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第九章 神殿の価値
第十三話 説得他
しおりを挟むジークは、王都に向かうアーティファクトの中で、ハインツと話をしている。
「ハインツ。神殿を”どう”見る?」
「ジークムント様。難しい質問です」
「ハインツの感じたことを教えて欲しい」
「そうですね。まず、敵対しないほうがよいと思います」
「そうだな。俺もそう思う。帝国とのやり取りや、リップルへのやり方といい。公爵や侯爵の現状を考えると・・・。敵には容赦がなさすぎる」
「はい。しかし、頼ってきたものには門戸を開いていますし、仲間の為ならば神殿の権能を使うのに戸惑いはなさそうです」
「あぁ仲間は無理でも、敵対しては駄目だ。王国が滅びるかもしれない」
アーデベルトは、二人の話を聞きながら、違う事を考えていた。
兄であるジークムントを説得するのは、それほど難しいことではない。問題は、母親だと考えている。
「お兄様」
「どうした?」
「お兄様は、フロアを購入されますか?ハインツ様は?」
「アーデベルト様。私は、父が購入すると思います。個人では購入いたしません」
「お兄様?」
「俺は、駄目だな。神殿に近づきすぎる。アデー。当初の目論見どおり、アデーが購入して、避難場所にするのが妥当だろう」
「お兄様。それでは、神殿に対して不義理を働くことになりませんか?」
「どういうことだ?」
「サンドラ様も神殿でお過ごしです。神殿を避難場所とかんがえるのなら、私が神殿のリゾート区に住みます」
「アデー。それは、お前が工房に行きたいからなのか?」
「お兄様。それは否定いたしません。しかし、神殿と対等に付き合うのなら、神殿からの要求を聞き届ける者がいたほうがよくありませんか?」
「それが、お前が適任だと?」
「はい。神殿は、自治区となると思いますが、実質的には一国と同等です。ならば、王国も王家の者が窓口になるのが筋ではないでしょうか?」
「・・・。アデー。お前・・・。まぁいい。アデーが言っているのは間違いではない。間違いではないが・・・」
ジークムントは、アーデベルトの言っている内容が間違ってはいないと認めながらも、素直にうなずけない。
ハインツは自ら口を挟むのを止めた。
ジークムントが国王になれば、自分が補佐役を仰せつかるはずだったのだが、弟の失態から、辺境伯を継がなければならない。サンドラが婿を取り、辺境伯を継ぐというオプションも有ったのだが、サンドラは父親に継承権の放棄を申し出てしまった。
逃げられたとは思わないが、自分一人になってしまったハインツは、辺境伯を継がなければならない立場に戻ったのだ。
なので、王家の問題に口を挟まない。
今、ハインツが口を出せば、やぶ蛇になると考えている。
「お兄様。それと、私は毒沼フロアの購入を考えています」
「ん?」「え?」
「アデー。まて、なぜだ?あのフロアは使いみちがないぞ?」
「お兄様。それこそ、使いみちがあるから、購入を考えているのです。それに、あのフロアは一つだけなので、早めに意思表示をしなければならないのです」
「アデー。お前は・・・」
「お兄様。毒沼フロアは、神殿の迷宮区と同じ仕組みのようです」
「ん?」「あ!」
「ハインツ様がお気づきのようですね」
「ハインツ!」
「ジークムント様。アーデベルト様のお考えと同じかはわかりません。私なりの解釈ですが、よろしいですか?」
「構わない。話せ」
「はっ」
ハインツは、ジークムントに命令されて、自分の考えを語った。
アーデベルトが考えている物から、神殿の対価に関する部分が入っていない事以外は、アーデベルトが考えた通りの説明をした。
「アデー」
「ハインツ様。お兄様。どうですか?何か問題はありますか?」
二人は黙ってしまった。
特に、ジークムントは、王都で話し合われている内容の帰着点の想像が出来ている。確かに、神殿のフロアを使うのはいい方法と思えてきた。
「わかった。アデー。父に進言しよう。お前の提案に乗ってやる」
「ありがとうございます」
アーティファクトは静かに進んだ。まもなく王都が目前に迫ってきていた。
「ジークムント様。アーデベルト様。ハインツ様。門から離れた場所に、アーティファクトを止めます」
マリーカが皆に説明する。
皆の偽装用の着替えも用意してある。
マリーカは、王都の中に入っていく、辺境伯の印を持つので、すんなりと中に入れた。
その後、辺境伯の屋敷に赴いて、馬車を一緒にアーティファクトまで移動する。
着替えた3人を馬車に乗せて王都に戻る。
馬車には、辺境伯の印が付いているので、門番のチェックも厳しくはない。
「なぁハインツ」
「はい」
「神殿の認証だけでも、王都に導入は無理か?」
「難しいかと思います。マリーカ。何か知らないか?」
「私よりも、ツバキの方が詳しいのですが、神殿の権能を使っておりますので、難しいかと思います」
「そうか・・・」
「チェックだけなら、魔道具で実装出来ますが、問題はカードの発行なのです」
「どういうことだ?」
「今回、皆様のカードは、1日だけ使えるカードをお渡ししました」
「あぁ」
3人は、土産のつもりでカードを持って帰ってきていた。カードを取り出して眺めている。
「カードの発行が、神殿でしか行えないのです。それが解決できれば、認証を含めて魔道具として出せると、ヤスさんは言っていましたが、優先順位は低い・・。いや、最低だと思います」
「そうなのか?」
「はい。ヤスさんの優先順位というよりも、イワン殿たちの優先順位と言った方が良いかも知れません」
「あぁ・・・・」
アーデベルトには心当たりがある。工房の説明も、半分以上が蒸留酒の話になっていた。
「アーデベルト様は、工房に行かれたからご存知だと思いますが、気が向かないと、開発を行わない人たちでして・・・」
「それは、しょうがないだろう。王都で導入できる可能性があるだけ良かったと考えるべきだな」
そんな話をしていると、馬車は貴族街に入った。
辺境伯の屋敷までは距離があるが、3人はなんとなく黙ってしまった。
馬車は、辺境伯の屋敷に吸い込まれていった。
馬車を降りると、ハインツにキースが近づいてきた。
「ハインツ様。クラウス様がお待ちです」
「キース!父上が戻られたのか?」
「はい。先程、お戻りになりました」
「わかった。ジークムント様。アーデベルト様は、馬車をお使いください。王城にお送りいたします。キース。頼めるか?」
キースが馬車に案内を始めようとしたのを、ジークムントが手で制した。
「ハインツ。辺境伯が帰ってきているのなら、話を聞きたい」
ハインツがキースに目で合図を送った。キースが、先行してクラウスに話を通すために、屋敷に入っていった。
別の者が出てきて、部屋に案内をした。
「こちらでお待ち下さい」
5分ほどして、クラウスが部屋に入ってきた。
「お久しぶりです。ジークムント様。アーデベルト様」
クラウスは、二人に挨拶してから、二人が座っている前に腰をおろした。隣にハインツを座らせてから、付いてきていたマリーカに飲み物を頼んだ。
「それで、ハインツ。神殿はどうだった?」
「父上。知っていたのなら教えて下さい」
「ハハハ。サンドラに良いように遊ばれたようだな」
「えぇおかげで解りました。けして敵対しては駄目だという事や、王都やレッチュ領に足りない物を教わった気持ちです」
クラウスは、ハインツの言葉が嬉しかった。
ただ驚くだけではなく、しっかりと取り入れるべき物を探していたのだ。
「まずは、何を行う?」
「孤児院を充実させます。それに伴って子供の教育を行います」
「うむ」
「食料は簡単に増えませんが、子供の知識は増やせます。子供でもまとまれば、知恵も出しますし、仕事も出来ます」
「今までは出来ていないな?」
「はい。今までは、”感謝”されるような事をしておりません。神殿に居た子供は、皆が神殿の主に感謝していました。難しいとは思いますが、だからと言ってやらないのは間違っています。試行錯誤は必要だとは思いますが、やってみたいと思います」
「うむ。ハインツ。キースと必要になる予算を算出しろ、問題がなければ、お前に任せる」
「ありがとうございます」
ハインツは立ち上がって、頭を下げる。
「クラウス殿。少しだけいいか?」
「何でしょう、ジークムント様」
「ハインツの事業だが、まずは王都で試してみないか?俺も、王家から支援を出すように、父に具申する」
「よろしいのですか?ハインツの計画は、成功する保証はありません」
「構わない。ハインツ。俺も参画する。それなら、父も文句は言わないだろう」
「わかりました。ハインツもいいな」
「はい」
ハインツに選択肢があるわけではない。”はい”と答えるしかないが、王都で王家の支援を受ける事業だ。敷居は上がったが、成功する為のピースが揃っていく。
ハインツの話が終わったと見て、アーデベルトがクラウスに質問をする。
「クラウス様。会議は、まだ難航しているのですか?」
「難航しているのは、処分のために、どこかに身柄を預かる必要がある。陛下は、最初は教会に協力を求めたが、教会は正式に拒否してきた。中立性が保てないという理由だ。陛下は、すでに叔父である公爵閣下を排除されると決めた。あとは方法だけだ。同時に、侯爵や寄り子の貴族たちを含めて、このタイミングで勢力を削るおつもりだ」
「お兄様!」
「あぁアデーの読みが当たった形になるな」
「ジークムント様?アーデベルト様?」
「クラウス辺境伯。神殿のリゾート区の話は聞いているな?」
「はい。サンドラから連絡がありました。儂も助言をしました」
「そうか、それなら話がはやい。アデーの計画を聞いて欲しい、そして、協力を頼みたい」
「??」
アーデベルトが主導して、クラウスに計画の説明を行う。
30分にもおよんだ話が終わった。
「わかりました。明日の会議が終わってから、陛下にお時間を貰って提案してみる」
「ありがとうございます」
「アーデベルト様。でも、よろしいのですか?この計画が成功したら神殿に住む事になり継承権の返上を求められます。そして失敗したら継承権の剥奪です」
「構いません。私ができる最大の親孝行です」
「はぁ・・・。わかりました。ジークムント様もよろしいのですね?」
「どっかの娘と一緒で、俺の妹も言い出したら引かないからな」
男三人がお互いの顔を見て笑い出した。
不本意な顔をするアーデベルトだが、自分の思惑通りに進んでいるのを実感して嬉しくなってしまっていた。
翌日、会議の終了後に、クラウス辺境伯は陛下に面会を申し入れて、ジークムントとアーデベルトからの提案だと前置きして、計画を説明した。
「陛下?」
「クラウス。これ以上、いい方法が儂には思いつかない」
「陛下、残念な事に私にも、これが最良の方法に思えています」
「そうだな。誰か、アーデベルトを呼べ」
アーデベルトは、父である陛下から神殿のリゾート区にアーデベルトが主体となって王家の別荘を建築せよと命令が下った。
表向きの理由は、王家の別荘に構築と管理の役目だ。貴族向けには、神殿との繋がりを強化するために、神殿にアーデベルトを差し出す。そして、本当の狙いは、アーデベルトが管理している毒沼フロアに、処分しなければならない貴族を送り込むのだ。
話を聞いたヤスがそれなら・・・。
アーデベルトに、ドッペルたちを貸し出した。これで、公爵家や侯爵は、アーデベルトが管理する別荘地で幽閉された形になった。本人はすでに死んでいるが、生きているという体裁を作る事が出来た。そして、公爵や侯爵にすり寄る愚か者たちの話が、アーデベルトに筒抜けになった。
アーデベルトは、父親から許可が出ると、取る物も取らないで、神殿に向かった。
マリーカがとツバキが帰るのに便乗したのだ。そのまま、リゾート区の購入を行った。資金的に余裕が出来たので、毒沼フロアと草原フロアと湖フロアの3フロアを購入した。自分は、草原フロアに小さな別荘を建てた。湖フロアは、父親や兄が別荘を建てるだろうと考えたのだ。
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