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第三章 帝国脱出
第二十九話 期待する
しおりを挟む私の名前は・・・。名前を、呼ぶ者は居ない。名前を忘れたわけじゃないけど、”おばば”と呼ばれている。
産まれてからいろいろな名前で呼ばれていた。
今の場所に落ち着いたのは、80年以上前だ。長命種から見たら、一瞬とは言わないが、短い期間だ。しかし、これほど長く住み着いた場所は、ラインリッヒの領都だけだ。前の前の領主に頼まれて、居を構えた。それから、代替わりを見守ってきた。
今の当主も無能ではないが、先々代と比べてしまうと、少し中央を向きすぎている。先々代も先代も足下をしっかりと見てから中央と接していた。だから、辺境伯として領地を守っていられた。フォルミは、無能ではない。先代や先々代と違って、領地を富ませる能力は飛びぬけて高い。
だが、自分ができる事は”他人”もできると考えてしまっている。
領都の代官にあんな無能を置くとは思わなかった。
そろそろ、この都市から出て行こうかと考えていた。そんなタイミングで、一人の青年が、店を訪ねてきて、薬草の知識と弟と妹を守るための知識が欲しいと言ってきた。対価を要求したら、自分の全てだと言い切った。まっすぐに私を見る目に若さを感じて、私が要求する薬草や素材を持ってくる事を条件に、薬草の知識、調合の知識、青年が言っている弟と妹の保護を約束した。どうやら、先代の代官が世話をしていた者の一人のようだ。
先代の代官が、殺されてから、世話をしていた者たちは領都を出たと思ったが、残ってスラムに落ちそうな子供たちをまとめていたようだ。
弟と妹は、全部で21名。増減はある。他の街に送り出した者も居る。青年に協力しながら、スラムに落ちる子供たちを拾い上げていた。全ての子供たちを救いあげられるわけではない。しかし、青年は自分の手が届く範囲だけでも助けたいと涙を流した。歯を食いしばって、己が傷つくのを躊躇せずに、青年は、子供たちを救いあげていた。
それを面白く思わない者たちが居るのも事実だ。青年が居なければ、もっと奴隷にとして・・・。商品が手に入ると思っている者たちだ。
無能で狭量で自己肯定が強い小心者の代官と、無能から任命された警備主任だ。他にも、隣の領から入ってきている商人も、同じだ。青年が、力を付けていると勘違いしている。そして、青年が自分の地位を奪うのではないかと考えていた。
そして、青年をスラムの連中に殺させた。その報酬で、スラムの勢力が拡大した。
青年は、自分が狙われているのが解っていたのか、二人の子供を私の前に連れてきた。
自分の後は、この二人が引き継ぐと言っていた。二人の子供は、イザークとアキと呼ばれていた。
青年が殺された日に、最初に飛び込んできたのはイザークだった。
しかし、その後にやってきたアキと名乗った少女の方が落ち着いていた。彼女は、自分が何をしなければならないのか解っていた。弟と妹を守ると言い切った。『力がない自分では、知恵を付けるしかない。守るために”知恵を身に着ける方法を教えて”欲しい』と懇願してきた。
疲れ切っていた私の心に響いた。このアキと呼ばれる少女を最後に、この街を出ようと考えた。
成長を見守って居る間に、イザークはギルドに出入りして、余り筋のよくない連中と一緒に居る事が多くなった。アキは、毎日ではないが顔を出して薬草を置いていく、そんな中で、アキたちのグループをよく思わなかった者たちが、アキの弟と痛めつけた。
アキが泣きそうな声で飛び込んできた。
この辺境では対応ができる状況ではない。ポーションを渡したが、命の灯火を伸ばす程度にしかならないだろう。聖スキル持ちが居れば・・・。
それから、数日、アキは訪ねてこなかった。
「おばば!」
イザークが飛び込んできた。
アキに何か有ったのか?
「珍しいね。今日は、アキじゃないのか?」
イザークが慌てた表情で、何かを取り出す。やはり、アキに何か有ったと考えるのが妥当か?
「おババ・・・。これを・・・」
イザークが持ってきていたのは、手紙の様だ。
それも、王家の印章が入っている?こんなに高級な物をイザークに託す?意味が解らない。
裏側を見ると、どうやら”イーリス姫”の関係者のようだ。アキが捕えられているわけではなさそうだ。イーリス姫は、数少ない、ラインリッヒ辺境伯寄りの王族のはずだ。
そもそも、イザークが持っていていい手紙ではない。あの青年なら可能性はあるが・・・。入手した経緯を確認しないと、封が開けられない。
「イザーク。これは、どうした?正直に話しな」
イザークをにらみつけてみたが、今日は怯えた表情を見せるが、そこで踏みとどまっている。逃げ出すようなら、何か悪い事をしたのかもしれない。しかし、イザークが語りだした内容は・・・。頭が痛くなる。
ラオは、この前、アキが飛び込んできた時の子だろう。ポーションはどうした?
もしかして、アキがイザークの作成を承諾したのは、ポーションを誰かに奪われたからか?それは、私の失態だ。アキなら大丈夫だと思ったが、アキに暴力を振るって、ポーションを奪うくらい何も気にしない者たちが残っているのを忘れていた。ギルドの奴らか?
「そうか・・・。手紙を、確認するから、待っていな」
「うん」
手紙を丁寧に取り出して、読み始める。
”まさか”と思いたかった。でも、間違いない。
読み直しても、”あの方”だ。
イザークは、手を出してはダメな人に手を出した。違うな。”あの方”でなければ、イザークとアキはよくて殺された。悪くしたら、あの青年が望んだ事が全て無くなっていた。奴隷になって、使いつぶされる未来しかなかった。死ぬ方がマシだと思われる未来になっていた。
読み終わった手紙をしまって、手紙の主からの依頼を考える。
イザークたちに行わせるには少しだけ難しいが、手紙の主は、イザークたちに行わせたいと書いてある。その為のサポートを頼むと書かれている。
「あんたたち・・・」
これは、私が断れるような類の”お願い”ではない。
アキたちを捕えていると書いているが、実態は違うだろう。
「??」
「イザーク。お前が襲おうとした人がどんな人か知っているのか?」
イザークたちが知っているとは思えない。
裏の事情だ、王都からイーリス姫と一緒にやってきた人物が、代官を脅した。スラムの顔役だけではなく、警備隊やスパイになっている商人。商人を隠れ蓑にした奴隷商などが慌てだした。
すぐに、辺境伯家が動くかと思われたが、動かなかった。自体は、そこで終わったと思われていた。
「え?貴族に仕える奴じゃないのか?それか、商人だろう?」
「あの方。あの人が言ったのか?」
イザークの印象のようだ。
だから、ターゲットに選んだのだろう。
「そうか、あの人は、何か言っていなかったか?」
「”まーさん”とだけ・・・」
「まーさん?それが、お前に手紙を渡したお人の名前か?」
「え?うん」
「もしかして、”まーさん”は、猫を連れていなかったか?」
「連れていた。めちゃくちゃ強い猫でびっくりした」
間違いない。
スラムの顔役を潰して、警備隊や商人で、代官に繋がって領民を苦しめていた連中を処分している人だ。
「よく、お前たち、生き残ったな?」
「え?」
「最近、スラムが静かだとは思わないか?」
イザークたちにも心当たりがあるようだ。それだけ、環境がいい方向に進んでいる。あの方の目的が達成されたら、残されているギルドもいい方向に進むだろう。
「俺たちは、スラムの入口の安全な場所で暮らしている」
「聞いている。それで?」
「俺たちからイエーンを奪って行った奴らを見かけない」
「そうか・・・。イザーク。その”まーさん”が、どこから出てきたのを見た?」
「え?スラムから・・・」
イザークを少しだけ脅しておいた方がいいだろう。素直に、手紙の内容に書かれていることに、従ってくれるだろう。
「そうだ。今、スラムの組織が潰されている」
「??」
「お前たちに暴力を振るって、イエーンを奪ったり、お前たちを捕まえて奴隷商に売ったり、犯罪を行っている連中だ」
「あっ!」
「そして、その組織を潰して回っているのが、”まーさん”だ」
「・・・??え!!!」
「よく、お前たち、生きているな。スラムで”まーさん”に武器を向けた者は、不思議な力で捕えられるか、再起不能な状態だ。アキまで巻き込んで、イザーク。解っているのか?」
イザークは、アキの名前が出て、自分が無謀だったと考えてくれた。
これからは、あの方が導いてくれるだろう。”期待するな”と書かれているが、期待してしまう。先々代の頃の様に、先代がまだ元気だった時のように・・・。
「まぁいい。まーさんからの指示を伝える。イザーク。お前には、拒否はできない。解っているか?」
「うん」
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