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第九章 神殿の価値
第六話 イチカ
しおりを挟むイチカは、カイルと話をして、妹や弟をカイルが面倒をみてくれると聞いて安心していた。
ドーリスやサンドラや時にはヤスやリーゼが妹や弟の世話をしてくれるが、もうしわけなく感じていた。本当なら、今回の依頼も断ろうと思っていたのだが、先方から”イチカ”を名指しで依頼してきたのだ。
一泊になるのも、神殿のギルドで処理した書類をローンロットまで運んで、ローンロットの各ギルドに来ている神殿あての書類をまとめるのに時間が必要になるのだ。ギルドからも、ギルドで宿を用意すると言われているので、受けるしかなかった。
行程にも時間がかかりそうだった。
ユーラットに寄ってから、ローンロットに向かう。カイルは、アシュリへの配達だけだと言っていた。
イチカは、正門からユーラットに向かった。
下り坂は、得意中の得意だ。ギリギリまでブレーキを遅らせて。モンキーを傾けて、コーナーを抜けていく、ヤスがイチカに一度だけ見せたテクニックだ。体重移動の重要性を見抜いている。イチカは、カイルの前ではわざと体重移動を少なくした運転をしている。抜かれ始めてから、体重移動を使おうと思っているのだ。
「神殿のギルドから依頼で来ました」
「あ!イチカちゃん。少しだけ待ってね。書類がもうすぐできるから。食堂で待っていてくれると嬉しい」
「わかりました」
食堂で出された物を飲みながら、イチカは魔の森関連の資料を読み始めた。神殿のギルドや図書館にも同じ物はあるが、日々の更新はユーラットのギルドで行われている。最新情報があれば知っておきたいのだ。
カイルが魔の森や迷宮区に行こうと言い出したときに必要になると考えているのだ。
「おまたせ」
受付から、書類を受け取った。イチカは、書類をペラペラめくりながら宛先を確認する。
「ありがとうございます。ローンロットでいいのですよね?」
「はい。全部、ローンロットで大丈夫です。その先は、ローンロットで対応します」
「わかりました」
「お願いします。慌てなくていいので、安全を優先してくださいね」
「はい。大丈夫です。ヤスお兄様にも、ゆっくりでいいと言われています」
「そうですよ。ゆっくりでも馬車の数倍以上の速さなのですからね」
「はい!」
イチカは、仕事を褒められるのも好きだが、ヤスのアーティファクトが褒められるのが一番好きなのだ。
「帰りは寄らなくて大丈夫だからね」
「はい!ローンロットで依頼がなければ、神殿に帰ります」
イチカが走り去ったユーラットのギルドでは、受付の女性が集まって話をしている。
話の内容は、イチカとカイルが”いつ、付き合い出すか”だ。大半の人間は、1年以内は無いと見ている。一部は、実はもう付き合っているに賭けている者もいる。中には、カイルが振られて、ヤスの愛妾になるという賭けに出ている者もいる。
神殿に住んでいれば、ヤスとイチカの接点が意外と少ないのは知っているのだが、離れた場所で生活していて、ヤスをあまり見たことがない者たちにはわからないのだ。大切なアーティファクトを貸し出して自由に使わせる心理状態が想像できないのだ。だから、短絡的に考えて、ヤスがイチカを狙っていると考えた者も多いのだ。的はずれなのは、神殿に住んでいればすぐに解るのだが、神殿に住んでいる者たちは、神殿で完結してしまっている場合が多い。そして神殿以外に住んでいる者は、ヤスとの接点が極端にすくないのだ。
イチカは、商隊が使うルートではなく、昔からあるルートを使ってアシュリを目指した。
新街道は、石壁に沿って作られている道で商隊や移住を目的にした人たちが使っている。アーティファクトを見られても大丈夫なのだが、過去に何度か冒険者から攻撃を受けた。その時には、結界が発動して攻撃は防げたのだ、それから一人の時にはなるべく人が少ない道を通ることにしている。
ローンロットに向かう時には、より一層、気を使って走っているが、アシュリ-ユーラットよりは人が多いために攻撃をするような愚か者はいない。また、辺境伯もヤスに気を使って警邏隊を出しているので、関所を含めたローンロットの周辺は安全に移動できる。
イチカも、数回の休憩を挟んで、ローンロットに到着した。イチカも魔通信機を持っている。着信があり、カイルからだと解る。カイルに連絡をすると、妹が出た。カイルが神殿に戻ってきて、カート場に来ていると教えられた。
安心してローンロットの冒険者ギルドに向かった。
「イチカです。配達で来ました」
「ありがとう。神殿とユーラットから?」
「はい」
「確認するから待っていてね」
「あっ私に、指名依頼だと言われました。こちらで受けてほしいそうです」
「え?そう?ギルドカードを出して?先に確認するわね」
「はい。お願いします」
イチカが提出したカードを見て、神殿が発行している特別製のカードなのを認識して、受付は依頼票を探した。
「これね。確認して」
イチカに一枚の依頼票が渡される。
依頼者は、ディトリッヒになっていた。内容を読んで、イチカは納得した。カイルも一緒に・・・。違う。私の役目だ。
「どうする?」
「受けます。手続きをお願いします」
「わかりました。確認作業は、お伝えしたとおり、明日まで必要です。今日は、ギルドが確保している宿屋か、規定の料金で泊まれる場所でお願いします」
「ギルドが確保している宿屋に泊まります」
「わかりました」
イチカは、そのまま職員の案内でギルドが確保している宿に入った。
翌日、書類を受け取ってから、ディトリッヒの依頼を達成するために、関所の森を進んだ。行き先は、帝国側の湖の村だ。
イチカは指示された通りに、まずは王国側の湖の村に向かった。
村長に依頼書を見せると、すぐに帝国側の村から迎えの船が出された。イチカは、船に乗って帝国の村に入った。
村長は、依頼を受けたのが幼い女の子だという事実にびっくりしていた。
「イチカと言います。ディトリッヒさんの依頼を受けてきました」
「ありがとうございます。本来なら、自分たちで動けば良いのですが・・・」
「大丈夫です。その為に、私たちがいます。安心してください。必ず届けます」
「ありがとうございます」
村長は、イチカの足元に跪く勢いで礼を言っている。
「それで、遺骨は?」
「はい。指示を頂いて、火葬いたしました。骨が少しだけ残りまして・・・」
「わかりました。身に付けていた物もあれば持っていってあげたいのですが?」
「あります。お願いできますか?」
「もちろんです。しっかり、親御さんに届けます。アシュリに居るのは間違いないようです」
「・・・。良かったです。彼らだけでも無事で・・・。本当に、良かった」
「はい。彼の妹さんも無事です」
「本当ですか!?」
「はい。ディトリッヒさんからの依頼書には、彼の墓前で伝えてくれとあります」
ディトリッヒの依頼は、遺骨と遺品を預かって、アシュリに居る家族に届けることだった。ドッペル男爵領から逃げ出す時に、息子が一人だけはぐれてしまった。両親と妹は、関所に保護を求めてきた。そのままアシュリに移動して審査を受けた。その時に、息子が一人ドッペル男爵領の奴隷商人に捕まって居ると訴えたのだ。ドッペル奴隷商人は、行方を探したが見つからなかった。湖の村にそれらしき男の子が居た。ただし、湖の村に来た時にはすでに衰弱していて、村に辿り着いた翌日に死んでしまった。特徴と姿絵をアシュリに送付して、両親に確認した所、息子で間違いないと認めた。
「本当、ありがとうございます」
「神殿の主である、ヤス様にお伝えいたします」
「はい。はい」
「村長。この村には、同じように亡くなった子供の墓標があるとお聞きしました」
「・・・。ございます。ヤス様にお聞きしたら、是非作って弔って欲しいと言われまして、作成いたしました」
「申し訳ないのですが、彼の墓標と、他の子の墓標を案内してはもらえないでしょうか?」
「はい。お時間は・・・」
「大丈夫です。お願いします」
イチカは、村長に頭を下げる。
一つの選択肢の違いで、自分たちの未来だった子たちだ。弔いの言葉をかけたい。そして、次に生まれ変わってくるのなら、神殿に来るように誘ってあげたいのだ。
神殿が安全で素晴らしい場所ではあるが、楽園ではないのをイチカは知っている。
ヤスだけではなく、皆、頭を悩ませて、知恵を絞って、足掻いて、より良くしていこうと思っている。そんな大人たちが多くいる場所だ。もちろん、イチカやカイルも大きくなり、大人だと胸を張れるようになったら、ヤスの手助けをしたいと思っている。
だから、安心して生まれ変わって欲しい。皆が親であり兄弟だと教えてあげる。
お腹がいっぱいになるまで食べられて、安心して寝られて、そして、皆で笑いあえる場所で・・・。神殿で会おうと約束する。
イチカは、自分が今は与えられているだけなのを認識している。
だからこそ、早く大人になって、少しでも返していきたいのだ。
そして、ここで力尽きた子供たちの様な子供を減らしたいと考えているのだ。
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