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第十三章 遠征
第百三十一話
しおりを挟むシロは、着飾って緊張した面持ちで執務室のソファーに座っている。
今朝起きてから、フラビアとリカルダに連れられて、宿区に戻って、風呂に入れられて、頭の先から足の指先まで綺麗に洗われたという事だ。17歳になるシロにそんな・・・必要ないと思ったが、女性のやることに口を挟むと10倍以上の小言が届くことを経験で知っている。
ドナドナされるシロに”頑張れ”と念話で送って、俺は会議で使う資料に目を落とす。
スーンとミュルダ老とヨーンが俺に挨拶をした者たちから順次情報を引き出してまとめてくれている。
資料には問題はなさそうだ。しっかり、今後の事を考えた物になっている。
その間に、メイドも加わってシロの正装への進化が行われていく。
エリンも一緒に正装して出席する事になっている。
カイとウミとライはいつも通りに参加する。
カイとウミは、本来の大きさになるようだ。普段は、俺と最初にあったサイズで行動しているが、今日は威嚇する意味も多少はあるので、本来のサイズになっている。豹くらいのサイズだと思う。
決まっているのは、準備ができたら、スーンかミュルダ老が俺を呼びに来る。
最初は俺だけが会場に入って、指定された席に座る。
その後、”正妻候補”として、シロを会場に入れる。
このときに、カイとウミとライとリーリアとオリヴィエとエリンとフラビアとリカルダとステファナとレイニーが一緒に入ってくる。シロが俺の横の席に座って、今回の決定の説明を行う。
ゼーウ街の諜報員が、ペネムに入り込んでいる事。メリエーラ老に簡単に説明させてから、その誤解を利用してシロを”正妻候補”の様に取り扱う事を発表する。
会議に出席している者だけが知っている事実としては、シロの正妻候補がフェイク情報であるという事だ、シロには暫く俺の正妻として動いてもらうことも合わせて告知する。
会議の準備が整ったとスーンが俺を呼びに来た。
シロの緊張がピークになっているようだ。
「シロ」
跳ね上がる位に緊張しているのがわかる。
「シロ。大丈夫だ」
「はひぃ」
「シロ。あんまり緊張していると、ここでキスするぞ?」
「・・・・え?あっカズト様。僕・・・大丈夫です」
心配だな。
「フラビア。リカルダ。お前たちの”妹”を頼むな」
「はい」「承ります(それにしても、ツクモ様。甘いですね)」
煩いよ。
自分の気持ちを認識してから、できたはずの自制が難しくなってきている。
「リカルダ!何か言いたいことでもあるのか?」
「いえ、なにもありません」
まったく、そんなにニヤニヤする必要はないと思うのだけどな。
そんなに嬉しいのか?
あまりゆっくりもできないから、会議場に向かうことにする。
執務室を出ると、リーリアとオリヴィエが控えていて、スーンが待っていた。
「大主様。ここからは私が」
スーンが先導して会議室に向かう。
会場には既に皆が揃っているようだ。
資料は会場にて渡しているので、何やら近くの者たちと小声で話しているのだろう。
扉を開ける。
皆の視線が俺に集まるのがわかる。
その中を、用意されている上座の席まで行く、俺の要望通りに、左隣に正妻が座る場所が用意されている。
席に座って、スーンが扉近くの定位置に戻る。
少し会場がざわざわする。普段なら、スーンがそのまま進行を行うのだが、扉まで移動した事によってまだ会議が始まらない。
「スーン。準備ができたら入れろ」
「はっ」
スーンが扉を開けて、着飾ったシロが入ってくる。
立ち上がって、途中までシロを迎えに行く。シロはガチガチに緊張している。
ステファナとレイニーも緊張しているようだが、俺にシロを渡す所までが役目なのは認識していて、俺がシロの手を取った事で役目が終わったか。緊張から解放された表情をして後ろからついてくる。
シロを椅子の所まで誘導して、座らせる。シロの後ろに、フラビアとリカルダが続いて、その後ろにステファナとレイニーが続くようになる。俺の後ろには、正装のオリヴィエとメイド服のリーリアが続いて、俺の足元にカイとウミが寄り添う形になる。最後にエリンがシロとは反対側に用意された子供用の椅子に座る。ライは、エリンの膝の上に抱きかかえられるようになっている。
ざわざわが止まらない。
シロたちを迎い入れたスーンが定位置に付いて会議が始まる。
最初に、俺がこの前決めた事が説明される。
反対意見は上がってこない。まだまだ土地には余裕がある上にどこも税で苦労しているわけではない。
満場一致で賛成された。
次に、メリエーラの紹介と行政区への編入が発表された。
役職は”人事部”としている。表向きは話だけになるが、簡単に業務を説明した。
いくつかの質問があったが、問題なく承認された。
孤児やスラムから人を融通する事になる。奴隷商というよりも、イメージでは児童相談所の意味合いが強い。成人後も扱うが、こちらは職安のニュアンスが強い。表の業務としては、この二つになる。裏は、ペネム大陸以外の諜報活動を行う。クリスとルートガーと連携する形で、ペネム大陸内の諜報活動の手伝いをおこなうことになる。
シロから、早く早くという雰囲気が伝わってくる。
皆の視線が痛いのだろう。確かに、今までも俺の横に立ったり、すぐ後ろで控えていたのだが、今日は違う場所で違う格好で控えている。
「さて、皆も気になっているのだろう。シロだが、この度”正妻候補”となる」
煩い。やっぱりとはどういう事だ・・・。SAやPAの代官が明らかに残念な顔をするな。
「シロ・ヴェネッサ・ヴェサージュです。皆様よろしくお願い致します」
カトリナが・・・頭を抱えているが、まぁ気にしてもしょうがないだろう。
「事情を知っている者も居るだろうが、メリエーラ。説明を頼んでいいか?」
「はっ」
メリエーラ老が立ち上がって状況を説明する。
ゼーウ街が、シロを正妻だと思っている事や、シロを誘拐する事で俺に対する要求を行おうとしていた事なども説明された。
カトリナが手を挙げる。
「カトリナ。何かあるのか?」
「はい。今の説明では、ツクモ様の”正妻候補”として擁立されたシロ殿はゼーウ街への餌に思えるのですが・・・」
「そうだ!シロとも話をして、あの程度の人間なら、シロとフラビアとリカルダで撃退ができる」
「シロ殿はご納得しているのですか?」
皆の視線がシロに集まる。
「カトリナ様。ぼ・・いえ、私は、カズト・ツクモ様のために、ペネム街のためになるのなら、餌の役目喜んで引き受けます」
まっすぐに俺を見る。
それから、前を向き直して
「それに、カイ様とウミ様が居てエリン様がいらっしゃって、その上皆様が居るのです。私が危険になるような事はないと思いますが?」
皆が顔を見合わせて、”そりゃそうだ”とか”考えてみれば”とかいい出す。
獣人の長などは明らかに落胆した顔をしている。SAやPAの代官は複雑な表情をしている。
「ツクモ様」
代官の1人が手を上げる
「なんだ?」
「それでしたら、暫くはツクモ様とシロ殿はご一緒にいられるのですか?」
「そうなるな。今までも、ログハウスに来て従者兼護衛の役目を負っていたから違いは無いだろう?」
「そうなのですね。しかし、それではツクモ様が危険にさらされる事になりませんか?」
「俺とシロが一緒のときに襲ってくる?まず無いだろうな。それに、正妻なのに別々に居るのもおかしな話だろう?俺とシロが離れるタイミングは演出する」
「わかりました」
手をあげていた代官が着席する。
「シロの件は、ここまでとする。資料の話にうつる」
資料は、ゼーウ街に関して判明していることが書かれている。
もちろん、出処はメリエーラ老だが、全部バカ正直に乗せているわけではない。嘘の情報や間違っている情報を織り交ぜている。ミュルダ老とシュナイダー老とメリエーラ老とライマン老とヨーンには承諾を取っている。
偽情報は、ゼーウ街の戦力を過小評価している事と、攻め込んでくるであろう場所の予測場所を、ゼーウ街の関係者を尋問して得た情報として乗せている事だ。その場所は、ロングケープ区としている。
「ライマン!」
「はっ」
「資料に有るように、ゼーウ街の連中は、戦力をロングケープに集中するようだ」
「愚かですね」
「防げるか?」
「容易いことです。この戦力でしたら、3倍までなら防いでみせます」
もちろん、過小評価している戦力なので、防げる状況が想像できる。
「わかった・・・少し心配だな。ヨーン!」
「はっ」
「獣人の精鋭1000を率いて、ロングケープの防衛を行え。1人たりともゼーウ街の奴らを上陸させるな!」
「はっ私自ら赴いてよろしいのですか?」
「あぁ頼む」
「はっ」
「パレスキャッスルとパレスケープにも、防衛を行う者を送りたいが・・・」
ヨーンが再度挙手する。
「ツクモ様。獣人たちを・・・」
「先の戦闘でもお前たちを酷使したからな」
「いえ、それこそ気にしないでください。私達にはそれしかありません。ツクモ様!」
「ダメだ」
シュナイダー老が挙手する。
「シュナイダー」
「ツクモ様。パレスケープとパレスキャッスルには、既に防衛できるだけの戦力があると思います。その者たちに任せてみてはどうでしょうか?」
少し考えるフリをしてから、皆を見回す。
「・・・どうだ?」
ミュルダ老が挙手する。
「ツクモ様。シュナイダー殿の話も納得できるのですが、私として、組み込んだばかりの者たちを信頼する事に抵抗があります」
ここで言葉を切る。
SAやPAや道の駅の者たちを見回す。言いたそうにしている者も居るが、文句は出てこない。
「そこで、各区やSAやPAや道の駅から、防衛に回る者を募集してみてはどうでしょうか?」
「募集?」
「はい。幸いな事に、ダンジョンのおかげで、街としてはかなり潤っています。ペネム街として防衛隊を組織してもよろしいかと思います」
「可能なら、それがいいかも知れないな」
皆を見回すが問題はなさそうだ。
「よし、ミュルダの策を採用する。各区や集落で募集を行え、数は・・・」
「5000程度を目標にしてみてはどうでしょうか?」
「わかった、数は5000。説明もしっかり行え、訓練を行う事、死ぬ可能性もある事だ」
大丈夫なようだ。
実際、集まった者たちは戦闘には参加しないのだが、言っておかないとダメだろうからな。
「メリエーラ」
「はっ」
「お前に人事権を与える。募集に応じた者の中から、隊を任せても大丈夫な者を見つけ出せ」
「かしこまりました」
これでゼーウ街に対応する事ができるように見せかける事ができた。
実際には、眷属たちと、メリエーラ老から買った奴隷たちの訓練を乗り越えた者と、神殿区から出て俺のために働きたいと言っている者で”親衛隊”を組織する。竜族による奇襲作戦が根幹だ。
パレスケープには、秘密裏にカミーユ=ロロットが主体となった獣人の精鋭が向かう事も決定してる。
「皆。頼む!俺のためとか考えなくていい。家族の守るべき者のために動いてくれ!」
「「はっ!」」
皆が一斉に立ち上がって、俺に向けて頭を下げる。
「いい忘れた事がある。シロの今後だが、お前たちだけに留めるように、俺は妾は取らない。正妻も1人だけだ。そして、正妻と子には一切の権限を与えない。これは、シロが正妻候補から外れた後でも有効だと思ってくれ」
シロが立ち上がって、俺に頭を下げる。
「ツクモ様。それでは、後継者は?」
「ミュルダ老。俺は、まだ15だ。後継者を考える必要があるか?」
「・・・いえ、申し訳ありません」
「そうだな。万が一という事もあるだろう。そのときには、代官の話し合いで決めるようにしてくれ、誰がなっても納得しないだろうけど、そのときに力と知恵が一番な者が俺の後を継ぐことが俺の希望だ」
これが最後の罠。
シロの件が間違いだと伝わる。俺の後継者の事が、デ・ゼーウに伝われば、俺の暗殺を具体的に考えるかも知れない。シロを暗殺しても意味が薄い事が明確になる。
シロを捕らえて、俺に対して交渉を持ちかけるよりは、俺を暗殺なりする方が有効だと考えるだろう。
その上で、自分の息がかかった者が後継者になれば巨大な経済圏が手に入る事になる。
この誘惑にデ・ゼーウが耐えられるとは思えない。誘惑に耐えて、会話を求めてきたら・・・対等な関係を望んだら交渉のテーブルに付くことは考えているが・・・人となりを聞いていると、その可能性は少ないだろう。
デ・ゼーウの耳が誰なのかはわからないが、ルートガーが見つけ出してくれるだろう。
耳も自分が後継者になれる可能性を感じて、掴む事ができない星に手を伸ばすのだろう。その行為自体を笑う事はしないが、愚かな行為には報いがある事をしる機会を与える事にしよう。
俺も立ち上がって、皆を見回してから、歩き出す。
俺とシロが先頭で、少し下がった左右をカイとウミが続く。
俺のすぐ後ろには、リーリアとオリヴィエとエリン(ライを抱えた)が続く、その後ろにフラビアとリカルダが続いて、ステファナとレイニーが続く。最後をスーンが続くことになる。
シロが俺の腕に手を絡めてくる。エスコートする形で会議室から出た所で、スーンが扉を閉める。
スーンが議長となり実務の話をこれからする。実務会議が引き続いて執り行われる事になっている。
俺たちは、そのまま執務室に戻る。
シロはまだ緊張が解けないようだ。
「カズト様。僕、上手くできましたか?大丈夫でしたか?」
「あぁ大丈夫だ。シロ。しっかり、俺の正妻になってくれたぞ」
「よかった」
腕につかまる形のシロをねぎらう。
身長は、俺の方が少し高くなっている。出会った頃は、シロの方が身長が高かったが、逆転できてよかった。
そのかわり、出会ったときよりも、シロが可愛くなっている。
シロの頭を撫でる。
「さて、実務会議が終わるまで、数時間かかるだろう。俺は、会議の状況を聞くために、執務室に残るけど、どうする?」
「ツクモ様。私とリカルダは、宿区に戻って、ギュアンとフリーゼの状況を確認しておきます」
「そうだな。頼む。あと、バトルホースとワイバーンの状況も確認してくれ」
「「はい!!」」
「ご主人様。私たちは、ログハウスに戻ろうかと思います」
「ん?そうだな。頼む」
「「はい」」
「そうだ、リーリア。ステファナとレイニーへの教育はどうだ?」
「はい。一通り仕込めたと思います」
「そうか、もう少しと言った所か?」
「「申し訳ありません」」
「あぁリーリアとオリヴィエを責めているわけではない。シロ。二人をもう少しリーリア達にあずけていいか?」
「もちろんです。リーリア殿。オリヴィエ殿。よろしくお願い致します」
「シロ様。私達には、敬称は必要ありません。貴方様は、ご主人様の伴侶なのです。私達の事は呼び捨てにしてください」
「え?」
シロが俺を見て、どうしたらという感じになる。
「シロ。リーリアたちのいう通りにしてやれ、そうだな。カイとウミとライだけは別格で、兄と姉だと思ってくれると嬉しい」
「はい!」
「リーリアもそれでいいな?」
「もちろんです。シロ様。ご主人様の事をよろしくお願い致します」
リーリアとオリヴィエが頭を下げる。
執務室に居た執事とメイドも合わせてシロに頭を下げる。
カイとウミとライもそれで問題が無いようだ。
エリンは・・・今は、いいかな?
カイとウミとライとエリンは、ダンジョンに潜るようだ。
リーリアとオリヴィエがダンジョンに一緒に行く事になって、ステファナとレイニーも連れて行くようだ。今のままだと、シロを守る事ができないという事だが、シロも短期間とはいえ、ダンジョンアタックを経験しているので、技量が上がっている。
暫く動きが無いだろうから、集中して鍛えてくるようだ。野外やダンジョン内での従者の仕事を教え込むようだ。
結局、執務室には俺とシロだけが残る事になった。
リカルダが執務室から出ていくときに、シロに何か耳打ちしていた・・・シロの表情を見るとろくでもないことだという事がわかる。
執務室に居た執事とメイドが控室に下がったので、本当に二人っきりになってしまった。
「そうだ」
「はひ」
シロがまた緊張している・・・違うなリカルダの奴が余計な事を言ったので意識してしまっているのだろう。
「シロ。着替えてこいよ。その格好じゃ疲れるだろう」
「・・・はい」
「なんだ?」
「いえ、似合っていませんか?」
「可愛いぞ。本当にな。すぐにでも欲しくなるくらいにな。だから、着替えてこい。メイドが居るだろうから、風呂も用意してもらって、緊張を解してこいよ。自分で思っている以上に疲れているだろうし、身体が固まっているだろうからな」
「・・・はい!!服は?」
「いつもの物が有るだろう?」
「わかりました!」
シロが立ち上がって、控室に移動する。
何やらメイドに話をしている。お願いしているけど、その都度、命令してくださいといわれて戸惑っている・・・雰囲気が伝わってくる。
姫だったのだろう・・・と思ったけど、聖騎士になって従者が付いたけど、従者がフラビアとリカルダなど近親者?だったから、命令するというよりもお願いする事に慣れてしまっていたのだろうな。
あとは、ミュルダ老とスーンからの報告を聞いて、ゼーウ街に対する動きをおこなっていけばいいのだろう。。
ふぅ・・・方向性が決まってくれればいいのだけどな。
遠征する事はほぼ決定なのだろうな。
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