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第二章 王都脱出
第十五話 辺境伯の憂鬱
しおりを挟む儂・・・。別に、威厳を保つ必要が無いから、普段どおり、私と言うが、私は、フォミル・フォン・ラインリッヒ。アルシュ帝国の貴族だ。
伯爵の位を、陛下より賜っている。辺境の地を預かるために、辺境伯とも呼ばれている。
私のことはどうでもいい。いや、どうでもよくないが、本筋ではない。
本来なら、この時期は領地に居なければならないが、王城に居る愚か者どもが、勇者召喚という過去の遺物であり、禁忌の魔法陣を発動させてしまった。
そして、罪がない7人の異世界人が召喚されてしまった。
止めることが出来なかった、私たちにも罪がある。宰相派閥の連中の浮かれ具合を考えると頭が痛かった。召喚されたのは、少年が二人と少女が四人と青年が一人だ。王城に潜り込ませていた、私の配下から連絡を受けて、領地を飛び出した。王城には、息子も居るが中断できるほどの力はない。
辺境伯といっても、派閥の規模としては弱小だ。第三勢力と言えば聞こえはいいが、先代の陛下に忠誠を誓った者たちで、臣民を大切に考える貴族の集まりだ。今の王族や貴族の考えから見たら異端になってしまい、派閥も少数になってしまっている。
止められなかった勇者召喚。
召喚という言葉で誤魔化しているが、誘拐と変わりがない。ブーリエは、勇者たちに、国の問題が解決できれば、”召喚された場所に戻れる”と説明をしたようだ。資料には、その様な方法は書かれていない。過去の資料にもない。初代様を研究している姫様にも確認をした。
青年と一人の少女は、王宮を出て、イーリス姫の屋敷で過ごしている。
どうやら、他の5人とは反りが合わないと報告された。青年は、屋敷に閉じこもることもなく、王都を散策するように歩いている。とある寂れた飲み屋で過ごす時間が多くなっている。
部下からの報告も不思議な物が多くなっている。どうやら、その飲み屋で”異世界”の料理を広めているようだ。
興味が湧いて身分を偽って、青年に接触した。
驚愕の一言だ。勇者たちは異世界の知識を持っている。古くから伝わる文献に記されているが、青年の知識は言われているような物と違っているように感じた。蒸留酒はたしかに異世界の知識なのだろうが、販売を取引に使う行動は、知識ではなく経験なのだろう。
的確に、こちらが欲しいと思える物を過不足しない状態で提供してくる。
話をしてみて確信した。
彼だけは、まーさんだけは、王城に居る連中に引き渡しては駄目だ。今の王が自滅して、宰相がさらし首になっても一向にかまわないが、アルシュ帝国が存在できなくなる可能性がある。彼には、それだけの”知恵”がある。彼が異世界でどの様な生活を送ってきたのかわからない。しかし、彼が”政治”にも精通しているのがよく分かる。人の気持ちを考えるのは苦手なようだが、補うには十分な洞察力を持ち合わせている。
召喚されたときの話を、ロッセルから聞いたが、劇的な変化が発生している状況で彼だけは冷静だったようだ。それだけではなく、ブーリエを手玉に取り情報を抜き出していたと思えてしまう。たった数分で、ブーリエや陛下の考えを見抜いて、自分の立場を確認して、最善だと思える手を打っている。それだけではなく、王城からの脱出や王都からの退避まで、考えていたのかもしれない。
「旦那様」
領地から連れてきた家令が、部屋に入ってきた。
いろいろ頼んでしまったが、喜んでいたので問題は無いだろう。
「どうだ?」
「はい。申請のすべて問題はありません。それから・・・」
「どうした?」
「はい。孤児院なのですが」
「調べられたのか?」
「はい。旦那様の悪い予想が当たっていました」
悪い予想は3つ有った。
我が領でも、孤児院はギリギリの生活になってしまっている。教会との関係もあり、多くの補助が出来ない。それだけではなく、孤児院にだけ多くの補助を出してしまうと、バランスが取れなくなってしまう。しかし、彼から聞いた話が本当だとしたら、王都にある孤児院は”誰かが”最低限の補助金さえも渡していないことになってしまう。イーリス姫に確認すると、姫の権限で王都にある孤児院には一般的な領にある孤児院よりも多額の補助が出ているはずだ。実際に、姫に任されている歳費の1/3は孤児たちへの補助に充てがわれている。それで、貧困に喘いでいるとしたら、支払われた補助が適切に運用されていないことに繋がる。
孤児院を運営している者たちが横領している可能性があったが、部下の調査では、孤児院には不正はなかった。小さな・・・。小さな間違いからくる不正は有ったようだが、問題になるようなものではない。
横領していたのは、王都に住んでいる法衣子爵家のクズと、貴族派閥に買収された役人だ。姫様からの補助と同額を本来なら支払われるのだが、そのクズどもは、自分の懐に入れていた。最初は、国からの補助だけを懐に入れていたのだが、今では姫様が出された補助の半分を懐に入れている。孤児院は、本来受け取れるはずの補助の1/4で運営を行っていた。子どもたちが、自ら働かなければならない状況になっていたのも、補助が横領されていたからだ。
「ふぅ・・・。それで?」
「敵対する貴族に情報が自然な形で渡るようにしました」
「我が派閥ではないのだな?」
「はい。敵同士で潰し合えばよいと考えました」
「わかった。役人は?」
「明日にでも不慮の事故に遭うかと・・・」
「わかった。そちらは?」
「敵対派閥の息がかかった集団を使いました」
「ご苦労。申請も問題は無かったのだよな?」
「はい・・・。しかし、よろしいのですか?」
「ん?あぁ彼が言っていた話か?」
「はい。荒唐無稽といいますか・・・。前代未聞といいますか・・・」
「話を聞いた時には、そう思ったが・・・。彼がいいと言っているのだし、実際に申請が通ったのだろう?」
「はい」
まーさんからのお願いは、登録者を”猫”にすることだ。名付けがされているから、魔物なのかもしれないが、カードの発行が出来てしまっている。一部の獣魔や召喚獣がカードを発行できたという話があるので、まーさんが連れている”猫”もその類かもしれない。
カードがあれば、代理での申請が可能だ。貴族がいちいち出入りするのを嫌った制度だが、彼は自分ではなく”猫”のカードでの申請を依頼してきた。
「餌の役目は?」
「はい。半信半疑でしたが、面白いように喰い付きました」
「はぁ・・・。調べた者は?」
「数名は出てきましたが・・・」
「そうだな。”バステト”なる者が誰なのかわからないし、調べてもわからない」
「はい。それに、平民だと思ったクズも居るようです」
「そこまで・・・」
彼が提示した、ゴミの排除方法。勇者の国は、魔物が居なくて平和だと聞いた。たしかに、彼と彼女を除く5人の勇者を見ると納得できる。苦労を知らずに育ってきたのだろう。使い潰される未来が待っていると言うのに・・・。
彼を保護できたのは運が良かった。
彼と好を結べたのは、誰かの導きがあったのかと考えてしまう。
「資料をまとめます」
「たのむ。それから、彼と交渉のテーブルを用意しないと・・・」
「はい。しかし・・」
家令が言いたいことは理解している。
初めての交渉だ。利用料の交渉では、相手から1イエーンでも多く摂ることしか考えないが、今回の交渉は逆だ。彼は”必要がない”と言っている。しかし、辺境伯としても、彼に報いなければならない。すでに確定しているイエーンだけでも彼に受け取ってもらいたいのだ。
彼が、孤児院に寄付として提供したいと言い出すのは解っているが、それはクズどもの始末が終わってからでないと意味がない。
彼なら、それで理解してくれると思うのだが・・・。
そして、彼と彼女に帝国に留まって欲しいと懇願しなければならない。
王城で、わがまま放題な生活をしている勇者は放り出しても、彼や彼女を帝国は保護し確保すべきなのだ。スキルなんてものは、なんとでもなる。それがわからない者たちがあまりにも多すぎるのだ。勇者を排除する時に、ついでに教会勢力も排除できればいいのだが・・・。
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