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第三章 帝国脱出
第三十三話 奴隷条例
しおりを挟む帝国史上もっと愚かで、最も人々を狂乱に落とし込んだ”条例”が、宰相のブーリエから発布された。
一部の貴族から出された懸案を、最も容易に・・・。そして、問題を解決するために、考え出された、画期的だと本人たちが本気で思っている”条例”だ。
”奴隷条例”
いくつかの条文で構成された”条例”だ。
もともと、帝国には”奴隷法”という”法”がある。借金奴隷や犯罪奴隷や戦争奴隷があり、それぞれ区分されている。
愚か者たちが奴隷を殺すことで、スキルアップが行えることを覚えてしまった。
帝国から、犯罪奴隷が消えるまで、時間が掛からなかった。
本来なら、犯罪奴隷が行うような現場に借金奴隷が流れて、身代金の請求が不可能になった戦争奴隷などが流用された。それだけではなく、本来なら軽微な犯罪で犯罪奴隷になるような罪を犯していない者まで、犯罪奴隷にされていた。
それでも、奴隷が足りなくなっていた。
そこで、自分が世界で一番賢いと思っている宰相と、自分たちが民をどう扱おうと自分たちの自由だと思っている一部の貴族家が結託した。
犯罪奴隷の枠を拡大した。
市民権を持たない者は、犯罪となると”奴隷条例”が発布された。全ての貴族が納得したわけではない。辺境伯など良識派の貴族が強固に反対した。その為に、”条例”となった。”法”でないために、帝国全土での施行ではない。領地事に、貴族家毎での、対応や解釈が許されてしまった。
スラムの住民は、当然”市民権”を持っていない。
他にも、市民権を持たない者は多い。おっさんも、カリンも、市民権は持っていない。
「まーさん!まーさん!」
”奴隷条例”は、辺境伯の領都に居るダストンの元にも届いた。同時に、辺境伯から、領内の全ての代官に”奴隷条例”には従わないように通達が出された。そして、従った者には、私財没収のうえで辺境伯領から追放すると但し書きが行われていた。
驚いたのは、領都を任されていたダストンだ。
国の方針と、異なる指示が出されたのだ。最初は、イーリスを呼び出そうとしたが、ダストンは”まーさん”を呼び出して、相談することにした。ダストンは、おっさんに言いくるめられてから、ちょくちょくおっさんに相談を持ちかけた。そして、おっさんの提案を実行した所、辺境伯からお褒めの言葉だけではなく、領都や周辺の農村から感謝されるような状況になった。一度だけなら、代官である自分の実力だろうと自分に言い聞かせることができたが、2度、3度と重なると、ダストンはおっさんを頼るようになった。
おっさんは、ダストンから渡された二つの指示と”奴隷条例”の内容を見て、眉を寄せた。
「これは?」
「まーさん。私は・・・。領都はどうしたらいいと思う?」
いきなり本題を切り出したのも、ダストンが混乱している証拠だ。
ダストンの下には、辺境伯領の他の街や都市からの質問状が届いている。他の代官も、自分では判断ができない状況なのだ。判断が出来なければ、上位者に質問をすればいいのだが、辺境伯本人の指示は出ている。
しかし、その上位である『”国”の指示に従うな』という指示だ。困った代官は、領都を治めるダストンと同じ方策を取れば、責任はダストンに向くと考えたのだ、申し合わせたかのように、全ての代官から質問状がダストンの所に届いた。
「ダストン殿。”奴隷条例”に関することを考える前に、市民権を教えて欲しい」
「市民権?」
「領都だけではなく、周辺の村や街での取得実績や、取得するための条件など、いろいろ教えて欲しい」
「わかった」
ダストンは、書類ケースから、書類を引っ張り出してきた。
最近になって、更新された書類だが、市民権を持つ者や、取得のための条件がまとめられている。
簡単に言えば、市民権は”買う”ものだ。メリットは、門に入るときの身分証明書になること・・・。他には、領の施設を使う時に、多少は優遇される。税の一部が、免除される。その程度のメリットしかない。
実際に、領都には5万を越える人間が住んでいるが、市民権を持つ者は、1割程度だ。ギルドが発展していて、ギルドが発行しているギルドカードが身分証明に使われているためだ。村などでは、村長が市民権を持っていれば珍しいほどで、ほぼ持っていない。必要がないと言い切ってしまえるほどだ。
「・・・。1割未満?それに、村は、ほぼ市民権を持っていない?」
「はい」
「そうだ。ダストン殿。行商人や商隊は?」
「持っていないでしょう」
「護衛を行っている者は?」
「持っていないでしょう。守備隊の隊員でも、半数以上が市民権を持っていない」
「・・・。イーリスは、知っていたか?」
おっさんと一緒に来ていたイーリスも、びっくりした表情で首を横に振っている。
「ダストン殿。知識として、お聞きしますが?」
「はい?」
「市民権の取得は、辺境伯領が極めて低いのですか?」
「え?違います」
「ん?低くない?」
「はい。辺境伯領の領都は、帝国の中でも、多い方だと思う」
「・・・。1割で?」
ダストンとイーリスが頷くのを見て、おっさんは帝国の終わりが近づいて来ているように感じた。
「わかりました。まず、状況から整理しましょう。そのうえで、考えられる施策を話し合いましょう」
おっさんが、知りえた情報を整理する。情報の整理が終わってから、イーリスとダストンにおっさんが考える未来予想を、いくつかの指摘として伝えた。
おっさんの話を聞き終えてからイーリスが立ち上がった。辺境伯に手紙を書く為に離席した。イーリスを支えてくれる貴族家への手紙を届けてもらうためだ。辺境伯を経由することで、イーリスが直接出すよりも、届く可能性が上がるためだ。
おっさんの指摘に、ダストンは顔を青くした。おっさんも、全部が的中するとは思っていない。しかし、半分が的中しただけで、国内が荒れる結果になる。最悪は、国が無くなってしまう。既得権益が無くなる可能性がある。ダストンは、なけなしの義侠心を奮い立たせたが、それ以上に既得権益だと思っている今の生活が無くなることを恐れた。
「まーさん。まーさん。どうしたら・・・」
「国の指示に従っても、指摘の一つでも当たれば、階級が低い・・・。代官から切られるでしょう。身体が首の重さを感じなくなるだけなら、ラッキーだと思えるほどの、苦痛を味わうでしょう。反対に、全部の指摘が当たれば、上から吊られるだけですが、代官が生きていける可能性は低いですね」
「・・・」
「先ほども話しましたが、辺境伯からの指示に従えば、国とは決別する可能性が高くなりますが、それは辺境伯に考えてもらいましょう。代官として、辺境伯に従って、味方を増やせば、味方の数だけ安全な場所に居られます」
「うんうん。それで?」
ダストンは、自分が安全になるのなら、おっさんの提案を受け入れるつもりになっている。
それだけ、おっさんの指摘が無慈悲に思えた。最初の予想は、なんとなく想像ができる範疇だが、途中から、そこまで酷い状況になるとはおもえなかった。しかし、イーリスが慌てだしたことや、おっさんからの質問でダストンが自分で答えた内容を照らし合わせたら、最悪な方向に進む以外に考えられなくなっていた。
「まずは、市民権の価格を、今の1/10か1/20にしましょう」
「え?それは・・・」
「ダストン殿だけの判断が難しければ、辺境伯に問い合わせればいい」
「そうだな。うん。そうしよう。それで?」
「ダストン殿が使える・・・。そうだな。手足と呼べる者が必要だ。ダストン殿?ご子息は難しいが、信頼できる者は?腹心と呼べる者は居るのか?」
「え?」
ダストンの考える表情を見ながら、おっさんは、次の手を考える。
森の中に逃げ込むのは、既定だが、その為にも、領都や周辺事情を落ち着かせておきたい。
おっさんの予想では、遠くない未来に、帝国では内乱が発生する。
貴族同士の戦いなら、鉾の納め時は見つけられるが、市民対貴族の図式になってしまえば、帝国は勝っても負けても失うものが大きすぎる。そうなる前に、辺境伯領として力をつけなければならない。出来れば、市民側に立って戦うほうがよいとまで考えている。
おっさんが、今後の展開と何ができるのか考えている横で、ダストンは自分には信頼ができる腹心が居ないことに愕然とした表情を浮かべていた。
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