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第六章 約束
第十二話 決断と覚悟
しおりを挟む報告を聞いたユリウスは苦悶の表情を浮かべていた。
「最悪だ」
側に居てほしいと思っている人物は、ホームタウンに戻っている。
もしかしたら、こちらに向かっているのかもしれないが、”影”からは何も情報が入ってこない。
ユリウスの言葉は、控えていた従者にも届いているのだが、従者はユリウスの言葉を聞いても、何も反応しない。従者は、反応ができない。反応してはダメだと思っている。今のユリウスに助言ができる者は天幕のなかには居ない。
ユリウスが苦悶の表情を浮かべている理由がわかっているので、従者も声をだすことができないでいる。
共和国との紛争・・・。既に、戦争に発展してしまっている状況の落としどころの一つが無くなってしまったからだ。
ユリウスは、報告書を握りつぶしたい衝動に駆られている。王太孫としても選択ができない。わかっているが納得ができるかと聞かれれば、”No”と答えることができる。
共和国は、正確にはデュ・コロワ国は、ライムバッハ前領主の暗殺にもかかわっていた。どこから、あれだけの刺客を用意したのか当時も不思議に思われていた。
たしかに王国の貴族がかかわっていた。しかし主導していたのは、貴族子息で当主ではない。子弟のそれも”できそこない”と、切り捨てられるだけの存在が、ライムバッハ家の護衛を倒して、武闘派筆頭であったライムバッハ前当主を倒している。どこから、その人員を用意したのか?
暗殺を行った者たちは一部を除いてアルノルトが倒してしまっている。残っていた一部の暗殺者たちからの情報をつなぎ合わせても、謎としてのこされていた。
押収された資料の中に、ライムバッハ家の襲撃に関わる文書があり、帝国から来ていた商人に依頼されて、強化奴隷を渡していた。それが、ライムバッハ家の襲撃に利用されることを承知した上で提供を行っていた。帝国の商人との契約なので、正しい事が書かれている保証はないが、文書を読んだユリウスの見解は、おおむね正しいだろうという判断をした。
ユリウスが懸念しているのは、文書の正当性ではない。
ライムバッハ家の襲撃計画に関わっているという文書が見つかったことが問題なのだ。
王国の王太孫としては、共和国は共和国として存続してくれたほうが都合がいい。
共和国は緩衝材になっている。一部の王国貴族には、共和国を滅ぼして自らの領地とすべきと主張する者がいる。しかし、王家派閥だけではなく、帝国よりの貴族も共和国の滅亡を望んでない。
王国から見た場合に、共和国の先には、共和国よりも小さな国々が存在している都市国家群と呼ぶような状態で、紛争地帯となっている。一部の現実が見られない貴族の者たちは、共和国を併呑して都市国家群を支配すればよいと言っている。
統治を行い始めたばかりのユリウスでさえも、貴族派の者たちが言っている内容が夢物語であることは理解できている。
共和国までなら、今の王国なら併呑できるだろう。統治が可能になるとは思えないが、併呑なら難しくない。
しかし、都市国家群は別だ。都市国家群の紛争は、領土的な意味合いもあるが、それ以上に民族や土着の宗教が関係した紛争だ。併呑したあとで、内部に火薬庫を抱え込むような物だ。火薬庫の近くで、安全性を無視した花火大会をおこなうような行政を行わなければならない。少しのミスで、火薬庫に火がついてしまう。火が一度でも着いたら消火は不可能にちかい。
「ユリウス様」
押収した資料を見分していた文官が、新しく見つかった文書を持って天幕に入ってきた。
「まだあるのか?」
「こちらは、共和国内の派閥をまとめた文書です。そして、ダンジョン関連の資料をまとめました」
「ありがとう。クリスにも伝えてくれたか?」
「はい。そちらは、伝令に持たせました」
「わかった」
ユリウスは見たくはないが、文官から書類を受け取った。
一目見て異常だと思われる書類がある。
文官は、ユリウスに資料を手渡して、役目が終わりとばかりに頭を下げて天幕から出て行こうとしたが、ユリウスが呼び止めた。
「ちょっと待て」
文官は、”やっぱり”という表情をして、ユリウスの前に戻ってきた。
「はい。なんでしょうか?」
「ダンジョンの資料だが、この話は本当なのか?」
「わかりません」
「・・・。聞き方をかえる。共和国の認識は、資料の通りなのか?」
「はい。お見せした資料が押収した物です。議会の議事録にも同様の記述があり、間違っていないと思っております」
「そうか・・・。わかった」
文官は、質問が来ないことを確認してから、頭を下げて天幕から出て行った。
残されたユリウスは資料を貪るように読み込んだ。
「ふぅ・・・」
ユリウスが読み込んだ資料は、近年のダンジョンから産出される物資の統計がまとめられた資料だ。
アルノルトからの報告を受けて、クリスティーネがまとめた資料と比較されている。
「そうか・・・」
独り言のように呟いて、自分を納得させるかのように文書を読んでいる。
アルノルトが攻略したダンジョンでは過去にさかのぼって、探索者たちが得たドロップ品がある程度まとめられている。クリスティーネは、アルノルトから借りているダンジョン・コアの力を使って資料にまとめた。
生ものも少なくないために、誤差が出てしまっているのは当然だと思っていた。
「誤差ではすまない量だな・・・」
ダンジョンという特殊な環境を使った取引が行われている。
帝国だけではなく、王国の貴族にもダンジョン産の物資が流れている。
王国の貴族は、共和国のダンジョンから産出した物資を”購入”したと言っていた。
「完全に賄賂だな。アルが掌握してからは、食料も減っているが・・・」
共和国が本当に困ったのは、食料ではない。
ダンジョンをアルノルトが把握してから、ドロップが極端に減った。食料もダンジョンに依存していた。しかし、ダンジョンが全てではなかった。そのために、共和国の上層部はダンジョンから供給される食料が減っても困らなかった。
上層部が混乱したのは、戦略物資として帝国や王国の一部貴族に流していたドロップ品が無くなってしまったことだ。
他にも国内で消費したことになっている高級品もドロップしなくなっている。
高級品は、賄賂として帝国や王国に流れている。誤差というには大きな隔たりが発生している。
「共和国内での奪い合いになっているとは・・・」
ダンジョンを多く所有していたのは、デュ・コロワ国だ。アルノルトがダンジョンを攻略したことで、影響が大きかったのも、デュ・コロワ国だ。
ユリウスはまとめられた資料を見て、面倒な状況には代わりはないが、これで”国内の膿”が焙り出せると考えた。
他国からの贈り物を受け取るのは問題にはならない。
しかし、受け取ったことを報告しなければならない。受け取ったら、すぐに報告しなければならない。
ほとんどの貴族が報告の義務を怠っている。忘れられた”法”だ。ユリウスは、この”法”を使って反対派閥の追い落としを行おうと考えている。王家が主体となって行うことではない。しかし、今のユリウスは”ライムバッハ家”の後見人の立場だ。最終的には、アルノルトに相談することになるが、”現ライムバッハ家当主”からの告発とする予定だ。
受け取った側は、”知らない”というのは間違いない。トカゲのしっぽ切りも発生するだろう。
それでも、”王家”が本気だと思わせることができれば、十分な収穫だと考えた。
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