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第四章 スライムとギルド
第五十七話 追い込まれた者たち
しおりを挟む千代田区のとある雑居ビルの3階。
この場所は、広くもないが狭くもない。雑居ビルには看板が掲げられているが、3階の部分にあった看板は取り外されている。存在を隠す理由ができてしまったために、看板も表に取り付けていた表札も取り外している。それだけではなく、代表電話も転送されるように設定が変更されている。
30平米程度の部屋は、綺麗に整えられている。
訪ねる客が多いわけでは無いのに、受付が設置されている。しかし、受付には、誰かが座っていた形跡はあるが、現在は使われている様子はない。
空間を仕切っているのはパーテーションだけだ。
会議室に使っている場所も、天井までは区切っていない。
会議室では、6人の男性が煙を吐き出しながら話し合いを行っている。
組織は、『日本ギルド』と呼ばれていた。
官公庁や多くの政治家や財界人が後援や支援を行っていた組織だ。
魔物に関しての知見もなければ、世界的な組織である”ギルド”に強い繋がりもない。情報の殆どは、ギルド日本支部に潜り込んだ者をスパイに仕立て上げて得ていた。
それだけではなく、スパイから素材の横流しを行わせて、”日本に置ける魔物素材”に関する利権を握ろうと動いていた。
目論みは、半分くらいはうまく推移していた。日本ギルドへのスキルを持っている者の登録が増えていた。登録が増えれば、それだけ素材の持ち込みが増えた。買い取り金額も、ギルド日本支部よりも高い表示をしていた。そこから、手数料と税を抜いた金額を登録者に渡していた。手数料と税を抜いた金額は、ギルド日本支部の買い取り金額を下回るが、登録者たちには、協賛企業からのサポートがあるという触れ込みだった。
日本ギルドの会議室で上がっている議題は、数日前から変わっていない。
同じ話題を何度も上げているが、結論が出ていない。今後も、同じように繰り返し議論されて、結論が出ない状態で時間と煙草が消費される。
「奴からの連絡は?」
「ない。いや、今は、それよりも、奴らが公開した情報が問題だ」
「何を、迂遠なことを!今、動かないと、全てを失う!なにか、方法はないのか?」
「先生たちは?」
「パリに研修に行かれた」
「研修?今?先生たちが主導していた事業は?」
「我らに任せると・・・」
「無責任な・・・。それで、事業は?」
聞かれた者は、首を横に振る。
大きなため息が会議室を支配する。天井に抜けた紫煙が虚しく漂っている。
「霞ヶ関の連中は?こんな時の為に、握らせていたのだろう?」
「ダメだ。自分たちの・・・。組織の利益しか考えていない奴らだ。こちらが不利だと感じたら、奴らに・・・。あぁ奴らにすり寄ったらしいが、興味がないと話にもならなかったらしい」
「ははは。嬉しくもない状況なのは、霞ヶ関も同じか?」
「こちらよりも状況が悪いようだ」
「なぜだ?」
一人の男が、持っていた週刊誌を会議室のテーブルに広げた。
そこには、魔物素材に関係する利権を官僚たちが供応を受ける企業や団体や組織に横流しをしていた証拠が、面白おかしく書かれていた。実際に、日本ギルドからの低価格で購入した物を、企業や団体や組織に流していたのだ。そして、金銭を受け取っていた。副業と言えば、まだいいが・・・。週刊誌は、俗称でイメージが悪い『転売ヤー』という言葉を使っている。皆が欲しがる魔物の素材を、安値で仕入れて、高値で欲しがっている者に売りつける。転売ではあるが、通常の商取引と同じなのだが、官僚が利益を自らの懐に入れて、自分が属している組織に便宜を計らせる。
週刊誌は、『銭ゲバ』という言葉で官僚を罵っている。
「この週刊誌は?」
「以前から、官僚を狙い撃ちしていた。そこに、ネタが転がり込んできたのだろう。どこからの差し込みなのか・・・」
週刊誌を読んでいた一人が顔を上げた。
「しっかりと読んでみろ。この内容では、我々から情報がリークしたようにも読める」
「・・・」
記事には、日本ギルドの名前が出ていない。
魔物の素材を入手した経緯が書かれていない。それどころか、週刊誌の同じ号に、ギルド日本支部が行ったオークションが取り上げられている。
そして、不正に低価格で落札された素材が存在していると締めくくられている。
「はめられた?」
「ん?なんだ?」
「お前たちが、奴らのオークションを使って魔石を入手した」
「そうだ。お前たちがオークションの事前情報を入手して、関係各所に根回しをして、魔石は偽物の可能性があるから、お前たちが入手して、鑑定を行ってから本物を流すと約束した」
その場に居た者たちは、自分だけは”関わっていない”と考えているのだが、皆が同じ船に乗っているのは、確かな事実だ。そして、情報として伝えられている状況も、把握が終わっている。
男が”お前たち”と、自分は関与していないと思わせるように語っている内容は、本人を含めて共通認識になっている。今更、指摘されても面白くないだけで、何も変わらない。
「それで?」
「その後、魔石を生成する技術が公表された」
「あぁ」
「お前たちは、スキルを所有していないから、魔石の生成は出来ない。しかし、お前たちの顧客には、スキル持ちが存在していて、魔石の生成に成功してしまった」
男が語り終わるまで、誰も言葉を発しない。
「しかし、それは・・・」
「そうだ。スパイから情報が来なかったと、貴殿は言いたいのだろう?そのスパイの所在も、S2の所在も掴めていないのではないのか?」
「それは、調査班が無能だからだ!」
「あ?調査は完璧だ。分析が出来ていないだけだろう?分析班の責任だ」
「なんだと!あんな情報で何が完璧だ。殆どが、子供でも得られる情報だけだ。それで、どんな分析ができる?分析に耐えられるデータを入手してから言え!」
「それは、貴殿たちが無能だからだろう?本当に、優秀な者なら些細な情報の積み重ねこそが大事だと知っている」
一人の男が机を叩いた。
言い争いが聞くに堪えないという理由が大きいが、それ以上に、自分に火の粉が降りかかるのを恐れたから、これ以上は言い争いを続けさせたくなった。
「調査班の調査は、継続しているのだよな?」
「あぁ」
「それならいい。分析班は、なんでもいい情報を救い出してくれ、特に、奴らに加わった人物の情報が欲しい」
「それなら準備している。原本は、あとでいつもの方法で渡す」
それだけ言って、男は数枚の分析結果と書かれた書類をテーブルに置いた。
人数には足りないが、この場には自ら率先して、コピーを作ろうとする者は居ない。順番に回そうという発想もない。お互いに、情報を秘匿して、相手から情報と金を引き出すことしか考えていない。
協力関係にはあるが、お互いに仲間だとは思っていない。
船に乗り合わせながら、同じ漁をしながら、全員が自分以外を信用も信頼もしていない。全員が敵で、自分の利益を奪おうとしている者だという認識だ。自ら進んで船に乗り込んだのだ。その船が豪華客船の様に見えた泥船でも既に降りることは許されない。
男たちが持っている権力は、誰かの裏付けの下に成り立っていた。
その”誰か”も他の者が支えている。
互助会と言えば聞こえはいいが繋げているのは、”利益”だけだ。
そして、”利益”の提供が出来なくなった者は、その輪から排除される。新しい仕組みが自然と構築されるまでは、成り行きに任せられるのだが、自然と輪から外され新たな秩序が構築される。
男たちは、自分たちは”輪”の中心だと思っていた。
しかし、”輪”は男たちが居なくなれば、新しい秩序の構築が可能な”誰か”が加わるだけだ。
男たちは、今まで排除する側に属していた。自分たちは優秀な人間で、権力に守られる立場だと考えていた。
だから、自分たちの利益のためには、権力を使う。常識を歪めることも、自分たちには許された特権だと考えていた。
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