169 / 293
第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国
幕間 クラウス辺境伯。神殿を視察4
しおりを挟む儂は、クラウス・フォン・デリウス=レッチュ。バッケスホーフ王国の辺境伯だ。絶賛、後悔中だ。
ドワーフ族だと名乗ったのに、実はエルダードワーフだったイワン殿。家名持ちと教えられた時点で気がつけばよかった。
目の前にあるものは見なかったことにして、自分の屋敷に帰ろうと本気で考えた。娘が、帰さないと徹底抗戦だ。たしかに、王家からの頼みをヤス殿に伝えないとならない。娘を睨むが、娘は、もういろいろと諦めている表情をしている。
目の前に置かれている、魔道具と酒精。見なかったことにしたい。
「イワンさん。それで、量産は可能なのですか?」
「残念ながら・・・・」
そりゃそうだろう。いくら伝説のエルダードワーフでも無理だろう。それだけの効果がある魔道具だ。
「簡単だ。表の奴らでも量産出来る。素材もヤスが準備出来る。100や200なら明日にも渡せる」
ダメだ。ドワーフに面白い素材を渡してはダメだ。
「そうですか、魔道具は、偽れますか?」
「そうだな。こっちは可能だ」
イワン殿が提示したのは、部屋に置いておくと定期的に部屋の中に漂う有害な物を排除してくれる魔道具だ。ヤス殿は、”空気清浄機”と命名したようだ。独特の命名だ。確かに、精霊樹の素材が使われていると宣伝しなければ・・・。毒を無効化して、部屋の中にある微細な汚れを吸収するらしい。精霊樹の素材を使っていると知らなければ、疑いながらも一つは試しに買ってみるだろう。
「もうひとつは、ダメだ。飲めば解ってしまう」
儂もイワン殿の話を聞いて納得した。
そもそも、精霊樹の樹液で酒精を作ろうとしないで欲しい。それだけで、伝説のエリクサーの材料で、高値で取引される物だ。それも、小指ほどの瓶に入った物でも白貨の価値はある。目の前にあるのは・・・。
「それでイワンさん。樹液で作った酒精は、何が出来たのですか?」
娘は儂が聞きたくなかった話を聞いてしまった。
「神の酒の出来損ないだ」
「え?」「は?」
今、イワン殿は、神の酒と言ったか?間違いないよな?
「イワン殿?」
「儂ら、ドワーフ族に伝わる言葉がある。『精霊樹の葉を精霊樹の枝で叩き、汁を金毛羊の羊毛で濾して、精霊樹の樹液と金毛羊の乳を加えて、100年寝かせた物が神の酒となる』と言われている。これは、128年寝かした物だ」
「は?」
「でも、神の酒にはならなかった。伝説では、神の酒は、『琥珀色で光っている』と言われている。色は、神の酒だが光っていない。最高にうまくて、古傷まで治るが、不死にはならなかった。ヤスに頼んで実験したが、欠損部分は治ったが、死ねなくなる効用はないと言われた。その時は、落胆したが・・・」
ん?不死の実験をした?どうやって?誰で?絶対に聞かない。聞いては絶対にダメな情報だ。
神の酒ではないと聞いて安心したが、欠損や古傷が治るとなると、上級ポーションの上だろう。エリクサーと同等の効用があると考えられる。
「そうだ。これは、飲まないと効用がなかったそうだ。ポーションの様にかけても効果があるような代物ではなかった」
安心できる情報ではないが、エリクサーでもないようだ。
イワン殿は、神の酒をさらに蒸留して寝かせてみたと言っている。本当にドワーフという生き物は・・・。
その前に・・・。
「イワン殿?そう言えば、金毛羊は無理なのですよね?魔物自体も超々レアだと思います、金剛羊の変異種ですよね?生きている状態で刈り取る必要が有ったと思いますが?」
「・・・」「お父様・・・。残念なお知らせです」
聞きたくない。
「ヤスさんは、それに関しても、とんでもない物を眷属にしています」
「眷属?」
「はい。銀色の毛と金色の瞳を持つ狼。金と銀の瞳を持つ漆黒の猫。額に赤く燃えるような宝石を宿している栗鼠。赤く鋭い角を持つ金色の兎。赤い翼を持ち全身は金色に輝く巨大な鷲。そして、全身を金色の毛で覆われた羊。眷属のトップとしてヤスさんに従っています」
「・・・。サンドラ」
「嘘でも、誇張でもありません。事実です」
「嬢ちゃん。違うだろう?」
イワン殿が複音とも言える訂正を入れてくれる。伝説の6体が揃い踏みしているわけがない。
「そうですね。正確には、眷属として、『その他多数の魔物を従えている』でしたね」
「は?」
「お父様にわかりやすい所だと、イリーガルウルフやイリーガルキャットあたりは当然ご存知だと思います」
「あぁ強くはないが、我が領の兵5人で1体に当たる程度だ。小さな村では、一匹現れたら全滅の可能性だてある」
「はい。それでは、インフェルノウルフやインフェルトキャットなら?」
「災害級だな。領都なら持ちこたえる可能性があるが、小さな都市では一匹で全滅だ」
「はい。そのインフェルトウルフやインフェルトキャットの変異体や上位個体・・・。特化個体が、先程の魔物達の王に従っています。数は、私がヤスさんに確認した時には、10体と言っていました」
「嬢ちゃん。少し古いな。俺が、精霊樹の素材を貰った時に聞いたら、それぞれ20とか言って笑っていたぞ?弱い個体がうまれてきたから、また鍛えるとか言っていたぞ」
「・・・。な・・・。な・・・・。なんで?そんな状況に!」
「お父様。ここに来るまで、魔物を見ましたか?」
「え?」
「街道沿いでも、神殿に上がる道でも、神殿でも構いません。魔物を見ましたか?」
「見ていない。だから、信じられない」
「間違っていません。さて、それでは、ヤスさんは、どこに眷属を集めているのでしょう?」
「まさか・・・」
「はい。神殿の迷宮区です。それも、冒険者の邪魔になってはダメだろうという気遣いで、最奥部に、最高濃度の魔素が吹き出る場所で生活をさせているそうです」
「もしかして・・・。餌は?」
「狩り放題でしょう。私が見学した時には、グレーターバッシュミノタウルスを集団で飼って、美味しそうに食べていました。もちろん、魔石も、すごく美味しそうに食べていました」
「嬢ちゃん。魔石じゃないだろう?魔晶石だろ?それだけの個体なら、魔石じゃなくて、魔法触媒にもなる魔晶石だっただろう?」
「そうですね。でも、些細な違いでしょう」
「ガハハ、確かに、確かに、些細な違いだな」
儂の頭が悪いのか、娘とイワン殿が話している、魔石と魔晶石の違いが些細な違いとは思えない。売買価格で100倍以上の開きがある。そもそも、希少性を考えれば、もっと高い取引になる場合もある。それを、魔物が食べている?グレーターバッシュミノタウルス?魔法名を持っている個体?それが餌?熟練の冒険者が数パーティーで挑む魔物でアンタッチャブルな存在だ。それが餌?
「あっ。お父様。だから、金毛羊の羊毛も素材として入手が可能です」
神の酒の問題は小さく感じてしまう。神の酒は、確かに重大な物だが、問題はない。神殿内部でだけ飲んだり使ったりすればいい。外部に出すときにも、信頼できる商隊に任せればいいだけだ。
だが、魔物は別問題だ。一体で、国を滅ぼしかねない。神殿の奥に居ると言っているが・・・。神殿の守護者の立場なのだろう。そう考えれば、ヤス殿が神殿を公開している理由がわかる。攻略は絶対に不可能だ。伝説の魔物が6体揃って、それぞれの眷属が20体付き従っている。そんな場所を攻略できる者が居ると思えない。
ひとまず、”空気清浄機”は神殿の中で流通させる。儂も5つ持って帰って、2つ王家に献上する。一つは信頼出来る商家に見せて反応を見る。2つは実際に屋敷で使ってみる。神の酒も同じ様にする。王家に黙っているのは無理だ。知られてしまった時に、反逆を疑われても文句が言えない。ヤス殿と儂の名前で王家に献上する。
娘の儂を見る目の意味がやっと解った。
王都から帰るアーティファクトの中で、『神殿に行ってヤス殿に面会する必要がある』と言ったときに、娘が止めたのに関わらず、『神殿の施設を視察できないか』と聞いてしまった。あのときの目は、こうなると予測・・・。いや、確信していたのだろう。
0
お気に入りに追加
122
あなたにおすすめの小説

レベルアップに魅せられすぎた男の異世界探求記(旧題カンスト厨の異世界探検記)
荻野
ファンタジー
ハーデス 「ワシとこの遺跡ダンジョンをそなたの魔法で成仏させてくれぬかのぅ?」
俺 「確かに俺の神聖魔法はレベルが高い。神様であるアンタとこのダンジョンを成仏させるというのも出来るかもしれないな」
ハーデス 「では……」
俺 「だが断る!」
ハーデス 「むっ、今何と?」
俺 「断ると言ったんだ」
ハーデス 「なぜだ?」
俺 「……俺のレベルだ」
ハーデス 「……は?」
俺 「あともう数千回くらいアンタを倒せば俺のレベルをカンストさせられそうなんだ。だからそれまでは聞き入れることが出来ない」
ハーデス 「レベルをカンスト? お、お主……正気か? 神であるワシですらレベルは9000なんじゃぞ? それをカンスト? 神をも上回る力をそなたは既に得ておるのじゃぞ?」
俺 「そんなことは知ったことじゃない。俺の目標はレベルをカンストさせること。それだけだ」
ハーデス 「……正気……なのか?」
俺 「もちろん」
異世界に放り込まれた俺は、昔ハマったゲームのように異世界をコンプリートすることにした。
たとえ周りの者たちがなんと言おうとも、俺は異世界を極め尽くしてみせる!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?
歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。
それから数十年が経ち、気づけば38歳。
のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。
しかしーー
「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」
突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。
これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。
※書籍化のため更新をストップします。

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】
一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。
追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。
無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。
そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード!
異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。
【諸注意】
以前投稿した同名の短編の連載版になります。
連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。
なんでも大丈夫な方向けです。
小説の形をしていないので、読む人を選びます。
以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。
disりに見えてしまう表現があります。
以上の点から気分を害されても責任は負えません。
閲覧は自己責任でお願いします。
小説家になろう、pixivでも投稿しています。

半分異世界
月野槐樹
ファンタジー
関東圏で学生が行方不明になる事件が次々にしていた。それは異世界召還によるものだった。
ネットでも「神隠しか」「異世界召還か」と噂が飛び交うのを見て、異世界に思いを馳せる少年、圭。
いつか異世界に行った時の為にとせっせと準備をして「異世界ガイドノート」なるものまで作成していた圭。従兄弟の瑛太はそんな圭の様子をちょっと心配しながらも充実した学生生活を送っていた。
そんなある日、ついに異世界の扉が彼らの前に開かれた。
「異世界ガイドノート」と一緒に旅する異世界

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?
お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。
飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい?
自重して目立たないようにする?
無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ!
お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は?
主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。
(実践出来るかどうかは別だけど)

精霊さんと一緒にスローライフ ~異世界でも現代知識とチートな精霊さんがいれば安心です~
舞
ファンタジー
かわいい精霊さんと送る、スローライフ。
異世界に送り込まれたおっさんは、精霊さんと手を取り、スローライフをおくる。
夢は優しい国づくり。
『くに、つくりますか?』
『あめのぬぼこ、ぐるぐる』
『みぎまわりか、ひだりまわりか。それがもんだいなの』
いや、それはもう過ぎてますから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる