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第十六章 眷属
第百六十七話
しおりを挟むメリエーラ老が執務室から帰っていった。
帰りは、執事の一人が送っていくようだ。
「オリヴィエ」
「はい。マスター」
「シロ達は暫く帰ってこないよな?」
「奥様が皆を引きづり回していると報告が来ています」
「そうか、それじゃ帰ってくるのは、夕方になるな」
「はい」
本当に久しぶりだな。
オリヴィエがいるけど、一歩も二歩も下がっているから存在を認識できない時もある。
エントの特性が出ているのだろうか?
溜まっている決済書類を読み込んでいく。
「なぁオリヴィエ。犯罪者が増えているけど、これって管轄する場所が増えたからだよな?」
「はい」
「年齢が高い犯罪者が多いけど・・・。この犯罪者の総数の書類を作ったのはどこだ?」
「・・・」
「シュナイダー老のところか・・・。話を聞けないか?」
「かしこまりました。予定を確認しておきます」
「あぁ頼む」
統計上の問題というわけではなさそうだな。
人口を見てみても、それほど偏りが有るわけではない。俺が作った場所に、スラム街が発生したという話は聞かない。
それ以前に、仕事は本当に腐るほどあるのだ。
確か、仕事をまとめた者も出てきているはずだ。
仕事が不足しているわけではなさそうだ、人気の違いは有るけど、まんべんなく求人の方が多い形で推移している。この資料も、シュナイダー老の所が作成した書類だ。
他にも提出された資料を見比べている。
うーん。Ex○elとは言わないけど、電子計算機がほしい。AS/4○○でいいのだけどな。M-16○○なんてあれば最高なんだけどな。
現実逃避していてもしょうがない。
メモ用紙代わりにしている。羊皮紙にペンを走らせる。やはり、突出して年齢が高い者の犯罪率が高くなっている。低年齢層と比べると、3倍から4倍くらいだ。
ドアがノックされた。
「マスター。シュナイダー殿とリヒャルト殿がおいでです」
「リヒャルト?まぁいいわかった。入ってもらってくれ」
「はい」
2人が執務室に入ってきた。
手慣れているので、何もいわないでもソファーに座る。
タイミングよく、メイドが俺の前には珈琲をおいて、シュナイダー老の前には緑茶をおいて、リヒャルトの前には紅茶を置く。俺にはミルクだけを、リヒャルトには砂糖とミルクを持ってきて、シュナイダー老の前には、最近開発を始めた”まんじゅう”が置かれる。まんじゅうから和菓子まで持っていきたい。お茶請けは和菓子が最高だからな。
「いつもながら、ツクモ様の所で出される物は刺激的ですな」
「そうか?実験に突き合わせて悪いな」
「こんな実験なら、いくらでも言ってくだされ。それで、本日はどのような御用でしょうか?」
「老に、話をする前に、リヒャルトがいる理由を聞いてもいいか?」
紅茶のカップをおいたリヒャルトが俺を見る。
「ツクモ「シュナイダー様。俺から話させてください」」
シュナイダー老が説明しようとしたのを、リヒャルトが遮って自ら説明してくれるようだ。
「ツクモ様。俺、商隊を今の番頭に譲ることにしました」
「ほぉ・・・。それで、お前はどうする?」
「それを相談に来ました」
「そうか、どこがほしい?」
「え?あっ・・・。魔の森を」
「欲張るな。あそこはまだ着手したばかりだぞ?ゼーウのスラムでは満足できないか?」
「え?よっよろしいのですか?」
やはりな、本命は、スラム街なのだろう。
魔の森は確かに魅力的なのだろうけど、これから開発を始める。俺が手を貸さない限り、数年は必要だろう。魔物の脅威を排除しなければならない。人手も無い、資金は有るけど十分かどうかわからない、広大な土地と未来の資源は約束されているがまだ夢物語に近い。
そんな場所よりも、スラム街の開発の方が魅力的なのだろう。
人手の確保はできる。構想も出来ている。街は協力的だ。街の中に属しているが、街とは違う理論で動かす事ができる。そして、大陸の中心になれる場所なのだ。街の中に街を作って、チアル街からの支援でゼーウを飲み込んでしまえばいい。
「あぁいいぞ?誰か、信用できる人を派遣しようと思っていたからな。代官扱いでいいか?全権委任でもいいぞ?」
「代官でお願いします。全権委任は重すぎます」
「わかった。次の全体会議で告知しよう」
「それでツクモ様。スラム街の解体と港の整備は同時進行でやるのですよね?」
「もちろんだ。ゼーウ街には筋は通している。港からの街道の整備も任せるぞ」
「はい。こちらと同水準にするのですか?」
「いや、SAやPAの設置は必要ないだろう。街道の整備だけでもだいぶ違うだろう?」
「もちろんです」
スラム街の再生計画を伝える。
商隊の協力も必要だったから、リヒャルトが申し出てくれたのは渡りに船だ。俺の事を、俺達の事を理解してくれている者が、大陸に打った楔を見てくれる。これほど心強いことはない
シュナイダー老とオリヴィエを交えて、リヒャルトとスラム街再生計画を詰めていく。
スラム街の解体とスラムの住民たちを使った産業の創出だ。目処は立っている。あとは実行に移すだけだ。
「リヒャルト。頼むな」
「はっ!」
「あっそれから、リヒャルト。元スラム街の名前な”カーマン”に決定したからな。もう変更は受け付けない。いいな」
「え?」
「いいな!」
「はい。承りました」
シュナイダー老が笑っているが気にしてもしょうがない。
リヒャルトを遊ばせておくほうが問題だったのだ。これで大きな問題が2つとも片付いた。
「さて、リヒャルトの件はこれでいいだろう。老?」
「はい。問題ありません。それで、ツクモ様」
シュナイダー老が少しだけ怪訝な表情を俺に見せる。
俺がテーブルに報告を広げたからだ。
「老。これらの報告書をまとめたのは、老のところだよな?」
シュナイダー老が書類に目を走らせる。
読み込んでいると言うよりも、記憶との整合性を確認しているようだ。
「はい。間違いありません」
「そうか、犯罪者の、それも高齢者の犯罪者が多いと思わないか?」
「え?」
シュナイダー老は気がついていなかったようだ。
リヒャルトも書類を覗き込んでいる。別に秘匿しているデータじゃないし、行政区に行けば誰でも見られる情報なので問題はない。ただ、まだこの世界では情報を閲覧して商売に結びつけるような発想にはなっていない。そのために、まだ公開情報の閲覧者は出てきていない。
「ツクモ様。高齢者の犯罪者の数は、それほど多くないと思いますけど?」
数字だけを見て答えるのは想定している。
「リヒャルト。さすがは商人というところか数字は強い」
「ツクモ様。嫌味を言わないでくださいよ」
「悪い。嫌味のつもりはない。この資料を見てくれ」
リヒャルトとシュナイダー老に、ミュルダ老とメリエーラ老がまとめた人口の推移と総数を書いた物を見せる。
年齢は種族によってかなり違っている。そのために、種族ごとに幼年/少年/青年/老年/高齢と分けるようにしている。もう少し細かく分けたかったのだが、年齢的な事よりも精神的な部分が大きいので、この程度で十分だと判断した。
「あ・・・。ツクモ様。そういう事ですか?」
やはり先に気がついたのは、リヒャルトだ。すぐに、シュナイダー老も気がついたようだ。
さっきまで作っていた資料を2人に見せる。
100人辺りの犯罪者の割合を記述した物だ。
「ツクモ様。これは?」
「俺が作った、わかりやすいだろう?」
「申し訳ない。計算方法を教えてもらえないか?」
シュナイダー老とリヒャルトの食いつきがすごい。
簡単な割合を出す方法を教える。それだけではなく、統計に関して、知っている事を教えておく、係数の考え方も教えて、全数調査を基本とするけど、抽出調査でもある程度の精度が出る事を教える。あとは、地頭がいいやつらがやってくれるだろう。
「話が横道にそれたな。これを見て、高齢者の犯罪が多いと感じて、シュナイダー老に話を聞こうと思った。これは数字的な事しか書かれていなくて、内容がわからなかったからな」
シュナイダー老が覚えている限りだという前提で説明してくれた。
”不敬罪”そんな罪を作っていたのか?
どうやら変わりゆく常識に付いてこられなかった者たちが高齢者に多いようだ。最初は、既得権益を壊された者たちが犯罪に走っているのかと思っていた。そうでは無いようだ。”不敬罪”なんて罪は存在しない。すくなくても、俺が関係している場所では、そのような罪はない。
公然と上層部の文句が言えない社会は不健全に歪んでいく、上層部は反対意見にこそ耳を傾けるべきなのだ。
不敬罪なんて都合がいい罪を作っても何の意味もない。
スーンに念話で、不敬罪で捕らえられている者がいたら即刻開放するように伝えた。
そして、捕らえられていた期間をしっかり保証するように伝える。これは、俺のミスだ。しっかり伝えていなかったからだ。
幸いな事に、不敬罪で捕らえた者は、注意だけで終わらせていた。
鉱山送りや洞窟送りになった者はいなかった。執事とメイドに状況を確認して謝罪の意思がある事を伝える。
シュナイダー老ももう少し情報を精査してみるという事だ。
リヒャルトもスラム街と大陸の事で必要な物をマメルと言って、執務室から出ていった。
俺は、不敬罪で捕らえられていた者全員に有っても良いと伝えたが、2人の老人だけが、俺との面談を望んできた。
一人は、完全に外れだった。ただのやっかみで自分にも利益を寄越せと言ってくる人物だった。
少しのスキルカードを渡して、リヒャルトの所におくる事にした。リヒャルトには、使えなければ放り出して良いと伝えてある。あそこなら、ゼーウ街が旧体制的な考え方の受け皿になってくれるだろう。ゼーウ街の改革にもついていけなければ、他の街にでも行けばいい。それは自由なのだからな。
もうひとりは面白い老人だ。
文句の方向が明後日の方向に向いている。俺の方針に文句を言いたかったのかと思ったが違った。もっと独裁的にやってもいいくらいだと言われてしまった。議会制の話も問題なし、それ以上に議会制の意味がわからないやつがいたら自分が説明してやるとまで言われた。
この老人が求めたもの
「若造!」
「はい何でしょう」
「女性や子どもばっかりに媚を売りおって、老人を敬う事をしらないのか?」
「知っておりますが、その老人たちの要求が渡しが求めている方向と違うのです」
「馬鹿者。そんな愚か者の事ではない。ワシらの様に、若造に協力的な者への報酬じゃよ」
「報酬とおっしゃられても・・・。行政官などで、ご協力頂いている方には、かなりのスキルカードを渡しております」
「馬鹿者。ワシ等がそんな物で動くとでも思っておるのか?」
「若輩者ゆえ、ご老人のお望みがわかりません」
ソファーに座っている老人は俺の顔をまじまじと見てから
「若造。本当にわかっていないのか?ワシを焦らしているのか?」
「すまない。本当にわからない」
老人を睨むように見つめる。
「かぁーーー本当のようだな。若造。ワシを試しているのかと思ったぞ。取り調べをされているときに、執事から出された料理の飲み物はなんだ?」
「なんだと言われても、ここの標準的な食事です」
「なんだと!あれが標準だと言うのか?」
「えぇ宿屋などはもっといい物を出していると思います」
「そうか、そうか、それならいい。それよりもだ!酒精が入った飲み物はなんだ!」
えぇぇぇそっち?
ドワーフでも無いのに、そこにツッコミを入れるのか?
「・・・」
「あれも、この街では標準的な物なのか?」
「えぇそうですね。食事のときに、レベル3数枚程度で飲めるようにしています」
「なっあの酒精がレベル4以下なのか?」
俺は一つの疑問を老人に投げかける
「すまん。ご老人。一つお聞きしてよろしいか?」
「なんだ?」
「あの食事にしろ酒精にしろ、この街にいれば普通に手に入ります。なぜそれをご存じなかったのですか?」
「簡単な事だ。この大陸を離れていた」
「そうか」
「驚かないのだな?」
驚かせたかったらもう少し情報を小出しにすればいいのにいきなりぶっこみすぎだ。それに・・・
「ご老人。アトフィア教の大陸に行っていたのだろう?強硬派とは思えないし、穏健派なのだろう?教皇派とも思えない」
「カッカカカ。若造。ここで、その話をするか?」
「えぇそうですね。タイミングは悪くないと思うのですが?」
「もう一歩じゃな」
・・・
まだ俺は何かを見逃しているのか?
ご老人が、アトフィア教ならここまで入り込むのは難しい。”不敬罪”で捕らえられるだけで済むわけがない。
そうか・・・!!
「ご老人。失礼した。コレッカ教の枢機卿だとは思い至りませんでした」
「ほぉ・・・」
ご老人は、目を細めて孫でも見るかのように俺を見る。
そして嬉しそうに
「鑑定を使わなかったのは合格じゃよ。カズト・ツクモ殿。いや使徒様と呼んだほうがいいか?」
「使徒?さ・・・ま?」
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