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第十六章 眷属
第百六十九話
しおりを挟む「マスター。マイマスター!」
「オリヴィエか?シロは?」
「奥様は、すでに起きられて、朝ごはんの支度をしていらっしゃいます」
「シロが?」
「奥様が・・・です。ステファナもレイニーもリーリエも止めたのですが、奥様が絶対に作るとおっしゃっていまして」
何に対抗したのかわからないけど、対抗心を燃やしたのだろうな。
「わかった。起きる。シロに、一緒に食事をとろうと言ってくれ、食堂に行けばいいよな?」
「はい。かしこまりました」
食堂に行くと、シロがすでにスタンバイして待っていた。
簡単な朝食を用意してくれたようだ。リーリアが少しだけ疲れているのは、気疲れしたのだろう。
「シロ。座って食べよう」
「はい!カズトさん。僕が」
「オリヴィエから聞いた。ありがとうな」
「うん!」
焼いたパンに、食材を挟んで整えた物だ。
いわゆるサンドイッチだ。確かにこれなら間違いはない。挟むものも組み合わせを間違えなければよほどの物でなければ食べられる。
シロが作った物を食べた。
ステファナが珈琲を持ってきた。
「これもシロが?」
可愛くうなずく
「食事も珈琲もうまかったぞ」
「!!」
「ごちそうさま。シロ。でも、次は俺が起きるまで一緒に居てほしいぞ」
「え?」
「起きたときに一人は寂しいからな」
「あっ!」
ステファナとレイニーとリーリアが、俺に会釈している。
よほど、気疲れしたのだろう。シロは料理が”できない”のではなく、手際よく作る事ができない、普段からやっている者から見たら、危なっかしいのだろう。
怪我をしても問題は無いのだろうけど、しなくていい怪我はしないでほしい。皆も同じ考えなのだろう。
洞窟のキッチンを少し大きめにしてみるか?
シロに簡単な料理を教えるのもいいかもしれないな。
食事を終えて、執務室に移動する。
シロとステファナとレイニーとリーリアは、買い物に出かけるようだ。
アズリやエリンの物も買ってくると言っている。
俺は、オリヴィエと一緒に執務室にいるから、戻ってきたら、執務室に来るように言っておく。
「オリヴィエ」
「はい」
「ミュルダ老よりも、スーンのほうが早いだろう?」
「はい」
「スーンを呼んできてくれ」
「かしこまりました」
決裁が必要な書類は今日は無いようだ。
統計データや街の様子が書かれたレポートがあるので、読み込んでおく。会議には絶対に必要になってくる物だ。
30分くらいしてから、スーンが執事とメイドを従えてやってきた。
「大主様。会議の予定ですが、ミュルダ殿から打診が有りまして、1日にするのか?2日に分けるのか決めたいということです」
そうか、それによってスーン達の予定も変わってくるのだな。
一日に詰め込んでも良い事は無い。2日に分けるか?少しは余裕が産まれるだろう。
「スーンは、どっちがいいと思う?」
少し考えてから
「2日になさるのが良いと思います」
俺と同じ答えか?
「なぜだ?」
「いくつか理由がありますが、余裕が産まれることでしょうか。あと、すきができます。必要なすきだと思います」
そうか、そっちは考えなかったな。
確かに、すきは必要な事かもしれない。蠢動を許す気はない。それに、自分のテリトリーに蟲が大量に徘徊しているのも気分がよくない。何が出るかわからない。今回は蟲が湧き出ない可能性も高い。それでも、やっておく事は必要だろう。
「そうだな。2日をベースにミュルダ老と話をする。スーンもそのつもりで予定を考えてくれ」
「大主様。これでいかがでしょうか?」
執事が一歩前に出て書類を俺に渡してきた。
「スーン。最初からそのつもりだったのだな」
「いえ、両方で作っていただけです」
「まぁそういう事にしておく」
スーンが作ってきたスケジュールで問題はなさそうだ。
ミュルダ老が必要としている会議の時間がこれ以上に長い場合には調整が必要だろうけど、大丈夫だろう。
「スーン。時間が余ったらどうする?」
「はい。その場合には、ペネムダンジョンを案内いたします」
そうか、バトル・ホースやワイバーンの牧場を見せるつもりだな。
「わかった。スーンに任せる。食事や会議中の飲食はどうなっている?」
今度は、メイドが一歩前に出て書類を差し出してくる。
会議は昼前から行われる。朝食は止まった場所に任せる事にする。
会議中に昼食を軽めにとって、夕飯前まで行われる。夕飯は、各自商業区で自由にとってもらう事にしている。
翌日も基本的には同じスケジュールで、会議終了後にパーティを行う事になっている。
このパーティで、リヒャルトの件が公表される運びとなる。
パーティ以外は、軽食で大丈夫そうだ。飲み物の方もしっかりと考えられている。
「食事と会議中の飲み物はこれでいい。スーン。進めてくれ」
「かしこまりました。大主様」
「なんだ?」
「はい。当日ですが、会議の参加者に執事かメイドをつけようかと思いますがよろしいですか?」
「問題ない。人数は足りるのか?」
「はい。大丈夫です」
「それならいい。必要なら、スキルカードは自由に使ってくれ」
「ありがとうございます」
制服を揃えたりする必要が有るのだろう。
あと参加者の不測の事態に対応しなければ鳴らない、護衛を兼ねているので、最低限の武器をもたせる必要がある。
スーンが、執事とメイドを連れて執務室から出ていく。
決定したスケジュールから、食べ物や飲み物の必要な材料を計算すると言っていた。仕入れて来なければならない物も多いために、計画を立てる事になる。予定の段階で、材料の入手が難しい物は、諦めて別の料理にする事になる。
料理や飲み物が変わった場合には、もう一度俺に許可を求めに来ると言っていた。
スーンが出ていった。しばらくしてから、オリヴィエがミュルダ老を連れて戻ってきた。
「ツクモ様。全体会議ですが、ゼーウ区を除く全代官が参加いたします」
「そうか、おおよその人数の把握はできているよな?」
「はい」
「ありがとう。それで、大きな問題は出ているか?」
「大きな問題は出ておりません。小さな問題は、まとめてあります」
「そうか、後で目を通しておく」
「よろしくお願いいたします」
ざぁーと書類を眺めるが問題になりそうな事はない。
ミュルダ老やシュナイダー老やメリエーラ老が上手く回してくれているのだろう。手探りで遠慮していた連中も要望をあげてくるようになっている。スキルカードがほしいという要望以外は、叶えるように伝えている。
スキルカードは、会議のときに区の発展のためになるような使い道を示した者たちにわたすようにしたい。
「そうか、集落の集約が始まったか?」
「はい。街道沿いの集落以外は、SAやPAや道の駅に合流し始めています」
「場所は足りているのか?」
「問題はありません。全体会議でご報告させていただきたいと思っております」
「わかった。元集落はどうしている?」
集落が移動したとなると、元々の建物がある。
盗賊や魔物の根城になってしまったりしたら都合が悪い。
「ヨーンたちが回って潰しています」
「そうか、やはり根城になっていたのだな」
「半分の半分くらいだと聞いています」
2割強だな。
報告書を探すと、ミュルダ老が持ってきた書類の中に入っていた。多くは、よそから来たり、もともと住んでいた奴らが盗賊になってしまったという事だ。行政区の判断で重罪を犯していなければ、少し離れた区に移動させた。殺人や暴行を行った者は、鉱山送りになっている。
処置も問題ないだろう。
「ミュルダ老。休んでいるのか?」
疲れ切っている様子ではなく、生前によく見ていた。
デスマーチ中のハイになっている僚友が、会議に出て無理やり気持ちを抑え込んでいる状況と重なっている。
「休んでなど居られません」
ダメな状態だ。
『オリヴィエ。ミュルダ老に、スキル睡眠をわからないようにかけろ』
『かしこまりました』
『それから、シュナイダー老とメリエーラ老の状況を確認してくれ、同じような状況なら無理矢理にでも休ませろ』
『はっ。でもよろしいのですか?』
『何がだ?』
『会議に遅れが出るかもしれません』
『かまわない。そんな些細な日程のために、ミュルダ老やシュナイダー老やメリエーラ老を失うほうが、大きな損失だ。それよりも万全な状態で作業を行わせろ』
ミュルダ老が椅子に座りながら落ちた。
「オリヴィエ。ルートガーとクリスを呼んでくれ」
「はっ」
20分くらいして、2人が慌てて執務室に入ってきた。
「ルート。クリス。静かにしろよ」
クリスは、椅子で爆睡しているミュルダ老を見てびっくりする。
「ツクモ様?」
「クリス。お前に連絡する前に行動してしまった悪いな」
「それはいいのですが?どういう事でしょうか?」
「ん?あぁミュルダ老が擦り切れそうになっていたのでな、スキルを使って寝てもらった。お前たち夫婦に引き取ってもらおうと思って連絡した」
「はぁ・・・」「ツクモ様!」
「ルート。お前、ミュルダ老の状態を知っていたな?」
「・・・・。はい。ミュルダ殿から口止めされていました」
「アナタ!」
「クリスは、少し黙っていてくれ」
「ツクモ様。でも、僕!」
「いい。多分、ルートは、ミュルダ老から相談されたのだろう?」
ルートガーに視線が集まる。
スキル睡眠は通常ならスキルで寝始めた状態は長く続かない。少しの振動や音で起きてしまう。しかし、ミュルダ老は寝続けている。
「はい。この全体会議が終わったら・・・引退をツクモ様にお願いすると言っていました」
「え?」
やはりな。
クリスは聞いていなかったようだな。
「それで、ルートガーはどうする?」
「俺は・・・。俺では、ミュルダ殿の代わりはできません」
「はぁ?当然だろう?お前は、お前で、ミュルダ老では無いのだからな」
「え?」
「なに、甘えているのだよ」
「しかし、ツクモ様。俺は・・・。アナタを裏切りました。アナタを殺そうとしました」
「そうだな。実行する事はできたけど、結果は違ったよな」
「はい。そんな俺が・・・。よろしいのですか?」
「さぁな。俺が決める事じゃない。クリスはどう思う?」
クリスに話をふる。
何も考えていなかったな。
「え?僕?ルートが・・・」
「悪かった。クリス。そうだな。お前からは、なかなか言えないよな」
「・・・」
もう一度、ルートガーを見る
「ツクモ様。なぜ俺なのですか?スーン殿やそれこそ執事やそこのオリヴィエ殿に任せるという方法もありますよね?」
「それはできない」
「だからなぜなのですか?」
「スパンが・・・。生きている時間が違いすぎるからだ」
「それならば・・・」
「メリエーラ老のことを言っているのだろうが、老とも俺達は違う。クリスなら解るだろう?」
ルートガーが最愛の妻を見る。
クリスはルートガーに目線を合わせてから俺に向き直ってうなずいた。
「クリス。それはどういう事?」
「ルート。説明は難しいけど、ツクモ様たちは、何をやるにしても時間がかからない」
「あぁそうだな」
「メリエーラ殿は長きを生きてきたハイエルフだから、効率よくやる方法を知っているし、かなりの事が処理できる」
「そうだな」
「でも、ツクモ様たちはそんな次元じゃない」
「え?だから、いいのでは?」
やはり勘違いしている。
「ルート。俺とシロの寿命は聞いたか?」
「はい。極秘事項だと聞いていますが、認識しています」
「そうか、俺とシロは多分だが、数十年もしたら洞窟に引っ込むか、魔の森の奥地に引っ込むつもりでいる」
「え?なぜですか?」
「俺達が上にいると安心してしまうだろう?」
「それではダメなのですか?」
「ダメだな」
「??」
ルートガーが納得できないという表情をしている。
当然なのかもしれない。だけど、クリスはわかっているようだ。俺から離れて生活して、俺達の異常がわかったのかもしれない。
「あのね。アナタ」
「・・・」
「ツクモ様と奥様は、長き時を生きるの?」
「あぁわかっている」
「いいえ、アナタはわかっていないわよ」
「っ!」
「いい。僕とアナタに子どもができたら、種族は別にして、私達より早く成長する事はない」
「あっ!」
「まだ、アナタは解っていない。スーン殿も同じ、多分オリヴィエ兄様も同じだと思う。メリエーラ殿が身近に奴隷だった者以外を置かない事を考えたことがある?」
「え?」
「残されるのよ。自分が・・・。メリエーラ老よりも、カズト・ツクモ様と奥様は、残されるのよ」
「・・・」
「そして、行政区や商業区だけではなく、神殿区もダンジョン区も全ての場所では、世代交代が行われる」
「っ!」
「アナタならこの意味が解るでしょ?」
ルートガーが俺を真っ直ぐに見て、俺に頭を下げた。
「ツクモ様。わかりました。情けない事に、妻に教えられました」
「あぁそうだな。ルート。情けないな」
「何を言われても、返す言葉もありません」
「それで。どうだ?」
「すぐには無理です」
こういう率直な所がルートガーのいいところだよな。
「もちろんだ。お前に、すぐにミュルダ老と変われとは言わない。老もあと4-5年は現役で頑張れるだろう。10年は無理だろうけどな。そうだろう?」
寝息をたてていたミュルダ老が目をさます。
「やはり、ツクモ様は騙せませんか」
「え?」「へ?」
「大丈夫だ。老の目的であった、孫娘夫婦の真意は聞けただろう?」
「ツクモ様。ありがとうございます。でも、ワシを10年も働かせる気だったのですか?」
「いいや、後20年くらいは頑張ってほしいと思っている。クリスの子どもに、しっかりと教育をしてもらわないとな。一度ではなく二度ほど失敗しているから、次は成功したいだろう?」
「こりゃぁツクモ様。でも、クリスはいい子に育ったでしょ?」
「あぁそうだな。でも、選んだ男はどうだろうな?」
「問題ないと思いますけどね。少なくても、ツクモ様よりはましだと思いますよ」
「おぉぉよかったな。ルート。俺と同類に思われているぞ!」
ひとしきり笑った後にミュルダ老のやっている事を、ルートガーが手伝う事に決まった。
もちろん、ルートガーのやっている事はクリスも手伝う事になる。
そのために、クリスとルートガーからペネムダンジョンの管理を俺に委譲させる事を許可したのだ。
これで、チアル大陸の安定のための第一歩が踏み出せる。俺が持っている権力を、クリスとルートガーに委譲していく、そうして領主をルートガーとクリスに渡したい。
俺は、ダンジョンを支配だけするようにすればいい。
今の世代ではダメだろう。次の世代でも難しいかもしれない。でも、その次辺りで俺の存在を薄める事ができると思っている。
そうしたら、シロと眷属たちとで世界を見て回りたい。
それ以外は、洞窟とログハウスに引きこもっていたい。
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