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第八章 リップル子爵とアデヴィト帝国

第三話 ヤスの勘違い

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「ヤスさん。これは、ですね・・・。そう、そう、子供たちにヤスさんの偉大さを伝えていたのです!はい。多少の誇張は許されるべきです!」

 ドーリスが一気に捲し立てるが、ヤスの笑顔の前では無意味に思えてくる。
 サンドラも何か言おうとしたが、口を開いてから音にするのは止めた。

「ミーシャ!」

「はい?」

 後ろからミーシャの声が聞こえる。

「ミーシャ。悪いけど、エイトと一緒に子供たちに神殿の案内を頼む。そう言えばリーゼは?」

「リーゼ様は、地下です」

「カート場か・・・」

「・・・。はい」

「しょうがないな。まだ入られない場所も多いだろうけど、住む場所や施設の使い方の説明は、できるよな?」

「大丈夫です」

 ドーリスがゆっくりと手を挙げる。

「ん?なんだ?」

「案内なら、私とサンドラがします。ミーシャは、ギルドの仕事があります」

「セバス!」

「はい。ディアスも地下か?」

「わかりません」

「マルスに確認して、ディアスにギルドの仕事をやってもらおう。それまでミーシャには悪いけど、エイトと一緒に子供の面倒とギルドの仕事を頼む」

「かしこまりました」「はい」

 ミーシャは子供たちに声をかける。子供たちも事情を察したのだろう、ミーシャとエイトに連れられて部屋から出ていく。ミーシャが最後に部屋から出ていこうとしたときにヤスが声をかけた。

「ミーシャ。エイトと相談して、神殿の説明を頼む。悪い前例みたいになるなよ?」

「解っていますよ。ヤスさんの偉業はエイトさんとセバスさんに話をしてもらいます」

「うっ。まぁいい。頼んだぞ」

「はい。はい」

 ミーシャがドアを締めるのを、死刑宣告を受ける被告のように、ドーリスとサンドラは見送った。

「さて」

「「ごめんなさい」」

「ん?あぁそうだった。でも、子供たちに話した内容はあとで訂正してくれるよね?」

「「もちろん!」」

 二人は、頭をブンブン振って肯定する。話しも途中から興が乗ってしまってあらぬ方向に進んだのも事実なのだ。

「それで、二人には、子供たちよりもやってほしい事がある」

「え?」「??」

「ドーリス・・・。急にポンコツにならないで欲しい。運んできた物資の分配を頼む。種芋や農作業に必要な物も有るのだろう?」

「あ!」「そうだった・・・」

「本当なら、ディアスも交えてやって欲しいけど、二人で大丈夫だよな?」

「はい」「大丈夫です」

 ヤスは二人と基本方針を決めた。
 平等とはいかないので、文句が出ないように配分する。

 配分は、ヤスの名の下に行われる。ヤスは抵抗したのだが、ドーリスとサンドラは譲らなかった。他の誰が担当しても同じ状態になると言われて、ヤスが折れる形で承認された。ドーリスとサンドラの言ったのは間違いでも、誇張された話ではない。ヤス(とリーゼ)以外の者が配分したら、ヤスが調達をしてきた物資だと言って配分する。配分する時にも、ヤスが配分を行ったと言うに決まっている。神殿に移住してきた者は、ヤスが許可したから住めると思っているのだ。だから、ヤスの名前を出せばありがたいと思うのだ。

 二人は逃げるように部屋から出ていった。
 ”別に逃げなくても何もしないのに・・・”とヤスは思ったが仕方がないことだと思って諦めた。

 ヤスが部屋から出てギルドに向かった時に、丁度ディアスがギルドにやってきた。
 早かったのにはわけがあった。カスパルが仕事に行くのを見送った後でカートに乗るために神殿に向かっていた。そこに連絡が来たのだ、カート場には向かわないで、ギルドに向かったのでヤスが考えていたよりも早く到着したのだ。

 ディアスは、ミーシャから事情を聞いて、子供たちを見る。
 カイルとイチカの背中に隠れるようにしている子供たちが、自分と重なった。

 そこにヤスが現れた。

「ヤスさん!」

 最初に気がついたのはディアスだ。それから皆がヤスの方を見る。

「早かったな」

「ギルドの仕事をすればいいの?」

 ディアスもヤスの説得により敬語は使わなくなってきた。時々怪しい感じにはなるが言葉遣いが砕けてきているのは素直に嬉しい。仕事とか公の場で無い限り言葉遣いはフランクにして欲しいとヤスが皆に言っているからだ。それに古くからいる者が敬語を使っていたら、後から来る者も敬語になってしまうという、取ってつけた理由を信じたからだ。

「頼めるか?それとも、ミーシャがギルドの仕事をして、ディアスとエイトで神殿を案内するか?」

 ミーシャとディアスがヤスから離れて小声で話をした。
 結果、子供たちの案内をディアスとエイトが行う。ミーシャは、ギルドでデイトリッヒが帰ってくるのを待つ。

 ヤスがミーシャと話を始めたのを見て、ディアスとエイトは子供たちを外に連れ出した。

「ミーシャ。率直に聞くけど、ギルドは大丈夫だよな?」

「え?」

「依頼が無いだろう?ユーラットでも、もっと有ったぞ?」

 ヤスが気になったのは、依頼がまったく無い状態なことだ。
 ユーラットでも数は少なかったが張り出されている依頼が有った。領都ではもっと沢山の依頼があったのだ。しかし、神殿にあるギルドでは依頼が一個もない状態になっていたのだ。できて数日だからとも思えるが、一個も無いのはおかしいだろうと思ったのだ。

「ハハハ。いや、すまん。ヤスさん。依頼は誰が出す?」

「ん?住民や商人ではないのか?」

「そうですね。それでは、神殿の都テンプルシュテット住民は?」

「え?移住者だろ?」

「はい。その移住者は全員が仕事を持っているか、何かやることがある人たち」

「そうだな」

「それに、困ったら、セバスやツバキに話をすれば、ヤスさんが解決してくれる」

「実際、困ったという話は聞いていないけど、そうだな」

「だから、誰もギルドに依頼は出さない」

「それは・・・。でも、商人は居るだろう?」

「カスパルの活躍で商人は増えています」

「なら!」

「商品は、ユーラットから運ばれてきます。それに、買うのは住民です」

「ん?あっそうか、神殿から何か買い付けて他で売るような商人は来ていないのだな」

「そうです。なので、今は、魔の森の探索を勧めて、どんな素材が有るのか調べています。迷宮区には入られる者が少ないので、まだ探索は進んでいませんが、迷宮区の探索が進めば、依頼が出てくると思います」

「そうか・・・。問題ではないのだな?」

「はい。ギルドの立ち上げ時は、だいたい”こんな”感じになると言われています。神殿の都テンプルシュテットは、建物がすでにあり、作業スペースも存分にあるので、他よりも早く依頼が出てくると思います」

「それなら大丈夫なのだな」

「はい。問題はありません」

 ヤスは、まだ勘違いしていた。
 ギルドは冒険者ギルドだけではない。神殿の都テンプルシュテットにあるギルドは、複合ギルドでいろいろなギルドの集合体になっている。神殿の都テンプルシュテットは特殊な状態になっている。通常の街だと、職人に依頼を出す場合には職人ギルドに作って欲しい物や予算を提示する。それをギルドの手数料を抜いて職人に流す。職人の納品は職人ギルドに行われるのだ。商人ギルドだけは事情が違うが他のギルドは概ね同じ仕組みになっている。
 商人ギルドだけは、商人の権利だけではなく、各ギルドの権利を守る仕組みになっている。

「あ!そうだ。アフネスから言われていた、アーティファクトの登録をしておくように言われていた。ミーシャに頼めばいいよな?」

「大丈夫ですが・・・。ヤスさんのアーティファクトは、似たような形が多いですから、登録方法を考えないとダメかも知れないですね」

 形と言われて、”たしかに”と思ったのだが、ヤスは必ず形が違い物があるのを思い出した。

「なぁ。ミーシャも、アーティファクトは見ているよな?」

「何を・・・。当然です」

「アーティファクトの起動方法は知っているか?」

神殿の都テンプルシュテットの中を移動している物ですか?」

「そうだ」

「はい。カスパルが動かすのを確認させてもらいました」

「あぁそうか、カスパルならユーラットとの移動もしているし、複数の種類を動かせるのだったな」

「そうです」

「アーティファクトを起動するときに、何かを刺してから動かすのを見ただろう?」

「はい。確認しました」

「あれは、アーティファクトと一対一になっていて、似たような種類のアーティファクトに挿入しても、起動しない」

「え?」

「鍵と一緒だな。もっと精密になっていて、似ているように見えても別物だ」

 ヤスが、モンキーの鍵をミーシャに見せる。トラクターとFITはボタン式の起動になっていて、電子キーなので外から見てもわからない。トラクターに至っては、すでにヤスの魔力登録を行っていて、電子キーすらもない。

「持ってみてもいいですか?」

「あぁ」

 ミーシャは、鍵を持ち上げてまじまじと見ている

「ヤスさん。この溝や出っ張りの形が全部違うのですか?」

「簡単に言えばそうだな。もう少し複雑だけど、そう考えてくれて問題ない。裏と表の組み合わせでもあるから、両面を登録すれば十分じゃないか?」

「そうですね。ヤスさんが言っている”一対一”が本当なら鍵として登録すれば問題はなくなります」

「わかった。皆が戻ってきたら試してみてくれ」

「わかりました」

 ヤスは、アフネスから渡された書類をミーシャに渡してギルドを出た。
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