198 / 293
第九章 神殿の価値
第五話 カイルと子供たち
しおりを挟む「イチカ!」
「なに?」
「今日は、どこに行く?」
「カイルは?」
「俺は、今日はアシュリに配達だけ」
「そう、私はローンロットに配達で、向こうで宿泊になると思う」
「わかった。妹たちは?」
「ドーリスさんが手配してくれる。先生たちも居るし大丈夫だと思う」
「わかった。俺もなるべく早く帰ってくる」
「うん。お願い。それじゃ先に行くね」
「おぉ!」
カイルとイチカのお決まりのやり取りだ。
最初の頃は、二人で依頼を受けていたが、効率が悪かったり、行く先々でからかわれたり、不都合ではないがカイルが不機嫌になるので、カイルが単独で受けたいと言い出したのだ。ギルドマスターのドーリスが神殿の領地内なら問題はないと判断して、カイルとイチカは”神殿の領地内に限って”自由に依頼を受けられるようになった。ただし、魔の森や迷宮区は除外されている。
神殿のギルドには、素材を求める依頼が多くなっている。
未だに、神殿やヤスのことを知らない貴族領から、アーティファクトを上納せよと命令のような依頼が舞い込んでくる。ドーリスが受け取りを拒否する。依頼を突き返すが、バカはバカでも権力を持ったバカは、どこにでも居る。それらのバカの対応にサンドラが追われている。
依頼などのやり取りは、魔道具を使って行われるが、実際の依頼書や書類のやり取りは必要になっている。
以前は、定期的にギルドが所有する馬車で運搬していた。ヤスが話を聞いて、カイルやイチカへの仕事にしてやれないかと言ってきたのだ。試しに、ユーラットとの間で実行したら思っていた以上に効率がいいのだ。それで、徐々に範囲を広げて、今ではローンロットや楔の村や湖の村にまで、書類を運んでいる。
最初は、冒険者ギルドの書類だけだったが、他のギルドも有効性に気がついて、神殿にあるギルドは、書類を運ばせているのだ。
伝言や依頼は、魔通信機を使えば伝えられていたが、書類が届かなくて最終的な承諾が取れない場合が発生していた。
書類を、神殿の者以外が運ぼうと考えたら1-2週間は覚悟しなければならない。しかし、ローンロットまでならかなり短縮される。そして、カイルやイチカたちがローンロットまで早ければ1日で往復出来る。かなりの時間の短縮が可能になった。
ヤスが思いつきで作ったローンロットは、辺境伯領や隣接する領地にとっては不可欠な存在になりつつある。そして、神殿から供給される物品を運ぶアーティファクトだけではなく、書類を運ぶカイルやイチカも不可欠な存在になっていた。
「カイル兄ちゃん!」
「ん?どうした?」
カイルがモンキーに火をいれると、弟が駆け寄ってきた。
「カイル兄ちゃん。今日は、帰りは早いの?」
「おぉアシュリまでだから、お前たちと昼ごはんを一緒に食べられると思うぞ」
「本当!」
カイルは、3人の頭を順番に触りながら宣言する。本当は、イチカが泊まりになるなら、ユーラット経由で東門のコースでイチカの記録に挑戦したかった。
弟たちが呼び止めに来たので、西門を使ってアシュリに行くと決めた。
これも、カイルとイチカに与えられた特権だ。運ぶ荷物が書類だけなので、時間を守れるのならコースは自由に選択できる。
カスパルたちは、運ぶ荷物で道が決められている。殆どの場合が、正門から出て、ユーラット経由で荷物を運ぶ指示になっている。
「あぁなにか頼みがあるのか?ヤス兄ちゃんへの頼みか?」
「ううん。カイル兄ちゃん!ポケバイを教えて!」「僕も!」「僕も!」
「え?ポケバイ。お前たちが?」
「「「うん!」」」
「そうか、モンキーに乗れなくても、あれなら乗れるのか?でも、お前たちカート場には?」
「大丈夫!」
3人は、カイルにカードを見せる。
ドーリスとサンドラの提案を受けて、カードには立ち入りが出来る施設のマークが表示されるようになっている。任意で表示を切り替えられるので、消しておくことも出来るが、ヤスに、神殿に認められた証になるので、消して居る者は少ない。
カイルに自慢気に見せた子供たちのカードには、カート場のマークが表示されていた。
「そうか。それで、行ったのか?」
「うん!リーゼお姉ちゃんがカートに乗せてくれた。そのときに、ポケバイも教えてくれた」
「そうか、それなら大丈夫だな。わかった、昼ごはんを食べたら、カート場に行くか?予約を頼むな」
「「「うん!」」」
カイルは、モンキーに跨って、西門に向かった。
何度も通っているので道も覚えている。ヤスに抜かれて、イチカに負けた日からカイルは練習を重ねている。イチカには、10回挑戦すれば2-3回は勝てる程度には早くなっているが、ヤスが持っているコースレコードには遠く及ばない。ヤスからのアドバイスを素直に聞いて、コーナの入口でしっかりと減速してから速度を上げながら曲がるようにはしている。でも、それだけではイチカには追いつけるが勝てない。何かが違うのだ。
カイルは、時間を見つけてはモンキーで色んな場所を走っている。それが練習になると思っているのだ。
アシュリに到着して書類を渡す。
ギルド間のやり取りなので、書類を渡した時点で依頼の達成になる。このまま帰っても良いのだが、カイルやイチカは、村々のギルドに顔を出して、仕事がないか聞いてから帰るようにしている。書類か軽い荷物の運搬しか許されていないが、それでも急な依頼があるかも知れないからだ。
「大丈夫よ。ありがとう」
受付も事情は解っているので、カイルからの質問に”今日は何もない”と返事をする。
「わかった。何か、あったら連絡をください。すぐに来ます」
「うん。いつもありがとう。そうだ、カイル君。今日は、西門を使ったの?」
「え?なんで?」
「到着が早かったから、西門を使って下ってきたと思っただけよ」
「はい。今日は、昼に弟たちと約束をしたので、早く帰りたかったので・・・。ダメでしたか?」
「ううん。ダメとかじゃないのよ。今度、西門の先にリゾート区ができて、貴族や豪商が別荘を建てると噂で聞いてね。西門が使えなくなると聞いたから・・・。カイル君やイチカちゃんへの依頼の時に、宿泊が前提になるのか確認したかったの」
「その話なら、近々サンドラ姉ちゃんが告知するらしいですよ」
「そうなの?」
「はい。道は、貴族や豪商が使う専用だし、門も同じ西門って名前だけど、違うから、今までと俺たちは変わらないですよ」
「そう・・・なの?」
「うん。ヤス兄ちゃんが、サンドラ姉ちゃんとドーリス姉ちゃんと話しているのを教えてもらったから間違いないですよ」
「そう・・・。ねぇカイル君。ヤス様って怖い人なの?」
「え?ヤス兄ちゃんが怖い?なんで?」
「だって、ルーサ様とかに命令しちゃうのでしょ?」
「うーん。ルーサさんとイワン爺たちが酒盛りを始めると怒るけど、それだけだよ。別に怖いとは思わない。俺が、歩いている人を優先しないで、アーティファクトを走らせた時には怒られたけど、俺が悪かったからね」
「そう・・・」
「うん。なんどか、ここにも来ているけど会っていないの?」
「え?そうなの?」
「うん」
「私が居なかった時なのかな?」
「うーん。俺にはわからないよ。あっそろそろ行く。また来ます!」
「あっそうですね。ありがとう。またお願いね」
「はい!」
カイルは、来た道を帰る。逆周りのコースになる。
西門に到着して、大衆浴場で、シャワーを使って汗を流してから食堂に行くと、カート場に行けるようになった弟や妹たちが待っていた。
皆が口々にカイルが遅かったと怒っているが、遅くなったわけではない。弟や妹たちが楽しみすぎて、先に御飯を食べて準備して待っていたのだ。
カイルは苦笑しながら軽めの昼を食べてから、皆を連れてカート場に降りた。
弟や妹たちだけでカート場には来ないように言っている。危ないとかではなく、子供同士で差が生まれるのは良くないと思ったからだ、大人と一緒に来るように言っている。弟や妹たちはカイルとイチカの言いつけを守っている。暇そうにしている大人(ヤスやリーゼやイワン)を見つけてカート場に行きたいとお願いしているのだ。
カイルは、弟と妹たちの挑戦を受ける形で、ポケバイやカートの操作方法やテクニックを教えた。
そして、カイルは思ったのだ。
ヤス兄ちゃんが言っていた。”幸せの形”がなんなのかわからないけど、自分が今・・・。やりがいを感じている。仕事をして、弟や妹たちと安心できる場所で生活ができて、食事もしっかりと出来る。そして、楽しんでいられる。弟や妹の怯えた顔を見なくて済んでいる。笑い声が聞こえてくる。
父さんや母さんにもこの光景を見せてあげたいと思っているのだ。
「カイル兄ちゃん!今度は、カートで勝負!」
「ハハハ。お前たちにはまだ負けない」
カイルは、弟や妹たちの挑戦を受けつつ、夕飯の時間までカート場で過ごした。
0
お気に入りに追加
121
あなたにおすすめの小説
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
チート能力を持った高校生の生き残りをかけた長く短い七日間
北きつね
ファンタジー
バスの事故で異世界に転生する事になってしまった高校生21名。
神を名乗る者から告げられたのは「異世界で一番有名になった人が死ぬ人を決めていいよ」と・・・・。
徐々に明らかになっていく神々の思惑、そして明かされる悲しい現実。
それらに巻き込まれながら、必死(??)に贖い、仲間たちと手を取り合って、勇敢(??)に立ち向かっていく物語だったはず。
転生先でチート能力を授かった高校生達が地球時間7日間を過ごす。
異世界バトルロイヤル。のはずが、チート能力を武器に、好き放題やり始める。
全部は、安心して過ごせる場所を作る。もう何も奪われない。殺させはしない。
日本で紡がれた因果の終着点は、復讐なのかそれとも・・・
異世界で過ごす(地球時間)7日間。生き残るのは誰なのか?
注)作者が楽しむ為に書いています。
誤字脱字が多いです。誤字脱字は、見つけ次第直していきますが、更新はまとめてになります。
~まるまる 町ごと ほのぼの 異世界生活~
クラゲ散歩
ファンタジー
よく 1人か2人で 異世界に召喚や転生者とか 本やゲームにあるけど、実際どうなのよ・・・
それに 町ごとってあり?
みんな仲良く 町ごと クリーン国に転移してきた話。
夢の中 白猫?の人物も出てきます。
。
せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
スマートシステムで異世界革命
小川悟
ファンタジー
/// 毎日19時に投稿する予定です。 ///
★☆★ システム開発の天才!異世界転移して魔法陣構築で生産チート! ★☆★
新道亘《シンドウアタル》は、自分でも気が付かないうちにボッチ人生を歩み始めていた。
それならボッチ卒業の為に、現実世界のしがらみを全て捨て、新たな人生を歩もうとしたら、異世界女神と事故で現実世界のすべてを捨て、やり直すことになってしまった。
異世界に行くために、新たなスキルを神々と作ったら、とんでもなく生産チートなスキルが出来上がる。
スマフォのような便利なスキルで異世界に生産革命を起こします!
序章(全5話)異世界転移までの神々とのお話しです
第1章(全12話+1話)転生した場所での検証と訓練
第2章(全13話+1話)滞在先の街と出会い
第3章(全44話+4話)遺産活用と結婚
第4章(全17話)ダンジョン探索
第5章(執筆中)公的ギルド?
※第3章以降は少し内容が過激になってきます。
上記はあくまで予定です。
カクヨムでも投稿しています。
日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊
北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。
チート幼女とSSSランク冒険者
紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】
三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が
過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。
神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。
目を開けると日本人の男女の顔があった。
転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・
他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・
転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。
そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語
※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる