異世界の物流は俺に任せろ

北きつね

文字の大きさ
上 下
83 / 293
第六章 神殿と辺境伯

幕間 辺境伯の憂鬱

しおりを挟む
あれから十年後……。
薬師になったセラスは久々に社交界へ出席していた。

実年齢は34歳になったが、見た目は16歳のままだ。やはり肉体が若いと知識の吸収がはやい。既に学園に入学できる規定の年齢基準を越えていたので見習いとして薬師庵で働き、独学で十年かけて薬師の資格を得た。次は医師免許を取得しようと、人脈作りのためパーティーに出席していた。

今宵の宴は医師会の面々が連なる、厳かな夜会だった。各方面の学者も揃っている。セラスは医師の妻が一ヶ所につどうテーブルに挨拶に向かった。

「おい!  そこの白銀の君!」

しかし呼び止められ肩を掴まれた。
不躾な態度にぎろりと背後を向くと、かつての婚約者、ハンスがいた。

「……す、すまない。睨まないでくれ」

十年ぶりに見たハンスは白髪まじりの壮年になっていた。騎士としてもそろそろ現役を退いて役職に就く年齢だ。実はハンスはこの数年、執務室にこもって書類に埋もれていた。腹はまだ出ていないが、少しふっくらとしていた。

「君はかつての私の初恋の女性にそっくりで……思わず呼び止めてしまったんだ」

出会った当初と同じ言葉をかけてきたハンスに、セラスは呆れた。おまけに元婚約者であるこちらに気付いてなさそうだ。ならここは他人のふりをしようと、セラスはハンスを拒絶するように距離をとった。

「そうなのですね。それでオジサマ、わたくしに何かご用でしょうか?」
「…………お、おじさま?」
「あら、ごめんなさい。目上の殿方は紳士様とお呼びするのが社交界のマナーですけれど、先程のお声掛けは紳士とはかけ離れたものでしたので」
「……わ、悪かった。謝るよ。あと、よかったらバルコニーで一杯やらないか?  君はどんな酒を好むんだい?」

了承を得る前に当然のようにセラスを連れていこうとするハンスの肩を、ある青年が掴んだ。

「ロッセン卿、私のパートナーに触れないでくれ」

現れたのはハンスと同じ騎士だったセシル・ロト。現在は家督を継き男爵となっている。そしてセラスと同じくエルフの血を引いている。

「ロト男爵。私が先にこの女性に声をかけたんだ。邪魔はしないでくれ」
「邪魔者は貴方でしょう。彼女は私の婚約者なのだから」
「…………え」

現在のハンスは騎士爵で、セシルは既に当主となった男爵だ。社交界では騎士と貴族の差は大きい。このような公の場で身分を蔑ろにすれば、不利になるのはハンスだ。

「……っ、美しい白銀の君。例え婚約者がいようとも、私は君を諦めないよ。また会えると信じている」

セラスの手を取って口付けしようとしたハンスの手を、セシルがペシっと払った。
そしてセラスの肩を抱いてバルコニーに踵を返した。


「……油断していたよ。ロッセン卿は1年前に離縁していたのを忘れていた」
「あらそうなのですか?」

そういえばセシルは先程ハンスを婿入りした子爵家の家名ではなく、旧姓のロッセンと呼んでいた。公の場ではっきりと。ハンスもそれを否定しなかった。貴族の離縁は社交界では面白おかしく噂にされることが多い。しかし勉学と仕事に明け暮れていたセラスには初耳だった。

「……クク、彼は君と婚約を解消してまで婿入りしたが、ローズ子爵は二十代中頃に差し掛かる頃には若い燕に乗り換えて愛人と子を設けた。今やその子が後継ぎさ」
「……では婿はもう必要ないと離縁されたのですか?」
「だろうね。子が当主の血を引いていれば、後継ぎとしてなんの問題もないからね」

セラスは24歳でハンスに婚約を解消された。
そのハンスは、妻のローズに若い男に乗り換えられた。妻が二十代中頃の時ということで、十代の時と比べれば老けた妻にハンスの愛が冷めた可能性もあるが、若い男に乗り換えられるのはハンスも堪えただろう。セラスも見た目年齢は変えられるが、実年齢は変えられない。見た目だけじゃなく年齢で婚約解消された直後は確かに堪えた。

「なんだか二人とも似てるわねぇ。そんなに若い子がいいのかしら……」
「そういう趣味なんでしょ。それより、これからは社交界では実年齢の姿で出席してよ。またあの馬鹿がきたらと、気が気じゃない」
「あら、よろしいの?  十歳も年上のわたくしを婚約者にできたのは、同じくエルフの血を引くことも考慮されたからなのですよ?」
「世間的にはね……学業もあるし、若い肉体が便利なのは私も同じだから解るよ。でも私は、今の君が好きだなぁ」
「ふふ。セシルってちょっとマザコンだものね」
「それは関係ないでしょう?  ……でも、幼少期に母が他界したから、確かに愛情不足なのかもしれない」

そう言ってセシルはセラスの括れた腰に指を這わせた。腰骨をなぞられ、セラスは「うっ」と頬を染めた。

「っ、でも中身は狼ね」
「セラスの中身はまだ少女だよね」
「仕方ないじゃない。エルフは元々は独身主義で純潔主義者が殆どなのよ。子孫を遺す時しか、性行為はしないのよ」

そのエルフの血を引いていることを理由にハンスと婚約していた時は結婚するまではとハンスに体を許さなかった。だがセシルと婚約してみて解った。

独身主義だの純潔主義だの、言い訳に過ぎなかった。相性も関係していたのかもしれない。

セラスは見た目は十代のまま十年を過ごしたが、やはり心は若いままではいられない。精神年齢というものは、少しずつ確実に年を重ねていく。

なのにセシルと婚約してからは翻弄されっぱなしだった。まるで少女のように、胸がときめく。彼と一緒にいると、新たな発見がある。見るもの全てが新鮮に感じるのだ。

背中にセシルの柔らかな金髪の巻き毛が押し付けられた。今日は髪を下ろしているので、背中が開いたドレスを着ているのだが、その擽ったいような程よく気持ちいいセシルの髪の感触にセラスはどぎまぎしていた。

「っ、グリグリしないでぇ~」
「ドキドキしてる?  背後にいてもセラスの鼓動が伝わってくるよ」

お腹に腕がまわってきて心臓は更に早鐘を打つ。

「わ、わたくし達なら子作りはいつでも出来るから、そんなにはやまらないでっ」
「そうだね。いつでも出来るからね。言い換えれば80歳になっても君を抱けるからね」
「っ、っ」


その日、セラスはセシルにお持ち帰りされて最後までされてしまった。翌朝には「結婚!結婚!早く籍を入れよう!」と枕をシーツにバシバシと埃を立てる子供のようなセシルにセラスは呆れたのだった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました

四折 柊
恋愛
 子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした

高鉢 健太
ファンタジー
 ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。  ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。  もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。  とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

やさしい異世界転移

みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公 神洞 優斗。 彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった! 元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……? この時の優斗は気付いていなかったのだ。 己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。 この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。

処理中です...