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第五章 ギルドの依頼

第二十三話 後始末?

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 ヤスは、トラクターの運転席で眠ってしまっていた。

 太陽に照らされるトラクターはボディーが凹んでミラーも割れている。根本から折れてぶら下がっている状態だ。

 スマートグラスの表示は戦いの激しさを物語るには十分な情報が表示されている。

損傷率:32%(自走可能)
稼働時間:2分30秒
風魔法:0回
結界損傷:---

 ディアナには辺りの情報が表示されている。
 神殿の境界まで自走してきて魔力が無くなって体力もなくなって眠ってしまったのだ。あと少しで境界の中に入る事ができる位置まで来ているのだ。

 辺りには魔物を示す赤い点は無く、不思議なくらいに静かだ。

 ヤスが討伐した魔物の正確な数はわからない。
 かなりの上位種がいた事も確かだ。討伐の履歴を見なければ正確な数はわからないだろう。それだけ魔物の死骸も酷い状態になっている。

 ヤスは、夜の帳が落ちてきてからもライトを付けたり消したりしながら魔物の討伐を行っていた。
 ヤスも自分が何時に寝たのかわからなかった。朝日が登っていないことだけは確かだが、かなりの時間を魔物の討伐に当てていた。

 エミリアから撤退を進言されたことも有ったのだが、上位種が居ない集団なら風魔法を必要とせずに討伐できる。集団を討伐しながら魔力を吸収して、上位種のいる集団や群れを討伐する。

 基本的なコンセプトには間違いはなかった。
 間違っていたのは、魔物の数だった。当初エミリアには8千と表示されていた魔物だったのだが、領都の近くで発生した魔物で足の遅かった魔物が追いついてきてしまった。魔物の総数が1万5千まで膨らんでしまったのだ。
 ヤスが討伐を決めるのに時間がかかって山下りを選ばずにユーラット経由で討伐に出ていたら、魔物の後続部隊も合流していたかもしれない。そうなっていたら2万以上の魔物を相手にする事になっていた。

 後続部隊には、トロールやオーガの上位種や変異種が存在していた。力が強く結界を破壊する力を持っている。

 漆黒の闇に包まれる時間になってくると、魔物たちもヤスが明確な敵であると同時に、脅威に感じ始めていた。
 まとまりのなかった集団が明確な意思を持ってヤスを取り囲み始めたのだ。

 ヤスも魔物の動きからユーラットに進んでいた足が止まって自分に狙いを定めているのが解った。
 目的の一つが成功した事に安堵した。しかし、それはヤスにとっては深刻な出来事でもある。

 残敵と言っても、1万5千を少し削れただけの魔物に包囲されている。
 その時には、結界を簡単に破ってしまう魔物が多数いる事も確認されている。今は、結界の強化はできない。ヤスの考えは単純だった。”だったら捕まらない速度で走り続ければいい”だった。

 ヤスはアクセルを踏み込んで魔物たちを蹂躙していく。
 それが正しいのかわからないが、今は生き残るのが先決だと考えていた。

 タイヤから伝わる”肉”を轢いている感覚。不快を通り越して、吐き気さえもしてくる。しっかり止めを刺さないと今度は自分がやられる。
 日本に居たときの悪友の言葉だ。”溝に落ちた愚か者は完全に息の根を止めろ。自分の良心が痛むだけなら躊躇するな。お前が助けた者はお前が大事にしている者に牙を突き立てるかもしれない。お前は自分の良心が痛む程度の痛みも我慢できないようなら何もするな”だった。事実、ヤスの悪友は言葉通りヤスができなかったことを実行して大切な物を守ったのだ。奴の親友と言ってもいい友達の命を・・・。

 ヤスはもちろん死ぬつもりはなかった。
 なんの因果かわからないが異世界に来てしまった。それも、愛機と一緒に・・・。
 これからもっといろんな場所にも行きたいし、いろんな女にも会ってみたいと思っている。そのためにも、ここで死ぬつもりはない。勝算があってやったことだ。心配だったのが山下りだった。できるとは考えていたのだが、損傷率が酷い場合には戦略を考えなければならないとも思っていた。

 ヤスはいろいろな賭けに勝ったのだ。
 女神が微笑んだだけかもしれないのだが、ヤスは生き残った。

 全ての魔物を討伐したとは言えないのだが、上位種や群れを指揮していた魔物は討伐できた。
 これだけでも英雄の御業なのだ。

 ヤスは、昼少し前に目を覚ました。

損傷率:32%(自走可能)
稼働時間:1時間32分
風魔法:24回
結界損傷:---

 スマートグラスにはそんな情報が表示されていた。

「エミリア。俺はどのくらい寝ていた?」

『6時間39分です』

「そうか、いつ寝たのかわからなかった。ディアナも無事のようだな」

『はい。自走可能な状態です』

「そのようだな。ひとまず、安心だな。でも、このままトラクターで領都には向かう事にする」

『おやめになったほうがよろしいかと思います。あと、マルスからの提案があります』

「なんだ?」

 マルスからの提案は、ナビに表示された。
 提案は、ヤスにとってすごくありがたいことだった。

 ヤスのアーティファクトHONDA FITを動かしたいということだった。運転できるのはヤスだけだが(正確にはセバス・セバスチャンも教えられればできる)、神殿の領域内ならマルスが移動させる事ができる。
 ディアナが制御を行えばかなり安全に移動する事はできるのだ。

 マルスはそれで何をやりたいのかと言うと・・・。
・ヤスにアーティファクトHONDA FITを届けたい
・FITにセバスの眷属を乗せて移動させる。セバスの眷属達は、ヤスが倒した魔物の素材と魔石を集めさせる
・神殿の領域内にトラクターを移動してもらって神殿までの帰りの足にする

 二番目はせっかく倒した魔物なのだ。討伐ポイントだけでも十分かもしれないが、素材や魔石は現金収入になる。ヤスはそれほど困っていないのだが、多少なら有って困るようなものでもない。

 ヤスとしてもトラクターで領都まで行ってから、リーゼとミーシャにアフネスからの言葉を伝えようと思ったのだが、エミリアからも辞めたほうがいいと言われたので違う方法を考える必要を感じていたのだ。

「エミリア。マルスに、提案の通りにしてくれと伝えてくれ、それから到着予定の時間を教えてくれ」

『かしこまりました。到着まで、8時間23分です』

「そうか、一眠りできそうだな」

『可能です。トラクターを神殿の領域内に移動してください。多少ですが魔力の補充が可能です』

「わかった。スマートグラスに神殿の領域を表示してくれ」

『了』

 ヤスはスマートグラスをかけ直してからトラクターのエンジンをスタートさせた。
 いつ切ってしまったのか覚えていなかった。もしかしたら、魔力切れと同時にエンジンが停止したのかと考えていた。

 ゆっくりとした速度でトラクターを神殿の領域内に移動させた。

 トラクターの居住スペースに移動して身体を投げ出すように横になった。
 長時間の仮眠だったがやはり身体を横にできる場所での睡眠をしたほうが身体の疲れは取れる。

 ヤスは、きっちり8時間の睡眠を取った。
 緊張や刺激やらアドレナリンが出ていて空腹を感じていなかったがしっかりと寝て起きたら空腹と頭痛を感じていた。しかし、食べ物は干し肉程度しかない事に絶望を感じた。

『マスター。セバスの眷属たちが近づいてきています』

「そうか、隣に来るように伝えてくれ」

『了』

 それから15分後にFITがヤスの視界にも入ってきた。
 森を抜けてきたにしては綺麗だ。結界がしっかり機能しているのだろう。

「マスター」

 FITからメイド服を来たドリュアスが降りてヤスに向かって頭を下げる。

「お疲れ様」

「ありがとうございます。マスター。セバスからこれを預かっています」

 ドリュアスは、少し大きめのバスケットをヤスに手渡す。

「これは?」

「マスターのお食事とお飲み物です」

「お!ありがとう。腹が減っていて、しょうがないから干し肉でも取り出そうかと思っていたところだよ」

「それは良かったです」

 バスケットにかかっていた布を取り外すと、肉や野菜を挟んだパンが3つと水筒のような物が入っていた。
 ヤスは腹が減っていた事もあって、その場で食事を始めるのだった。
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