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第七話 別れ
しおりを挟む施設に充てた白鳥からのメールで、メーカにハードウェアに関する支払いを行いました。
要約するとそういう内容が書かれていて、振込用紙が添付されていた。
勿論、メーカではなく、副社長の会社に・・・だ。
(終わった・・・)
それが真辺の感想だ。
多分、それを見た皆が同じ思いだったのだろう。
真辺は、最悪な状況だが、確認しておかなければならない事を、石川に問いただした。
「石川。この件は、施設側やSIerは知っていると思うか?」
「・・・わかりません。ただ、SIerは知っていると思います」
真辺の考えと同じだが、問題は、SIerがいつ知ったのかだが、真辺にも石川にも、明確な答えは持てないでいた。
「そうだよな。会社には連絡したか?」
「はい。篠原部長には連絡が着きませんでしたが、まともな副社長がいらっしゃったので、先程説明して調べて貰っています」
「そうか、ありがとう」
まだ何か有るはずだ。会社側で、何らかのアクションがあれば、まだ何か出来るかもしれない。
真辺はかなり焦っていた。表情には出さないで居るのだが、考えがまとまらない。このくらいの修羅場。何度も、何度も、乗り越えてきたはずだ。そう心に言い聞かせて、何かないか必死に考えている。
ドアが空いて、買い出し部隊が戻ってきた。
真辺は皆を見回して、取り敢えず、飲み物で落ち着く事にした。
買ってきたものは、大量のドーナッツやポテチだ。あと、羊羹やドラヤキもある。なかなか渋いセンスをしている。
甘いものを食べながら、怒りと、同じくらいの焦りを押さえ込もうとしていた。石川が気を効かせて、熱いコーヒーを持ってきた。
「なんだ、コーヒーか」
「今は、これしかありません。紅茶じゃないと納得できなのは知っています。でも、今は飲んでもいいと思いますよ」
「無粋な泥水か・・・まぁ気分的には、こっちのほうが合っていそうだな」
真辺は一口コーヒーを飲んで、渡されたドラヤキを口に運んだ。
もう家の会社とSIerが切られるのは確定だろう。
それだけで済めばいい。最悪は、システム未稼働で賠償問題に発展する可能性さえもある。いや、ほぼそうなるだろう。
最悪なのが、白鳥と副社長が、施設側に10/1でコミットしてしまっている事だ。もし、システムの作り直しなんかになった場合には、今から最低でも半年、普通に考えれば1年位は必要になる。
その間、施設が運営できない。稼働できない場合の損害補償や従業員への保証。入居者への保証。CMを出している事から、信頼回復にかかる費用なんかを請求されたら、SIerは兎も角、真辺が勤めている会社の様な中堅のシステム会社は飛んでしまう。
不安な顔を見せてはならない。俺は、ここのリーダーだ。
そんな思いから、真辺は無理にでも笑顔を作るようにした。
部下たちには、それが虚勢だという事がすぐに解った。真辺の様子から、事態が最悪な方向に進んでいるのを認識した。
悪い事は重なる。
片桐と連絡がつかないという。
(アイツ。逃げたか?)
「井上。片桐の会社の住所しっているよな?」
「あっはい」
「事務所に待機している人間に、片桐の事務所までいかせてくれ。二人で行くように厳命するのを忘れるな!」
「イエッサー」
「森。どうだ?」
「ダメだ。メーカは、それは出来ないと言っている」
「ナベさん。俺の知り合いに聞いたら、メーカの一部で、貸出サーバの時にハードディスクを耐久年数の保証出来ない劣化版を付けて出す時があるって話しだ。もしかしたら、メーカは、要求スペックは満たすけど、売ったあとでの保守メンテを行う時の耐久年数が満たされない劣化版を出したのかもしれない」
山本が思い出したことを、真辺に告げる。
真辺も経験から解っていたことだ。しかし、なにか突破口があるかもしれない。
「そうか、そうなると、ダメだな」
「山本。ハードディスクをまるまるコピーする奴。この前買ったよな?持ってきている?」
「あぁ事務所だ」
「誰かに持ってこさせろ。その時に、今のサーバのHDDの用量と同じだけの”弾”を買ってこさせろ」
「あっそうか、解った。それは手配しておく」
「あぁ後、最悪の事を考えると、サーバOSのライセンスもほしいけど・・・。これは、ネットで買えたよな?」
「あぁ大丈夫だ」
(これで、サーバの構成が同じ物を用意すれば、一日程度で復元できる環境はできる。OSとデータ領域を分けておいて正解だったな)
「よし、皆。まずは、今週末までにはシステムを本稼働に耐えられるレベルに仕上げるぞ。今、ここで話した内容は、それまで忘れていてくれ」
『はい!』
皆の顔に生気が戻る。
心配事はあるが、信頼できる上司である真辺が指標を示してくれる。それだけでも、彼らは進むことができる。負け戦を何度もひっくり返してきた者たちだ。進む方向さえ見えれば、前を向けるのだ。
「あっ主任と森は残ってくれ。すこし相談したい事がある。他の者は作業に戻ってくれ」
「「はい!」」
部下たちが営業を連れて仕事に戻る。
「森。山本さんは?」
山本貴子は真辺に付いている事になっていた。森に処遇を決めさせる事にしたのだが、森が答える前に本人から返事が来た。
「残して下さい」
「いいのか?」
「はい」
真辺は、森にも確認したが問題ないと返事が帰ってきた。
真辺は残ったメンバーを見回してから思い口を開く。
「最悪の事を考えなきゃならない」
「最悪ですか?」
森がそう返してきた
「あぁ最悪、会社が飛ぶ。幸いな事に、振り込まれた口座が、あの馬鹿の口座だから、言い逃れは出来るだろうけど、SIerはトカゲの尻尾のように、俺たちを切り離してスケープゴートにするだろうな。本体は絶対に守りに入るだろう」
「・・・・」
「『副社長がこの口座に振り込んで下さいといったので、振り込みました。会社の副社長だったから信頼していました』とか言われるだろう。裁判にでもすれば、勝てるかもしれないけど、そこまでの体力が続くとは思えない。そこで、俺たちに残された道は少ない。それを相談したい」
真辺が、皆に残された道の説明をしようとした時に、真辺の携帯がなった。
まともな副社長からだ
『はい。真辺です』
『すまん。忙しい所に』
『いえ、大丈夫です』
『そうか、石川君から話を聞いたのだな』
『はい。それで、何か解ったのですか・・・』
『最悪な事が解った。解ったじゃなくて、発生したが正解だな』
『何が有ったのですか?』
『そこには、君だけか?』
『いえ、主要メンバーと営業の森です』
『そうか、作業はしなくていい。事務所に来てくれ』
『わかりました。真辺。森。石川。井上。山本。小林。で戻ります』
『疲れているだろうから、タクシーで帰ってきなさい。費用は会社が出す』
『解りました』
『そうだ、事務所ではなく、どこか個室で声が漏れない所がいい』
『それでしたら、会社の前にあるカラオケボックスでどうですか?』
『わかった。お前たちが入ったら連絡くれ。こっちは、私と社長とSIerの専務と後二人の5名だ』
『解りました』
それで電話を切った。
(篠原の旦那がいない。どういう事だ?)
「石川。電話聞こえていたらな?」
「はい。今、タクシーを呼んで貰っています」
「ありがとう」
「10分位で来るそうです」
「そうか、それじゃ一旦ばらして、5分後に正面玄関に集合しよう。貴子ちゃん。悪いけど、ここの片付けと、施設側へのお礼をお願いしていいかな?」
「解りました。その後、私はどうしたらいいですか?」
「そうだね。頼んでいた資料を仕上げてもらえるかな。今からの話はそれだと思う。よろしくね」
「はい!」
片桐の所に向かわせた一人から連絡が入る。
『ナベさん。片桐さんの会社に行ってみたのですが、誰も居ないようです』
『そうか、ありがとう。今日は、もうあがっていいぞ』
『え?解りました。それでは、お先に失礼します』
『あぁお疲れ様』
二台のタクシーに分乗して会社に向かう。
料金が2万に届きそうになった時に、目的地に付いた。
会社の近くには、カラオケボックスは何店舗かある。その中で、パーティルームがある店舗に入ってパーティルームを借りた。
この店舗は、貸出でプロジェクターがあるから借りておくことにした。
部屋に入ってから、
「森。悪いけど、副社長達を呼びに行ってきてくれないか?説明するよりも、其の方が早いだろう。後、タクシーの清算もな!」
「解った。歌でも唄って待っていろよ」
「そうする」
森がカラオケボックスから出ていった。
残された面子に明るい顔はない。重い空気が場を支配していた。
「あぁぁそうだ」
「なんだよ。石川」
「ナベさん。今日、誕生日ですよね?」
「今日って何日だ?」
「えぇと8月49日ですよ。」
「あぁそうか、それなら、誕生日だな」
「なんで、8月って言うかな。この人たちは、普通に9月18日って言えないのかな?」
「石川。今更だよ。そんな事。それよりも、ナベさんの誕生日。よく知っていたな」
「だって、機密費のパスワードじゃないですか?」
「そういやぁそうだ。忘れていた」
「それで、ナベさん。何歳になったのですが?」
「俺か?確か、記憶に間違いがなければ、今日で、2F歳だな。最後の二十代だ!」
「え?57歳じゃないのですか?」
「だれが、8進で考えるか、プログラマなら、16進か2進だろ?」
「あの、だれか突っ込んで欲しいのでだけど・・・私一人じゃ無理です」
「石川。諦めろ」
こうしている間にも、部下からいろんな情報があがってくる。
30分後、森が社長を連れて戻ってきた。
続いて、副社長が入ってきて、次にSIerの専務だろう、最後の二人は、どう見てもシステム関係者には見えない。少なくても、この業務が始まってから見たことがない顔だ。
ドアを閉めて、最後に入った二人組の年長の方が、最大の爆弾を落とす
「自分は、新宿西署の西沢です。真辺さんは?」
「私ですが?」
「片桐さんをご存知ですよね?」
「あっはい。今朝から連絡をしているのですが捕まりません」
「そうですか、営業の篠原さんも勿論ご存知ですよね」
「はい。勿論です」
西沢と名乗った警察官が
「片桐さんが刺されて、先程死亡が確認されました」
「え?」
「現場の喫茶店に一緒に居たのが、御社の篠原さんです」
「え?」
「片桐さんは、篠原さんと会っている時に、白鳥に刺されたと、篠原さんは主張しております。現場となった店の従業員も、後ろに居た人間が片桐さんを刺して逃げたと、証言しております」
「え?篠原は無事なのですよね?」
「篠原さんは、手に軽いけがをしただけです。安全の確認が出来ていないので、警察病院に居てもらっています」
「そうですか・・・。良かった。でも、白鳥が、片桐さんを刺したのは間違いないのですか?なんで、片桐さんなのですか?」
「えぇ証言だけではなく、防犯カメラからも間違いなさそうです。今、逃げた白鳥の行方を追っています。動機は解っておりません。それで、篠原さんの会社にお邪魔した時に、副社長さんと専務さんがお話をしていたので、私たちも話を聞かせてもらったのです。そして、真辺さんや石川さんや森さんや井上さんにお話をお聞きしたいと思ったのです」
「そうだったのですか・・・。話は解りました。でも、その前に、副社長と専務とお話させてもらっていいですか?」
「構いませんよ。その代わり、私たちも同席させていただきます」
「えぇそれで構いません。いいですよね。社長も副社長も専務さんも!」
真辺は覚悟を決めて、今自分たちが知り得た情報を全部ぶつけた。
システムの完成まで後ちょっとである事。それができれば、この問題を丸められるのではないかという事を、推測部分も含めて話をした。
専務が口を開いた
「真辺さんのおっしゃっている事はよくわかります。でも、もう遅いのです。白鳥が事件を起こしてしまいました。そうなる前に聞けていれば・・・」
「専務様。私が勘違いしていたらまずいので教えてください。これは、貴方たちの会社で発生した問題ですよね。確かに、家の馬鹿が一人絡んでいますが、現場は関係ありません。発生する前に聞ければ・・・。大変面白い事を言ってくれますね。俺たちは睡眠時間や家族と過ごす時間、それこそ、あなたたちのような偉い人達が温かい美味しい食事をしている時にも、現場で一分でも一秒でも早くと作業をしていました。えぇ過去形で語らなければならないのが悔しいですがね。あなたたちのような立派な人たちが、高級な鉄板焼屋で柔らかい肉を食べている時に、コンビニのおにぎりとのびきって冷えてしまったカップラーメンで飢えを凌いで・・・。貴方たちが大きな風呂で一日の疲れを癒やしている時に、俺たちはパイプ椅子を並べて仮眠して居たのです。そんな俺たちの知らない所で発生した事を、俺たちの、貴重な休憩時間や食事の時間を、使って調べるのが当たり前なのですか?答えて下さい!馬鹿な俺に教えてください。残業時間が300時間を超えるような、無能者にわかりやすく説明して下さい!早くなんとか言えよ!!!!」
「ナベさん」
「違うのです。真辺さん」
「何が違うのですか?専務様。違うのなら、違うで教えてください。お願いします。俺には、答えが出せません。部下になんて説明したらいいのですか?俺たちの作業が遅いせいで、片桐が殺されて、篠原さんが怪我をしたって、説明すればいいのですか?俺たちは、23時間59分、馬車馬のごとく仕事をしていればよかったのですか?お偉いSIer様の言うことを唯々諾々と聞いて、裏金にも応じて何も見ないで黙っていればよかったのですか?俺たち現場の人間なんて、何人倒れようが、死のうが苦しもうが、家庭が壊れようが、大手SIerの専務様には関係ない事なのでしょう。違うなら、違うで、どう違うのか教えろよ!!」
「真辺!いいすぎだ。すみません。堀井さん。真辺はすこし混乱しているようです」
「いえ、いいのです。私の配慮が足りませんでした。真辺さん。申し訳ありません」
「あの・・・それで、システムはどうするのですか?顧客への説明とか、いろいろ残っていますよ。馬鹿と白鳥が、しでかした事の後始末だけでも、かなりの作業が発生しますよ」
石川と山本と井上と小林が、真辺の変わりに説明を始めた。
システム自体は、なんとか顧客や各施設の担当者に話を聞いた限りでは問題がない状態にはなっている。
連携部分の問題が残されているが、外部からの接続を遮断しているし、内部から外部への接続も一部を除いて出来ないようにしている。その上で、問題が発生した時の為に、数ヶ月はメンバーが常駐する事になっている。最初のデータ数が少ない時に、連携に関する問題点を全て解決してします。と、いう説明をしてOKを貰っている。
残っている問題は、サーバや”無償貸出”になっているハードウェアに関してだ。これが解決したら、運営する事は出来る。
「真辺さん。ハードウェアに関しては、弊社が責任持って手配します」
「・・・・」
真辺は何も答えない。
頭を抑えて、上を向いている。流れ出る涙を抑えているようにも見える。
「山本さん。デッドエンドはいつですか?」
「そうですね。今週半ば最低でも木曜日にあれば、最悪なにか有っても来週対応する事が出来ます」
「解りました。明日の朝にはどうするのかをお伝えします」
「解りました。連絡、お待ちしております。朝の8時までにお願いします」
「・・・解りました。刑事さん。会社に電話したいのですが、よろしいですか?」
「ここでして頂けるのなら構いません」
堀井は会社になにやら指示を出している。
白鳥のデスクはすでに押収されてしまっているので、ハードウェアのスペックが解らないという事だったが、山本が作成した一覧があるので、それをメールする事になった。警官にもBCCする事になった。その場で、山本がメールを送信した。
警官が
「さて、真辺さん。幾つか質問していいですか?」
「えぇ構いません」
警官が知りたいと言ったのは、いつごろ、白鳥の不正に気がついたかと、片桐さんと白鳥の関係はどんな関係だったのか?
片桐さんの事で知っている事を話して欲しい。篠原さんと片桐さんが会っていた事は知っていたのか?
「ありがとうございます」
もう一人の警官が、西沢と名乗った人間に耳打ちした
「皆さん。行方がわからなかった副社長が、飯田橋の交番に保護を求めてきたそうです。腕を切られていたので、警察病院に搬送したそうです」
「無事ですか?」
「はい。対応した警官が言うには、元気だったそうです。『白鳥に切られた、裏切られた』と言っていて、会社に連絡しろと騒いでいたので、会社に連絡して身元がわかったそうです」
「そうですか・・・。それで、白鳥は?」
「まだ行方はつかめていないそうです」
その後、警官は形式的な質問とアリバイ確認をしていった。
「”万が一”があっては困りますので、しばらくは、一人にならないようにして下さい。それから、なるべく連絡がつくようにして下さい。それから、何かあったらすぐに警察に連絡してください」
それだけ言って警官は帰っていった。
専務も疲れた顔をしながら、謝罪の言葉を口にして、後の事は社長と副社長と相談したいと言ってから、帰っていった。
社長と副社長も、篠原さんと馬鹿が居る警察病院に行く事にしたようだ。
「真辺。今日は、帰って休め。いいか、絶対に現場に出るなよ」
「わかりました。社長。篠原さんに会えたら、俺が連絡を欲しがっていたと伝えてください。それから、迷惑料でV-MAXをもらうと伝えておいて下さい」
「あぁわかった。いいか、本当に、今日は休めよ。今、お前に倒れられる方が問題だからな」
「はい。はい。解っていますよ」
社長も副社長も、真辺が疲れ切っているのがわかっている。目の焦点が有っていないようにも見えている。
「お前たちも、今日は休め。森。悪いが、向こうに行って現場の状況を確認してきてくれ」
「解りました。それじゃ俺たちは、ナベさんを家に送っていきますよ。この人、一人にすると、勝手に仕事を始めるから、見守っている人間が必要だろう。なんなら、俺たちは、ナベさんの家に泊まってもいい」
「そうしてくれるか、山本。石川。小林。井上。悪いが、真辺の事を頼むな。ここからタクシー使ってでも、真辺を家につれて帰ってくれ」
「解りました」
「森もいいな」
「はい」
「帰りますよ。でも、タクシーじゃなくて電車で帰ります。この時間だと、その方が早いですからね」
それだけ言って、フラフラした足取りだが、真辺は立ち上がってカラオケボックスから出ていった。
会計は、先に出た専務がしていたようだ。追加料金もかなり払っていたそうだ。
社長と副社長はタクシーで警察病院に向かった。途中まで森も一緒に乗って、途中で電車に乗り換えるのだと言っていた。
真辺たちは最寄り駅まで歩いていた。
「今日って休みだったのだな」
「なにを今更。毎年の事でしょ。自分の誕生日を忘れたのですか?」
「・・・。街が静かだな」
「・・・。そうですか、かなりうるさいと思いますけどね」
山本と小林と井上は後ろを歩いていて、石川が真辺の隣を歩いている。石川が、真辺を慕っているのは皆が知っている。恋心なのか敬愛なのか解らないが、愛情に近い物が有るのではないかと思っている。一度、酔っ払った時に、井上が石川に聞いた事があるそうだ。否定はしなかったそうだ。真辺がどう思っているのかは解らない。
一番付き合いが古い。山本だけは知っていた。真辺が、中学から高校卒業まで付き合った彼女が居る事を、その彼女がいじめられて自殺してしまった事を・・・。そして、今でも、真辺がその彼女の事を思って居る事を・・・。
そして、子供の時に、事故だと言っていたが、死んでしまった妹の事を忘れていない事を・・・。
中学で起こった事件の事を・・・。
「疲れたな・・・」
「そうですね。ナベさん。どっかで夕ご飯を食べていきますか?」
「・・・あぁいいや。お前たち、いつもの所で食べるなら、俺の名前だしていいぞ」
「いえ。今日は、ナベさんに付いていきます。心配ですからね」
石川は、何か感じていたのかもしれない。後からもそう思ってしまった。
後からならなんとでも言える事だが・・・。
休日の21時過ぎ。都心でも、人はそんなにいない。オフィス街だけあって、いつもの喧騒が嘘のように人が少ない。
ホームに上がると、電車が遅延していると掲示板に出ている。
「ナベさん。どうしますか?振替を探しますか?」
「いいよ。急いでいないし、待っていれば、動き出すだろう?それよりも、疲れたよ。ベンチにでも座って待っていよう」
「そうですね」
皆揃ってベンチに座った。
何をするでもなく、スマホで情報を見ている。
「二つ隣の駅で人身事故みたいですね」
「ほぉそうか、それじゃ1時間位は動かないかな?いつ?」
「30分位前ですね」
「そうか、それなら、そろそろ動き出すかもな」
「そうですね。俺。駅員に聞いてきますよ」
井上が立ち上がって、近くの駅員に状況を聞いている。
人身事故だと解ると、ホームに居た他の人間たちも振替を検索し始めて、出来そうな路線を見つけると、移動し始めた。ホームには、真辺たちを除くと、数人だけしか居なくなっていた。
「ふぅ・・・ちょっと疲れた。すこし寝るから、電車が来たら起こしてくれ・・・(あぁ頼んだよ、宿題が終わったら・・・で・・・いいからな、たかこ・・・)」
「え?」
井上が戻ってきた
「ナベさんなんか言っていたのか?」
「ちょっと疲れたから寝るって、電車が来たら起こしてくれって言っていたよ」
「良かったな。石川。ナベさんが寄りかかってくるかもよ」
「バカ。だから、そんなんじゃないって、たしかに尊敬しているけど・・・」
「もう寝ちゃったのか?」
「そうみたい。しばらく、しっかり寝てなかったからね」
「あぁでも、この人のおかげで、俺たちは・・・」
「そうだな。火消し部隊って、最初はなんだよって思ったけど・・・」
「し。起きちゃうでしょ」
「はい。はい。奥様」
これも、石川をからかうときの定番の言葉だ。
「うーん(ちあき。ゴメンな。守れなくて、ゴメンな)」
「バカ。ほら、起きちゃうでしょ(ちあきって確か妹さんだったよね?)」
その時に、真辺の身体が傾いて、石川の膝の上に頭が乗る形になった。
「ほら、旦那さんが膝枕をご所望みたいだな」
「な!バカな事言ってないで・・」
そう言いながら、石川の短く切りそろえている頭を撫でようとした
「ううん・・・(ちあき。たかこ。い・・・ま・・・い・・・・く。まっ・・・て・・・よ)す~・・・ふぅ・・・」
「しっかり寝ているから大丈夫だよ。それにしても、ナベさんがここまで落ちるのも珍しいな。いつもなら、名前呼ばれたらすぐに起きるのに・・・。だから、旦那とか呼んでいたのに・・・」
「ねぇ。なんかおかしくない?」
「え?」
石川が慌てだした。
膝の上の真辺の息がさっきまで足にかかっていた。それが今、感じられない。
「ナベさん。息してない。ナベさん。真辺さん!!起きて、ねぇ起きて!真辺さん。ナベさん。ナベさん。ナベさん」
石川は必死に、真辺の名前を連呼する。
「AED!」
「救急車!!早く、早く、誰か・・・あぁぁぁぁぁ・・・・」
「誰か、真辺さんを・・助けて・・・おねがい・・かみさま・・・あぁぁ」
(石川。山本。小林。井上。ありがとう)
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