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第三章 帝国脱出
第八話 おっさん家名を知る
しおりを挟む途中で、村に立ち寄って補給と情報収集を行った。王都からの追跡や捕縛命令が出ていないことを確認した。
おっさんの一行は、辺境伯領の領都まで移動ができた。
領都が目前に迫った事で、まーさんは思い出したかのように、イーリスに質問をぶつけた。
「そういえば、イーリス。辺境伯領の名前と、領都の名前を聞いていなかったが?」
「え?」
おっさんの質問に、イーリスは固まった。おっさんが聞きたい事はわかるが、”なぜ”名前を聞く必要があるのか解らないのだ。
「辺境伯領は、他にもあるのだろう?それに、領都は別にして、街は村にも名前があるのだろう?」
「まー様。辺境伯は、ラインリッヒ辺境伯です」
「それは、家名だろう?」
「え??」
お互いに話がかみ合っていないのは解っているが、どうやって説明していいのか解らない状況になってしまっている。
「まーさん。イーリス」
そこで、思いもよらなかった声がする。
まーさんの肩に寄りかかって、うたた寝をしていたカリンが起きて、二人の会話に割り込んできた。
「ん?カリン。起きたのか?」
「うん。起こしてくれれば・・・。ううん。そうじゃなくて、まーさん。辺境伯の領の名前は、そのまま家名のライムリッヒだよ。それに、領都は、慣習で家名を付けることになっているみたい。だから、領都の名前もラインリッヒで大丈夫。そうだよね。イーリス?」
「そうです!」
「そうか・・・??そうなると、少しだけ不便じゃないのか?」
「え?」「??」
まーさんの”不便”とい言葉は、カリンも解らなかった。イーリスは、まーさんが何に不便を感じているのか、そもそも、まーさんが”領都の名前”を気にした理由がわからなかった。
「ギルドや教会は、いろいろな街にあるよな?」
「うん」「はい」
カリンもなぜか質問に答える側になっている。実際には、まーさんと同じで、イーリスに疑問をぶつける方なのに、今回だけはイーリス側だ。
「教会がわかりやすいけど、ラインリッヒにある教会と言った時に、ラインリッヒ領にある教会のすべてを指すのか、ラインリッヒ領の領都にある教会を指すのか?混乱しないのか?」
「あっ!県名と、県庁所在地の問題?」
「カリンには、その方がわかりやすいようだな」
「うん。あっ。でも、まーさん。それは、大丈夫だよ」
「え?」
「領都にある建物は、基本的に”本部”と呼ぶらしいよ。だから、ラインリッヒの教会なら、ラインリッヒ領にある教会を指す。ラインリッヒの教会本部と言えば、領都にある教会を指す。他の施設も同じ。ラインリッヒを省略した場合には、場所を治める貴族の領内と考える」
「へぇ・・・。また・・・。ミスリードしやすい暗黙の了解だな」
まーさんとしては、わかりやすい例えが思い浮かばなかったから、これ以上は話を掘り下げるつもりはないが、知識として覚えておく必要があるだろうと、思っている。それだけではなく、詐欺のネタになりそうだと思ってしまっている。
「やっと、おっしゃっている意味がわかりました。”ケン”はわかりませんが、カリン様の説明がすべてですが、追加をすると、王都だけは別です」
「ん?王都は別?」
「はい。帝国は、王家の直轄領が多数存在しています。その直轄領には、代官が派遣されていますが、私はないのですが・・・。お兄様やお姉様たちが治めていることになっている領地があります。そこは、王家の家名ではなく、お兄様やお姉様のお名前が領地の名前に指定されます」
「ほぉ・・・。そうなると、イーリスが直轄領を持てば、イーリス領となるのだな」
まーさんの例えが、イーリスの名前をだしたので、イーリスが苦笑してしまった。
「はい。それで・・・。もし・・・。もしですよ。お兄様が独立を為された場合いは、新しい家名を名乗るので、その時に領の名前が変わります」
まーさんは、イーリスの微妙な言い回しから、ようするに権力闘争に破れた場合に、幽閉される場所だと判断した。
事実、直轄領にはそういった使い道で確保されている場所も多い。捲土重来の期待が持てないような場所を確保することで、権力闘争に破れた者を、形だけの爵位を与えて、飼い殺しにする為だ。
家名制度も、有効に働く。王家だけではなく、上級貴族では、権力闘争に破れた者には、同じ家名を名乗らせない。ふさわしい家名を用意することで、他の貴族にも暗黙の了解で、誰が勝者なのか解らせることができる。しかし、長い歴史の中で敗者だった者が、起死回生を成し遂げることもある。その場合には、敗者に付けられた家名が生き残って、本家筋の家名が途絶えたこともある。
ラインリッヒ辺境伯も、元を辿れば、王家の権力闘争で破れた者が”祖”になる。
そのために、王家への忠誠が低く、民を守る為に帝国領の辺境を守っているに過ぎない。
まーさんは、イーリスの”独立”という言葉から、ラインリッヒ辺境伯の立ち位置をある程度把握した。
「へぇ・・・。王家や貴族は、ある意味、家名を覚えるのが仕事みたいな所があるから、いいだろうけど、商人は大変だな」
カリンは、もう話に飽きたのか、バステトを抱きかかえて、舟を漕ぎだしている。バステトも、話に加わろうとはしない。興味がないし、会話ができないので当然だが、まーさんの足元で丸くなっていたのを、邪魔された形になるが、カリンの膝の上で丸くなって寝る事を選んだ。
「え?」
「その都度、なんとか商店のイーリス領支店とか名乗るのだろう?変わる度に、支店名を変えるのか?」
「あぁ・・・。それは、商人や職人からよく言われます。でも、領主・・・。貴族家が対処をしない場合でも、代官が対処をとして・・・。懇意にしている商人や職人には、事前に告知します。それこそギルドには通告を行うので、大きな混乱は発生しません」
「それはすごいな」
船を漕いでいたカリンだが、自分がわかる話題になると目を覚ますという器用なことをした。
「ねぇまーさん。何がすごいの?」
「そうか・・・。カリンだと、”平成の大合併”とかあまりしらないよな」
「なんか、授業でならった気がするけど・・・。あまり、重要な・・・」
「そうだよな。でも、大合併で名前が消える町や村や市は徹底的に抵抗した。その後の数年間は、住所が混乱した。飛び地ができた場所もあったからな」
「へぇ・・・」
今度は、イーリスが二人の話を真剣な表情で聞き始める。
イーリスは、まーさんとカリンの話から、二人の住んでいた世界や、初代が住んでいた時代は、自分たちよりも進んだ政治体系をしていたのではないかと考えている。
まーさんに聞いても、言葉を濁されて教えてもらえないので、まーさんがカリンに説明を始めた時には、黙って二人の話を聞くことが多くなっている。
政治は、一つの側面だけ見て優れているか判断はできない。
イーリスも、そのくらいは解っている。特に、まーさんの話を聞いて、その思いは強くなっている。
しかし、一つだけ、まーさんが言っていた話で、イーリスが納得のできない話があった。
『政治の責任を、貴族や王族に押し付けることができる』
まーさんとカリンが、貴族制度の話をしている時に、カリンが”貴族制度”と”民主主義”のどちらが優れているのか、まーさんに聞いた時の言葉だ。
前後の話もあるが、まーさんは”どんなに優れた王が行った施策で、そのおかげで100万の民衆が助かっても、俺はその国に居たいとは思わない”と言った後でのセリフだ。
最初は、意味が解らなかった。イーリスも、カリンと同じように、”100万の命を助ける王は優れているし、その王の下なら安心できる”と感想をぶつけた。そのあとで、まーさんは笑いながら、”そうだな”とだけ言って、話は終わった。
何度か、イーリスはまーさんに問いかけたが、その都度、話をごまかされている。
民主主義の悪い所は、それこそ湯水のように話しているが、どちらが優れているのかという事は、まーさんはイーリスだけではなく、カリンには、自分の考えを説明しない。
だから、イーリスはまーさんとカリンが”日本”の話をする時には、黙って聞くことにしている。
まーさんが、貴族の家名と領地の関係を聞いている間に馬車は領都に辿り着いた。
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