異世界の物流は俺に任せろ

北きつね

文字の大きさ
上 下
250 / 293
第十章 エルフの里

第三十話 珍道中

しおりを挟む

 エルフの里を出るときに、大樹に向かってリーゼと一緒に頭を下げる。
 コアであるマリアにではない。大樹の側で眠るエルフたち・・・。リーゼの母親に向かってだ。

 リーゼが、一筋の涙を初めて見せた。黙って、リーゼを抱き寄せる。それだけで、リーゼは身体を少しだけ強張らせたが、俺の背中に腕を回して、抱きついて、泣き出してしまった。

 リーゼは、声を出さずに泣き続けた。溜まっていた物が流れ出たのだろう。

「ゴメン」

 身体を離すと、リーゼは俺に謝ってきた。何に対して、謝っているのか・・・。聞かない。聞いてはダメなことくらい解る。リーゼの頭を軽くたたいてから、できるだけ軽く普段と同じ口調で・・・。

「いいさ。風もある。簡単に渇くだろう」

「もう・・・。でも・・・。ありがとう」

「いいよ。帰ろう」

「うん!」

 リーゼが腕を絡めて来る。
 いつもの人懐っこい笑顔は変わらないが、どこか少女から女性に変わった雰囲気がある。心にあった”何か”が昇華されたのだろう。

 FITの運転は、俺が行っているが、人が居ない場所では、リーゼにハンドルを握らせた。多少のミスはあるが、安全に運転が出来ている。ただ、スピード狂の”気”があるのか、速度をキャリーした状態で曲がろうとして、クリッピングポイントがうまく取れない場合が多い。

「リーゼ!何度も言わせるな!曲がる時には、ギリギリまで粘って、速度をしっかりと落せ」

「解っているよ!でも」

「”でも”じゃない。今も、曲がれないと思って、曲がりながらブレーキを踏んだだろう」

「ううう。ヤスが優しくない」

「嫌なら変われ、FITが可哀そうだ」

「ヤダ!」

「頭を振るな。的確な速度なら、曲がれる。頭を振りたいのなら、進入角度を考えろ!ブレーキ中は、姿勢を保て!ブレーキ中に動くな!コース取りを考えろ。見えるコーナが全てじゃないぞ」

「ヤス!うるさい!それならやって見せてよ!」

「わかった。戻るぞ!」

 リーゼが走らせた道を戻った。
 大凡のタイムは、マルスが記憶していた。実際には、15分くらい走っていたから、数秒なら誤差だろう。それに、俺の感覚では1-2分は早く走らせることができるだろう。

 運転を変わって、同じコースを走る。コーナを覚えているアドバンテージがあるが、文句を言わせないタイム差がある。
 タイムは、暫定で記録していたリーゼのタイムを3分ほど縮めた。

「うぅぅぅ。そうだ!ヤスは、コースを覚えていた。僕は、初めてだから・・・」

「わかった。わかった。もう一度、リーゼが試してみるか?」

「うん!」

 それから、5回ほど同じコースをリーゼがアタックした。往復を運転しているわけではない。帰りは、俺が運転してリーゼが助手席に座っている。
 そして、諦めた。最初のタイムから、2分近く縮めたので運転は確実にうまくなっている。安全に配慮しているのか聞かれると微妙な感じではあるが、しっかりと考えて走らせているだけ、”良い”と思っておこう。

 こんな感じで、何度かラリーを楽しむように、コースを設定した。俺が先に走って基準のタイムを作ってから、リーゼがアタックする。
 エルフの里から急げば2-3日で王国に到達するが、結局2週間近くかかった。急ぐ用事はない。

 王国に近づけば、道が整備され始める。
 王国も神殿と取引を行うようになって、物流が大事だと思い知ったのか、街道を整備して、都市部だけではく村や町へ、人や物を流動的に動かしている。

「道が綺麗になったのは、嬉しいけど・・・」

 リーゼがいいたいことは解る。
 街道が整備されて、走りやすくなっている。王国に入ってからは、バウンシングが少なくなった。姿勢制御も必要な場面も少なくなった。リーゼが運転している時に、リアを滑らせることがあるが、道がよくなってからは、少なくなった。リーゼは、流れ始めると、自然とカウンターをあてているが、ドリフトは教えていない。絶対に教えたら、実践を行おうとする。FITでは無理だ。FFベースの4WDになっている。神殿にある車を思い浮かべると、FRは存在しない・・・。トラクターとかはあるけど、リーゼがハンドルを握ることはないだろう。

「そうだな。馬車だけならいいけど、徒歩で移動している者も多くなっている」

 王国の辺境や領都や王都では、アーティファクトを見たことがある者が多いのだろう。FITを見ても、少しだけ驚いた表情をするが、何か納得している。その後に、道を譲ってくれる。
 それでも、速度を徐行とは言わないけど、落した速度で走っている。

 人を轢かないようにマルスに注意してもらっているが、それでも注意が必要で、体力以上に精神力が必要になってくる。
 それに、整備されていると言ってもダートコースなのは変わりがない為に、運転にも神経を使う。道幅が狭い場所も多い。

「リーゼ。そろそろ、ライトが必要になる。近くの村で休むぞ」

「うん!」

 都市や街や村に立ち寄って、買い物をしたり、屋台で買い食いしたり、観光を楽しむ。
 宿で休むこともあるが、村にアーティファクトを安全に停める場所がない場合には、村から出て、近くの森でマルスに結界を発動させて、休むこともある。リーゼが言うには、豪華な野営だと言っているが、休める時に休んでおかないと、運転にミスが出ては困る。

 結局、王国に入ってからも、あっちにふらふら。楽しそうな話を聞けば、見に行った。綺麗な場所があると聞けば、リーゼと見に行った。

 いろいろな場所を見て回った。
 リーゼの希望でもあったのだが、俺もこの世界に来てから観光を楽しむ時間も余裕が無かった。
 どこか、心で異分子だと思っていたのだろう。リーゼと道中に話をして、楽しい気持ちになって、現地の物を買って、二人で食べる。簡単なことだけど、それだけで、世界に受け入れられたような感覚になってくる。

 街や村で面白そうな話を聞いたら、向かってみる。
 こんな珍道中とも言える移動を繰り返していた。

 すでに、エルフの里を出てから、2ヶ月近い時間が経過している。
 神殿の様子は、マルスから定時連絡が入ってくる。いくつかの問題は発生したが、セバスたちに指示を出して解決している。

 無視できない問題も発生した。
 帝国側の関所になって、トーアヴェルデが帝国兵と思われる者たちの襲撃をうけた。撃退には成功しているが、俺たちには帝国に苦情を伝えることができない。辺境伯に助言を求めたが、全面的な衝突ではなく、いつもの威力偵察だろうと言われた。以前は、辺境伯領まで攻め込んできた帝国は、トーアヴェルデの存在で、緩急地が出来てしまった為に、辺境伯としては帝国との折衝には積極的にはなれないようだ。

 道中、遊んでいるわけではない。
 王国内にある集積場は、基本的に神殿と地域の貴族が共同運営している。半分は、俺の持ち物となっている。増えていて、数の把握ができない。知らない場所も多い。マルスの案内で、集積場の視察を行うこともある。
 不正を行っている・・・。者は、いなかった。正確には、居たが、マルスのチェックを潜り抜けるのは不可能だった。貴族側の人間は、共同運営している貴族に報告するのと同時に王国にも報告を行うプロトコルになっている。

「ヤス!」

「どうした?」

 今は、リーゼがハンドルを握っている。
 ゆっくり走らせることを覚えて、馬車とのすれ違いも安心していられるようになったので、順番でハンドルを握るようになっている。

 少しだけウトウトしていて確認をしていなかった。
 リーゼは、カーナビに表示されている”赤い点”を指さす。

「マルス!」

『前方900メートル。襲われています』

「馬車か?人か?」

『情報不足』

「わかった。魔物か?」

『ゴブリン種と推定。上位種の存在を確認』

「リーゼ!」

「うん」

 リーゼは、アクセルを踏み込む。

「マルス!リーゼをサポート」

『了』

「眷属を先行できるか?」

『否』

「わかった。リーゼ!」

「うん」

 900メートルなら、すぐに到着する。1分程度で到着する。
 間に合えばいいが・・・。ゴブリンとゴブリンの上位種だけなら、FITで跳ね飛ばす方法が使える。戦闘中なら、魔法を使う方法もある。なんとかなる。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】ご都合主義で生きてます。-ストレージは最強の防御魔法。生活魔法を工夫し創生魔法で乗り切る-

ジェルミ
ファンタジー
鑑定サーチ?ストレージで防御?生活魔法を工夫し最強に!! 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 しかし授かったのは鑑定や生活魔法など戦闘向きではなかった。 しかし生きていくために生活魔法を組合せ、工夫を重ね創生魔法に進化させ成り上がっていく。 え、鑑定サーチてなに? ストレージで収納防御て? お馬鹿な男と、それを支えるヒロインになれない3人の女性達。 スキルを試行錯誤で工夫し、お馬鹿な男女が幸せを掴むまでを描く。 ※この作品は「ご都合主義で生きてます。商売の力で世界を変える」を、もしも冒険者だったら、として内容を大きく変えスキルも制限し一部文章を流用し前作を読まなくても楽しめるように書いています。 またカクヨム様にも掲載しております。

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】

一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。 追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。 無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。 そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード! 異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。 【諸注意】 以前投稿した同名の短編の連載版になります。 連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。 なんでも大丈夫な方向けです。 小説の形をしていないので、読む人を選びます。 以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。 disりに見えてしまう表現があります。 以上の点から気分を害されても責任は負えません。 閲覧は自己責任でお願いします。 小説家になろう、pixivでも投稿しています。

レベルが上がらない【無駄骨】スキルのせいで両親に殺されかけたむっつりスケベがスキルを奪って世界を救う話。

玉ねぎサーモン
ファンタジー
絶望スキル× 害悪スキル=限界突破のユニークスキル…!? 成長できない主人公と存在するだけで周りを傷つける美少女が出会ったら、激レアユニークスキルに! 故郷を魔王に滅ぼされたむっつりスケベな主人公。 この世界ではおよそ1000人に1人がスキルを覚醒する。 持てるスキルは人によって決まっており、1つから最大5つまで。 主人公のロックは世界最高5つのスキルを持てるため将来を期待されたが、覚醒したのはハズレスキルばかり。レベルアップ時のステータス上昇値が半減する「成長抑制」を覚えたかと思えば、その次には経験値が一切入らなくなる「無駄骨」…。 期待を裏切ったため育ての親に殺されかける。 その後最高レア度のユニークスキル「スキルスナッチ」スキルを覚醒。 仲間と出会いさらに強力なユニークスキルを手に入れて世界最強へ…!? 美少女たちと冒険する主人公は、仇をとり、故郷を取り戻すことができるのか。 この作品はカクヨム・小説家になろう・Youtubeにも掲載しています。

聖女の力を隠して塩対応していたら追放されたので冒険者になろうと思います

登龍乃月
ファンタジー
「フィリア! お前のような卑怯な女はいらん! 即刻国から出てゆくがいい!」 「え? いいんですか?」  聖女候補の一人である私、フィリアは王国の皇太子の嫁候補の一人でもあった。  聖女となった者が皇太子の妻となる。  そんな話が持ち上がり、私が嫁兼聖女候補に入ったと知らされた時は絶望だった。  皇太子はデブだし臭いし歯磨きもしない見てくれ最悪のニキビ顔、性格は傲慢でわがまま厚顔無恥の最悪を極める、そのくせプライド高いナルシスト。  私の一番嫌いなタイプだった。  ある日聖女の力に目覚めてしまった私、しかし皇太子の嫁になるなんて死んでも嫌だったので一生懸命その力を隠し、皇太子から嫌われるよう塩対応を続けていた。  そんなある日、冤罪をかけられた私はなんと国外追放。  やった!   これで最悪な責務から解放された!  隣の国に流れ着いた私はたまたま出会った冒険者バルトにスカウトされ、冒険者として新たな人生のスタートを切る事になった。  そして真の聖女たるフィリアが消えたことにより、彼女が無自覚に張っていた退魔の結界が消え、皇太子や城に様々な災厄が降りかかっていくのであった。

転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。

克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作 「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位 2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!

あるちゃいる
ファンタジー
 山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。  気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。  不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。  どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。  その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。  『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。  が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。  そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。  そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。   ⚠️超絶不定期更新⚠️

【完結】投げる男〜異世界転移して石を投げ続けたら最強になってた話〜

心太
ファンタジー
【何故、石を投げてたら賢さと魅力も上がるんだ?!】 (大分前に書いたモノ。どこかのサイトの、何かのコンテストで最終選考まで残ったが、その後、日の目を見る事のなかった話) 雷に打たれた俺は異世界に転移した。 目の前に現れたステータスウインドウ。そこは古風なRPGの世界。その辺に転がっていた石を投げてモンスターを倒すと経験値とお金が貰えました。こんな楽しい世界はない。モンスターを倒しまくってレベル上げ&お金持ち目指します。 ──あれ? 自分のステータスが見えるのは俺だけ? ──ステータスの魅力が上がり過ぎて、神話級のイケメンになってます。 細かい事は気にしない、勇者や魔王にも興味なし。自分の育成ゲームを楽しみます。 俺は今日も伝説の武器、石を投げる!

処理中です...