異世界の物流は俺に任せろ

北きつね

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第十章 エルフの里

第二十話 襲撃

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目の前にモノクロの世界が広がっている。

困惑するリリスの目の前に何者かが現われた。

ブルーのストライプの入った白い鳥。
それは風の亜神降臨の為の二番目のキー、レイチェルの使い魔だ。

自分の目の前を通り過ぎたのはレイチェルだったのね。

そう思っていると頭上から赤い塊りが降りて来た。

赤い龍。
それはロキの使い魔である。

「ロキ様まで! どうしたんですか?」

困惑するリリスの目の前で、赤い龍は制止して目をぎろっと見開いた。

「ううむ。やはり時空の歪が生じ始めておるようだ。レイチェルの言う通りだな。」

時空の歪?
どうしてそんなものが?

リリスの思いを察するように、白い鳥がリリスの方に向いて口を開いた。

「リリス。あんたの周囲に時空の歪が生じ始めているのよ。自分では自覚が無いのでしょうけどね。」

「その要因は多分・・・・・その子・・・」

白い鳥が動きの止まっているサリナの方に目を向けた。

その動きに合わせて龍もサリナに目を向けた。

「この子は何者だ? お前と何故か魔力同士で干渉してしまうようだが、その理由が良く分からん。」

「それはそのぅ・・・」

リリスはサリナが、自分の居た元の世界からの召喚者の子孫である事を簡略に説明した。
その説明に龍はほうっ!と驚きの声をあげた。

「そのような事があるのだな。お前とサリナとの出会いは偶然の所産だとしても、それが引き金になって時空の歪を生み出そうとしているのかも知れん。いやむしろ、スキルの発動が引き金となって、時空の歪を生じさせようとしているのか・・・。いずれにしても正体不明の不気味なスキルを発動させるのは辞めて貰いたいものだな。」

「不気味なスキルって産土神関連のスキルですか?」

「違う!」

龍は声を荒げて身体をくねらせた。

「時空の歪に関わるスキルだ。本当にスキルなのか否かも疑わしいのだが、お前にステータスには何と表記されているのだ?」

「それって異世界通行手形の事ですかねえ。」

リリスの気の抜けたような返答に龍は呆れて目を見開いた。

「何を呑気な事を言っておるのだ!」

そう言われても、リリス自身もこのスキルの事は良く分からない。
龍の荒い口調をスルーしてしまった。
その様子を見ながら白い鳥が少しフォローに入る。

「その様子だと、自分でも良く分かっていないようね。」

「それでそのスキルは何処で手に入れたの?」

白い鳥の言葉にリリスはう~んと唸って考え込んだ。

「気が付いたら手に入れていたのよ。私の魂に紐付けられている元の世界の痕跡が刺激され、時空に歪に巻き込まれて戻ってきたら、いつの間にかステータス上に現れていたのよ。」

リリスの説明に白い鳥も龍も首を傾げる仕草をした。

「そもそもネーミングが人を小馬鹿にしているよな。通行手形と言うからには通行許可書と言う事なのだろう? この場合、誰が許可権者なのだ? 異世界の者か? この件に関しては、我々の世界では全く関知していないぞ。」

「おそらくリリスの魂に紐付けられた元の世界の痕跡と、何らかの形で連動しているのだろうがな。」

そう言いながら龍はその身体から魔力の触手を伸ばし、その先端をリリスの足首にスッと撃ち込んだ。
その途端にリリスの身体が熱くなり、魔力が身体中を循環し始め、異世界通行手形のスキルが発動準備を開始してしまった。

拙い!

戸惑うリリスの身体を龍は魔力で抑え込み、その圧で無理矢理リリスの身体を循環する魔力の流れを止めてしまった。
その衝撃でリリスは眩暈を感じ、その場に座り込んでしまった。

「悪かったな、リリス。両者の関連性を確かめて見たかったのだ。」

予告も無しに、そんな事をしないでよ!

フラフラしながらリリスは立ち上がった。まだ足が震えていて頭が重い。
止む無く細胞励起を自分を対象として発動させると、徐々に身体が楽になって来た。

「スキルと言うには疑問が多い。むしろお前を呼び戻すためのトリガーのようなものか?」

龍はそう言うと頭を抱え込む仕草をした。

「どうしてここまでお前に拘るのだ? まるで悪質なストーカーに付き纏われているようなものではないか。お前の元の世界での身体の遺伝子情報に、その世界の重要な構成要素が格納されていたとしても、その代替えは何とでもなるだろうに。」

「リリスが魔力の厚みを増し、6属性を揃える事で、その存在のステージを格段に上げたとは言え、この拘り方は尋常では無いと思うぞ。」

そう言われてもねえ。

「ロキ様。私もそれが腑に落ちないんですよね。私って元の世界では本当にありふれた存在でしたから・・・」

リリスの言葉に龍はふと問い掛けた。

「そう言えば、お前の元の身体はもう存在しないのか?」

「はい。召喚の際の事故で極度に老化し、ボロボロになってしまったとロスティア様から聞いています。」

「う~む。遺伝子情報なら何処かに残っていないものか・・・・・」

龍はそう言うと考え込む仕草をした。

「いずれロスティアと情報交換をしてみよう。何かヒントがあるかも知れん。」

「リリス。とりあえずその異世界通行手形と言うスキルには、儂なりに制限を掛けておく。どこまで有効かは分からんがな。」

龍は話を終えるのと同時に魔力の触手をリリスの足首に撃ち込み、軽く魔力を流し込んだ。
その魔力によるスキルの発動の気配は無い。とりあえず枷を掛けたのだろう。

「これで一応は処置が済んだのね。」

白い鳥の言葉に龍は首を横に振った。

「この場では一旦収まったのだが、今後の事は分からん。リリスがこのサリナと言う娘と交流する限り、予期せぬアクシデントの起きる確率は下がらないだろう。だからと言って接近しないようにしろとも言えんからなあ。」

龍の言葉にリリスはうんうんと頷いた。

「会わないでいるどころか、接近する機会が増えると思いますよ。この子ってアグレッシブな性格だし、ひょっとすると新入生のクラス委員に立候補するかも知れません。そうなると毎日顔を合わせる事になりますよ。」

リリスの言葉に龍はふうっと深いため息をついた。

その龍に白い鳥が寄り添った。

「まあ、今ここで心配しても仕方が無いわよ。私も空間魔法が絡んだリリスの同行には注視しておくわ。」

白い鳥の言葉に龍は頷き、その場から消えていった。

それと共に時空の停止が解除され、目の前の情景に色彩が戻り、傍に居たサリナも普通に歩き出した。
その傍を白い鳥がスッと飛び去って行く.

「あれっ? 白い鳥が居ましたよ。」

サリナの声にリリスはフッと笑った。

「放課後だから誰かが連絡用に使い魔を飛ばしたのよ。」

「それって良くある事なんですか?」

「まあね、父兄との連絡かも知れないし、恋人同士の連絡かもよ。」

リリスの言葉にサリナはまあ!と言いながら、はにかむような笑顔を見せた。
その仕草と笑顔が如何にも12~13歳の少女らしい。

二人は賑やかに会話をしながら、地下の食堂に向かい、そこで軽食をオーダーした。
まだ夕食には早い時間なので、それほどには混んでいない。
程なく二人の座ったテーブルに、サンドイッチと紅茶が運ばれて来る。
その馥郁とした紅茶の香りに二人は心を和ませた。

サリナも貴族の子女なので、領地が僻地であるとは言いながら、それなりの豊かな生活をしているようだ。
学生生活への期待や不安を話す中、サリナはその話の中で学生会にも興味があると話していた。

う~ん。この流れだとやはりサリナはクラス委員に立候補しそうだわ。
この子本人はやる気があって良い子なんだけどねえ。

期待と共に若干の不安がリリスの心を過る。

その気持ちを隠してサリナとの談笑を続けていると、軽食を終えた頃にサリナの迎えがやって来た。
軍服を着た若い兵士だ。

「ああ、兄上。迎えに来てくれたのですね。」

サリナが笑顔を向けた相手は、体格の良い若い男性だった。
だがその容貌は・・・やはり黒目黒髪でアジア系の顔つきをしている。
ハギスと名乗る兵士はサリナの10歳上の次兄だと言う。

サリナの両親は二人の男の子を得た後に、どうしても女の子を欲しかったのね。

10歳の年齢差の次兄と言う表現で、ハギスの容貌の事を忘れ、ついサリナの実家の事情を思い浮かべてしまうリリスである。

挨拶を交わしサリナとハギスを見送ろうとしたその時、リリスは足首が疼き、熱くなってくるのを感じた。
それと共に異世界通行手形が発動の気配を見せているのが分かった。

うっ!
拙いわね。

あっ! そう言えば・・・。

リリスはその時になってようやく気が付いた。
ハギスもまたサリナと同様に、元の世界からの転移者の子孫だったのだ。
それはスキルに対する刺激が倍化された様なものである。

それにしても、ロキ様が制限を掛けてくれたはずなのに・・・。

そう思いながらグッと魔力の流れを押し留めると、異世界通行手形の発動を何とか食い止める事が出来た。
どうやらロキが掛けた制限は有効に働いているようだ。

ほっと安堵のため息を心の中で吐きながら、リリスはサリナとその兄を食堂の出入り口から見送ったのだった。




その日の夜。

ベッドで眠っていたはずのリリスはふと目が覚めた。
否、意識だけが覚醒したような状態だ。

真っ白な空間の中にただ一人立つリリス。

妙に思いながら前方を見ると、そこにうっすらと扉が現われた。

うっ!
これって前もあったわよね。
扉を開けろって言う事よね。

リリスはその扉に近付き、何も考えずに開けた。

その扉の向こうには・・・・・どこかで見たような街並みが広がっていた。
何処で見た街並みか特定は出来ないが、何故か懐かしさを感じてしまう光景だ。

やはりここに誘われたのね。

広い街路の両側に商店や住宅が並び、車や自転車が往来している。
それは紛れもなく元の世界の風景だ。

元の世界で時折、夢の中に出て来た風景。
あてどもなく彷徨っていた街並みだ。

ここを歩いているとあの店に出会ったのよね。

以前の記憶を思い出しながら、リリスはしばらく歩いた。

ふと見ると前方の小さな喫茶店の扉が目の前で少し開き、白い腕がその扉から出て来て手招きをしている。

あれって、あの子の手だったわね。

リリスはそう思いながら喫茶店の扉を大きく開き、その店内に入った。

店内は少し薄暗い照明で、仄かに珈琲の香りが漂っている。
アンティーク調の家具や調度品の並び、何処か懐かしい雰囲気が満ちていた。
今直ぐ座ってくつろぎたい。
そんな気持ちにさせてくれる店だ。

その店内にマスターと思われる初老の男性がカウンターの内側に立ち、カウンターの前に赤いワンピースを着た少女が立っていた。
この情景も以前の体験と同じだ。
見た目は小学校の高学年で黒髪のポニーテールが可愛い少女。
その笑顔がやたらに明るい。

「やあ、随分早くに再来店してくれたね。君がここに来るとしても相当先の事だと思っていたんだよ。」

マスターはそう言ってリリスをカウンターの席に案内し、リリスが座ると少女がその隣の席に座った。
少女は不思議そうな表情で、リリスの頭から足元までじっと見つめた。

「お姉ちゃんって別人になったみたい。どうしたの? 何かあったの?」

少女はそう言いながらリリスの手を握り、如何にも心配そうな表情でリリスの目を見つめて来た。
リリスを精査しているのかも知れないが、その手が柔らかくてとても暖かい。

「まあ! お姉ちゃんったら・・・・・。随分上に上がっちゃったのね。」

何の事だか分からない。

リリスの疑問に少女はしばらくニヤニヤと笑っていた。

マスターは珈琲をカップに注ぎ、白磁のソーサーに乗せてリリスの前に静かに出した。

「短時間にかなり上のステージに上がっちゃったと言う事だよ。」

そう言ってマスターはミルクと砂糖を用意し、リリスに珈琲を飲む様に勧めた。
馥郁とした珈琲の香りに、リリスの気持ちが癒される。

一口珈琲を飲むと、懐かしい気持ちに満たされていく。
リリスはそれを堪能してくつろぎ、椅子の背にもたれてマスターに尋ねた。

「私の人族としてのレベルが上がったって事?」

リリスの言葉にマスターは首を横に振った。

「レベルと言うのは人間と言うカテゴリーの中での話だよね。存在としてのステージを上昇したと言う事だよ。」

「それって人間離れしていると言う事ですか?」

リリスの問い掛けにマスターは困ったような表情を見せた。

「人間と言う枠組みを取り払って考えた方が分かり易いかな。」

何となく分かるようで分からない話だ。
そのリリスの表情を読み取って、マスターは言葉をつないだ。

「今はその事をあまり考えなくても良いよ。君には君の人生があるからねえ。」

「でも、ここを訪ねて来る為に埋め込まれたアクセスキーを、若干制御出来るように成って来たのは喜ばしいね。」

う~ん。
アクセスキーって異世界通行手形の事かしら。
制御出来ているとは言い難いわね。

リリスは困惑を隠せぬままに、出された珈琲の味と香りを堪能していたのだった。





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