案内され、
「あの、お呼びですか」
 と小声で言った。
 人のいるところで「お嬢」とは言わないように気をつけている。
 ひょいっと顔と右手だけ出した桃子が、真顔で、
「ねえ、どうかな」
 と手招きした。
「え!?」
 ジャッと音がして、カーテンが少し開かれた。
 桃子は上半身が下着一枚の格好で立っている。下はスカートを履いたままだ。
 ごくり、と息を飲んだ。
 一瞬見てしまった後、すぐ目を逸らした。
 正直、胸は大きくは無かった。
(発展途上ってとこか)
 いやいやそんなことを考えている場合では無い、と心で自分を殴る。
「何してるんです」
 務めて冷静に言い、顔を背けた。
「この色、合ってると思う?」
 一瞬目に入った色は、赤だった。見直すわけにもいかない。
「ご自分でいいと思えば合ってるんじゃないですか」
「……そう」
 俺に何をさせたいんだ、と苛立った。
「似合わないか……」
 ぼそりと言うのが聞こえた。
「そんな派手な色より、もう少し薄い色のほうがいいんじゃないですか。可愛らしさとか清楚さのある色、ほかにあるでしょ。ピンクとか……白とか」
 思い切って顔を上げ、目を見て言った、視線を落とさないように気をつけながら。それでも視界には入ってくるのだが。
 桃子は虚を突かれたような顔で、幸成の言葉を聞いている。
「そういう色は、もう少し大人になってからのほうがいいと、俺は思います。あとは店員がいるんですから、プロに相談してください」
 さっきのところで待ってますから、とカーテンの外へ出た。
 少し離れた所で店員が立っていたので、
「相談に乗ってやってください」
 そう言って今度は店外へ出た。
 店員がどんな顔をして幸成を見ていたかは、知るよしもない。


 かなりの時間を経過したあと、桃子は紙袋を持って店を出てきた。
「買われたんですか」
「うん、二セット買った」
「そうですか……」
「ピンクと白。結構度胸のいる買い物だったかな」
「はあ……」
「鶴丸の意見、参考にした」
「そうですか」
 初めて名前を呼ばれたな、とと幸成は桃子を見た。
「お嬢、もう、ああいうのはしないように」
 相手が自分だったから何もないが、と遠回しに言ったつもりだった。
「鶴丸はいろんな女の人のを見てるっぽいから、意見、訊いてみた」
「えっ!?」
 見てるっぽい、とはどういうことだと彼女の横顔を見下ろす。
 相変わらず飄々とした顔で前を見ている。
「それに、ケツの青いガキになんか興味ないし欲情もしないんでしょ」
「…………」
 まさかあの時の話訊いていたのか、と額に手をやる。
「なるほど……」
 風呂場でギャンギャン男達が騒いでいた時のことだ。
「訊いていたならおわかりと思いますが。うちには欲望丸出しの男ばっかいるんです。俺じゃなければ、下品なことをされているかもしれませんよ。もう、あんな煽るようなことはしないでください。絶対に、誰にも」
(全く、疲れるな……)
「わかった、ごめん」
「それから。俺がすぐに飛んでいけるように部屋の近くにはいますけど、俺がいない時もありますし、寝る時や外出時も施錠してくださいね。誰が何をするかわかりませんから」
「……うん」
 いつまでお守りさせられるんだろう、と内心溜息をついたのだった。


 しかし。
「お嬢、おられますか」
 ごはんが出来ましたよ、と声をかけても返事がないので、
「入りますよ」
 と部屋のドアレバーに手をかけた。鍵は開いている。
(不用心な。施錠しろよ)
 桃子の部屋は、邸宅の一番奥にあるが、誰が侵入するかわからない。。
「お嬢……?」
 桃子はベッドに横たわっていた。
(寝てるのか……)
 ゆっくり彼女に近づく。
 部屋に入ることは、普段は桃子が承諾してくれている。声をかけてくれれば入ってもいいと言ってくれているため、やましいことはないので入っていった。
「お嬢……」
 眠っていた。
「お疲れなんですね……」
 この三ヶ月、見ず知らずの場所に来て、住まわされ、学校と邸宅の往復をするだけの毎日だ、高校一年生の女の子が、気丈に振る舞っていられるはずはないのだ。
 桃子の顔が濡れていることに気づいた。
 まつげに滴がついている。
(泣いてた……)
 よく見れば、桃子は手に何かを握っている。
(なんだ……?)
 マスコットキーホルダーのようだ。
(犬……柴犬か!)
 少し汚れてはいるが、柴犬のマスコットだと気づいた。
(母親の形見……とか……か?)
 大事なものには違いないだろう。
 どういう縁があるものかはわからないが、とても大切にし、それを握りしめて涙を流すくらいは、毎日堪えているものがあったのだろう。
(お嬢……)
 気丈に振る舞っているだけなのだ。
 誰にも胸の内を伝えることもできずに。
 頬にかかる髪を払い、桃子の下まぶたを拭った。
(俺に……言ってくれればいいのに……なんて言えるわけ無いか)
 こうしてみると、小さな女の子でしかない。
「俺が、お嬢を守りますよ」
 桃子にタオルケットをかけ、幸成は電気を消して部屋を出た。
 ……それからは桃子の変化に敏感になった。彼女は学校であったことを話すことはなかった。学校生活は問題なく送っているようではあったが。
 時々幸成が質問をすれば、少しずつ応えてくれるようにはなっていった。


「お嬢は柴犬が好きですか」
「……うん」
「犬は好きそうだなとは思いましたが、特に柴犬には違うと思ったんですけど」
「……うん」
 桃子は頷いた。
 食事をしながら、いつものような一方的な会話をする。
 しかし今日は違った。
「小さい頃」
(ん!?)
「祖父母の家に柴犬がいて……お母さ……母に内緒で」
「お母さん、でいいですよ」
「祖父母の家だってことは知らずに、柴犬を可愛がっていたんだけど……わたしが、お母さんの子供だってわかった途端、会わせてもれなくなって……」
 お母さんは、こっそりわたしを祖父母の家の近くを通っていただけだったんだ、と桃子は言った。
「柴犬の名前、モモ、だったんだ」
「そう、ですか……」
「柴犬が好きな理由は、可愛がってた犬が柴犬だった、それだけよ」
 桃子は笑った。
 無理矢理の笑顔なのはすぐにわかる。普段無愛想な彼女が笑うのは、作り笑いだ。
「お嬢」
「なに」
「泣きたいときは泣いてください。俺の前では問題ないと思います」
「……ありがと」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

処理中です...