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第七章 王都ヴァイゼ
幕間 イチカとカイル
しおりを挟む私の名前は、イチカ。お母さんが付けてくれた。お母さんと言っても、私を勝手に産んで身勝手に捨てた女じゃない。私を育ててくれて、優しく家族になってくれた人。
お父さんは少しだけ怖いけど、すごく優しい。いろいろ私たちに教えてくれる。カイルなんて、影でも父さんや母さんと呼んでいるのに、お父さんやお母さんの前に出ると、クソジジイやババアと言っている。
カイルは、私の一つ年上だけど、手間のかかる弟って感じ。
今、私たちは住んでいた孤児院から逃げ出して、スラム街のルーサさんの所に来ている。
「カイル!イチカ!逃げろ。ここにも奴らが来る」
「え?」
「お前たち、ファンたちに何か渡されなかったか?」
「「マジックバッグ!」」
「それだ!」
カイルがマジックバッグの中身を確認していく、食料や飲料が沢山入っている。2本だけだけど魔法水薬も入っていた。お父さんとお母さん。心配性だな。それから、羊皮紙が丸まって入っている。カイルが羊皮紙の束を取り出して、ルーサさんに渡す。
「カイル。イチカ。これを持って逃げろ。少しだけ遠いけど、レッチュ領に逃げろ。そして、領都に行け。冒険者ギルドにデイトリッヒという無表情の男が居る。そいつを頼れ。会えたら俺の名前とお前達の父さんと母さんの名前を出して、羊皮紙を渡せ。それまで絶対に羊皮紙は出すな。マジックバッグもなるべく隠して使え。いいな。約束だぞ!」
「え?」「わかりました。カイル。時間がもったいないよ」
「イチカ。カイルを、子どもたちを頼む。道々ではカイルが子どもたちを守れ。イチカは領都についたらカイルと子どもたちを守れ。できるな」
私はカイルを見る。今までに見たことがないような目で私を見ている。
二人で頷いてから、ルーサさんに”はい”と答える。
そして、ルーサさんが落ち着いたら中身を確認しろと言って、小さいマジックバッグを私に投げてきた。
「これは?」
「俺からの選別だ。デイトリッヒに会って落ち着いたら必要になるだろう。お!そうだ。これも渡しておく」
ルーサさんは部屋の奥に入って、小さな布袋を持ってきた。
それをカイルにわたす。
「カイル。お前の持っているマジックバッグにしまっておけ、それから、中身はみんなで使えよ」
「うん。でも・・・。ルーサさん・・・」
「俺なら大丈夫だ。奴らもお前たちがここに居るか調べるだけだろう。だから、お前たちがこの場所に居ると俺たちが困る。わかるよな?」
カイルはお父さんとお母さんから言われた内容をまだ気にしている。だからなのか、ルーサさんの話を聞いてすぐに頷いた。
でも、ルーサさんが私たちを見る目は違う。だって、ルーサさんたちは、私たちを差し出せばお金ももらえるし危険な状態にもならない。なのに、私たちを逃がそうとしている。さっきの布袋もお金なのは解っている。銅貨だけだったとしてもスラムでは大金だ。ルーサさんたちもお父さんやお母さんと一緒だ。私たちを逃がすために戦おうとしている。
ルーサさんが私を見る。私が何を考えているのか解ったのだろう。頭に大きくシワだらけの手を置いた。
「イチカ。生きろ。そして、奴らがやったことをデイトリッヒに伝えてくれ、心配するな。お前達の父さんと母さんが居て、俺が居る。大丈夫だ」
涙が出そうになる。
弟や妹が見ている。涙を見せるな!泣くな!
そうだ、お母さんが言っていた。苦しかったら”笑え”。そう教えられた。
私はルーサさんに笑顔を見せて、”解った”と伝えた。
ルーサさんは”そうだ!笑え!”私とカイルを抱きしめる。汗の匂いがしてくる。お父さんと同じ匂いだ。
「カイル!イチカ!子どもたちを頼む。お前たちが、これから頑張る番だ!解っているな!」
「うん!」「はい!」
「よし。リンザー!居るだろう。子どもたちを町の外まで連れて行け、それから・・・」「解っています。レッチュ領までの道でシマにしている奴らに話を通しておきます」
「頼む。その後は自由にしていい」
「・・・。わかりました。好きに、します」
何度か素材採取でお世話になったリンザーさんが私たちを町の外まで誘導してくれた。
それから道順を私に告げてから、リンザーさんは用事があるからと1人で先に行ってしまった。
道を歩いて5分くらいしたらカイルが振り向いた。見えないはずの孤児院を見ているのかも知れない。
「カイル?」
「なんでもない。イチカ。レッチュ領に行こう。そして、デイトリッヒさんに会って・・・」
私は何も言えなかった。カイルを見るだけで精一杯だ。
「俺は・・・。強くなる!強くなって、イチカやみんなを守る!」
カイルは私から目線を外して後ろを見る。
街を見ながら宣言する。お父さんとお母さんとルーサさんに聞かせるように静かに・・・。でも、力強く宣言した。
それから、私たちは街道を外れた場所をまっすぐに歩く。
リンザーさんに言われた道だ。子供だけで街道を歩けば親切な人が助けてくれる可能性もあるが、それ以上に強盗未満の人たちが私たちを襲う可能性があると言われた。獣人の子供は珍しくはないが、獣人の子供だけで歩いているのは珍しい。奴隷にして貴族に売る奴らが出てきても不思議ではないのだと言われた。
だから、普段人が通らない場所を通るように忠告された。私たちが通る場所の悪い人たちにはリンザーさんが話を通してくれると言っていた。でも、誰かが近づいてきたら逃げろとも教えられた。
どのくらい歩いたかわからない。5日?10日?
弟や妹も解っているのだろう、泣かないで歩いてくれる。途中で、セブが熱を出して慌てたけど、ポーションを使って一日寝たら治ってくれた。
小さな村に立ち寄った。私とカロンで村に買い物に行った。食料は有るけど、道が正しいか確認したかった。
それに、布や水も欲しかった。
道は間違っていなかった。
レッチュ領に入ってからは、街道を進むように言われていたので、街道を進んだ。途中ですれ違う商人さんから食料を買ったり、情報を聞いたり、しっかり踏みしめるようにして歩いた。攫おうとした人たちも居たけど、領主様が雇っている守備隊の人に助けられた。
怖かったけど安心した。リップル領とは雰囲気が違う。村も明るい。
私もカイルも弟も妹も安心し始めた。
でも、現実は違った。
「お前たちみたいな餓鬼はさっさと立ち去れ、スラムにでもいつくつもりだろう?迷惑だから、帰れ!」
「私たちは、ギルドのデイトリッヒさんに会いに来ました。外で待つので、話をしてきてくれませんか?」
私が最大の譲歩で頼むが門番は”ダメ”の一点張りだった。
門番と話をしていると、冒険者らしき人が町から出てきて、門番と何か話をしていた。
「君たち。デイトリッヒさんの知り合いかい?」
「いえ、直接は知りません。知人に伝言を頼まれました」
「そうか・・・」
優しそうな冒険者さんの顔が険しくなる。
何か、間違えた?
「君の名前は?」
「私はイチカです。彼はカイルと言います」
「そうか、イチカとカイルがお兄さんとお姉さんだね」
「はい」
冒険者さんをしっかりと見る。
お父さんとお母さんが言っていた。目線をあわせない人は何か悪いことを考えているから気をつけなさいと・・・。冒険者さんは、屈んで私と目を合わせてくれる。
「そうか・・・。デイトリッヒは、領都には居ない。神殿に向かった。帰ってきていないから、神殿に拠点を変えるつもりだと思う」
「え?」「兄ちゃん!神殿って!?」
カイルが横から口を挟む。
「ちょっとまってな」
冒険者さんは、私とカイルの頭を撫でてから、門番の所に戻って何か話をして戻ってきた。
「これを持っていけ」
小さな布袋だった。
「これは?」
「銀貨が入っている。領都の中は通せないが、次の商隊に乗せてもらえるように頼んだ。それを渡せば、神殿がある場所の近くまでは行ける。そこから、また歩くけど、そこからは壁に沿って歩けば大丈夫だ」
「え?」
「行けばわかる。石壁が出来ていて、水が湧き出したり、採取できたり、休憩できるようになっている」
冒険者さんから言われたとおりに、門で待っていると門番に連れられた商人らしき人と冒険者らしき人が近づいてきた。
言われたとおりに、布袋を渡すと、馬車に乗せてくれると言ってくれた。不安に思って待っていると、10分くらいした二頭立ての大きな馬車がやってきた。狭いけど我慢してくれと言われて、荷物がいっぱいになっている荷台に載せられた。弟と妹たちには綺麗な布が渡されて、床に敷いて横になっているように言われた。私は、御者見習いとして商人の横に座るように言われて、カイルは冒険者見習いとして冒険者さんと一緒に歩いた。
弟も妹も簡単なお手伝いならできるし、薬草や食べられる草の採取ならできる。
商隊が野営するときにお手伝いをすると申し出た。お客様だから乗っていてくれと言われたのだが、お手伝いしていないと悪いことばかりを考えてしまう。お願いして強引にお手伝いをさせてもらった。弟や妹たちも同じで、黙って座っていると、お父さんやお母さんやルーサさんを思い出してしまう。何かしている方が思い出さなくて良いのだ。
商人さんに聞いたら、神殿が攻略されたのは本当で神殿に向かうためにはユーラットに一度立ち寄る必要があると教えられた。他にも、いろいろ教えられた。その中に、神殿に入るには”資格”が必要だと教えられた。資格がないのに無理やり入ろうとすると、神殿から攻撃される・・・。らしい。カイルにしっかりと注意する必要がありそうだ。商隊は、私たちを降ろして休憩してから帝国に向かうのだと言っていた。今、帝国では物資が値上がりしているから、王国で仕入れた物が飛ぶように売れているのだと言っていた。
神殿と街道を分ける石壁が続いている。石壁に沿って進めばユーラットに到着できると教えられた。
それだけではなく、ある程度進んだら休憩所が用意されている。休憩所では、湧き出ている水は自由に使っていい。それだけではなく、タイミングがよければ石壁に乗って果物を採取できる。採取した果物は自由にして良いのだと教えてくれた。
私とカイルは弟と妹の手を引いて石壁に沿って歩くと決めた。
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