50 / 101
第三章 帝国脱出
第九話 おっさん入領する
しおりを挟む領都の門には、長蛇の列ができている。
距離にして、800mはあるだろう。
距離に対して、待機している人数が少ないのは、馬車や護衛が居るために、隊列が伸びてしまっているだけだ。
「まー様。カリン様。少しだけお待ちください」
カリンは、馬車の扉を開けて、護衛の者を呼び寄せる。伝令を頼むつもりのようだ。
「ちょっと待って。なぁイーリス?」
伝令が走り去ろうとした瞬間に、まーさんが伝令を止めた。
止められた伝令も、馬車に戻ろうとしていたイーリスもなぜ、呼び止められたのかわからない。まーさんの顔を見てしまっている。
イーリスは、護衛の一人に、関所で検閲を行っている者に、自分たちが到着したことを知らせるように伝言するつもりだ。そうしたら、門に並ぶ必要もなく、検閲を受ける必要もなく、領都に入ることができる。辺境伯からすでに伝達が行われている。
「はい?」
イーリスは、馬車に戻って座りなおす。
まーさんの横では、カリンが不思議そうな表情で二人を見ている。正確には、まーさんを見て、イーリスをチラ見している。
「別に並んでいれば、入領ができるのだろう?」
街に入るだけなら、時間はかかるが、並んでも結果は同じだ。イーリスの身分や、辺境伯からの通知がなくても、馬車一台と数名の護衛が居るだけの集団だ。荷物にも不審な物も存在しない。イーリスも、まーさんも、カリンもしっかりとした身分証を持っている。
「え?そうですが?待ちますよ?」
イーリスは自然な流れとして、順番をスキップしようとした。
待つのが嫌とかではなく、自分たちがこのまま並んでいるよりも、通過してしまったほうが、目立たなくてよいと思ったのだ。並んでいれば、見られる可能性は高い。
「いいよ。待とう。それに・・・」
まーさんの返答は、イーリスの想像と違っていた。
”待つ”という選択肢を選んだ。
「それに?」
「イーリス。俺たちは、王都から”逃げてきた”」
まーさんが使った、”逃げてきた”という感覚は、イーリスにはない。
「??」
「この列に並んでいる者だけではなく、領都の人間にも、”特別な”順番を飛ばすような人物が来たと知らせることにならないか?」
イーリスは、見られる可能性があるので、早く列から離脱して、中に入ることが目立たないことだと考えた。
まーさんは、特別な人物が辺境伯領に来たということを、周りに知られる事に問題を感じた。
確かに、イーリスの考えている通りに、列に並び続ければ、人目に晒される時間が長くなる。馬車も質素な作りになっているが、そろいの鎧を来た護衛を連れている3人組は珍しい。荷馬車を連れていないので、商人ではない。揃いの鎧を来ている護衛も、王都の近くなら珍しくもないが、辺境伯領では珍しい。一つ一つは珍しくもないが、すべてが集まっている集団なので、目立ってしまっている。
まーさんの考えは、”見られる”のはしょうがないと思っていた。
しかし、王都にいる”貴族”や”王族”や”勇者(笑)”に知られなければいいと思っている。奴らが、まーさんやカリンを探すときに、姿で探してくれたら、二人はまず見つからない。特徴的な、髪の毛の色で探すのはわかりきっている。そのために、髪の毛の色は変えている。
それでも見つからなければ、辺境伯の領都に当たりをつけていた場合には、自分たちが何時も行うように、門番を呼びつけたり、検閲をスキップしたり、貴族の特権を利用した者が居ないか問い合わせをする。または、聞き込みをする。その場合でも、辺境伯の息が掛かっている兵士には聞けない。そうなると、領都にいる者や商人の噂話が中心になる。まーさんは、その噂話に上るような行為を控えようとしているのだ。
「あっ!」
「それに、急いで入っても意味がないよな?」
「え?」
イーリスは、まーさんが言っている”逃げてきた”という感覚はないが、認識はしている。そのために、急いだほうがいいと思っている。
この段階になって、逃げているけど、急いでも意味がない。まーさんが言っている意味が、イーリスにはまるで理解ができない。
カリンは、考えるのを放棄して、バステトを膝の上に載せて、舟を漕ぎだしている。
適度な暖かさがあるバステトを膝に載せて、柔らかな日差しを受けて、馬車の中は昼寝には丁度いい温度になっている。
「辺境伯は、王都だろう?代官が居るだけで、実質的に、挨拶をしなければならないような人物はいないよな?あぁ身分的な問題で、イーリスに挨拶に来る連中は居るかもしれないけど、俺やカリンには居ないだろう?」
辺境伯は、王都で”勇者(笑)”のお披露目に出席するために、領都を離れている。
実際に領都を仕切っているのは、ラインリッヒ辺境伯の弟にあたる人物だ。身分は、代官だが辺境伯家の人間なので、そのまま領都と周辺を任せてしまっている。
「そうですね。私にも、面会者は、代官くらいだと思います」
本来なら、イーリスの立場なら、代官が出迎えてもおかしくない。
しかし、イーリスも華美な歓迎を好まないこともあり、辺境伯からイーリス王女及び二名には簡単な挨拶だけに留めるように通達が出ている。イーリス本人の署名もついていることから、代官は簡単な挨拶を行うだけになっている。
「それなら、急がなくていいよ。目立たないほうがいいだろう?どうせ、門番に、身分を告げるのだろう?その時に、代官に知らせに行ってもらおう」
「わかりました」
「カリンもいいよな?」
「うん。まーさんに任せます」
カリンは、なんの話をしていたのか解らないけど、まーさんに任せておけば大丈夫としか考えていない。
馬車は順調に進んでいる。
商人たちが多いのが理由だ。禁制品を持ち込んでいなければ、商人の通過は容易だ。領都には、関税も設定していない。消費の場なので、関税をかけるよりも、商人の売り上げから”税”を徴収するほうが楽なのだ。門での渋滞も少なくて済む。
「まーさん。私が、兵士と話をしてきます」
「わかった。頼む」
「はい。行ってきます」
順番が来て、馬車が止まった所で、イーリスが馬車を降りる。
その時に、辺境伯からの書状とまーさんとカリンの身分証を預かる。本来ならありえない手法だが、辺境伯からの証書もあるために、略式の審査で通過が認められた。
イーリスから渡された書状を読んだ兵士が、領主の館に知らせに向かう。
馬車に戻ってきたイーリスは、まーさんの正面に移動して座る。
「出してください」
馬車の中から、御者に指示をだすと、馬車が動き出す。
門を通過する時に、木戸を開けて、まーさんとカリンが顔を出す。馬車の中が見えるようになって、3人だけが乗っていることを兵士に見せてから、馬車は速度を上げる。
「ふぁ・・・。まーさん。すごいね」
城壁を入れば、街が広がっている。
王都は、石で建物が作られて、道は石畳になっている。見かけ上は綺麗になっていた。
辺境伯領は、王都とは違う発展をしていた。森が近く、反対に意思の確保が難しいために、石で土台を作って、木材で家を作っている。
「ねぇまーさん。建物と建物の間が空いているのは?」
「火災対策じゃないのか?」
「火事?」
「あぁ建材に木が使われているみたいだからな。火事での延焼が怖いのだろう?だから、適度な感覚で隙間を空けているのだろう?」
「へぇ・・・。でも、石の積み方はいろいろだね」
「多分だけど、地下があるのだろう?それで、火事で延焼しても、自分の家の場所・・・。カリンには、土地と言った方がわかりやすいか?上物が燃えても、石が残っていれば、土地が判るだろう?」
「えっうん。そうだね」
「・・・」
「どうした。イーリス?」
「まー様。地下があると、なぜ思うのですか?」
「あぁ・・・。上物が燃えてしまうことが前提で作られているように思えるからな」
まーさんは、他にも理由はあるが、それは語らずに、開けた木戸から街並みを眺め始める。
イーリスも、不思議には思いながらも、”まーさん”だからと思って、それ以上の質問は控えた。
10
お気に入りに追加
80
あなたにおすすめの小説
異世界で魔法が使えるなんて幻想だった!〜街を追われたので馬車を改造して車中泊します!〜え、魔力持ってるじゃんて?違います、電力です!
あるちゃいる
ファンタジー
山菜を採りに山へ入ると運悪く猪に遭遇し、慌てて逃げると崖から落ちて意識を失った。
気が付いたら山だった場所は平坦な森で、落ちたはずの崖も無かった。
不思議に思ったが、理由はすぐに判明した。
どうやら農作業中の外国人に助けられたようだ。
その外国人は背中に背負子と鍬を背負っていたからきっと近所の農家の人なのだろう。意外と流暢な日本語を話す。が、言葉の意味はあまり理解してないらしく、『県道は何処か?』と聞いても首を傾げていた。
『道は何処にありますか?』と言ったら、漸く理解したのか案内してくれるというので着いていく。
が、行けども行けどもどんどん森は深くなり、不審に思い始めた頃に少し開けた場所に出た。
そこは農具でも置いてる場所なのかボロ小屋が数軒建っていて、外国人さんが大声で叫ぶと、人が十数人ゾロゾロと小屋から出てきて、俺の周りを囲む。
そして何故か縄で手足を縛られて大八車に転がされ……。
⚠️超絶不定期更新⚠️
異世界巻き込まれ転移譚~無能の烙印押されましたが、勇者の力持ってます~
影茸
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれ異世界に転移することになった僕、羽島翔。
けれども相手の不手際で異世界に転移することになったにも関わらず、僕は巻き込まれた無能と罵られ勇者に嘲笑され、城から追い出されることになる。
けれども僕の人生は、巻き込まれたはずなのに勇者の力を使えることに気づいたその瞬間大きく変わり始める。
ハズレギフト『キノコマスター』は実は最強のギフトでした~これって聖剣ですか? いえ、これは聖剣ではありません。キノコです~
びーぜろ@転移世界のアウトサイダー発売中
ファンタジー
孤児院生まれのノースは、十歳の時、教会でハズレギフト『キノコマスター』を授かってしまう。
他の孤児院生まれのルームメイトたちは『剣聖』や『魔法士』『鍛冶師』といった優遇スキルを授かったのに、なんで僕だけ……。
孤児院のルームメイトが国に士官されていくのを横目に、僕は冒険者として生きていく事を決意した。
しかし、冒険者ギルドに向かおうとするも、孤児院生活が長く、どこにあるのかわからない。とりあえず街に向かって出発するも街に行くどころか森で迷う始末。仕方がなく野宿することにした。
それにしてもお腹がすいたと、森の中を探し、偶々見つけたキノコを手に取った時『キノコマスター』のギフトが発動。
ギフトのレベルが上る度に、作る事のできるキノコが増えていって……。
気付けば、ステータス上昇効果のあるキノコや不老長寿の効果のあるキノコまで……。
「こ、これは聖剣……なんでこんな所に……」
「いえ、違います。それは聖剣っぽい形のキノコです」
ハズレギフト『キノコマスター』を駆使して、主人公ノースが成り上がる異世界ファンタジーが今始まる。
毎日朝7時更新となります!
よろしくお願い致します。
物語としては、次の通り進んでいきます。
1話~19話 ノース自分の能力を知る。
20話~31話 辺境の街「アベコベ」
32話~ ようやく辺境の街に主人公が向かう
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜
桜井正宗
ファンタジー
能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。
スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。
真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。
元勇者パーティーの雑用係だけど、実は最強だった〜無能と罵られ追放されたので、真の実力を隠してスローライフします〜
一ノ瀬 彩音
ファンタジー
元勇者パーティーで雑用係をしていたが、追放されてしまった。
しかし彼は本当は最強でしかも、真の実力を隠していた!
今は辺境の小さな村でひっそりと暮らしている。
そうしていると……?
※第3回HJ小説大賞一次通過作品です!
異世界召喚されたら無能と言われ追い出されました。~この世界は俺にとってイージーモードでした~
WING/空埼 裕@書籍発売中
ファンタジー
1~8巻好評発売中です!
※2022年7月12日に本編は完結しました。
◇ ◇ ◇
ある日突然、クラスまるごと異世界に勇者召喚された高校生、結城晴人。
ステータスを確認したところ、勇者に与えられる特典のギフトどころか、勇者の称号すらも無いことが判明する。
晴人たちを召喚した王女は「無能がいては足手纏いになる」と、彼のことを追い出してしまった。
しかも街を出て早々、王女が差し向けた騎士によって、晴人は殺されかける。
胸を刺され意識を失った彼は、気がつくと神様の前にいた。
そしてギフトを与え忘れたお詫びとして、望むスキルを作れるスキルをはじめとしたチート能力を手に入れるのであった──
ハードモードな異世界生活も、やりすぎなくらいスキルを作って一発逆転イージーモード!?
前代未聞の難易度激甘ファンタジー、開幕!
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる