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第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国
幕間 クラウス辺境伯。神殿を視察2
しおりを挟む儂は、クラウス・フォン・デリウス=レッチュ。バッケスホーフ王国の辺境伯だ。だが、現在の状況が理解出来ない。
ドワーフの工房は、凄まじかった。一級品の武器や防具が作られていた、日用品と思われる物もドワーフたちが作っていた。一部魔道具も見られた。ドワーフが魔道具を作る?と思ったが、エルフ族が居て、ドワーフ族と連携しているのなら可能なのだろう。こんな事が貪欲な貴族に知られたら、また胃に痛みが走る。
娘の言葉にも耳を疑った。
「サンドラ。二級品とは、見てきた工房で作られている物か?購入できるのか?」
「えぇ。武器や防具は、冒険者が求めますが、作られる量に反して求める人の数が少ないのです。日用品も同じですね。必要な物は売れますが、人もまだ多くありません。それに・・・」
「それに?」
「それは、後で実際に見てもらったほうがいいでしょう。でも、お父様。一つ約束をして頂きたいのですが、よろしいですか?」
「なんだ?」
急に、娘が真剣な表情をして、儂に約束を求めてきた。
「はぁ・・・。お父様。これから見る物と、私が住んでいる場所を見て、神殿に住むと言わないでください。約束をして頂けますか?」
真剣な表情をしたので、何事かと思ったが、儂は辺境伯だ。領民を守る義務がある。
その儂が、領民を見捨てて、神殿に住むなど考えられない。娘は、儂を何だと思っているのだ。
「ない。約束しよう」
「お名前に誓えますか?」
娘はなぜここまで拘るのかわからない。『名前に誓え』とは、王国や我が祖先に対しての約束で最上位の誓いとなる。それほどの物が待っているのか?
「わかった。クラウス・フォン・デリウス=レッチュの名前に誓おう。王国民として、デリウスの血を引くものとして、誓おう。神殿に住むとは言い出さない」
「ありがとうございます。お父様。丁度来たようです」
先程、娘がノックしていた扉から声が聞こえてきた。
「おっ。嬢ちゃんか?今日はどうした?」
「イワンさん。申請していた見学です。よろしいですか?」
「そうだったな。辺境伯様が来たのか?」
イワンと呼ばれた人物なのだろうか?ドアを開けながら外に出てきた。
「お父様。彼は、イワンさん。家名を持っていたそうですが、ここでは、イワンと呼んでほしいそうです。この工房の責任者です」
また唖然とした。ドワーフの家名持ち?超が付く一流の職人が、家名を外して、辺境の辺境で作業に打ち込んでいる?ドワーフの家名持ちなら、王国に来たら、歓迎の宴が開かれてもおかしくない。
「イワンだ。しがない、職人だ。嬢ちゃん。儂は、責任者じゃないと何回言えば解る?」
「イワンさん。そうでしたね。工房の責任者はヤスさんで、イワンさんは代理でしたね」
イワン殿が手を出してきたので、握手を交わす。
「クラウス・フォン・デリウス=レッチュだ。イワン殿は、工房で何を?」
「辺境伯様はせっかちだな。好ましいけどな。嬢ちゃんと同類だな。工房を案内してやる。嬢ちゃん。ヤスの許可は出ているのだろう?」
「はい。申請して許可されています」
「なら全部見せるぞ。レッチュ辺境伯様。酒は飲めるだろう?」
「イワン殿。私の事は、クラウスで頼む。エールとワインは飲みますが、王都のパーティーで飲んだウィスキーの味が忘れられなくて困っていました。エルフ族にお願いしても必ず手に保証はないですからね」
「クワハハハ。なら丁度いい。工房を案内する。来てくれ、嬢ちゃんはどうする?」
「お父様。私は、ここでお待ちしています。時間が来たら、お迎えに行きます。イワンさんよろしいですか?お父様は、この後も視察があるのです」
「なんだ・・・。嬢ちゃん。ここが最後じゃないのか?」
「イワンさん。お聞きしますが、ここだけは比較的まともだと思いますが?」
「ハハハ。確かに!確かに!ここなら、まだなんとか、自分を納得させることは出来るだろう」
娘とイワン殿の話を聞いて、比較的まとも?非常識の塊であるドワーフの家名持ちが?
イワン殿に案内されて、工房の最奥に入った。後悔した。ヤス殿は、何をしたいのだ?
武器や防具の説明では、半分程度しか理解出来なかった。残りの半分も、理解したくなかった。ミスリル合金?アダマンタイトを0.1%の割合で混ぜると、しなやかで折れない武器になる?常時結界を貼り続ける防具?3属性に対応した人造魔剣?聖属性と闇属性が付与された短剣?それは聖剣と魔剣の融合?属性が変えられる武器や防具?
だめだ、頭が・・・。身体が・・・。考えることを、覚えることを拒否する。特に、魔道具の作成は・・・。聞かなかった。儂は、何も見ていない。娘が言った理由が解った。確かに、表の工房は二級品だ。ここで作られているのは、ドワーフとエルフの一部が作った”悪意”と”好奇心”の塊を知ってしまったら・・・。
「イワン殿?ここの武器や防具は?」
「あっ武器や防具は、できの良いものはヤスに献上する。ヤスは、受け取らないけどな。儂らも解っている。神殿以外には出さない。神殿でも・・・。おっと。ここからは最重要な工房だ」
イワン殿の説明で安心した。神殿以外には出さないと家名持ちが言ってくれたのは信頼出来る。ヤス殿も受け取らないのなら・・・。ん?売るつもりなのか?
神殿の特産品として、表の工房で作っている世間的には一級品を売るのか?あの出来なら、神殿から出土したと言われれば納得出来てしまう。この工房を知らなければ信じてしまうだろう。
「クラウス殿。ここから先は、信頼できる者なら購入できる。クラウス殿には、ヤスも世話になったと言っていたからな。好きなだけとは言えないが、少しなら融通する」
イワン殿には、様付けを辞めてもらった。家名持ちに様付けされるのは、何か違う。
「え?」
間抜けな反応を返してしまった。
「さて、クラウス殿。ウィスキーの製法を知っているか?」
「え?あれは、エルフ族の秘法で作られていて、一部のエルフの、それこそ、ハイエルフしか知らされていない・・・。ドワーフ族でも知らないはずでは?」
「その認識であっている。今まで、この扉を通り抜けるまでなら・・・」
イワン殿に連れられて、扉を入ると、何やらドワーフ族が作業をしている。不思議な場所だ。
「・・・。イワン殿・・・」
「もう気がついているだろう?ここは、ウィスキーを・・・。蒸留酒を作っている場所だ。他にも、多種多様な酒精を作っている。ドワーフ族の整地だ!」
説明を聞いた。聞きたくなかったが、聞いた。頭では理解したが、心が拒否した。娘を、初めて恨んだ。なんて場所に連れてきた。
エルフの秘法まで説明されてしまった。
そして、秘法を実践している事や、売っている事や、他者に説明している事を、ハイエルフ族であるアフネス殿が認めていると・・・。耳がおかしくなったのかと思った。
全力で逃げ出そうと思ったが出来なかった。
イワン殿が試飲だと言って、いろいろな酒精を飲ませてくれた。王都でも、これだけの酒精が揃うとは思えない。でも、一つだけ疑問があった。
「イワン殿?エルフ酒は、熟成が必要だと教えられました。神殿が出来てから、まだ日が浅いのに、王都で飲んだエルフ酒と同じかそれ以上なのは理由があるのですか?」
「教えてもいいが、後悔しないか?」
「すでに、後悔していますよ。でも、疑問を残しておくと、余計に考えてしまいます」
「わかった。こっちに来てくれ・・・」
行かなければよかった。聞かなければよかった。王国に、王家に報告を考えなければならない。
本当にそう思った。娘のあの顔はそういうことだったのだな・・・。
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