突然恋に落ちたら

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3.嫉妬と欲望

1.醜い嫉妬(1)

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 今日は佑香が来ると言っていた。
 しかもバイトのシフトを変わったので、今日は勤務がなくなって早めに来れるようになったという。いつもは駅に迎えに行くが、今日は自分で駅から歩いて向かうという内容が送られてきた。晩御飯も準備しておくという話で、慶孝は上機嫌になる。佑香は料理の腕が、慶孝よりは劣ると言って自信はなさげだが、慶孝にとっては嬉しいものでしかない。二人で食べる食事は何より楽しくて美味しいのだ。
 泊まって行くと言っているし、一緒にいる時間はいつもより長くなりそうで、帰る足取りも軽やかになる。何かデザートを買って帰ろう、といつもは行かないようなケーキ屋に寄って、佑香の好みのケーキとプリンと購入した。

 その出来事は自宅に戻ってすぐのことだった。
 チャイムを鳴らす。
(?)
「ただいま」
 ドアレバーに手を掛けると、違和感を感じる。
 佑香はすぐに鍵を掛けるはずだ。入ったら必ず鍵を掛けるように、と言っている。
 彼女がいるとわかっていれば、チャイムを慣らして、鍵を開けて入るからと。チャイムが鳴っても誰かはわからない時は開けるなと言っている。彼女も自分の部屋はそうしていると話していたのに、なぜかドアが開いている。
「佑香来てる?」
 ドアが開くことがわかり、手前に引くと、
「!?」
 目の前に、つまずいていているのか、両腕を前に付いている佑香がいた。こちらを見上げている。
 そして、その佑香を抱きかかえようとしているような体勢の幸成がそこにいた。長い右腕を佑香の上半身に回し、掌は佑香の左胸辺りにあるのを見た。
「あ」
「いたた……お帰りなさい」
 佑香が立ち上がろうとするのを、幸成がぐっと身体を引いて支えている。
「なんでおまえがいるんだよ」
 慶孝の顔はみるみるうちに引きつった。
「あ、いや、さっき来たんだけど。佑香ちゃんしかいなかったけど上がらせてもらって待たせてもらってたんだよ」
 佑香の背後にいる幸成を、彼女から引き剥がした。佑香の左胸にあった手の指先が動いたことを慶孝は見逃さなかった。
 手に持ってた鞄やケーキの箱を落とした。
「なんだよこの手は、あ?」
「松田さん、わたしが今慌てて出迎えに来た時に、段差に蹴躓いて……それを幸成さんが……」
 佑香は首を振り、幸成のことをフォローし始める。
「佑香も佑香だ。俺のいない時に、他人を勝手に上げてんじゃねえよ」
「幸成さんは……松田さんのお友達だし……知らない人じゃないと思って……」
 慶孝の顔が引きつり顔から怒りの表情になっていることは、自分ではわからなかった。無性に怒りが湧いてくるのは感じていたのだが。
「幸成は男だろ!? 佑香はこいつの何を知ってんだよ? 信用できるってか? 絶対に何もされないって言えるか?」
「……ごめんなさい……信用、できる方と思ってるので……」
「慶孝、悪かったよ。俺が、待たせてくれって勝手に上がり込んだんだよ。佑香ちゃんを責めるなって」
 慶孝と対峙した幸成は困った顔をしている。
「おまえが帰ってきたって喜んで出迎えに行ったから、俺も驚かそうと思って付いてったんだよ。つまづきかけたから咄嗟に腕を出してしまった、そういう事情だ。ごめん。別に佑香ちゃんに何かしようなんて思ったことはない」
「……思ったことはなくても、しようとしたことがないって言えるか? 女好きのおまえが、人の女に手ぇ出さなかったことがないとはいえるか?」
「……」
 幸成は絶句し、悲しげな表情に変わった。
「ごめんなさい、松田さん。幸成さんを責めないでください」
 と佑香は項垂れている。
「俺が悪いんだ。佑香ちゃんは悪くないから」
 な、と慶孝を宥めようと幸成は顔を見た。
「……佑香、帰れ」
 驚くほど冷たい声で言った。
「え……」
「おいおい慶孝、俺が帰るから。佑香ちゃんにそんな言い方するな」
「あの、わたし、帰ります。……本当に、ごめんなさい。幸成さんもごめんなさい」
 佑香は二人に頭を下げた。顔は上げなかった。
「俺はいいよ」
 気にするなよ、と幸成は優しく言った。
 俺だって優しく言ってやりたい、でも怒りが収まらない、と慶孝は佑香を睨む。
「ごはん……作りましたけど……捨ててください」
 佑香は持ってきたであろう荷物を手にすると、
「ごめんなさい……」
 そう言い残して、慌てて部屋を出て行った。
 暫くの沈黙のあと、残った二人の男は顔を見合わせて立ったままだ。
「あんな言い方して。佑香ちゃん、傷ついたと思うぞ」
「おまえに言われたくない」
「言っとくけど、彼女に手出そうとしたこともないし、横恋慕したこともない。おまえの本気の相手に手出そうなんて、そんな恐ろしいこと誰がするかよ」
 慶孝の遊びの相手だった女とは、幸成が関係を持ったことはあるのは知っていた。幸成が来る者拒まずの主義で、自分から誘うことはないが、相手が誘ってくれば乗る。そういう男だ。だいたい慶孝から幸成に乗り換える女が多い。惚れっぽい性格の慶孝が、少しいいなと思っても、結局はそういうオチだ。自分の顔が十人並みなのはわかっている、顔のいい幸成のほうがいいのはわかっているのだ。
 佑香だけは違ったが。
「勝手に上がり込んだのは謝る。俺だってまさか佑香ちゃんがいるとは思わなかったから。仕事帰りに近くまで来たから、もらったビールお裾分けしようと思って。佑香ちゃんのために言うけど、彼女が『上がって』とは言ってない。困った顔してたから、預けてもいいなとは思ったけど、俺が強引に『渡したらすぐ帰るよ』って言って上がり込んだだけだ。五分十分くらいでおまえが帰ってきた」
 幸成は目を細め、睨む慶孝を見やる。
「あの子が嬉しそうに『松田さんだ!』って言って駆けてって、その板の段差に躓いた。抱えなかったら、三和土超えてコンクリの上に飛び出してまで手を付いてただろ」
「…………」
 佑香が細くて、幸成の手が長いことで抱えることができたのが事実だと思った。
「……佑香の乳に触っただろ」
「不可抗力だろ」
「最後に揉んだよな」
「揉んでない。……不可抗力だって」
 怒るなよ、と幸成がしかめっ面をした。
「胸に当たったのは謝る。悪かった」
「…………」
「けど意図的に触るなら、もっと豪快に揉んでやるわ。できれば直で」
「おまえ、ぶっ殺されたいのか」
「だったとしても、佑香ちゃんにはしねえよ」
「…………」
 慶孝はぐっと殴りたい衝動を抑える。
 佑香の鈍臭ささを思えば、幸成の言ったことは事実だろう。自分の帰宅に喜んだのも想像がつく。自分が思っている以上に彼女は自分を慕ってくれている。子供のようにはしゃいだのかもしれない。
「俺が触った、ってムカつくならおまえが消毒すればいいじゃん。おまえなら直に消毒できんだろ?」
「……マジで死なそうか」
「冗談だよって言いたいところだけど、生憎これは本気で言ってるんだけどな」
 幸成は本当に減らず口だと思う。
 そこそこ長い付き合いだが、よくこれで命があったものだ、と思う。顔で助かってるんじゃないかとすら思ってしまう。顔がいいのに、佑香はよく靡かないものだなとも思うのだ。小説や漫画のような、ハイスペックイケメンと恋に落ちると言うシチュエーションに憧れたことがあると言っていた。自分はどうみてもその対象ではない。
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