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第九章 神殿の価値

第五話 カイルと子供たち

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「イチカ!」

「なに?」

「今日は、どこに行く?」

「カイルは?」

「俺は、今日はアシュリに配達だけ」

「そう、私はローンロットに配達で、向こうで宿泊になると思う」

「わかった。妹たちは?」

「ドーリスさんが手配してくれる。先生たちも居るし大丈夫だと思う」

「わかった。俺もなるべく早く帰ってくる」

「うん。お願い。それじゃ先に行くね」

「おぉ!」

 カイルとイチカのお決まりのやり取りだ。
 最初の頃は、二人で依頼を受けていたが、効率が悪かったり、行く先々でからかわれたり、不都合ではないがカイルが不機嫌になるので、カイルが単独で受けたいと言い出したのだ。ギルドマスターのドーリスが神殿の領地内なら問題はないと判断して、カイルとイチカは”神殿の領地内に限って”自由に依頼を受けられるようになった。ただし、魔の森や迷宮区は除外されている。

 神殿のギルドには、素材を求める依頼が多くなっている。
 未だに、神殿やヤスのことを知らない貴族領から、アーティファクトを上納せよと命令のような依頼が舞い込んでくる。ドーリスが受け取りを拒否する。依頼を突き返すが、バカはバカでも権力を持ったバカは、どこにでも居る。それらのバカの対応にサンドラが追われている。

 依頼などのやり取りは、魔道具を使って行われるが、実際の依頼書や書類のやり取りは必要になっている。
 以前は、定期的にギルドが所有する馬車で運搬していた。ヤスが話を聞いて、カイルやイチカへの仕事にしてやれないかと言ってきたのだ。試しに、ユーラットとの間で実行したら思っていた以上に効率がいいのだ。それで、徐々に範囲を広げて、今ではローンロットや楔の村ウェッジヴァイクや湖の村にまで、書類を運んでいる。
 最初は、冒険者ギルドの書類だけだったが、他のギルドも有効性に気がついて、神殿にあるギルドは、書類を運ばせているのだ。

 伝言や依頼は、魔通信機を使えば伝えられていたが、書類が届かなくて最終的な承諾が取れない場合が発生していた。
 書類を、神殿の者以外が運ぼうと考えたら1-2週間は覚悟しなければならない。しかし、ローンロットまでならかなり短縮される。そして、カイルやイチカたちがローンロットまで早ければ1日で往復出来る。かなりの時間の短縮が可能になった。
 ヤスが思いつきで作ったローンロットは、辺境伯領や隣接する領地にとっては不可欠な存在になりつつある。そして、神殿から供給される物品を運ぶアーティファクトだけではなく、書類を運ぶカイルやイチカも不可欠な存在になっていた。

「カイル兄ちゃん!」

「ん?どうした?」

 カイルがモンキーに火をいれると、弟が駆け寄ってきた。

「カイル兄ちゃん。今日は、帰りは早いの?」

「おぉアシュリまでだから、お前たちと昼ごはんを一緒に食べられると思うぞ」

「本当!」

 カイルは、3人の頭を順番に触りながら宣言する。本当は、イチカが泊まりになるなら、ユーラット経由で東門のコースでイチカの記録に挑戦したかった。
 弟たちが呼び止めに来たので、西門を使ってアシュリに行くと決めた。

 これも、カイルとイチカに与えられた特権だ。運ぶ荷物が書類だけなので、時間を守れるのならコースは自由に選択できる。
 カスパルたちは、運ぶ荷物で道が決められている。殆どの場合が、正門から出て、ユーラット経由で荷物を運ぶ指示になっている。

「あぁなにか頼みがあるのか?ヤス兄ちゃんへの頼みか?」

「ううん。カイル兄ちゃん!ポケバイを教えて!」「僕も!」「僕も!」

「え?ポケバイ。お前たちが?」

「「「うん!」」」

「そうか、モンキーに乗れなくても、あれなら乗れるのか?でも、お前たちカート場には?」

「大丈夫!」

 3人は、カイルにカードを見せる。
 ドーリスとサンドラの提案を受けて、カードには立ち入りが出来る施設のマークが表示されるようになっている。任意で表示を切り替えられるので、消しておくことも出来るが、ヤスに、神殿に認められた証になるので、消して居る者は少ない。

 カイルに自慢気に見せた子供たちのカードには、カート場のマークが表示されていた。

「そうか。それで、行ったのか?」

「うん!リーゼお姉ちゃんがカートに乗せてくれた。そのときに、ポケバイも教えてくれた」

「そうか、それなら大丈夫だな。わかった、昼ごはんを食べたら、カート場に行くか?予約を頼むな」

「「「うん!」」」

 カイルは、モンキーに跨って、西門に向かった。
 何度も通っているので道も覚えている。ヤスに抜かれて、イチカに負けた日からカイルは練習を重ねている。イチカには、10回挑戦すれば2-3回は勝てる程度には早くなっているが、ヤスが持っているコースレコードには遠く及ばない。ヤスからのアドバイスを素直に聞いて、コーナの入口でしっかりと減速してから速度を上げながら曲がるようにはしている。でも、それだけではイチカには追いつけるが勝てない。何かが違うのだ。
 カイルは、時間を見つけてはモンキーで色んな場所を走っている。それが練習になると思っているのだ。

 アシュリに到着して書類を渡す。
 ギルド間のやり取りなので、書類を渡した時点で依頼の達成になる。このまま帰っても良いのだが、カイルやイチカは、村々のギルドに顔を出して、仕事がないか聞いてから帰るようにしている。書類か軽い荷物の運搬しか許されていないが、それでも急な依頼があるかも知れないからだ。

「大丈夫よ。ありがとう」

 受付も事情は解っているので、カイルからの質問に”今日は何もない”と返事をする。

「わかった。何か、あったら連絡をください。すぐに来ます」

「うん。いつもありがとう。そうだ、カイル君。今日は、西門を使ったの?」

「え?なんで?」

「到着が早かったから、西門を使って下ってきたと思っただけよ」

「はい。今日は、昼に弟たちと約束をしたので、早く帰りたかったので・・・。ダメでしたか?」

「ううん。ダメとかじゃないのよ。今度、西門の先にリゾート区ができて、貴族や豪商が別荘を建てると噂で聞いてね。西門が使えなくなると聞いたから・・・。カイル君やイチカちゃんへの依頼の時に、宿泊が前提になるのか確認したかったの」

「その話なら、近々サンドラ姉ちゃんが告知するらしいですよ」

「そうなの?」

「はい。道は、貴族や豪商が使う専用だし、門も同じ西門って名前だけど、違うから、今までと俺たちは変わらないですよ」

「そう・・・なの?」

「うん。ヤス兄ちゃんが、サンドラ姉ちゃんとドーリス姉ちゃんと話しているのを教えてもらったから間違いないですよ」

「そう・・・。ねぇカイル君。ヤス様って怖い人なの?」

「え?ヤス兄ちゃんが怖い?なんで?」

「だって、ルーサ様とかに命令しちゃうのでしょ?」

「うーん。ルーサさんとイワン爺たちが酒盛りを始めると怒るけど、それだけだよ。別に怖いとは思わない。俺が、歩いている人を優先しないで、アーティファクトを走らせた時には怒られたけど、俺が悪かったからね」

「そう・・・」

「うん。なんどか、ここにも来ているけど会っていないの?」

「え?そうなの?」

「うん」

「私が居なかった時なのかな?」

「うーん。俺にはわからないよ。あっそろそろ行く。また来ます!」

「あっそうですね。ありがとう。またお願いね」

「はい!」

 カイルは、来た道を帰る。逆周りのコースになる。
 西門に到着して、大衆浴場で、シャワーを使って汗を流してから食堂に行くと、カート場に行けるようになった弟や妹たちが待っていた。

 皆が口々にカイルが遅かったと怒っているが、遅くなったわけではない。弟や妹たちが楽しみすぎて、先に御飯を食べて準備して待っていたのだ。
 カイルは苦笑しながら軽めの昼を食べてから、皆を連れてカート場に降りた。

 弟や妹たちだけでカート場には来ないように言っている。危ないとかではなく、子供同士で差が生まれるのは良くないと思ったからだ、大人と一緒に来るように言っている。弟や妹たちはカイルとイチカの言いつけを守っている。暇そうにしている大人(ヤスやリーゼやイワン)を見つけてカート場に行きたいとお願いしているのだ。

 カイルは、弟と妹たちの挑戦を受ける形で、ポケバイやカートの操作方法やテクニックを教えた。

 そして、カイルは思ったのだ。
 ヤス兄ちゃんが言っていた。”幸せの形”がなんなのかわからないけど、自分が今・・・。やりがいを感じている。仕事をして、弟や妹たちと安心できる場所で生活ができて、食事もしっかりと出来る。そして、楽しんでいられる。弟や妹の怯えた顔を見なくて済んでいる。笑い声が聞こえてくる。

 父さんや母さんにもこの光景を見せてあげたいと思っているのだ。

「カイル兄ちゃん!今度は、カートで勝負!」

「ハハハ。お前たちにはまだ負けない」

 カイルは、弟や妹たちの挑戦を受けつつ、夕飯の時間までカート場で過ごした。
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