235 / 293
第十章 エルフの里
第十五話 償い
しおりを挟むカップが割れる音が、二人の間に決定的な違いが存在していることを物語っている。
ヤスは、エルフ族の長老が”綺麗事”だけを言っているようにしか思えない。”皆”のため。”繁栄”のため。そんな”こと”のために、長老衆やそれに近い者以外のエルフが犠牲になっている。
犠牲になっている者たちも、騙されているとは思わないまでも、何かがおかしいと感じるから、自分たちでなんとかしようとする。そのために、外部の者に攻撃的な態度を取る者たちが増えていく。そして、一部の者たちと手を組んで、愚かな行為に出る。
自分たちが”優位に立てている”と考えてしまって、相手も自分たちと同じように”考える”とは思わない。
本当のことを説明する必要はない。嘘さえつかなければ、後で取り繕うことはできるのだ。商人たちは、そうやって時間をかけてエルフ族を罠に嵌めていった。最初の商人たちは、エルフ族を食い物にしているが、”家畜に死なれては困る”と考えるだろう。だから、自分たちの都合がいいように誘導はするが、ある一部の者(長老や側近)たちには、甘い汁を吸わせるのを忘れない。
儲かっている商人の後追いでやってくる者たちは、同じく甘い汁を吸えなかったエルフたちと結びついて、先鋭化していく。
そして短絡的に考えて、”アーティファクトを盗み出す”といった直線的な手段に訴える。
ヤスは、”仲間だと言っている者たち”をないがしろにする奴らが”嫌い”なのだ。偉そうなことを言って、実際には仲間内で利益を循環させるような連中を見ると虫唾が走る。
「神殿の主殿」
「なんだ?償いの方法が思いついたか?」
「何を差し出せばよい?」
「そうか・・・。”貴様たちの全て”とでも言えばいいのか?」
「それは・・・。無茶な要求には答えられない」
「同じことを言わせるなよ。求めているのは、お前たちだ。俺じゃない。俺は、捕らえた奴らを、俺の好きにする。お前たちは、それは辞めてほしい。違うか?」
「違わない」
「なら、条件を提示するのは、お前たちだ。俺じゃない。本当に、同じことを何度も言わせるな」
「っ。それでは、無条件で同胞の解放を求める」
「拒否する。それが、お前たちの答えなら、交渉の価値もない。連れて帰って、実験に使う」
ヤスは、座っていた椅子から腰を上げる。
もう話しは終わりだと言い出しかねない。
「神殿の主殿。待ってほしい。待ってほしい」
「あ?さっきから、お前は、何がしたい?俺を怒らせたいのか?」
「すまない。本当に、すまない。償いと言われても・・・。何も、思いつかない」
ヤスは、浮かせた腰を椅子に戻した。
最初から、そう言えば、話は早かった。ヤスとしても、別にエルフ族を絶望に叩き落としたくはない。今後、リーゼが活動しやすい環境ができれば十分だと考えている。余りにも、エルフ族が横柄な態度に出てきたので、気分が害されていただけだ。
最初から、”わからない”と言えば良かったのだ。その上で、償いとして提示しても問題にならない”こと”を提示すればよかったのだ。
「はぁ・・・。最初から・・・。まぁいい。それで、俺が捕らえている連中で、大事なのは誰だ?アーティファクトを盗もうとした者を、無罪で釈放は出来ないぞ?」
「・・・」
ヤスは呆れてしまう。全員が大事だとは思えないからだ。それなら、交渉をしてきてもいいと思うのだが、長老は”全員”を助け出したいと思っている。
「エルフ族では、他人の物を盗んだことがわかった場合にはどうする?」
「物によるが、同等の対価を払うか、同じものを用意して、集落からの追放だ。追放が嫌なら、相手に対して許しを得ることが条件になる」
「なんだ、しっかりとした指標があるのだな。アーティファクトは無理だな。同じものを用意は絶対に不可能だろう。対価になるが、それも不可能だろう」
「不可能とは?」
「別のアーティファクトだが、王国に提示したのは、星貨で10枚だ」
「なっ!」
「あのアーティファクトは、王国に提示した物よりも、価値があるからな、実際には、10倍を出されても渡さない」
「星貨100枚は、無理だ」
「だろうな。だから、落とし所をどうするのかだが・・・。奴らを俺が貰っても、そこまでの価値はない。奴らのしでかしたことで、エルフ族の全体に負債を背負わせるのも違うだろう?」
「・・・」
「だが、お前が出てきた。長老が出てきて、俺と交渉を始めた。それは、エルフ族。この集落の総意だと俺は考える」
「あぁ儂たちが、預かることになる」
「わかった。まずは、全員を奴隷に落とせ」
「主殿!」
長老は、椅子から立ち上がって、ヤスに抗議の声を上げる。
最終宣告だと思ったのだろう。
エルフ族にとっては、奴隷に落ちるのは、裸で生活する以上の辱めである。それも、人族の奴隷だと集落での生活は不可能だ。
「落ち着けよ。何も、俺の奴隷にしようと思っていない」
「え?」
「そうだな。長老衆の誰かの奴隷にしろ。その長老と俺が契約を結ぶ。大幅に減額して、星貨1枚を俺に賠償しろ。いいか、その奴隷たちが稼いだ物だけだ。盗んだ物や、家族からの提供だとわかった時点で、奴隷の主を俺に変えて、俺が定める刑を執行する。同時に、エルフ族にペナルティーを課す」
「契約?ペナルティー?」
「まずは、契約は、どうせタイムアップを狙うのだろうから、そうならないように、お前たちが持つ権利を、星貨を返し終わるまで俺がもらう」
実際には、ヤスにはエルフ/ハイエルフを超える寿命が設定されている。
神殿の主として、殺されなければ、寿命が無いのと同じだ。不老に近い体質を持っている。神殿のコアと連動していることで、寿命という概念がなくなってしまっている。神殿のコアが破壊されて、ヤスが殺されて初めて死ぬことができる。
「それは・・・」
「ダメだとは言わせない。ここまで譲歩しているのだぞ?」
長老としても、人族の奴隷でなければ、まだ申し開きが可能だ。
長老の奴隷になるように、ヤスと交渉して勝ち取ったと言い訳ができる。ヤスに、考えを誘導されているとは思っていない。
ヤスが、奴隷を連れて帰っても、実験体に使う以外の利用価値はない。連れて帰るのも、時間が必要になる上に、面倒なのは間違いない。それなら、殺してしまうのが、後腐れがなくて良いのだが、殺すよりもエルフに押し付けて本当に欲しい物を奪い取るほうが有意義だと考えた。
「わかった。それで、権利とは?」
「簡単だ。本来なら、リーゼが主張できる物を渡してもらおう」
「え?」
「持っているのだろう。魔道具の利用料が、この里にも入っているのだろう?」
「・・・」
「お前たちが、本当に恐れたのは、同胞が奴隷になることでも、殺されることでもない。リーゼが、エルフの里にたどり着いて、正当な持ち主だと証明されてしまうことだろう?」
「それは・・・」
「リーゼも、そんな物だとは知らない。欲しいとも思っていない。家族の・・・。母親と父親との繋がりを求めているだけだ。多分だが、父親との繋がりは、ここにはない」
「・・・」
「沈黙は、肯定と取るぞ」
「・・・」
「はぁ・・・。まぁいい。その繋がりがあれば、リーゼだけではなく、他の者たちは、もっと柔軟に対応しただろうな」
「そ、それでは、神殿の主殿が、リーゼから権利を巻き上げることになるのでは?」
「そうだ。俺が巻き上げる。お前たちの手元に残らないのには、同じだ。何も変わらない。リーゼが持っているか、俺が持っているかの違いだ」
「それは・・・。そうだが・・・」
「それで、ペナルティーは、その権利を永久に俺がもらうことになる。もちろん、正当な権利者が訴えてきたら、俺は誠意を持って対応する」
「・・・。わかった」
長老は、ヤスの提案を受け入れる。
ヤスのペースで進んだ、償いという名の交渉は、結局ヤスが欲しい物を手に入れた。エルフは、多くの物を失ったような錯覚に陥っているが、もともと正当な権利者を騙していた状態だったのが、なくなっただけなのだ。
星貨1枚という借金は出来てしまったが、これも今までの賠償だと考えれば安い物だ。
ヤスの”償い”という言葉に隠された意味を、エルフ族の長老は、最後まで理解が出来なかった。
0
お気に入りに追加
121
あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした
高鉢 健太
ファンタジー
ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。
ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。
もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。
とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました
四折 柊
恋愛
子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。

我が家に子犬がやって来た!
もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。
アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。
だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。
この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。
※全102話で完結済。
★『小説家になろう』でも読めます★

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる