162 / 293
第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国
第二十六話 神紋
しおりを挟むヤスは、リーゼの家で昨晩の結果を含めて聞こうとしていた。
先触れに出た、テンが戻ってきて、リーゼが家に居ると告げられた。マルスに確認すれば済むのだが、ヤスはメイドに仕事を与えたのだ。
リーゼは、家で待っていると言われたので、手土産になるお菓子を持って、リーゼの家に向かう。
「旦那様。ファーストです。リーゼ様がお待ちです」
「ありがとう」
ファーストが、ヤスを案内して、リーゼの家に入る。リビングで、リーゼが緊張した面持ちで待っていた。
「ヤス。昨日の話だよね?」
「そうだ。何があった?」
リーゼがヤスから目線を外すようにして俯いてしまった。そして、ヤスの問いかけに答えないで、ファーストを見つめる。
「うん。あっファースト。ヤスに飲み物をお願い。僕にも同じ物を」
「かしこまりました」
ファーストは、リーゼの言葉に頷いた。
「あっ温かい物だと嬉しいな」
リーゼは、ヤスと同じものと言いながら温かいものと指示を出す。
少しの間、ファーストをリビングから遠ざけたいのだろう。ファーストは、リーゼの意図を感じて、ヤスからの言葉を待った。
「そうだ、ファースト。神殿のリビングに置いてある。紅茶が有っただろう?」
「はい。どれにいたしますか?」
ヤスのリビングには、紅茶を置いていない。紅茶はある程度交換しているが、置いてあるのはキッチンだ。ファーストは、リビングを探して、見つからなければマルスに聞くだろう。そこで、マルスから指示と説明を受けるだろう。
「リーゼは、フルーツの方がいいか?」
「うん。甘いのが嬉しい!」
「そうか、ピーチのフルーツティーがあったと思う。持ってきたお菓子とも合うだろう。テンが居ると思うから、適当に見繕ってくれ」
テンは、リーゼの家の前で待っているはずだ。
ファーストに、テンと一緒に神殿に戻ってもらって、必要な物があるときに取ってきてもらおうと思っている。ヤスは、無意識にエミリアを持っているか確認した。エミリアが手元にあればマルスと連絡するのは簡単だ。神殿内なら問題はないが、リーゼの前で明らかにマルスと離すのはまずいと考えている。
「かしこまりました」
ファーストがヤスの命令を実行するために、リビングから出ていったのを見て、リーゼは明らかに”ほっと”した雰囲気を出して、ヤスに謝罪する。
「ヤス。ごめん」
「なんの事だ?俺は、リーゼと美味しい紅茶が飲みたいと思っただけだぞ?」
「ん・・・。ありがとう」
それはそれで嬉しいリーゼだったが、今は、”もうしわけない”という気持ちの方が強い
「おぉなんのことかわからないけど、わかった。それで?」
「ヤスは、ヤスだね」
リーゼは、はっきりと安心した雰囲気を出している。ヤスの心遣いが嬉しかったのだろう。
「そんなに簡単に変わらない」
「そうだね・・・。ヤス。あのね。僕・・・」
「あぁ」
「ふぅ・・・。あの子たち・・・。神紋が2つ以上付けられていた」
リーゼもリーゼなのだ。説明が圧倒的に足りていない。
リーゼが、子供たちと向き合って神紋を調べるために聖魔法を発動して、すぐに判明したのだ。しかし、ヤスに説明しなかったのは、どこに神紋が書かれているのか解らなかったので、ヤスを部屋から追い出した。その辺りの説明をすっ飛ばしていきなり説明されても、ヤスはわからない。
しかし、リーゼはヤスが”わからない事”が、わからない。
「ん?どういうことだ?」
「僕の聖魔法は少しだけ、本当に少しだけ変わっていて、魔力の繋がりが見える・・・の・・・」
ヤスとしては、2つ以上の神紋が書かれているのを見つけた方法を聞きたいわけではない。子供たちに2つ以上の神紋を書く理由を知りたかったのだ。しかし、リーゼは”やっぱり、ヤスも気になるのか・・・”と落胆して、自分の能力を語るのだった。
「そうなのか?」
「え?ヤス。気持ち悪くないの?」
リーゼが、驚くのも無理はない。精霊でもない限り、魔力を”見る”ことは出来ない。リーゼが、”聖魔法”を使う時に人払いをして、自分だと解らないようにしたのには、”気持ち悪い”と思われる。思われた過去が関係していた。
「なんで?リーゼはリーゼだろ?」
「・・・。うん。そうだよ。僕は、僕だよ」
ヤスの言葉で、リーゼは救われた気持ちになる。
ヤスは、そもそも”魔力が見られる”と言われても”だから何”が正直な感想なのだ。
「それで?」
「あっうん。魔力の繋がりが見えて、複数の神紋が書かれているのがわかったの・・・」
「ふぅーん。なぁリーゼ。神紋って奴隷紋と同じだよな?」
「え?あっ・・・。うん。でも、ヤス。それは、皇国や帝国はもちろん誰にも言わないほうがいいよ?」
リーゼは、心の底から驚いた。神紋と奴隷紋の関係を知っているのはごく一部だと思っていたのだ。リーゼが知っているのは、”神紋”を作ったのが、リーゼの母親と父親と敵対していたエルフ族だったので、対応するために教えられていたのだ。
「ふぅーん。そうか・・・。宗教国家であり、人族至上主義者の塊の国が、同じ人族に神紋と言いながら、奴隷紋を刻んでいるのは問題になるのか?」
ヤスは、考えないで言ったのだが、エルフ族で居ながら、同じエルフやハーフの者たちを、神紋で支配下に置こうとした一派が居たのだ。その技術が、神国に渡って、皇国と帝国に伝わったのだ。元を辿れば、エルフ族にたどり着く。リーゼは、ヤスに”エルフ族”を、嫌いになって欲しくなくて、黙ってしまった。
「ヤス。楽しそうにしないで欲しいな。でも、そうだね。そして、この問題を複雑にしているのは、皇国と帝国だけじゃなくて、神国も”神紋”使っているの・・・」
ヤスの楽しそうな声が、自分の気持ちと違いすぎて戸惑ったが、リーゼは公になっている情報をヤスに教えるのだ。
「へぇ・・・。神国も・・・」
「うん。使い方は違うのだけどね」
「使い方?」
「うん。神国は、国民に使うのではなく、信徒だけに使っている」
「あぁ反抗されないようになのか?」
「すごいね。ヤスは・・・」
リーゼは、ヤスが事情を聞いただけで本質を言い当てたのを素直に称賛した。しかし、ヤスは権力者と権力者に媚びを売る奴らをよく知っているだけなのだ。奴らが、こんな便利な物を手に入れたら間違いなく乱用するし、その時の状況を推理するのは難しくない。
「ん?それで?」
神国や皇国や帝国の事情も気になるが、まずは子供たちの話を進めたい。
「あ。ごめん。あの子たちの話を先にしたほうがいいよね?」
「そうだな。皇国や帝国や神国も気になるけど、関わらなければ問題にはならないだろう」
「うん。それで、あの子たちだけどね。複数の神紋があってね」
「あぁ」
「どうやら一つでも神紋が消えたら、他の神紋が発動する様になっていたみたい」
「神紋の発動?」
「うん。皇国では、神罰と言っているけど、結局は奴隷紋の拷問みたいな物だと思って」
「おぉわかった」
実際にはわからないが、ラノベの定番だと考えれば推測出来る。ヤスは、話をすすめるために、”わかった”と答えた。
「それでね。全員ではなかったけど、内腿やお腹に紋が書かれていて、それも解りにくいように書かれていて、一つでも発動したら、死んじゃっても不思議じゃない感じになっていた・・・」
「解除は出来たのか?」
「うん。全員、解除したよ。魔力の繋がりはまだ残してあるけど・・・」
「へぇそんな事が出来るのか?」
ヤスは感心したが、意味は解らなかった。
「うん。だから、僕の聖魔法は、少しだけど、本当に少しだけ違うから・・・」
「そうか、でも、助かったよ。リーゼの聖魔法はすごいな」
「え!?ヤス。僕の聖魔法・・・。役に立った?」
「もちろん。リーゼじゃなければ、子供たちを救えなかったからな。助かったよ」
「うん!」
嫌われるかも知れないと考えていたのが、”すごい”と言われて、”助かった”と言われた。リーゼが一番聞きたかった言葉だ。
「魔力の繋がりが残っているのだよな?」
「うん。切るのは簡単だよ?」
「うーん。切ると、神紋を付けた奴は解るのか?」
「うん。解ると思う。そのために、複数の神紋を書いていたのだと思う」
「なぁリーゼ。その魔力の繋がりを他人や別の何か移動できるか?」
「出来るよ?」
ヤスがニヤリを笑った。
ニヒルに笑ったつもりだが、子供がイタズラを思いついた笑いにしかならない。
「準備が必要だけど・・・。なんとかなる・・・かな。なぁリーゼ。眷属の魔物たちを知っているよな?」
「うん。大きな狼とかでしょ?」
「そう。あの狼は、どの程度の強さだと思う?」
「ごめん。ヤスの言っている事がわからないよ。大きな狼が一匹でも村に入ってしまえば、村を放棄すると思うよ」
「・・・そうか、魔力の繋がりは、全部でどのくらいだ?」
「ごめん・・・。覚えてない。でも、一人に最低2本だから、24本はあったよ。でも、多くても30本程度だと思う」
「そうか、準備が必要だけど、頼むことになると思う」
「いいよ。子供のためなのだよね?」
「どうだろうな。生じた事象の責任は俺にある。リーゼや子供たちには責任はない」
「ダメだよ。ヤスが背負う必要はないよ。僕にも背負わせてよ!」
「わかった。わかった。リーゼを頼るよ」
頼るといいながら、ヤスはリーゼに今の段階で背負わせるつもりはなかった。
ヤスは、皇国に対して怒り心頭なのだ。怒っているが、自分が何か出来るとは思っていない。だから、余計にイライラしてしまいそうになる。
ディアスに語った通りなのだ。マルスに命じて、殺されそうになっている二級国民の確保は行わせるが、死んだと思わせるだけで、奴らは痛痒を感じないだろう。だったら、いやがらせをする方向で考えた。リップルや帝国にしたように、皇国にもいやがらせをしようと思ったのだ。
0
お気に入りに追加
122
あなたにおすすめの小説

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】
一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。
追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。
無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。
そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード!
異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。
【諸注意】
以前投稿した同名の短編の連載版になります。
連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。
なんでも大丈夫な方向けです。
小説の形をしていないので、読む人を選びます。
以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。
disりに見えてしまう表現があります。
以上の点から気分を害されても責任は負えません。
閲覧は自己責任でお願いします。
小説家になろう、pixivでも投稿しています。
【完結】ご都合主義で生きてます。-ストレージは最強の防御魔法。生活魔法を工夫し創生魔法で乗り切る-
ジェルミ
ファンタジー
鑑定サーチ?ストレージで防御?生活魔法を工夫し最強に!!
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
しかし授かったのは鑑定や生活魔法など戦闘向きではなかった。
しかし生きていくために生活魔法を組合せ、工夫を重ね創生魔法に進化させ成り上がっていく。
え、鑑定サーチてなに?
ストレージで収納防御て?
お馬鹿な男と、それを支えるヒロインになれない3人の女性達。
スキルを試行錯誤で工夫し、お馬鹿な男女が幸せを掴むまでを描く。
※この作品は「ご都合主義で生きてます。商売の力で世界を変える」を、もしも冒険者だったら、として内容を大きく変えスキルも制限し一部文章を流用し前作を読まなくても楽しめるように書いています。
またカクヨム様にも掲載しております。

【完結】投げる男〜異世界転移して石を投げ続けたら最強になってた話〜
心太
ファンタジー
【何故、石を投げてたら賢さと魅力も上がるんだ?!】
(大分前に書いたモノ。どこかのサイトの、何かのコンテストで最終選考まで残ったが、その後、日の目を見る事のなかった話)
雷に打たれた俺は異世界に転移した。
目の前に現れたステータスウインドウ。そこは古風なRPGの世界。その辺に転がっていた石を投げてモンスターを倒すと経験値とお金が貰えました。こんな楽しい世界はない。モンスターを倒しまくってレベル上げ&お金持ち目指します。
──あれ? 自分のステータスが見えるのは俺だけ?
──ステータスの魅力が上がり過ぎて、神話級のイケメンになってます。
細かい事は気にしない、勇者や魔王にも興味なし。自分の育成ゲームを楽しみます。
俺は今日も伝説の武器、石を投げる!

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

やさしい異世界転移
みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公
神洞 優斗。
彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった!
元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……?
この時の優斗は気付いていなかったのだ。
己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。
この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。
3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。
そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!!
こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!!
感想やご意見楽しみにしております!
尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる