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第十二章 準備
第百二十八話
しおりを挟む宿に戻って休もうと思っていたら、代官が面会を求めてやってきた。
「カズト様」
「どうしたシロ?」
「はい。よろしければ、私が、代官に事情説明をしてまいります」
「いいのか?」
「はい」
シロを見ると、何か考えがあるというわけでは・・・なさそうだ。
「・・・シロ。任せていいか?」
「はい!」
途中からだけど、事情が解っているのは、俺かシロだからな。
エリンに説明を任せるわけには行かないから、そうなると、シロが適任である事は間違いないのだろう。
シロが宿に来ている代官と面談してくるために部屋から出ていく。
丁度リーリアが宿に帰ってきた。
奴隷として売られていた者たちを買い占めてきたという事だ。
「ご主人様。ただいま帰りました」
「ありがとう。どうだった?」
「はい。それに関しまして、奴隷商が、ご主人様にお会いしたいと言っています」
「そうか・・・会おう。連れてきてくれ」
「かしこまりました」
宿の部屋に、老女がリーリアと入ってくる。従者を1人連れているだけの身軽な状況だ。
シロも代官への説明が終わったのか戻ってくる。
「ツクモ様。初めて御尊顔を拝します。ユーバシャール区で、奴隷商を営んでおりますメリエーラ・エジスタといいます」
「カズト・ツクモだ。エジスタ殿、俺に話があるという事でいいのか?」
「メリエーラとお呼びください。私なぞに”殿”は必要ありません。ツクモ様。この度は、ワシの子らをありがとうございます」
”子”と表現するのか?
「メリエーラ老とお呼びしてよろしいか?」
「もちろんでございます」
「メリエーラ老。”子”と表現するのだな。リーリアの報告では、老の儲けは殆ど無いだろう・・・それどころか、やっていけないのではないか?」
「それは構いません。道楽のような物です」
「道楽で、子を育てるのは無理があるのではないか?」
「・・・そうですな。ツクモ様。”子”をどうなさりますか?」
「教育はできている・・・と思うが、いきなり行政区や商業区やダンジョン区で働かせるのには些か心配だからな。まずは、なれてもらう事になると思う」
「わかりました。ツクモ様。お願いがあります」
「なんだ?」
メリエーラ老の要望は俺の思惑とも一致していた。
ユーバシャール区にある他の奴隷商からも青年と呼ばれる年齢の奴隷を買い占めて欲しいという事だ。あと、老の人脈を使って、集落や街やスラムに居る子供をまとめるので、全員を引き取って欲しいという事だ。
そのために奴隷商で得たスキルカードや魔核を全て渡すという事だ。
「老。話はわかったが、老に何もメリットがないと思うのだが?」
「ワシは老い先短い身。それに、跡継ぎも居ない上に、ツクモ殿のやろうとしている事を考えると、奴隷商は必要なくなるのではないか?」
「老が、老い先短いようには見えないが、話はわかった。確かに、神殿区を大々的に広げていけば、奴隷商は必要なくなるだろうな。よくて口利き位だろう」
メリエーラ・エジスタは、俺を見てから、何か考えてから
「ツクモ様。ツクモ様は、数年先を見ておられるようだ」
「どういう事だ?」
「確かに、話に聞いている、神殿区があれば、子供は助かるだろう。それに、ダンジョン内には仕事も沢山生まれている」
「あぁ」
「それでも、子供を売る親が出てくるのを止める事はできないだろう」
「神殿区に売りに来ると?」
「それは無理じゃな・・・ツクモ様の噂を聞けば、親が自ら売りに来るのは不可能じゃ」
「噂?」
「知らないはずは無いと思うのじゃが?”カズト・ツクモは、敵対者には容赦しない”や”子供を売る親を許さない”や”子供を傷つける親を殺して子供を奪う”とか言われておる」
そんな噂が立っているのか?
リーリアを見ると、知っている雰囲気だ。リーリアが知っているのなら、俺以外は知っていると思って間違いなさそうだな。
「そうか・・・それだと、親が子供を売りに来たときに、俺に殺されると思う・・・という事だな」
「はい。今は、まだいいのじゃが、神殿区が機能すればするほど・・・」
そういう事か・・・
「神殿区に子供を斡旋するという輩が出てくる事が予測されるという事だな」
「はい。それだけではなく、集落から子供を攫って、売りに来るような者も出てくるかも知れません」
「どうしたらいいと思う?話を聞いていると、老には何か解決案が有るように思える」
「ツクモ様。奴隷商は残される方がいいと思います」
「理由は?」
「ワシの所とはいいませぬ。集落から子供を買い取ったり、軽犯罪者を買取る場所は必要ではないか?」
「そうだな・・・神殿区は、あくまで孤児院・・・的な場所にしたほうが良さそうだな」
「はい。表向きは、孤児院は子を育てられなくなった親が最後に頼る場所であるべきです。積極的に、子供を集めるのは、お止めになったほうがよろしいかと思います」
確かに・・・その方が良さそうだな。
そうなると、奴隷商・・・そうか、俺が資金を出せばいいのか?公営の奴隷商だけを残していけばいいというわけだな。
「メリエーラ老。俺の役に立ってもらうぞ?問題はないな?」
「この老骨にまだ働けと?」
「そうだ、俺の・・・違うな、未来ある子のために、お前の命を俺に寄越せ!」
「・・・・かしこまりました。ツクモ様。しかし、貴方が、私の子らをないがしろにしたら、子らと反乱を起こします」
「わかった。俺が道を間違えたら遠慮なく指摘してくれ」
「はっメリエーラ・エジスタ。老い先短い身ですが、カズト・ツクモ様に忠誠を誓います」
「ありがとう。メリエーラ老。最初の命令だ、お前が信頼できると思う者を集めてくれ、お前にも申し訳ないが、行政区で奴隷商をまとめてもらうぞ」
「はい。かしこまりました。ワシの所の者と代官にも伝えているが残っている奴隷商なら、ツクモ様の考えを違えること無く実行できるじゃろう」
「わかった。その者たちを、まずは行政区に集めてくれ。そこで、資金を渡す。困っている孤児を集めてくれ、既に独立しているような孤児は様子見としてくれ、病気や怪我の子を優先してくれ、親から虐待を受けているような場合には、親から子供を引き離して買い取れ」
「かしこまりました。資金ですが、まずは私の店から出します。どうせ、行政区に移動するのなら、ユーバシャール区の奴隷商は必要なくなる」
「・・・わかった、老に任せよう」
「成人後や大人は?」
「各区にスラムが存在するようなら、解体して、ダンジョン区に放り込みたい。できると思うか?」
「多少乱暴な手段を取っていいのなら可能じゃよ」
「奴隷商とは違う者たちに担当させるほうが良さそうだな」
「ツクモ様。それこそ、奴隷商の商品となっている犯罪奴隷や借金奴隷に担当さればよかろう。護衛に冒険者を雇えばできると思うぞ?」
犯罪奴隷や借金奴隷の解放条件をダンジョン内での仕事にすれば、解放後にも仕事に困らなくなるだろう。
一石二鳥以上の効果が期待できるな。
「よし、老の策を採用しよう。俺が主体で動いていると思われないほうがいいだろう?」
「もちろんです。これは、奴隷商が独自に、ダンジョン攻略を目指してやっている事じゃと思わせるほうが良いじゃろう」
「わかりました。この件は全面的に老におまかせします」
「いいかえ?」
「えぇ問題ありません。失敗しても、失われるのは、スキルカードだけでしょ?」
「ヌシの評判・・・なんて気にしていないか?」
「そうですね。俺の評判なんてどうでもいい・・・それよりも、未来を作るほうが大事だ。子供が増えれば、将来俺が楽できるのでしょう?」
「クックク。やはり、ヌシは面白いのぉそう言えば、ミュルダの小僧やライマン夫妻もヌシの所に来ているのだったな」
この婆さん。知らないふりしてかなりの情報を握っているようだな。
ミュルダの小僧って、ミュルダ老のことだろう?ライマンは、ロングケープの代官をさせているのは表立って出ていない話だろう?
「老の耳はかなり優秀なのでしょう」
「なぁに長生きなだけじゃ、その御蔭で沢山の”子”が居るからな。その者たちから世間話として聞いているだけじゃ」
そうか、老の耳を見ると、特徴的な耳をしている。
エルフ・・・なのか・・・。
「いろいろな”耳”をお持ちなのでしょう。これからは、ペネム街のために使ってもらいたいですな」
「もちろんですじゃ。そうだな。奴隷を大量にお買い上げしていただいたお礼にワシが掴んでいる情報をお渡し致しましょう」
老が連れている従者が俺の前に進み出て、羊皮紙の束を俺に渡してきた。
「これは?」
「見てもらえればわかる」
渡された羊皮紙は、30枚程度はあるだろう。
羊皮紙に目を落とす。
デ・ゼーウの財政基盤が書かれている。
それだけではなく、ゼーウ街がミュルダ/サラトガ/アンクラムに対して行おうとしていた計画が書かれている。ペネム街が現れる前の計画で、破棄されているようだ。
他にも、子供を攫ってくるためのマニュアルなんて物までゼーウ街はばらまいているようだ。
財政基盤は二つ、俗にいう”死の商人”と言われるような武器や防具を敵対している街に流して居る。もう一つが奴隷の売買だ。紛争で産まれた孤児を買い取ったり、攫ったりして、他の街に売っているようだ。
最後の羊皮紙には、デ・ゼーウが行ってきた事が簡単にまとめられていた。
そして、俺の情報が書かれていた。
---
カズト・ツクモに関して
ペネム街の実質的な支配者
正妻は居ないものの、常に護衛の様にも思える1人の女が側に付き従っている。正妻候補と思われる。
竜族を従えているという噂もあるが、竜族との交渉窓口であると考えられる。
傍らに、フォレストキャットが二匹とスライムが居ることがおおいが、体力/魔力ともに並以下であるためペットとして側に置いていると考えられている。フォレストキャットは、カズト・ツクモがはじめに現れたブルーフォレストには存在しない。エルフの森から渡されたと考えるのが妥当である。カズト・ツクモの後ろには、大陸のエルフが絡んでいると考えられる。
スライムは進化待ちだと考えられる。
上記の事から、獣人を命令を出せる事や、最初のスキルカードは、エルフ大陸から出ていると考えるのが妥当だ。その後、獣人を使って独占してたペネムダンジョンからスキルカードや素材を得て、ペネム街を支配下に置いたと考えられる。
普段は、”シロ”と呼ばれる女騎士(前記の正妻候補)とエリンと呼ばれている子供と、ヒルマウンテンの麓に作った”ログハウス”と呼ばれる場所で生活をしている。
ログハウスの場所が、岩山の上にあり、登る必要があり、許可ないものが容易に近づける場所ではない。またカズト・ツクモは、ほとんどログハウス内で過ごしている事から、誘拐や殺害はほぼ不可能だと考えられる。
ログハウス内の大まかな見取り図は入手できているが、プライベート空間に関しては秘匿されている。
---
これを読むと、いくつかの事がわかる。
ログハウスのことが報告書に載っている事情を考えれば、諜報員はかなり奥まで入り込んでいるのだろう。しかし、決定的な情報には至っていないようだ。
シロを正妻候補だと思っているのは・・・まぁ別にいいだろう。シロとエリンがログハウスで生活し始めたのは、1~2ヶ月の事だ。それを考えると、本当に直近の調べだという事がわかる。
そして・・・俺の事を、エルフ大陸から送り込まれた者だと勘違いしている。
一度、エルフたちにも会いに行かなければならないのだろう。
「シロ・・・どうした?」
「いえ、なんでもありません!」
”フンっす”と鼻息が聞こえてくるくらいに気合を入れてくれるのは嬉しいけど、正妻候補がシロ・・・かぁ悪くないかも知れないな。
金のわらじを履いて探さなくても良さそうだな。
「ツクモ様」
「あぁ」
「それでこれが、今進められている計画になる」
「よく手に入ったな。危ない橋を渡っているのだろう?」
「大丈夫じゃよ。スキルカードで動く奴らなんていくらでも居るからな」
老も気にして言葉遣いを正しているようだけど、まぁわからないわけじゃないから別にいいかな。
渡された羊皮紙にかかれているのは、パレスケープへの侵攻作戦だ。
ゼーウ街には、警備隊はいるが、侵攻できる兵力を常に維持しているわけではない。人を集めて、武器を与える。
建前も用意しているようだ。”ペネム街のダンジョンを攻略する”ために人を送るという事だ。
「なぁメリエーラ老」
「なんでしょうか?」
「デ・ゼーウって馬鹿なのか?」
「先代はそうでもなかったのですが・・・今代はよくわかりませぬ」
「そうか・・・もう一度聞くけど、デ・ゼーウは、馬鹿なのか?」
「なぜ?そう思われるのじゃ?」
「報告書の中には、アトフィア教との事も書かれている。俺たちが勝利をおさめた事も書かれていた」
「はい」
「自分たちは、聖騎士ができなかった事が、寄せ集めでできると思っているのか?」
「・・・・」
「他にも、俺の事を調べておきながら、ペネム街の戦力を獣人だけだと侮っている。竜族や吸血族の事は調べておきながら、あえて無視している印象がある。わからないのはダンジョン攻略を行うのに集めた者たちを使って、パレスケープを攻めるつもりであるという部分だ。どうやって説得するつもりなのか?俺たちから手を出させるつもりなのか?」
一番わからないのは、寄せ集めで攻め込むつもりだという所だ。
都合が悪い部分は推測を重ねているだけでそれ以上は調べようとしていない。竜族や吸血族との連携は無いものと考えるとしてあったりする。そうかと思うと、俺の事はかなりの部分まで調べている、しかし、シロの事は調べていない。
ちぐはぐさが目立つのだ。
「ツクモ様。ゼーウ街は、どちらでもいいのです」
「どういう事だ?」
「はい。デ・ゼーウは自分の体制が維持されるのであれば問題ないのです」
内向きに権力を誇示できればいいというか?
そうなると納得できる事が多い。煩い古参の奴らを一気に片付ける事ができる。自分に従う奴らに甘い汁を吸わせればいいだけだ。
「それと、まだ未確認な情報ですが、ツクモ様とエルフ大陸が繋がっているとして、大陸にあるエルフの集落や街を襲って、女や子供を奴隷にして、他の街に売ろうとしている計画が有るようです」
エルフがどうなろうと、自分たちでなんとかしてもらおうと思うが・・・気分がいいものではない。
でも、そのために、俺たちが危険を犯すのは違うと思う。そんな事は、正義の味方がやれば良い事だ。俺たちは、俺たちの利益のために動く事にしよう。
「パレスケープに攻めてくるとしたら、どのくらいだ?」
「予測になってしまいますが、早くて1年後。大筋では3年後だと読んでおります」
「わかった。1年として考えればいいか・・・それほど時間がないな」
なんとかなるか?
相手側の港を押さえれば勝ちだな。
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