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序章

第一話 白い部屋

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/**** ?? Side 時期:?? 場所:白い部屋  ****/
 何もない、ただ白い壁に覆われた窓もドアも無い部屋に集められた、
 高校と言う場所で”生活をしている”という共通点を持ち同じ状況に置かれた21人。

 子供の形をした”何か”が告げる言葉を待っている。

 正面には、パソコのディスプレイを思わせる物が何枚も設置され、さながらデイトレーダーになっている。しかし、映しだされているのは、中世ヨーロッパの町並みや、江戸時代の町並みである。
 21枚のディスプレイには、それぞれの名前が書かれていて、下には点数の様な物が表示されている。

 モニタの正面に、降り立った子供は、可愛く微笑んで、21人の中の1人の男子生徒に向って
『君がすべてを決めていいよ。そういう約束だったからね』
『約束通り、3人に死んでもらってもいいし、残るようにしてもいいからね』

 子供は、その場に居た21人の反応を楽しむように言葉を続けた。
『すごいね。僕も”ここ”まで”やる”とは思っていなかったよ』
『今の君なら、僕以上の事が出来そうだね』

 子供が話し終えた時に、20人の視線が1人に集まる。
 嫉妬、羨望、敬愛、そして、憎悪。それぞれの思惑で、過ごした短く、そして”とても長い日々”を・・・。

 視線を集めている1人は、長い長い時間一緒に過ごしたであろう、1人の少女を見つめて頷く。少女もそれを見て頷く。
 ただ、ただ、それだけの事の為に、こんなにも長く苦しい日々を過ごす必要が有ったのだろうか?

 少年は、言葉を紡ぐ。自分が望む事を、少女が望んでいる事を、
「俺は・・・」
 過去の事象。新しくわかった事、それらを飲み込むように、少年は言葉を切った。

 一瞬の静寂が場を支配した。

 次の言葉をつなげようとした。それを合図にしたかのように、16名から一斉に声が上がった。

「俺を殺さないでくれ。俺は、しょうがなく参加しただけで、お前いや君達には指一本触れなかっただろ」「私は何もしてない。だから、私は助けて」「騙されただけなんだよ、お前の・・いや君の両親や弟を・・・本当だよ。俺は、関係ない」「ねぇ私は友達でしょ、彼に言って私を殺さないで」「私協力したよね。私は助けてくれるのでしょ?」「俺はお前に逆らわなかったよな。助けてくれよ。なぁ」「言われた事はやったよな。だから、お願いだから、お願いだから、俺は許して」

 もうそんな声は心には響かない。

 少年は手を上げて、セリフを遮って、一人の少女に目を向ける。

「ひとみ」
 身体をビクッとさせて一人の少女が顔をあげる

「君にお願いがある」
「え?」
「ひとみには、僕の代わりにしてほしい事がある」
「え。私も一緒に行くのだと思っていたのに」
「ううん。ひとみには、僕が出来なかった事をしてほしい」

 少年は一束の紙を少女に渡す。その紙はとても古くて、もう何十年も経過した紙のようだった。
 一瞬なんの事かわからなかった少女は、紙に視線を落とした。そこには、彼が知りたかった事すべてが書かれていた。見覚えのある彼の筆跡で時系列にまとめられている。

「それを、しばらくしたら、僕の部屋で見つけて欲しい。鍵はいつもの所にあるし、もう家には誰も居ないから勝手に入っていいよ。そうだね。僕の葬儀をする事になるだろう。その時にでも見つけてくれればいいよ」

 一息ついて、
「そして、見つけた物を警察と重久のお父さんに渡してほしい」
「えっ。それだけでいいの?」
「うん。それだけでいいよ。重久にも手間かけさせるけど・・・頼まれてくれ、な。別に裁かれて欲しいとは思わない。もう終わった事だから。でも、事実は事実として公表だけはして欲しい。それだけが望みだよ」

 重久と呼ばれた少女は何が書いてあるのか解っているかのようだった。
 ひとみは少しだけうつむいて、少しだけ考えてから、顔を上げて少年を見た。すべてを決めたそんな顔をしていた。

 そして一言を呟いた。
「・・・・。うん。解った。もう会うことは出来ない?」
 その言葉に少年は優しい微笑みを返した

「アドラ。待たせたね」
 そう言って少年は子供に向き直って、

「俺と和葉は、異世界に残る。そして、・・・・・・・・・・」

 僕達の7日間という短くも長い旅が終わった瞬間だった。

-- 僕たちの7日間が幕をおろした。





/**** ?? Side 時期:7日前の朝 ****/

 今日も天気がいい。
 学校行事という煩わしい物さえなければ最高の気分になれるだろう。
 周りからどう見えているのかわからないけど、僕は”虐められている”とは、思っていない。反論するのが面倒だから唯々諾々と従っているだけだ。
 朝の静寂を壊すように馬鹿の一つ覚えのように、怒鳴ることしか出来ない人間が、怒鳴り散らしている。

「おい。うすのろ。いい加減にしろよ。お前がいるせいで、バスが出発できないだろう?」
「僕のせいじゃ…な…」
「あぁ?お前がとろくさいからだろう?」
「立花くんいい加減にして、あなたたちが凛君に、荷物を持たせているからでしょ」
「いいよ。ひとみは黙っていて、僕と立花君との話だから」「わかっているじゃないか、委員長もそんなわけだから、俺たちの事は構わないでもらいたいな」

 立花の取り巻きになっている男子生徒が、ひとみに対して侮蔑の声を上げている。
 僕は、何か行動にしても面倒な事が増えるだけで誰も得をしない。
 何もかも無くしてしまった日から、僕の時間は止まってしまっている。

 立花とひとみが何か言い争っている声を聞きながら、荷物を預けてさっさと決まった席に移動した。

「うすのろ。あぁ」
「おい立花。うすのろはさっさと行ったようだぞ」
「あっまぁいいか、委員長。そんなわけで俺もバスに乗るからな。委員長が乗り遅れないように、な!」
 ”ぎゃははは”と、下品な笑い声を上げながら、立花たちはバスに乗り込んできた。
 僕の横を通り抜けて一番うしろの席に腰をおろした。

 何か後ろの方で騒いでいる声が聞こえるが、僕にとってはこの移動時間は貴重な時間だ。
 好きな本も読める。”スマホで読めば”と、言われることもあるけど、僕は紙の本が好きだ。多少荷物になっても、どこかに行くときには何冊か持っていく事にしている。
 今日も荷物になると解っていたが、数冊本を持ってきている。

 次の目的地まで予定では、1.5時間ほどだったと思う。読んでいた本を閉じて、窓で日差しを遮っていたカーテンを少し開けた。
 もう少し本を読んでいようと思って、再度カーテンを閉めようと思ったとき、前方から何か大きな塊が、前方を走るバスを飲み込んだ。
 塊は僕が乗るバスに向かってきた。
「あっ!!」


/**** ?? Side 時期:?? ****/
 僕は、祖父母の家の庭で水遊びをしている。
 僕が13歳。弟が11歳の夏休み。
 優しかった祖父母。交通事故に巻き込まれてしまった両親。プールの事故で死んでしまった弟。僕が一番楽しかった時間だ。
 沢山叱られて、沢山喧嘩して、沢山話を聞いた、楽しい思いで。もう夢でしか味わうことが出来ない家族の絆。みんなが優しい声で、僕を呼んでくれる。

「「「「「りん(にぃ)(ぼう)」」」」」
 返事をしたい。
 手を握りたい。
 抱きしめたい。
 抱きしめられたい。
 僕は・・・僕は・・・。



/**** ?? Side 時期:?? 場所:??  ****/
「おきて・・。ねぇ起きてよ」

 だれ僕に話しかけるのは?
 ”頭のなかに響く声”に施されて、目を開けた。白い天井が見えるだけだった。不思議な天井だ、電灯があるわけでも、透明でもないのに明るい。

 ここはどこ?
 僕は、バスに乗っていて、そうだ!何かがぶつかってきた…。
 手を見たが、怪我らしき物はしていない。身体も普通に動きそうだった。身体を起こして周りを見てみた。
 周りの様子が段々見えてきた。数名ずつ四角く区切られた場所に居る。周りに居る同級生も同じような状態になっているが、誰も起きていない。

 さっきの声は誰なのだろう?
 ”ゆう”のような感じだったが違う。ゆうは、死んでいる。
 誰なのかわからないが、声を聞いた事はある。

 何分経ったのだろうか?
 そもそも、ここが”どこ”なのか情報が全くない。白い広い部屋だって事はわかるがそれ以外には何も情報がない。

「僕は死んでしまったの?」
 誰に問いかけるのでもなく言葉が出てきた。

「はぁぁ」
 ため息しか出てこない。そして、それが虚しく反響してくる。

『違うよ。まだ死んでいないよ。』
 唐突にそれは頭の中で響いた。

「え?誰?だれかいるの?」
『まずは、君が名乗って、僕は君をなんて呼べばいいの?』
「え。あっ僕は、凛。神埼凛。君は?」
 不思議な感覚だ、僕は、”声を出していない!”

『凛って呼べばいいかな?凛は自分の状態が死んでいると思っているようだけど、違うから安心して、少し説明が必要だから、みんなが起きてからするからね。僕のことは、”アドラ”と呼んで、本当はもう少し長いけど、アドラと呼ばれる方が好きだからね』
 どこまでも軽い声で深刻さが感じられない。

 アドラは言葉を続けた

『凛。君が一番僕との親和性が高いみたいだね。だから、僕は君と少し話をしてみたかったのだよ。友達はしばらく起きないよ。あぁ心配しないで、あと15分もすれば目をさますよ。それまで、僕と話をしてくれると嬉しいな』

「それよりも、どうやって話しているの?さっきから、頭のなかに直接話してくるような感じだし、姿も見えないなんて」

『大丈夫だよ。それよりも、凛は、地球の時代ではどの時代が好きなの?』

「なんか、よくわからないけど、本当に大丈夫なんだよね?」

『ん。大丈夫、大丈夫。みんな"まだ"死んではいないからね。ねぇねぇ話をしていいよね』

「・・・・」

『ねぇねぇ。そんなことよりも、凛はどの時代が好きなの?』

「そんなことよりもって、結構大事な事だと思うけどな・・・・(時代って時代って言われても・・・)少なくても、今は好きじゃないな。中世ヨーロッパとか神話の時代とか、殷周革命の時代とか好きで、そんな時代の本を読んでいるけど・・・・」

『そうか、12世紀前後のヨーロッパって感じがいいかもしれな。うんうん。凛がわかるのは日本語だけ?』

「そうだよ。英語なんて話せないし、中国語も解らないよ。日本語だって怪しいくらいだよ」

『うんうん。そうか、分かったよ。凛は、戻れるのなら何歳くらいに戻りたい?』

 凛はその質問を聞いて、頭の中で反芻する。何歳くらい。そんなことは言われるまでもない。
 13歳の夏まで戻りたい。”プールで死んでしまった弟”と”事故で死んでしまった両親”】がいた頃に戻ってやり直したい。
 ”何が”出来るとは思わない。でも、弟が事故で死んでしまったプールに一緒に行くことも、プールに行かせない事も出来る。弟の死で心を壊してしまった母親。”何か”を、調べていた父親。そんな両親を見ているしかなかった自分。全部をやり直したい。

「・・・」

『楽しかったこととかないの?』

「あるに決まっている。やり直したい事もたくさんある。でもできないから、今の僕がいるのだろう?」

『そうか、”何か”有ったんだね。時間を戻すことはできないけど、君の事はあとでゆっくり覗かせてもらうとして、わかったよ。ありがとう』

『さて、そろそろ、君の友だちも起きてくるだろう。もう一度寝てからみんなと一緒に起きてきてね。起きたら、今の話は忘れていると思うよ。質問に答えてくれてありがとう。参考にさせてもらうよ』

 そういうとアドラは、柏手を一つ打った。
 パーン。そんな音が白い部屋に響いた。音を聞いた凛の意識は混沌とした闇に吸い込まれた。




/**** ?? Side 時期:?? 場所:白い部屋  ****/
「凛君。凛君。起きて、ねぇ起きて」
 瞳の声が聴こえる。身体が重い。自分の部屋でないことはすぐに解った。

「ひとみ?ここはどこ?僕バスに乗っていたよね?」

「うん。私も今起きて、隣に寝ていた凛君を起こして聞こうと思っていたの?」

 床を見た。床にはマス目上に線が引かれていて、その中に2~3人位の生徒が居るようだ。

「おい誰か、どうなっているのか説明しろ。おい、うすのろ。お前が何かしたのだろう?」
 立花たちが寄ってこようとしたが。一、二歩進んだ所から立花は近づいてこない。近づけないようだ、自分の居るマス目の外には出られないようになっているようだ。

『おはよう。みんな起きたみたいだね。良かった。良かった。起きなかったら話ができなかったからね』
 急に頭の方向から、子供の声がしてきた、皆が一斉にその方向を見た。そこには、子供の姿をした何かが”宙に浮いた”状態でにこやかに笑っていた。

「誰だ、お前は?降りてこい」
 立花が子供の足をつかもうと手を伸ばした。足に手がかかると思った瞬間に、子供が消えて、立花の後ろに移動した。

『乱暴だな。僕に、そんな事やらなくても、今から説明するよ』
「あぁ?お前はなんだ?」

『そうだね。時間ももったいないから話をすすめるね。僕は”アドラ”という名前だよ。君たちの名前は”把握”しているから自己紹介の必要はないよ』

 アドラと名乗った子供は、自分は神の一柱で、今から僕達を審判するとの事。

 そもそも、こうなったのは、隕石が先行していたバスに直撃した事で、後続のバスを巻き込んでの事故になった。との事だ。

 同級生たちが口々に、
「え!?死んだの?」「意味不明。俺?死んだの?」

 僕は、なぜか自分たちがまだ死んでいない事がわかっていた。
 慌てる事もなく、神だと名乗った子供を見つめていた。

 アドラは、ニコっと笑って
『大丈夫だよ。君たちはまだ死んでいないよ。少し事情があって、ここに集まってもらったのだよ』

「あ!?それなら早く帰せよ。何かするつもりなら、おまえを殺すぞ!俺を殺すつもりなのか?」
 立花が大声で罵倒し始めた。それを皮切りに、口々に「帰せ」と言い出す。

 アドラは言葉を続ける
『あー本当に煩いな。事情があると言ったでしょ。今すぐに、帰してあげてもいいけど、困るのは君たちだよ』

「あぁどういうことだよ。困る?俺は何も困っていないぞ」

『君。さっきからうるさいね。全部説明を終わってから、質問してよ。話が進まないでしょ』

 そう言って、アドラは手を上げて、ゆっくり下ろしたその動作だけで、立ち上がっていた立花は四つん這いになり。四つん這いで居る事もできなくなったのか、床にうつ伏せの状態になってしまった。

 皆、その状況を見て、今までの喧騒がウソのように静まり返った。

『静かになったことだし、説明を続けるよ』

『君たちの乗っていたバスという乗り物は、隕石にぶつかった事は説明したよね。問題は、そこではなく、今日この事故が起こることは予定されていた。だけどね。本当なら、”前のバスのタイヤ”にあたって、3名だけ車の外に投げ出されて、死ぬ予定だったのだけどね』

 物語を読むように、アドラと名乗った子供は話を続けた
『いたずら好きの神に干渉されて、2台を巻き込む事故になってしまったのだよ。書き換えられた歴史には、誰が死ぬのか明記されていない状況になってね。誰が死ぬのかわからない状態なんだよ。ゴメンね』

『そこで、君たちに誰が死ぬのかを決めてほしいと思って、この場を作ったのだよ。今ここには91人の人間が居るのだけど、ね。今キミたちは地球では、病院という場所に運ばれていて、全員に処置を行われている。比較的軽症で問題なく蘇生できる70名はすぐにでも返してあげるよ。そうそう、ここでの記憶も綺麗に消すから安心して、ね』

 そう言って、アドラは柏手を打った。少し甲高い音が鳴り響いた。凛の周りからも数名が姿を消した。その瞬間に身体を拘束していた重圧から開放されて、身体を楽に動かせるようになった。身体の周りの見えない壁も消えているようだった。
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