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第三章 帝国脱出
閑話 大川大地
しおりを挟む我は、”猫”だ。いや、違う。かつて”猫”だった者だ。
我が我だと認識したのは、我が認めた下僕が、我に”名”を付けた時だ。
それまでは、人が”神保町”と呼んでいた場所にある。公園で、バスケットボールやサッカーを楽しむ人の子を、見守るのが我の日課だった。
ある時から、我が座るベンチに、雄が座るようになった。下僕の人としては、よく出来た者だ。
「おっ今日も居るな。食べるか?」
”にゃ”
こうやって我に糧を運んでくる。
最初は、”警備員”とかいう奴と揉めていたが、雄はこの辺りの人では、顔が通っていて、男たちと話をして、我に糧を運ぶことを許可された。
「なぁ俺が来るまえから、こいつはここを根城にしていたよな?」
「俺がこいつに食べ物をやらないとどうなる?」
「そう、近隣の飲食店は、魚を扱っている店が多いよな?」
「ん?別に脅していない。事実を並べているだけだ」
「それに、こいつは賢いぞ?」
「ん?そうだな。それでいい。確か、この公園は一部を借りられるのだよな?」
「そうそう。ん?」
「住民票?免許でいいか?ほら」
雄は、数名に増えていた”警備員”となにやら話し込んで、健気にも我の為に、居場所を作ったようだ。
翌日から、公園の一角に我が自由にくつろいで良い場所が出来た。雄は、毎日ではないが、定期的に糧を持ってくる、それだけではなく、”トイレ”とかいう物を用意していた。我は自由を好むが、我に居場所を用意した雄の気持ちを尊重することにした。我は、できる”猫”なのだ。
そして、我は雄から、『大川大地』と呼ばれるようになった。雄が言うには、この世界では珍しい、名字と名前を持った”猫”なのだと言っていた。
我は、この雄の横で過ごすのが楽しく、好ましいと考えるようになっていた。
我は、親の顔を知らない。我は、気がついた時には孤独だった。我は、雄のことが気になり、後を追った。雄は、困った表情をしながら、我を抱きかかえた。初めてのことで困惑したが、雄の”心の音”が心地よく、我はいつの間にか寝てしまった。
「大川さん。大川さん」
雄が我を呼んでいる。
目を開けると、その場所は知らない場所だ。
「大川さんは、雨で濡れても平気ですよね?」
雨?冷たい水のことか?嫌いだが・・・。平気だ。
”にゃ”
「よかった。嫌なら嫌と言ってくださいね」
雄は、そういいながら、我を温かい水の中に沈めた。顔に、温かい水がかからないようにゆっくりと沈めた。
身体から、悪い物が出ていくようで気持ちがいい。思わず、声が出てしまいそうだ。声を、ぐっとこらえて、雄を見る。我が暴れないかと心配していたようだが、我はそこまで臆病者ではない。
雄は、何やら白いチューブ状の物から液体を取り出して、我の身体につけた。
雄は、我の身体を擦りながら、何かを話しているが、我は身体をこすられて気持ちよくなってしまった。
「あれ?大川さん。女の子だったの?」
雄は、不思議なことを言い出す。我は、産まれた時からメスだ。雄がしていたのは、我の身体を洗うことのようだ。温かい水を何度も変えながら、我を洗った。毛づくろいをしているので、我は綺麗なのだが、雄が”我を綺麗にしたい”と、懇願している。
洗い終わった我をしっかりと拭いてくれた。こればかりは、我には出来ないことだ。雄にしては気が利いている。
我は、綺麗になった自分の身体を舐めて確認した。嫌な虫も居なくなった。最後に、雄は首筋に水を垂らした。
その日は、雄と一緒に寝ることになった。雄が、”大家”とかいう者に許可をもらったのだと、笑っていっていた。珍しい物が沢山置いてある場所で、我は雄が寝る場所で眠ることにした。
目を覚ますと、我は雄の胸の上に居た。
その後で、”獣医”なる者の所に連れて行かれた。恐ろしかった。白い物に身を包んだメスが、我を抑え込んで、”チクッ”と痛みを与えた。大きな音がする物で我を撫で回した。
「うーん。まーさん。患畜は、健康そのものね」
白いメスが、雄に話しかける。
「それはよかった。何歳くらいだ?」
「えー。2歳程度だとは思うけど、栄養状態がわからないから、もう少しだけ上かもしれないわね」
「そうか、餌は、これで良いのだな?」
雄が、白いメスの前に、我の糧を差し出す。白いメスは、我の糧を手にとった。雄が持っていた袋を受け取って、何やら確認している。
「うん。大丈夫。あっまーさん。水をしっかり飲ませて、野良なのでしょ?」
「そうだ、基本は野良だが、神保町の一等地に屋根付きの家持だぞ」
「それは、それは、私よりも豪華な場所に住んでいるのね」
「当たり前だ、世にも珍しい、名字と名前を持っているのだぞ、その辺りに居る野良と一緒にしないで欲しい」
「はい。はい。ノミ駆除は出来ているみたいね」
「あぁ教えられたとおりにやった。首筋に薬も落とした」
「うん。駆除薬は、3ヶ月・・・。野良なら、2ヶ月ていどで、もう一回使ってみて。ノミが付いて、痒そうにしていたら連れてきて」
「わかった」
雄が、我を抱きかかえる。どうやら、白いメスからは逃げられるようだ。
「ねぇまーさん」
「あ?」
「いつまで・・・」「俺の気が済むまでだ」
「・・・。いい加減に、許してあげなよ」
「・・・。ダメだ。俺が、俺を許せない。守れたのに、守らなかった」
雄の手が我を撫でる。いつもと違って、悲しそうな声と手付きだ。
”にゃぁぁ”
雄の手を舐める。我の下僕なのだ。そんな悲しそうな声を出すな。我が居るではないか!
「ははは。大川さん。ありがとう」
雄が我を見て、いつもの口調に戻る。そうだ、雄には、その声と表情が似合っている。
「・・・。まーさん。いい出会いだったのね」
「あぁ大川大地さんは、俺の友で、心の支えで、散歩仲間だ」
雄が我を誇らしそうに見る。我も、そんな雄の表情を見て嬉しくなる。
やはり、雄には、我のような尊い存在が必要なのだ。
雄は、白いメスとなにやら話し込んでいるが、我は雄に抱かれて、”心の音”を聞いていたら、いつの間にか眠ってしまった。
白いメスの所に行ってから、七回寝たら、雄が寝ている場所に行くようになった。やはり、”大家”とか言う者に許可が貰えたと、雄が嬉しそうに語っていた。我としても、雄がしっかりしているのか確認する必要がある。雄が住んでいる場所を見て回るのは必要なことだ。雄の所に行く時には、温かい水で我を洗うことが決まりのようだ。
雄は、我以外の”猫”は、温かい水が嫌いなのに、我が好きなのが不思議なようだ。
このように気持が良いものを嫌う者が居るほうが信じられない。雄とのふれあいも我が好きな理由だが、雄には教えていない。
雄と我の関係が変わったのは、あの不思議な出来事が発生した時だ。
我が、いつものように、我の家で寛いでいると、幼子が我の家に無断で侵入してきた。事もあろうに、雄が我のためにと用意した物まで破壊した。怒りで我を失いかけた時に、幼子のメスが我の上に覆いかぶさるようにしてきた。どうやら、幼子たちの仲間だと思ったが違ったようだ。幼子たちは、我には解らない言葉と共に、我に覆いかぶさったメスに暴力を振るっている。このままでは、幼子のメスが怪我をしてしまう。
我の下僕は何をしている。我の為に、幼子のメスが怪我をしてしまう。我の望むことではない。
幼子のメスの力が弱まった所で、我は幼子のメスの腕から出て、愚かな幼子に向かい合った。
後ろから、我を抱き上げようと腕が伸びてきた。愚かな幼子の仲間なのかと思った。
違った。我を、優しく包み込む腕は、安心できる匂いを持った腕だ。
我を抱き上げて、雄は懐に我を入れる。いつもと同じだ。
雄は、”さんぐらす”なる物をいつも顔につけていた。”仮面”だと言っていた。雄は、我を抱えながら、倒れていた幼子のメスに優しく声をかける。そして、幼子のメスに暴力を振るっていた。幼子たちを見て、”さんぐらす”を外しながら、怒りの籠もった声で話しかける。
これで、安心だ。
幼子のメスも我も安心できる。雄にまかせておけば大丈夫だ。我が認めた下僕だ。
---
大川大地さん目線です。
事実(?)と異なる部分もあります。
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