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第九章 神殿の価値
第三話 イワンとルーサ
しおりを挟む「イワン殿。ヤスから、魔道具は受け取ったのか?」
「ルーサ殿か?魔道具は解析中だ。それよりも、”殿”はやめてくれ、気持ち悪い」
ルーサは、イワンの工房を訪れていた。
工房の前でイワンを呼び出して話を始めたのだ。
「それなら、俺もルーサで頼む」
「”敗者”か?もう良いのではないか?」
「いや、俺は、ルーサだ。逃げ出した、俺は、敗者ですら無い」
「わかった。わかった。それで、ルーサ。何か用事なのか?」
イワンも触れられたくない話は当然ある。
ルーサも同じだ。隠すわけではない、聞かれたら話をするし、過去の話だと割り切っている。
しかし、自分から進んでする話でもないのは理解している。
「そうだ。イワン。魔道具の解析が終わっているのなら、貸して欲しい。ヤスの許可は貰っている」
「どうした?」
イワンの疑問は当然だ。
アシュリで、イワンが”今”解析を行っている魔道具を必要とするとは考えにくい。それなのに、必要となっているのだ。疑問に思うのは当然だ。
「楔の村に、二級国民の難民が流れてきた。近隣の貴族領の村が盗賊に襲われて、逃げてきたらしい。村長の報告だから、信じていいと思う」
ヤスの思いつきで作った楔の村は、帝国に突き刺さった”楔”の役目になっている。
そして、管理を面倒に思い始めたヤスは、村が出来て、移住が終了したら、さっさと楔の村をルーサに任せると宣言したのだ。帝国のドッペル男爵からの助言があり、楔の村は貴族領とは別としておいたほうが良いだろうという事だ。ギルドが活動しやすくなるのと、ドッペル男爵領は神殿の領域になっていないが、楔の村は神殿の領域になっている。そのために、間者は楔の村に居てくれたほうが嬉しいのだ。
村長は、ドッペル息子がやっているが、別の適当な人間に変わっている。
「奴隷は居ないのか?」
イワンが奴隷を気にするのは当然なのだが、奴隷は村を襲った盗賊に殺されている。村を襲った盗賊は、関所に攻めてきて、先に解放した奴らだ。村に居た奴隷たちを殺して、首を持ち帰って手柄にしようと考えた愚か者が存在した。
逃げられた二級国民だけが楔の村に辿り着いたのだ。
「村長からの連絡では、全員が二級国民だと言っている」
「わかった。儂も行こう」
「いいのか?」
「いいさ。使った後でまた返しに来るのなら、儂が持っていったほうが良いだろう?試作品もあるから、試してみたい」
「わかった。感謝する」
「いいさ。どうせ、ヤスはもう興味を無くしてしまっているのだろう?」
「そうだな。これだけの事をしておきながら、あの男は、よくわからない」
二人は、この場に居ない男の顔を思い出していた。
ヤスは、楔の村を作って、ルーサに管理を任せた。
その後で、イワンたちドワーフが移動しやすいように、イワンの工房から楔の村に作ったドワーフの工房に繋がる通路を作った。通過は、イワンの許可が必要になる。
二人は、いろいろと二人に丸投げして、自分の好きなことだけをやっている子供のような男を思って笑い出した。
「ルーサ。どうする?すぐに移動するか?門を使えばすぐに着くぞ?」
「・・・。そうか、ヤスがイワンと一緒ならすぐと言っていたのは・・・」
「アイツ。説明さえしなかったのか?」
「あぁ。魔道具は、イワンが持っている。イワンと一緒なら、移動も楽だ。と、聞いただけだ」
「それじゃわからないな。説明するか?」
「頼む」
イワンは、本来ならヤスがしなければならない説明をルーサに始めた。
「へぇそりゃぁすごいな。イワンと一緒なら本当に楔の村に行けるのだな」
「あぁそうだな。儂は、権利なんていらないと言ったのだけどな」
「駄目だったのだな」
「あぁ。ヤスは、荷物の運搬で神殿を離れる可能性がある。そのときに、楔の村に行けないと困るだろう?と言われてしまった」
「ヤスらしいな」
実際に、困るのかと聞かれればわからないと答えてしまう。本来なら、神殿から出て、アシュリに向かってから関所を通らなければ、楔の村に到着しない。緊急な時には、魔通信機で連絡を取り合えばいい。楔の村の防御力は、2万程度の兵に攻められても持ちこたえられる。籠城に至っては、数ヶ月でも耐えられる。十分な食料と水がある。迷宮がある故に、攻める側は短期決戦で攻め落とす方法しかない。
その短期決戦のためには、二重になっている塀と堀を超えなければならない。その上で、配置された塔からの攻撃を防がなければならないのだ。
楔の村は、難攻不落ではないが、攻めにくい村になっている。
「それでどうする?すぐに移動するか?」
「そうだな。さっさとやってしまったほうが良いだろう。試作品が使えれば、次からもっと楽が出来るだろう」
「そうだな」
二人は、神殿の工房を抜けて、楔の村の工房に出た。
ドワーフが作業をしている横を抜けて、楔の村の村長宅に移動した。
楔の村では、日々難民が流れ着いている。
まずは、村に入る前に、門の前で身分確認が行われる。楔の村の住民以外は、外で待ってもらう事になる。
このときに、マルスの調査が行われる。宿泊や食事は、難民と認められた場合には提供される。間者や取引に来た商人や冒険者は、それぞれの身分に有った場所で審査を受けてもらう。ヤスの方針で、貴族や帝国の身分を振りかざす奴は、わざと審査を遅らせて4-5日はゆっくりと村の外で待機してもらう。
二級国民や奴隷は、門の外で難民だと認定されたら、村長宅で解放まで過ごしてもらう。解放を望まないものは、その場で自由にしてもらう。
「そう言えば、ルーサ。二級国民の人数を聞いていなかった。何人だ?」
「今回は、少ない・・・か?23名だ。大人が中心で、全員が解放を望んでいる」
「わかった。ヤスのマニュアルでは、儂やルーサが前面には出ないほうが良さそうだな」
「あぁドッペル村長に魔道具を使わせるつもりだ。ドッペル司祭2も居るから、両者にやってもらおう」
「ん?ルーサ。ドッペル司祭2の”2”はどういう意味だ?」
「それこそ、ヤスに聞いてくれ、ドッペル司祭は、いろいろ使い勝手がいいと言って、3名ほど居るらしい。楔の村に居るのは”2”で、”3”は湖の村に居るとか言っていた」
「ヤスは、好き勝手にやるな。帝国だけじゃなくて、皇国にも喧嘩を売るつもりなのか?」
「ハハハ。そうだな。そうなったら、イワンは嬉しいだろう?」
「ルーサが何を言っているのかわからないが、確かにヤスが皇国と喧嘩するなら、儂はヤスにすべてを投げ出してでも助けるし、味方する」
「だろうな。俺も同じだ。ヤスには、返しきれない恩がある。ヤスが誰と喧嘩しても、俺はヤスに味方する」
「そうだな。でも必要のない喧嘩はしないで、ヤスがヤスの好きな事だけをさせたい。ヤスは、本人にそのつもりが無くても、周りから喧嘩を売られやすいからな」
「そうだな。おっここが村長邸だ」
「なぁルーサ。儂には、ここが”村長”の家には・・・」
「そうだな。サンドラの嬢ちゃんも同じ感想を持っていたぞ。来たのは初めてだけどな。タブレットだと思うが?あれで見ただけだけど、間違いは無いだろう。村長邸だけ”確実”に作りが違うからな」
「そうだ。村長と司祭に魔道具を渡して、ルーサ。楔の村にある酒場の調査に行かないか?」
「お!そりゃぁいい。帝国の酒精なんてなかなか飲めないからな」
「かなりの商人が持ち込んでいるらしいからな。関税がかからないから、ヤスが言っていた”ハブ”に使っているから、いろんな物資が集まっているようだからな」
「そりゃぁ楽しみだ」
イワンとルーサは、ドッペル村長とドッペル司祭2に魔道具を渡して、出来たばかりの酒場に足を向けた。
二級国民の解放が終わるまで、酒場の酒精を飲み尽くす勢いで二人は飲み続けた。
ドッペル村長が二人を探しに来たときには、店の8割の酒精がなくなっていて、ドッペル村長が修正の補填を約束する状況になってしまった。
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