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第二話 新たな戦場^H^H職場
しおりを挟む「ナベ!」
呼ばれた真辺は無視する事にした。正直なことを言えば、嫌な予感しかしない。声の主はすぐに解る。篠原営業部長だ、さっきの報告にも顔を出していたし、真辺が休暇を取る事を知っているはずである。
真辺は知っている。ここで、返事をしてしまうと、明日からの休暇がなくなってしまう可能性が高い事を・・・。
「ナベ!!聞こえているのだろう!」
真辺は聞こえないフリをして、自分の部署に急ぐ。
篠原と真辺の付き合いは長い。この会社に真辺を誘ったのが篠原だ。もう20年近い付き合いになる。篠原は、真辺の5つ上の先輩になる。前の会社に居た時に知り合ったのだ。
「ナベ。急ぎの仕事じゃない。休み明けの相談だ!」
「旦那。それなら、そう言って下さいよ」
「お前が無視するからだろう。それで、この後時間あるか?」
「え?ないですよ。この後、予定があります」
「おぉそうか、予定はないのだな」
「あいかわらず、人の話を聞かない人だな」
「解った。解った。おまえの好きな物、食わせてやる」
「あぁ・・・。はい、はい。どうせ断ってもダメなのでしょう」
「まぁそうだな。強制とはいいたくない」
「わかりましたよ。それじゃ、いつもの店でいいですか?旦那のおごりですからね。こっちからは誰か連れていきますか?」
「そうだな。医療系に詳しい奴が居たよな?」
「居ますよ。何系ですか?」
「全般的な事が解ればいい。」
「あぁ・・・。だから、電子カルテなのか、機器操作なのか、医事会計なのか、それもとオーダーですか?産婦人科と歯科は勘弁してください」
「さぁな。お前を名指しの要請だからな」
「・・・あぁ・・・はい、はい。それなら、俺が一人でいいですよね?」
「そうだな。それじゃ、19時にいつもの店に、俺の名前で予約入れておく」
「はいはい。19時ですね。また中途半端な・・・」
「先方の指定だからな。絶対に来いよ」
「解っていますよ。それじゃ後ほど・・・」
真辺は、篠原に手を振りながら別れた。
今の会話から、病院関係の仕事である事はわかる。名指しという事は、病院から直接の依頼だとも考えられるが、それよりも大手のSIerからの依頼である可能性が高い。
面倒な事にならなければ・・・。大抵こういう場合は、面倒な事になる。火が噴いている現場じゃなければいいと思っているが、自分を名指しという事は、それも考えにくい。
憂鬱な気分のまま、時間まで自分のデスクで時間を潰す事にした。
「ナベさん。どうかしました?」
デスクに座ったら、部下が声をかけてきた
「あぁ篠原の旦那に呼び出された」
「え・・・。イヤですよ。私、もうお休みの予定で、ツアーの申込みしちゃったのですよ」
女性で、石川聖子。真辺の部下になってから、4年目。真辺の部下の中では若手だ。
「あぁ大丈夫。業務開始は、6月からだよ」
「そうなのですか・・・。良かった。それで、私たちの休暇はどうなりました?」
「大丈夫だよ。全員分受諾してもらった」
あちらこちらから、”うしっ”や”やった!”などと声があがっている。
やはり、皆気になっていたようだ。
真辺は、部下に”真辺さん”や”部長”とは呼ばせていない。現場でも、”ナベさん”と呼ばせるようにしている。
客の上層部が入った会議では、しっかり役職で呼ぶようにさせているが、それ以外の場所では、”ナベさん”と呼ばせている。
それにも理由がある。現場で”部長”などと呼ばせると、真辺にも決定権が有るのではないかと勘違いするものたちが出てしまう。その為に、自分たちはサポート部隊である事を認識させるために、役職では呼ばないように徹底している。
「ナベさん。それじゃ、明日からお休みでいいのですよね?」
「あぁ問題ない。どうせ有給が余っているだろう?しっかり休めよ。最初の一週間は俺の権限で振替休日を割り振っておいた。後は、好きにしろ!」
「はぁーい」「了解。」
全員がきっちり休むようだ。
「次の現場の情報はいつもの方法ですか?」
「あぁロクでもない場所かもしれないけど、解ったらMLに流す。俺が出社予定の日も流すから、都合が良い奴は会社に出てきたら、話をきかせてやる」
「了解です。それじゃ、私は上がります!お疲れ様!」
皆口々に帰りの挨拶をしていく。
真辺の部署にはタイムカードが存在しない。真辺が廃止したのだ。その代わり、全員が固定給になっている。
残業代が出ると思うと甘えになるという考えだが、月100時間分の残業代が上乗せされた金額になっている。これも、会社側との交渉の結果だ。出向を行う時の手当や、徹夜した時の手当や、休日対応には別途上乗せされる計算になっている。
ただ、仕事が入っていないときには、上乗せ分がカットされる。そして、会社規定のフォーマットでの出勤簿の提出が義務付けられている。
部下たちの休暇の予定を確認し終わった。
「さて、後30分くらいか・・・プラプラ歩いていけば、丁度いいくらいだな」
席を立って、会合が行われる鉄板焼屋に向かった。
会社を出て、大通りを歩いて移動する事になる。
約束している鉄板焼屋は、すこし高級な店で、スポンサーが居る時でないと使う事はない。
篠原との会合ではよく使われる店なので、”いつもの店”と、いう言い方になっている。
店の重厚なドアを開けて入ると、肉が焼ける、いいにおいが漂ってくる。
「19時に篠原の名前で予約されていると思います」
真辺は、出迎えた店長にそう告げる。
「伺っております。どうぞこちらへ」
店長が案内したのは、いつものテーブル席ではなく、奥にある個室だ。
(ほぉ・・・。よほど、太い客なのか?)
個室は防音になっている上に、専用の料理人が付く。それだけ通常料金に加算される。
「こちらです。何かお飲み物をお持ちしましょうか?」
「あぁ全員揃ってからお願いします」
「かしこまりました」
飲み物は、ノンアルコールから、少し変わった酒まで用意されている。篠原が予約を取るときには、相手の趣味がわからないときには、今のように店員が飲み物を聞いてくる。相手の好みが解っているときには、店員は飲み物の名前を告げてくる。
教は、飲み物を聞いてきたという事hあ、少なくても篠原は少ない回数しかあった事がないのだろう。真辺は、少ない情報から相手の素性を探し当てるかのように推理をしていた。
店長が出ていってから、席を見回すと、まだ誰も来ていないようだ。
テーブル席になっていて、手前に鉄板がセットされている。
客がわからないので、一番の下座に座って待っている事にする。
全部で5名の様だ。こちらは、真辺と篠原だけで、先方が3名なのだろう。上座の方に、3つセットされている。
19時をすこし回った時に、ドアがノックされた。
先程案内した店長が入ってきて、待ち合わせの人たちが着いたと知らせてくれた。
立ち上がって、迎い入れる。
(篠原の旦那は遅刻か?)
先頭で篠原が入ってくる。その後に、前の会社で同僚だった片桐が入ってきた。
その後に、片桐の上司と思われる人間と、システム屋特有の匂いがしない人物が入ってくる。
(もしかして、ドクターか?)
座席に着いてから、ドリンクを注文した。
料理はコースを頼んであるようだ。コースの説明と苦手な物があるか聞いてくる。苦手な物があれば別の物に変えてくれるようだ。オーダーを終えて、座席に着いた。
篠原が仕切るようだ
「松本先生。本日はありがとうございます。弊社の真辺です。」
「はじめまして、真辺といいます。」
それから、各々が挨拶をする。
やはり、SIer案件だ。片桐は前の会社を退職して、自分で会社を興した。そこで、世話になった人が隣に座っている大手SIerの白鳥だ。片桐の話は、今度ゆっくり聞く事にして、仕事の話に入る事になった。
食事をしながら、大まかな話を聞いて、食後に依頼内容の確認をする事になった。篠原と片桐が、やけに真辺を持ち上げるのが気になって仕方がなかった。こういう時の仕事は、何か裏がある場合が多い。予算的な問題だったり、納期までの期間の問題だったり、その両方だったり・・・。そして、事故物件である可能性が高い。
面倒な話になる事は、この時点で確定した。
本来なら美味しいはずの、黒毛和牛200gのコースが美味しく感じない。ドリンク込みで約2万円/人が無駄に消費される。
最後のデザートが出てきた。
同時に、食後のドリンクを頼んだ。
「それで、真辺部長には、全体を見ていただきたい」
「全体とは?」
食事中の話から、松本先生と呼ばれて居た人物は、やはりドクターだ。
ドクターと言っても、経営をメインにやっている人物だ。
そして、10月から開業する医療施設付きの介護老人ホーム 及び 知的障害児者施設 及び 幼保育園 及び 出張介護マッサージ事業 のオーナーである。
なんとも統一性のない複合施設だが、その出張介護マッサージ事業のシステムとWebサイトを片桐が行っている。その他のシステムをSIerが請け負っていて、幾つかのメーカーに入札を行わせているという話だ。
基本的にはパッケージを導入して、運営しながらカスタマイズをしていく事を考えている。そう、SIerは説明していた。香ばしい匂いしかしてこない。10月カットオーバでまだメーカーも決まっていない。
会計システムは一つにするつもりだろうけど・・・従業員の教育や接続を考えたら、もうギリギリだな。
それでも、SIerは大見得を切っているようだ。6月から、建設中の病院や施設に入られるようになるので、それまでにパッケージを決めて、6月はじめから導入を開始すると言うことだ。
6月から集まったメーカーや開発会社の取りまとめをやってほしいという事だ。
本来なら、SIerがやれば美味しい話だが、SIerはハードウェアとネットワークを担当する。”その為に、全体のまとめをする人員を割くことができない”という、言い分だ。
明らかにおかしい。返事を保留したい案件である。
真辺と篠原は、ハンドサインを決めてある。実際に、営業中に、即答を求められる事もあるためだ。
返事を保留したいときには、両手をテーブルの上に載せて、両手の指を絡めるようにする。
OKの場合には、右手だけをテーブルの上に出す。
NGの場合には、左手をテーブルの上に出して、テーブルをコツコツと叩く。
真辺は、保留のサインを出した。篠原からは受諾のサインが返された。
「松本先生。白鳥部長。なにか、資料などがございましたら、検討してお返事を差し上げたいと思います」
「篠原さん。返事はいつ貰えるのですか?」
「はい。見積もりと合わせるのでしたら、1週間程度は頂きたい」
「・・・解りました。1週間ですか?なる早でお願いします。松本先生。よろしいですか?」
「あぁ・・・・そうだ、真辺さん。よろしかったら、一度病院に遊びに来て下さい。そうしたら、詳細な説明も出来ます」
「あっありがとうございます。あいにく、すこし予定が有りまして、即答出来ませんが、後日予定を調整いたしまして、お伺いしたいと思います」
「真辺さん。うちの会社にも寄って下さい。そこで説明できる人間を紹介致します」
「わかりました。先程話した通り、予定を調整しなければならないので、篠原から返事を差し上げる事になると思います」
「解りました。よいお返事お待ちしております」
この後は、すこし雑談をしてから、篠原は松本と白鳥を連れて夜の街に消えていった。
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