上 下
145 / 160
第八章 王都と契約

第七話 打診

しおりを挟む

「リン様。さきほどのお話では、門は反対側にもあるのですよね?」

 アッシュは、何かを考えてから、質問を始めた。
 森の中の村に行くのには問題は無いようだ。神殿の中よりも、やれることが多いと思っているようだ。

「ある」

 隠すようなことではない。
 アッシュを仲間に引き入れたい。俺には、人を見る目がない。俺の代わりに、人を見る人物が欲しい。アッシュなら大丈夫だろう。忠誠心は、俺に向いていなくても、ローザスやハーコムレイと歩調が合っている間は、裏切らないだろう。
 だからこそ、神殿ではなく”森の村”を担当して欲しい。

「アロイを越えた場所ですか?」

 流石は、情報に通じているアッシュだ。
 些細な情報から正解を導き出す。

「そうだ。マカ王国に向かう街道と他の貴族家に向かう街道が交わっている場所だ」

 アッシュは、何やら考え始めた。
 場所の特定と情報の整合性を取っているのか?

「そうですか、既に王家との話も終わっているのですね」

 流石にあの土地がどこの土地だったのか知っているようだ。
 どこまでの情報を持っているのか、やはり村長になって欲しい。

「そうだ。直轄領を買った」

 正直に答えておこう。
 後で、事情が解って、何か言われるよりは、調べたり、誰かに聞いたり、すぐに判明するような話は、教えておいた方がいい。解っていれば、それ以上は調べないだろう。

「買った?下賜されたのではなく?そういえば、リン様だけではなく、ニノサ殿に陞爵の話が出てきていませんし、新しく貴族家が興った話もない」

 アッシュは、記憶を呼び起こしながらブツブツと言っている。ローザスや本筋からの情報以外にもルートはあるのだろう。

 しかし、俺が土地を買ったという情報は流れていないようだ。
 アッシュが入手出来ていないのなら、貴族にも情報が流れていないと考えていいだろう。

 ローザスかハーコムレイが上手く処理をしたのだろう。
 それか、よほど口の堅い者が懐にいるのだろう。

「そうだ。”とある”情報を売った。アッシュなら知っているだろう?」

 アッシュが知っているのか?
 情報の効力が出始めていれば、アッシュなら知っているはずだ。

「情報?」

 ヒントがないと、難しいか?情報がまだ出ていないのか?
 それともごまかしているのか?

「そうだ。多分、ニノサが最後に調べていた情報を、ハーコムレイと通して、ローザスに売った」

 ニノサの名前だけにしておこう。
 サビニがサビナーニなのは確定だとして、母親としての意識が強過ぎて、皆が言っている象との乖離が激しくて意識が追いつかない。

「・・・。それは・・・。ん?アゾレムの情報ですか?」

「さぁな。それで、勲章や爵位とか言い出したから、勲章や爵位を貰っても持て余す。だから、神殿の出入口の土地と交換した」

「ははは。ニノサ殿と同じ事をおっしゃったのですね」

「え?」

「ニノサ殿は、幼かったローザス殿下を賊から守った功績で、騎士爵と勲章の授与が内定していたのですが、”勲章では飯が食べられない。騎士爵になると好きな所に行けない”と固辞されたのです」

「・・・」

「それで、リン様。アロイ側にも村があるのですか?あの土地は、何もない土地だったと・・・。記憶していますが?」

 何もない土地というのは正しくないな。
 確かに、すぐに崖になっていて、街道以外の場所は小規模の森になっていた。何もないわけではない。人が住みにくい場所だっただけだ。

「村を作った」

 神殿の力は伝える必要はないが、事実だけでも伝えておいた方がいいだろう。

「作った?」

 その反応は当然だな。
 アッシュは、いろいろ考えているだろう。もっている情報から、大量の資材をアロイ方面に運んだ情報がなければ、村を作るのは不可能だと考えるだろう。常識的な考えで、俺が欲しいと思っている。常識的な判断ができる。極上の情報通だ。
 こうして話していれば話すほどに、アッシュが欲しい。
 アッシュが人を見てくれれば、安心できる。

「方法は秘密だが、村がある」

 方法を教えるのは、村長に就任して、魔の森に作った村に辿り着いてからだ。その時に、神殿の力を少しだけ見せる。
 他の者が持っているのと同じ情報だ。情報は、隠せると思わないほうがいい。どこから漏れてもいいようにしておく方が健全だと思っている。だから、神殿の力も本当に隠さなければならないこと以外は、公開してしまえばいいと考えている。

「そうですか?村があるというのなら、村長は決まっているのですか?」

 アッシュも、俺の意図がわかるのだろう。
 質問を飲み込んでくれた。

「村長は、ナナだ」

 村の名前はいう必要はないだろう。
 あれ?町?だっけ?
 まぁ人が少ないのだから、村でも町でもいいよな。人数以外に、何か違いがあるのか?

 村と言っておいて、城塞があるような村を見たら驚くだろう。
 うん。村ってことにして話を進めよう。

「ナナ?聞かない名前です。ニノサ殿の関係者にも、サビナーニ様の関係者にも居なかったと思います。リン様のお仲間なのですか?」

 アッシュが知らない?

「あぁそうか・・・。ナナは、ニノサとサビニのパーティーメンバーだったと聞いているぞ?アスタが本当の名前で、ナナは魂ネームとか言っていた」

 簡単に説明すればいいか、別に、ナナの過去は俺には関係がない。
 サビニに恩義を感じていて、俺たちの味方になってくれる。今は、これだけで十分だ。

 そして、アゾレムや宰相派閥の連中と敵対する覚悟を持っている。
 それだけ解っていれば、信頼はわからないけど、信用はできる。

「リン様。もうしわけありません。もう一度、昔の名前を言っていただけませんか?」

 アッシュの声が・・・。
 眉間に皺が出来ている。

「ん?アスタだ。本当の名前か知らない。ガルドバが、アスタと呼んでいた。ハーコムレイも知っていたから、アスタで合っている・・・。ん?どうした?」

 もう一度、今度は、俺が知っている情報を追加して、ナナの事を語ってみた。
 途中から、アッシュの表情が変わる。恐れとは違う。恐怖しているというのとは違う。嫌悪?違う。できるだけ、関わりたくない人物の名前を聞いた時の反応か?
 ナナが聖人君主だとは言わない。ニノサの名前を聞いた時の反応から、多分”同族嫌悪”に近いだろう。
 だからというわけではないが、ニノサとナナが一緒に居て、化学反応が発生しなかった?そんなはずはない。絶対に、俺たちが知らないこともしてきただろう。もしかしたら、盗賊の2ダースくらい首を刎ねていても驚かない。

「リン様。リン様が、アスタと懇意にされているのは、ニノサ殿との関係を考えれば・・・。しかし、あのアスタですか?」

 アッシュが急に饒舌になった。
 今までのしゃべり方とは違う。こっちが”素”か?

 ”あの”という言葉をつけているのか?
 アッシュが知っているナナと俺が知っているナナでは乖離がありそうだ。
 ハーコムレイは知っていたが、”丁重”という言葉がついていた。

 ナナにも何か秘密があるのだろう。

 ナナにも、ニノサかサビニとの間に、何があったのか教えてもらっていない。ナナは、マヤのことを知っていた。パーティーを続けなくなった理由にマヤが関係しているのか?
 神殿の話を聞いた時にも、驚いていたが、すんなりと納得していた。

「”あの”?すまん。俺は、ナナの事は、アロイで宿屋をやっていることと、ニノサたちとパーティーを組んでいたこと、ガルドバと一緒に居ることくらいしか知らない。サビニ、大きな恩義があるから、俺とマヤを守ってくれている。くらいか?」

 アッシュに村長への就任を打診をしたが、保留されてしまった。

 謎や聞かなければならない事は増えたが、アッシュだけではなく、ローザスやハーコムレイにも話を聞きたい。そのうえで、アッシュもナナと話が出来れば前向きに考えると言ってくれたのが救いだ。

 ナナの過去は、ゆっくりと聞かなければならない。

 大人たちの間には、俺やマヤが知らない事情があるのか?
 誰に聞くのが・・・。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

処理中です...