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第六章 約束
第九話 共和国(3)
しおりを挟む議会は荒れていた。
食料の問題で招集されて開催された議会だが、今は違う話が主軸になっている。
もともと共和国は、いくつかの王家が帝国や王国に対抗するために集まった小国家群と言い換えてもいいのかもしれない。
最初は、軍事力で他国を圧迫していた国の意見が通っているような状態だったが、国家間の調整となによりも帝国と王国の圧力に屈する形で、小国家群は一つの国にまとまる選択をとった。
その時に採用された方式が、共和国制だ。
小国家は、そのままにして発言力を強めようとした。
小競り合いは発生したが、そのたびに、王国か帝国が手を出してきて、小国家群は共和国としてまとまることが出来た。
その時と同じ・・・。いや、制度が確立してから初めてと呼べるくらいの窮地に立たされている。
議会も最初は王家や王家に連なる者が選出されていたのだが、徐々に主役は金銭を多く持っている者たちに移動した。現在では、王家は数えるほどしかいなくなり、ほとんどがダンジョン関係で商売をしている豪商が議会を牛耳っている。
共和国の設立には、ダンジョンが大きく影響していた。
王国と帝国に睨まれながら、共和国として設立できたのは、商人たちがダンジョンから出た食料を安く各地に運んだことが大きかった。その時に、成功した商人たちは、得た利益で議員にすり寄って、ダンジョンの権利を独占した。
ダンジョンから出る食料を優先することで、商人たちは力を得た。
農家からの買い取りは、元貴族が独占していたのだが、貴族は周りの状況が見えなかった。商人たちが安いダンジョン産の食料を広めたことで、農家から買い取り、自分たちの利益を乗せた農作物は徐々に衰退した。
現在では、共和国の食料自給率の6割以上をダンジョン産の食料に置き換わってしまっている。
そして、この割合は増えることはあっても減ることはない。物流を担当していた者たちが、商人たちに飲み込まれてしまったからだ。
農作物は地産地消するだけに留める状況になっている。
寒村や都市から離れた村が、自分たちが食べるためと納税のためにほそぼそと続けられているだけになっている。
農民が持っていた鍬を剣や盾に持ち替えてダンジョンに挑むのに時間は必要なかった。
多くの農民がダンジョンに潜った。
商人が議会を牛耳るようになって農民よりの政策の多くが撤廃されて、ダンジョンに潜っている者たちが優遇される制度が増えて行った。
議会の招集が発令されたのは、デュ・コロワ国にあるダンジョンから食料がドロップしなくなったからだ。
報告を聞いた議員たちは、即座に動かなかった。
デュ・コロワ国の全てのダンジョンではなく、数カ所のダンジョンだけで発生した事象で、しばらくしたら元に戻ると考えた。いままでもダンジョンが成長するときに一時的にドロップしなくなったり、魔物が減ったり、状況に変化が咥えられた。そして、自分が所有しているダンジョンは、食料品をドロップし続けると知って、”商機”だと考えて、自らのダンジョンから産出した食料を、デュ・コロワ国に輸送し始めた。出なくなったダンジョン付近では、食料が高騰しはじめている。商人としては、先の利益も必要だが、目の前にぶら下がっている商機を見逃すのは愚かだと考えた。
議会が掴んだ情報は、確かに正しかった。
しかし、その時点での情報だと付け加える必要がある。
議会がある場所では、離れたダンジョンの情報が手元に届くのにタイムラグが発生した。
半数のダンジョンから、食料だけではなく、共和国が戦略物資と考えていた物までもドロップしなくなった。
食料だけでも問題があるのだが、共和国が外貨を得るために必要としていた物資までドロップしなくなった。
議会では、残されたダンジョンの状況を確認して、再分配という困難なミッションをおこなっていた。
そこに、王国の貴族をデュ・コロワ国のアルトワ町の町長と近隣の有力者が共謀して襲撃を行ったという一報が入った。
貴族の身元は秘匿されていたが、皇太孫からの親書が届けられたことで、深刻な状態だと判断された。
普段なら、議会に顔を出さない長老や王家まで集められた。
議会は、決められた議長は居ない。以前は、決められていたのだが、ダンジョンの支配をもくろんだ者たちが蠢動したために、議長は持ち回りで行うことに決めた。
そして、最初に議題を投じるためには、議会に出席する権利を持つ者の5名以上の承認が必要になる。
ダンジョンのドロップ問題から、後手に回っているのは、共和国内の権力闘争が原因だと考えられる。
5名の議員が連名で議題を提出して、集められた時には、既に多くのダンジョンでドロップしなくなっている。
ダンジョンの魔物は減っていない。増えているダンジョンもある。そのために、魔物を狩る必要がある。狩らなければ、スタンピードの発生を誘発してしまう可能性がある。魔物を狩る者たちは、魔物を狩って、ドロップを金に変えて、日々の生活を行っている。
ダンジョンからの産出が減っているのは、食料や戦略物資だけで、素材は通常通りにドロップしている。また、ダンジョンの運営を考えた時には、ドロップ品を買い取らなくなれば、魔物を狩る者たちがダンジョンを離れてしまう。農民に戻ればいいが、他のダンジョンに行くのは目に見えている。共和国としては、共和国の他のダンジョンに向かってくれればいいが、王国や帝国にあるダンジョン街に移動されたら、戦力低下にもつながってしまう。
情報が遅れて、議会に到着した。
ダンジョンを持たない議員たちは、ダンジョンを所有する議員たちが困っているのを感じて、自分たちに取り込もうと活動を開始する。
そんな状況の中で、デュ・コロワ国の王都を皇太孫が率いている軍に包囲されたと連絡が入った。それも、包囲している皇太孫からの親書で知らされた。
皇太孫の親書から3日遅れて、デュ・コロワ国の王都に居る議員からの救援要請が届けられた。
右往左往という言葉が正しい状況だ。
自分が所有しているダンジョンも心配だが、王国がこのままデュ・コロワ国だけではなく、他の国に侵攻を開始したら、防ぐことが出来るのか?
皆が”自分の身の安全”を考え始めている。
そこには、民衆の安全は含まれていない。自らの財産と命が助かる方法を考えている。
「デュ・コロワ国の民衆が犯した罪を、共和国全体で受けるのは間違っていないか?」
デュ・コロワ国と境界を接していない議員が口火を切る形で、議論という名前で罵りあいが始まった。
議長は選出されているのだが、議長権限で話をまとめて、王国の剣先が自分の喉元に来るのを恐れている。
誰も、矢面に立ちたくない。
「誰か、デュ・コロワ国からの連絡を受けたのか?」
奥に座っていた王族の発言を聞いた議員が、首をかしげてから、意味がわかったのだろう。首を動かして、周りを見る。周りの議員も、何を言っているのかわかるのだろう。口々に、デュ・コロワ国からの使者が来ない事には判断ができないと言い始める。
顔色を変えたのは、デュ・コロワ国の近くに領地を持つ議員だ。
そして、今にも倒れそうな雰囲気を出しているのは、デュ・コロワ国からやってきた使者からの伝言を議会に持ってきた者だ。
「使者が来ていなければ、王国の皇太孫からの話だけだ。少ない情報と相手方からの情報だけでは、判断ができない。デュ・コロワ国からの連絡を待つことにしましょう」
議長が、場の流れを汲んで話をまとめる。
「そうだ。この建物は安全なのですよね?」
議長は、議会が行われている会場の所有者に向けて質問をおこなった。
「議員の皆さまに安全に過ごしていただくための準備をおこなっております」
「そうですか・・・。それなら、招かれざる者が入るのは不可能ですよね?」
「もちろんです」
所有者は立ち上がって、伝言を持ってきた者に近づいて、自分の護衛が持っていた剣を渡した。
「もし、不審者が居ましたら、この者が処分いたします」
「そうですか、それは素晴らしい。私たちは議論を続けることにしましょう。大切な話はまだ他にもあるでしょう」
議長は、皆を見回した。
剣を受け取った伝令係は、皆からの視線を受けた。頭を深々と下げてから、議場から姿を消した。
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