帰還した召喚勇者の憂鬱 ~ 復讐を嗜むには、俺は幼すぎるのか? ~

北きつね

文字の大きさ
上 下
47 / 96
第二章 帰還勇者の事情

第三十二話 エアリス

しおりを挟む

 ミケールは痛みに耐えながら、自分をまっすぐに見つめる少女に微笑みを向ける。

 凝縮した痛みを受けているミケールを少女は流れ出る涙を拭わないで見続ける。

『ユウキ様。ありがとうございます』

 少女は、まっすぐにミケールを見ながら、斜め後ろにいるユウキに感謝を向ける。

「いえ」

 ユウキは短く言葉を発するだけだ。
 治療の前段階は、終焉に近づいている。

 ミケールは声が出せない。肩で息をしている。支えられなければ立っていられない。

『ミケール』

 少女の呟きが室内に木霊する。
 それだけ、室内には音が存在しない。

「レイヤ!頼む」

 ユウキが、レイヤに声を掛ける。
 次の段階に移行するために、ミケールには座ってもらう必要がある。レイヤは、準備していた椅子にミケールを座らせる。

『ユウキ様。続けてください』

 ミケールの言葉を受けて、レイヤ以外の男性が部屋から出ていく、変わりに武器を取り出したユウキが部屋に入る。
 ユウキの後ろに杖を取り出したヒナが続く。

 もう少女は、ユウキたちを止めない。
 今、止めてもミケールの献身が無駄になると理解している。それに、これから行われる事がどんなに残酷なことでも、自分が望んだことだ。誰かに責任を押し付けるわけにはいかない。自分の身体よりも、ここで止めてしまってはミケールが戻るチャンスが無くなってしまう。

 わかっている。理解している。少女は、ユウキではなく、ミケールの状態を見逃したくない。すべてを目に、心に、焼き付ける。

「ミケール殿。手順は説明した通りに行います」

 片目で、自分を見つめている少女をしっかりと捉える。そして、微笑を浮かべる。ミケールの心は誰にも解らない。微笑はミケールだけの感情表現だ。少女は、ミケールの微笑を受けて、泣きはらした顔のままミケールが好きだと言っている笑い顔を作る。

『お嬢様。ありがとうございます。ユウキ様。お願いします』

 ミケールは、少女が自分に笑顔を向けてくれたのがわかった。

「わかった。レイヤ!ヒナ!」

「おぉ!」「はい!」

 ユウキが、薄刃の剣でミケールの脚の付け根から切り落とす。
 同時に、先ほどとは違う絶叫が室内に響き渡る。ユウキが剣を引いた瞬間に、ヒナが準備していたスキルを解き放つ。持っていた杖の先端が光る。

 レイヤが、焼け爛れた腕を切り落とす。
 脚を切り落としたユウキが剣を放り投げる。そのまま、両手でミケールの腕にスキルをあてる。

 ユウキが放り投げた剣が落ちて来る前に、スキルの発動が終わった。

 落ちてきた剣をユウキが受け取る。

 ユウキが剣を杖に持ち替えて、スキルを発動する。
 治癒の最上位スキルだ。準備に必要な時間は、ユウキのスキルレベルでも3秒。

 脚を修復したヒナが、杖の先端でミケールの潰れた目をえぐるように突きさす。
 腕を切り落としたレイヤがミケールの顔を炎のスキルで焼く。そのままレイヤは、炎でミケールの背中から腕にかけて焼いていく。

 絶叫にもならない無言の叫び声をミケールがあげる。

 肉が焼ける臭いが部屋に充満する。着ていた服が燃え落ちる。露出した肌は、炎で焼けている。

 長い、永遠と思える3秒が過ぎた。

「ヒール!」

 スキルの効果にしては、余りにも短い言葉をユウキが発する。

 ユウキから放たれた光が、ミケールを包む。
 動かなかった腕や脚が動き出す。

 焼け爛れた皮膚が修復される。

 ヒナが貫頭衣を取り出して、ミケールに着させる。皮膚の修復が貫頭衣の下で行われているのは光からもわかる。
 見えている腕や脚も修復が完了する。

 ミケールが閉じていた目を開ける。
 抉られた目が復活している。

「ふぅ・・・。髪型だけは無理だな。それは、ご容赦願おう」

 ミケールが椅子から立ち上がった。
 椅子は炎で焼けた服の焼け残りや、炎の威力で焦げた部分もある。しかし、自分の脚で立ち上がったミケールには火傷の後は見られない。

 少女の目の前で行われた治療ではあるが、やっていることは拷問を、少女は目を逸らさずに見ていた。
 そして、ユウキたちが行った奇跡を・・・。ミケールが立ち上がった瞬間に、自分の感情がわからなくなり、流れ出る涙を隠さずに、ミケールに向けて動かない脚で歩き出そうとしていた。笑おうとする感情と、泣き叫びたい感情で、頭の中がぐちゃぐちゃになっている。

 少女は、目を伏せて、顔を伏せた。
 ユウキだけではなく、付き添っている者たちも、少女の感情が落ち着くまで、何も語らなかった。

 少女は、泣きはらした顔を上げて、ユウキを見つめる。
 横で自分を優しい目で見つめるミケールではなく、ユウキをまっすぐに見る。

『ユウキ様』

「なんでしょうか?」

『治療をお願いします』

「わかりました」

『泣きはらして、腫れてしまった目も治りますか?』

「それは難しい注文ですね。腕や脚や肌は、以前のように、美しい状態に戻りますが、その涙はあまりにも美しい。私程度のスキルでは、美しい涙を流した目を治すのは不可能です」

『それは残念です』

「はい。なので、身体を治した後で、貴女がもっとも信頼する人に治療を頼んでみるのはどうでしょうか?」

『そうですね。私には、こんなにも、私のことを考えてくれていた者が居たのですね』

『お嬢様』

 ミケールは精神的にも肉体的にも限界なのは、誰の目にも明らかだ。
 しかし、ミケールは少女を治療が行われる部屋に抱きかかえるように連れて来る。ユウキたちの補助を断って、自分と少女だけで数メートルを、長い時間をかけて移動した。二人の歴史を手繰るように・・・。

 新しく用意された椅子に、少女を座らせる。
 ミケールの時と違うのは、近くにミケールがいる事と、少女の周りにサポートするように待機していた者たちが部屋に入ってきた。

「ロレッタ。サンドラ。アリス。ヴィルマ。イスベル。頼む」

 ユウキの言葉に、皆が頷く。

『ユウキ様?』

 少女がユウキたちの態度に不安と疑問が籠った声で、呼びかける。

 名前を呼ばれたユウキではなく、ヒナが少女の前で腰を落とした。目線を合わせて、少女に話しかける。

「エアリス。ミケールの治療を見ていてわかったと思うけど、定着してしまった火傷は、治せない」

『はい。お聞きしています』

「うん。エアリスの服の下の肌は定着してしまった火傷だよね?」

『・・・。はい』

「ミケールと同じように、もう一度、皮膚と一緒に定着した場所を炎で焼くか、切り落とすしかない」

『はい』

 まっすぐにヒナを見る少女の表情には怯えは見られない。

「その時に、服も一緒に燃えちゃうよね?」

『え?あっそうです』

「ミケールは大丈夫だと思うけど、ユウキもレイヤも男だからね」

『え?』

「こんなに可愛いエアリスの、綺麗な肌を見ちゃったら理性が飛んで襲ってくるかもしれないでしょ?」

 冗談めかしてヒナが言っている事が理解できて、その状況を想像して、少女は顔が赤くなるのを認識した。見えている耳まで真っ赤になる。

 女性たちは、治療の為にいるのではない。
 少女に羞恥を感じさせないためにいる。

 ユウキとレイヤが、頭を掻いて、ばつが悪そうな表情を浮かべる。
 少女は、そんなユウキとレイヤの表情が面白いのか、笑ってしまった。それでも、火傷の跡があり表情が動かせない。

「よし、エアリスの笑顔を取り戻すぞ」

 ユウキの照れ隠しなのか、解らない掛け声で治療が始まる。
 雰囲気とは反対の拷問に近い方法だが、治せるのはミケールで実証されている。

 手順は同じだ。

 永遠と思える3秒が過ぎて、ユウキのスキルが発動する。
 同時に、女性たちがユウキとレイヤとミケールから少女の裸体を隠す。ミケールの時と違って、スキルを発動して隠してしまう方法だ。

 ユウキとレイヤから視認されないようにする為にも、5名のスキルが必要になる。ユウキとレイヤなら”見ない”とは思っているが、それでも女性たちはスキルを発動した。

 スキルで姿が隠された少女は、皆から渡された服を身に着けた。

 そして、自らの脚で立ち上がった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

【完結】魔物をテイムしたので忌み子と呼ばれ一族から追放された最弱テイマー~今頃、お前の力が必要だと言われても魔王の息子になったのでもう遅い~

柊彼方
ファンタジー
「一族から出ていけ!」「お前は忌み子だ! 俺たちの子じゃない!」  テイマーのエリート一族に生まれた俺は一族の中で最弱だった。  この一族は十二歳になると獣と契約を交わさないといけない。  誰にも期待されていなかった俺は自分で獣を見つけて契約を交わすことに成功した。  しかし、一族のみんなに見せるとそれは『獣』ではなく『魔物』だった。  その瞬間俺は全ての関係を失い、一族、そして村から追放され、野原に捨てられてしまう。  だが、急な展開過ぎて追いつけなくなった俺は最初は夢だと思って行動することに。 「やっと来たか勇者! …………ん、子供?」 「貴方がマオウさんですね! これからお世話になります!」  これは魔物、魔族、そして魔王と一緒に暮らし、いずれ世界最強のテイマー、冒険者として名をとどろかせる俺の物語 2月28日HOTランキング9位! 3月1日HOTランキング6位! 本当にありがとうございます!

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

魔境へ追放された公爵令息のチート領地開拓 〜動く屋敷でもふもふ達とスローライフ!〜

西園寺わかば🌱
ファンタジー
公爵家に生まれたエリクは転生者である。 4歳の頃、前世の記憶が戻って以降、知識無双していた彼は気づいたら不自由極まりない生活を送るようになっていた。 そんな彼はある日、追放される。 「よっし。やっと追放だ。」 自由を手に入れたぶっ飛んび少年エリクが、ドラゴンやフェンリルたちと気ままに旅先を決めるという物語。 - この話はフィクションです。 - カクヨム様でも連載しています。

公国の後継者として有望視されていたが無能者と烙印を押され、追放されたが、とんでもない隠れスキルで成り上がっていく。公国に戻る?いやだね!

秋田ノ介
ファンタジー
 主人公のロスティは公国家の次男として生まれ、品行方正、学問や剣術が優秀で、非の打ち所がなく、後継者となることを有望視されていた。  『スキル無し』……それによりロスティは無能者としての烙印を押され、後継者どころか公国から追放されることとなった。ロスティはなんとかなけなしの金でスキルを買うのだが、ゴミスキルと呼ばれるものだった。何の役にも立たないスキルだったが、ロスティのとんでもない隠れスキルでゴミスキルが成長し、レアスキル級に大化けしてしまう。  ロスティは次々とスキルを替えては成長させ、より凄いスキルを手にしていき、徐々に成り上がっていく。一方、ロスティを追放した公国は衰退を始めた。成り上がったロスティを呼び戻そうとするが……絶対にお断りだ!!!! 小説家になろうにも掲載しています。  

処理中です...