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第十一章 ユーラット
第十六話 観劇
しおりを挟む姫様が、攫われた。
私が助けて・・・。
違う。姫様をお救いする為に、本国に救援を求める。
あれは、間違いなく姫様の作戦だ。
その証拠に、私の手元に情報が揃っている。
あとは、私が姫様から託された作戦を・・・。しっかりと、愚かな者たちにも解るように書いた書類を添えて、本国に送れば、”姫様の救出”という名目で・・・。帝国が神殿や王国に攻め入ることができる。
姫様の日記に隠された私に向けた指示にもしっかりと書かれている。
まずは、馬車を確保しなければ、馬車に隠されている帝国に伝わるアーティファクトを利用して、情報を転送する。
低能な王国民や神殿の者たちには、本国が管理している転移のアーティファクトの価値が解らなかったようだ。
---
神殿の中に、急遽用意されたオペレーションルームに神殿の関係者が揃っている。
オペレーションルームは、椅子が扇状に8面のモニターが配置されている。
扇状の椅子の中央には、ヤスが座っている。
ヤスは、端に座ろうとしたのだが、中央に座らされてしまった。
そのまま、マルスから送られてくる映像を眺めている。
ヤスたちが見始めたのは、ドッペル・オリビアが馬車に乗り込んで、ユーラットに向った辺りからだ。
このオペレーションルームの存在を知っているのは、数名だけだったが、作戦の都合上、オリビアたちにも教えている。
反対意見もあったのだが、ヤスが面倒に思って許可した。
許可した理由も、このオペレーションルームの存在が敵方に知られても何も困らないからだ。
監視されていると解った状態で攻め込んでくるだけで、神殿側の対応は何も変わらない。
また、このオペレーションルームが占拠されるような自体になったら、神殿側の負けが確定する。ヤスの言葉に納得して、オリビアたちもオペレーションルームで、ヒルダ主演の活劇を見守ることになった。
「ヤス。いいのか?」
アフネスが、カイルとイチカが馬車を追いかけて、モンキーで飛び出したのを見て質問をしてきた。
「教えるのが、先になるか、後になるかの違いしかないから大丈夫だ。それに、カイルとイチカなら”生き延びる”選択をする。自己犠牲なんて考えはない」
ヤスのセリフは、アフネスの質問の答えになっているようで、なっていない。
アフネスは、カイルとイチカに、ドッペルの存在を教えて大丈夫なのかと聞きたかったのだが、ヤスの中では既に、教える予定になっているので、そのあたりは端折って説明をした。
ヒルダが馬車に奇襲を仕掛けた。
モニターを見ていた者たちが、小さな悲鳴を上げる。
全員がドッペルと解っているが、目の前にいる人物が切られるのは気分が悪くなるのが、当然の感情だ。
「オリビアさん。彼女の技量は、どの程度なのですか?」
サンドラが、オリビアに質問をする。
「どの程度とは?」
「動きが、素人に見えてしまって、失礼だとは思いますが、帝国の皇女の護衛としては・・・」
サンドラの質問の意図が理解できて、オリビアだけではなく、メルリダもルカリダも、肩を竦めて、ルルカとアイシャを見ている。
「サンドラさん。ヒルダの技量ですが、近衛騎士の中の中・・・。で、いいのよね?」
オリビアも心配になって、ルルカとアイシャを見ている。
ルルカが立ち上がって、オリビアに一礼してから、ヤスにも同じように頭を下げる。
「サンドラ様」「様は、必要ないわよ。呼び捨てが難しければ、”さん”でお願いします。ルルカさん」
ルルカは、サンドラの言葉を受けて、頭を軽く下げてから、背筋を伸ばした。
「サンドラさん。ヒルダの技量ですが、近衛の中では、中の上に手が掛かる程度です」
「え?平均以上?」
「はい。序列だけでは、もっと上です」
「??」
アイシャが立ち上がって、ルルカに変わって、序列の説明を始める。
序列の説明が終わった。アイシャは、また椅子に座りなおした。
「ごめんなさい。アイシャさん。序列は、強さだけではなく、”実績”が重視されて、その”実績”は、家格が影響していると?」
アイシャではなく、ルルカが頷いて、サンドラの疑問に答える。
「そう・・・。それで、帝国の近衛では序列が強さで無いのはわかったわ。それで、ヒルダの実際の強さは、どのくらい?」
「サンドラ。強さは、相対的でないと解らない。そして、状況によっても強さは違ってくる。競技場での戦いに強い奴が戦場で強いとは限らない」
アフネスの言葉で、視線がヤスに向かう。
剣での”一対一”ならヤスは簡単に負けるだろう。しかし、なんでも”あり”の戦いならヤスは、誰にも負けないだろう。そして、生き残るということにかけては、それこそ世界で一番だと皆が思っている。
「ヒルダの剣技なら、多分ですが、カイル君にも負けます。帝国でも、ヒルダに負ける”兵”はいないと思います」
ルルカの辛辣な言葉だ。
実際には、もっと弱いかもしれないと考えている。
ルルカとアイシャも神殿に来てから、考え方が変わっている。
オリビアと話をして、帝国が”おかしかった”と思うようになっている。そして、オリビアの提案を受けて、帝国の上層部の一掃ができたら素晴らしいと考えてしまっている。帝国のために、神殿の力を利用する。
実際には、最悪の場合には帝国が地図上から消えるのだが、それも”致し方ない”と考えてしまっている。
メルリダとルカリダと違った方向に壊れてしまっている。
「アフネス。ユーラット側はどうなっている?」
「ん?ユーラット?あぁ馬車か?」
「そうだ」
「元々の馬車が置かれていた場所には、偽物を置いて、アーティファクトやその他の仕掛けをそのままにして森の入口に移動した」
「わかった。ヒルダでも大丈夫だよな?」
「しらん。ギルドが大丈夫だと判断した場所だ」
今度は、ドーリスに視線が集まる。
「さきほどの話で心配にはなりますが、騎士なら大丈夫だと思います。カイル君なら一人で対応できる程度の魔物しか出てきません」
「カイルと比べても・・・。でも、しょうがないな。発信機・・・。位置が解るアーティファクトも残してあるよな?」
「はい。そのまま、馬車を移動させました」
ヤスが発信機と言ってしまったアーティファクトは、帝国が所有する物で、対になっているアーティファクトでお互いの位置が把握できる物だ。
本来は、オリビアが行方不明になった時でも、馬車に残った者が居れば、オリビアを助けに行ける物だ。
そして、対になっているアーティファクトは、両方が揃うと、マスターとして登録しているアーティファクトに”小物”を転送できる優れモノだ。
帝国は、過去に存在していた神殿を攻略して、このアーティファクトを大量に所有した。通話装置と違って、帝国はアーティファクトを秘匿した。権力基盤の維持に使っている。
「使えないな・・・」
アフネスの言葉だが、この場にいる人間に向けての言葉ではない。
ヒルダが、偽物の馬車に入って何かを探している様子を見ながらの言葉だ。
モニター越しでも、偽物だと解る貧相な馬車だ。
偽物だと気が付かないで、探している姿は滑稽だが、ヤスたちが望んでいるのは違う事だ。
「ヤス。いいのか?」
「ん?なにが?」
「転送のアーティファクトだ。帝国に売りつけることができるぞ?」
「あぁあんな欠陥品。必要ない。解析も終わっている。解析の結果が知りたければ、マルスに説明させるぞ?」
ヤスの言葉だが、アフネスは呆れてしまっている。
帝国が版図を広げた原動力にもなっている転送のアーティファクトを”欠陥品”だと言い切った。それだけではなく、解析まで終わらせている。
『ドッペルの回収に成功しました』
マルスからの報告を聞いて、皆が安堵の表情を浮かべる。
まずは、作戦の第一段階は成功したと言ってもいいと考えている。
『個体名カイル。個体名イチカ。ドッペル・オリビアが、面会を求めています』
「え?ドッペルも一緒?」
『はい』
「どこに来ている?」
『神殿の入口です』
「そうか、セバスが神殿に居るだろう?案内をさせてくれ」
『了』
「マルスからの報告もあるが、そろそろ第二幕の準備が必要かな?」
ヤスの言葉を受けて、皆がヤスに集中していた視線を一つのモニターに移動する。
森の中に置いてある馬車が映されているモニターに、一人の騎士姿の女性が近づいてきている。
「マルス!馬車の周りに誰も近づけさせるな!ヒルダが、転送を行ったら馬車を封鎖」
『了』
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