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第五章 ギルドの依頼
幕間 アフネスの考察
しおりを挟む「アンタ。もう大丈夫よ」
「リーゼ様は領都に向かったか?」
「えぇ」
「それにしても、本当にヤスをリーゼ様の伴侶に考えているのか?」
「そうね。そうなればいいと思っているけど、ヤスはどうもまだまだのようね。リーゼ様は・・・」
「そうだな。あんな”耳”をされたら認めるしか無いな」
リーゼ様は口では否定しているが、耳がリーゼ様の心を映し出している。
エルフは、感情が現れるのは耳だ。だからではないが、髪の毛で耳を隠すエルフが多い。特に、エルフの里で育った者たちは、隠す傾向にある。
しかし、リーゼ様はユーラットの近くで産まれてユーラットで育った。そのために、エルフの常識に疎い。髪の毛は長くしているが、耳を出している。リーゼ様なりにエルフである事に誇りを持っているのだろう。エルフの証明となる耳を顕にしているのだ。
私もロブアンもこれまでにリーゼ様がエルフに興味を示すように・・・。エルフの常識を教える意味でエルフの里経由で里を出て生活しているエルフを紹介してもらって、ユーラットに住んでもらった。それだけではなく、男性に恐怖心を持たないように冒険者や商人になった者を招待してはリーゼに会わせたのだが、今までリーゼの耳が動く事はなかった。
初めてリーゼ様とヤスを見た時にリーゼ様の耳が下がっている事に驚愕した。
警戒心で耳が常に立っていたリーゼ様が心を開きかけている。それも、見たこともない人族の男にだ。
ロブアンは、最初に聞いた時には信じなかった。自分で見ても信じたくなかったのだ。それはリーゼ様が可愛くて仕方がないという思いが強いのは当然有ったのだが、リーゼ様の母親と同じ事になってしまうのではないかという危惧が頭から離れないからだろう。私も同じなのだ。
アフネスは、リーゼ様の為にヤスをいろいろ試した。
しかし、解ったことは、”よくわからない”事がわかっただけだ。
「アンタは、ヤスをどう思う?」
「あぁ悪い奴じゃねぇのは間違いなさそうだ。港の奴らにも聞いたが、ヤスの奴・・・」
「どうしたの?」
「婆さんが干したアジを買いたいと言ったらしいが、ダメだと言うとすぐに引き下がったらしい」
「その話なら聞いたわよ。”元締め”というセリフだけで私のことを見抜いたようね。多分、アンタの事も見当が付いているかもしれないわね」
「あいつ・・・。バカなのは確定だが、俺には判断できない。ただのスケベだったらここまで悩むことはなかった」
「そうね。それなら、リーゼ様があそこまで耳を垂らす事もなかったのにね。それにしても、アンタの鑑定でも見抜けないのよね?」
「あぁ人族なのかも怪しいが、人族としか判断できない。知力Hなのは多分魔法の扱いができないと思ったのだが、そういうわけでもなさそうだ」
「そうね。人非人なのかと思ったけど、言葉が通じるし、文字を読むことができる」
「アフネス。一つだけわからない事があった」
「なに?」
「ヤスの奴は、リーゼ様が持っていったメニューを読んだよな?」
「そうね」
「古代エルフ語で書かれていた部分も読んでいなかったか?」
「そうなの?」
「もしかしたら知識として持っていたのかもしれないが、糸引き豆を”ナットウ”と呼んでいた」
「それは、人非人なら読めると言っていたわよ?」
「うーん。そうだよな。本当に、あいつの事がわからない。悪い人間では無いのは間違い無いな。バカでスケベだけど・・・」
「そうね。バカでスケベだけど、誠実な人間だと思うわよ」
リーゼ様が間違いなく惚れている。まだ淡い気持ちで本人は無自覚なのかもしれない。
ゴブリンの群れから救われたのなら惚れないほうが無理だという事だろうけど、厄介な人間である事は間違い無いだろう。
リーゼ様の事だけなら私たちの考えだけでなんとかなるとは思っていたけど、神殿を攻略しているとなったら話は別だ。話が大きくなりすぎる。隠せるのなら、隠し通したいが・・・。無理だろう。そのためにも早めにエルフの里に連絡をしなければならない。ユーラット神殿は、エルフ族が認めた数少ない神殿で未攻略だったはずだ。そもそも神殿の敷地内に入ることさえできなかった。
ダーホスも似たような報告を冒険者ギルドや王国にあげているはずだ。
ヤスは攻略を覚えていないと言っていた。
直感でヤスが嘘を言っているとは思わなかった。ただ、本当のことを言っているとも思えない。
「それで、アフネス。どうするのだ?」
”どうする”は決まっている。
「里からの連絡を待って見る。返事が来なければ、勝手にする」
「わかった。その方針で問題ないと思う」
ヤス本人の事も問題なのだが、ヤスが使っているアーティファクトも問題だ火種になると言ってもいい。
あれは、エルフの里だけではなく、バッケスホーフ王国もアデヴィト帝国やフォラント共和国やラインラント法国が欲しがるに違いない。対魔物と考えても有効だ。それだけではなく、ヤスがユーラットから神殿に行く時に物資を簡単に運んだ事を考えれば兵站事情が大きく変わってしまう。
人は運ばないと言っているが、ヤスの言い方から考えれば、人は”運べる”が”運びたくない”が真相なのだろう。戦争や紛争に関わりたくないと言っていたのがヤスの正直な気持ちなのだろう。その点は評価したい。
アーティファクトが操作できるのがヤスだけという説明もなんとなく怪しいと思うのだが見た感じではどうやって動かしているのか判断できない。ヤスも本当の意味で理解しているとは思えない。
敵対しない事は大前提だ。
ヤスを隠す事はできない。ヤスが望んでいない。
エルフの里は動くだろう。里が動いたら、動いたという事実だけで、情報が拡散するのは間違いない。
ギルドも動くだろう。ギルドは、間違いなくヤスを守るだろう。国を相手にするよりも、神殿一つを相手にするほうが厄介だ。それに、ユーラットの神殿がヤスの使っているアーティファクトを生み出すだけの能力だけのはずがない。自分たちはそう思っても、エルフの里の者や”あの国”の者は絶対に違うと考えるだろう。
エルフの里に伝わる伝承が本当ならユーラットの神殿が持っている能力は”権力者が最も欲する能力”なのだ。権力者だけではない。豪商なども欲するだろう。金と権力を握った者たちが欲する能力がユーラットの神殿には眠っていると言われている。
そして・・・。ヤスの生まれも気になる。髪の毛の色は違うが、顔立ちは・・・。
「アンタ。もしかしたら・・・」
「ありえるな。どうする?」
脳裏には、リーゼ様の父親の姿が浮かんでいた。そして、とある国の名前もだ。
「どうするも何も、私は約束を守る。リーゼ様を奴らには渡さない。そのためにもヤスを利用する」
「そうだな。そうすると、リーゼ様に父親のことを教えないとダメだろうな」
「・・・。それでも、リーゼ様の自由は誰にも犯させない」
「あぁもちろんだ。そのために、俺たちは居るのだからな」
ヤスがギルドに武器や防具や宝飾品の買い取り依頼をしたと聞いて割り込んだ。買い取りは、ユーラットのギルドでも十分可能だった。鑑定もダーホスとドーリスが行う事ができるのだ。ヤスに支払う対価が足りなかったのは事実だったがヤスは商業ギルドのギルド員である事からヤスに信用取引を持ちかければいいだけなのだ。商業ギルドとしてヤスから借りている事にする事もできたのだ。
ギルドからの依頼という理由を作ってもらった。ダーホスには借りを作る形になってしまったが、十分な成果だろう。ヤスが、リーゼ様の護衛を受けてくれなかったのは計算外だったのだが問題はなかった。リーゼ様を領都まで運んでもらえれば十分だ。
ヤスがリーゼ様に手を出す可能性は低いだろう。
でも、それならそれでリーゼ様のヤスへの気持ちが固まる可能性だってある。そして、アーティファクトを操るヤスに不埒な者が絡むのはほぼ確定だろう。そうなったときのヤスの人柄を見る事もできる。
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