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第五章 共和国
第五十九話
しおりを挟む丘の頭頂部に座っていると、注ぎ込む太陽が気持ち良い。風も気持ちがいい。吹きおろしの風だ。
「アル!」「アルバン!」
何があった?
俺とカルラは、武器を抜いて走り出した。
丘から駈け下りる。
数十メートルの距離がもどかしい。
「クォート!シャープ!」
ダメだ。
森から出てくる奴らを抑えるだけで精一杯だ。二人が苦戦しているわけではない。連携が阻害されている。
違和感しかない連中だ。強いわけではない。数が多いわけではない。でも、ダメージをダメージとして認識していない?
武器を恐れていない。
でも、武器の扱いに慣れているようには見えない。武器も防具も服装もバラバラだ。どういった集団か解らない。
エイダが居れば分析をして、共通点から想像が出来たかもしれない。
エイダをアルトワ・ダンジョンに向かわせたのは失敗だったか?
まずは、怪我をして苦戦しているアルバンを助ける。
「カルラ!アルを助けろ!」
俺は、遠距離からスキルで補助を行う。
大技を使うには、アルバンやクォートやシャープが近すぎる。
相手を無力化する方法はないのか?
「はい」
アンデッドではない。魔物に変異しているようにも見えない。人だ。でも、人だとは思えない。意識が希薄で”個”がない。
アルバンも、苦戦はしているが余裕があるようにも見える。
敵意がない?
クォートとシャープも敵意がないから、対処が後手後手に回っている。
どうなっている?
カルラが、アルバンと敵の間に割り込む。アルバンを攻撃していた奴らは、間に割り込んだカルラを攻撃する。
襲ってきている連中は、訓練を受けている印象はない。スキルを使っている様子もない。
観察をしていて気が付いた。
「カルラ!アル!そいつら、攻撃のタイミング・・・。予備動作がない。身体を動かすのに、筋肉ではなく、未知のスキルを使っている。人形と戦っていると思え!」
操っている奴が居るかもしれない。今の助言で動きが変わるようなら、操っている奴が近くに居る。
動きに変化は見られない。
カルラとアルバンも、動きに慣れたのか、先手が取れ始めている。
これなら、安心して・・・。
クォートとシャープの加勢に迎える。
「カルラ!アル!そっちは任せる。徐々に、クォートとシャープ側に誘導してくれ」
「はい」「うん」
二人から承諾が得られる。
誘導は難しいかもしれないけど、移動はできるだろう。
「クォート!シャープ!」
反応が鈍い。
「旦那様」
クォートが戦いつつ、下がってきているのが解る。
戦えていない。抑えている?
ヒューマノイドタイプの設定に何か問題があるのか?
執事服がボロボロになっている。
シャープもメイド服が破れている。
ブラックボックスになっている部分はないはずだ。
エイダと俺で詳しく調べた。
状況が異常なのか?
それとも、俺が知らない何か設定が生きているのか?
襲ってくるのは、”人”だ。
魔物ではない。武器を持っていない。殺意もない。しかし、攻撃をしてくる。
そうか、クォートとシャープは、明確な攻撃でない為に、襲撃者の撃退が出来ない。
目の前で行われる。自分以外への明確な殺意の確認が出来ない為に、攻撃対象として認識が出来ていない。
「シャープ!クォート!身体を触らせるな!俺に近づけるな。近づいた者を排除しろ!」
それなら、明確な殺意を対処すべき攻撃に変えてしまえばいい。
ヒューマノイドタイプの基礎に関わる事だ。
小説の世界にあるような、”ロボット三原則”をAIに当てはめて考えたのが間違いだったのか?
”人の安全を脅かしてはならない。人の権利や尊厳を尊重しなければならない。指示に従い目的や役割の為に活動する”
今のクォートとシャープの行動は、俺が定めた”仕事”を完遂するための行動だ。
自己の身体への攻撃は対処すべき問題ではない。
”仕事”を行う為の定義を変えてしまえばいい。
”パチン”
指が鳴る音が響いた。
こんなに、大きな音がするのか?
え?
シャープとクォートに纏わりついていた人たちは動きを止めた。
何だ?
”パチパチパチ”
「いやぁここまで完璧に対処されてしまうとは・・・。アルノルト様。逞しくなりましたね。私は嬉しいですよ」
え?
あいつは・・・。
忘れられない。
あいつは!!!
「クラーラ!!!!」
刀を抜いて突っ込む!
お前だけは!お前だけは!
「怖い。怖い。アルノルト様。また強くなりましたね。従者だけじゃなくて、傀儡子まで使われて、私は嬉しいですよ」
ダメだ。
クラーラには届かない。
俺の攻撃がいなされてしまう。
スキルを併用しても届かない。
「っぐ」
「アルノルト様。癖が直っていませんよ。攻勢に逸る気持ちは解りますが、防御が甘いですよ。ほら、ここも・・・」
クラーラの蹴りが腹に突き刺さる。動きは見えていた。なのに防ぐことができなかった。肩を軽く推されてバランスが崩れてしまう。
手加減されて、遊ばれて、俺は弱くなったのか?
「クラーラ!何故だ!」
「はて?何をお聞きしたいのですか?」
「貴様!」
距離を離して、クラーラを観察する。
奴は、武器を持っていない。
「木龍!」
「ダメですよ。それは見ました」
交わすのは想定していた。
同時に、水龍を呼び出して、頭上から襲う。少しでも濡れたら、凍らせる。動きが鈍れば、捕えられる。
「ははは。アルノルト様。本当に、強くなりましたね。少しだけ本気をお見せしましょう」
な・・・。
クラーラがどこから武器を取り出したのか。
見えない。
「・・・」
水龍が消される。
スキルが霧散する。
クォートとシャープが、糸が切れたマリオネットのように倒れ込むのが解る。
「っ」
居ない。
「アルノルト様」
後ろ
「ダメですよ。戦闘中に、相手から視線を外しては・・・。でも、これじゃ、他の者には、アルノルト様のお相手は厳しいですね。困ったことだ」
「なっ。貴様!」
「今日は、後始末と回収が目的ですし、貴方が居るとは思っていなかったので、帰ります。貴方の始末も指示されていません」
「待て!」
俺の首筋に当てていた剣を納めた。
振り返ると、クラーラは10歩ほど離れた場所に立って俺を見ている。
食客として、ライムバッハ家に居た時と変わらない姿で、変わらない視線で、変わらない声で、俺を・・・。何故だ。
「そうだ。アルノルト様。これを、プレゼントします」
クラーラは、黒い石を俺に向かって投げる。
「これは・・・」
「そうですか、貴方でしたか?面白い偶然ですね」
「クラーラ!」
「魔物を暴走させ、進化させる石ですよ。ご存じですよね?」
頭が冷えて来る。
クラーラは殺さなければならない。でも、今の俺では無理だ。もっと力がいる。
「あぁ」
「対処していたのは、貴方でしたか?」
「さぁ対処とは?知らないな」
「ははは。腹芸は、旦那様、ライムバッハ辺境伯には敵わないようですね。まぁいいでしょう。その石は、私の腐った同僚が作ったのですが、気持ち悪いので、回収して処分するつもりだったのですよ。アルノルト様が代わりに対処してくれたようで、ありがとうございます」
「・・・」
「安心してください。その石を作った奴は、私たちの美学に反する行動でしたので殺しました。その一派を追って来たのですが、くだらない事をしていたので、追い詰めて殺したのですが・・・。まさか、アルノルト様にお会いできるとは、あのクズたちも、最後に面白い事をしてくれました」
「教えろ」
「何を?聞きたいのですか?お父上の事ですか?」
「違う」
「それなら?何をお聞きしたいのですか?」
「お前の、お前たちの目的は!」
「あぁそういえばお伝えしていなかったですね。妖精の涙ファーストのクラーラと言います」
綺麗なカーテシーを披露する。
妖精の涙
組織の名前か?
「・・・」
「盟主様が目指すのは、貴族や王族や皇族や宗教に頼らない民による。平等な世界です。私たちは、その為に活動をしています」
「平等な世界?」
「はい」
「平等?平等な世界?耳障りの言い言葉だな」
「ははは。耳が痛いですね。また、いずれ、お会いすることもあるでしょう。私は、この辺りでひかせてもらいます。クズの始末に来て、大きな収穫が得られました。アルノルト様。信じられないかもしれませんが、私は貴方が眩しくて羨ましいのです。そして、貴方の事が大好きです。殺してしまいたいくらいに!」
消えた?
『アルノルト様。私は帝国に帰ります。皇都に来られる時には、妖精の涙を訪ねてください。盟主と共に歓迎いたします』
ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。
クラーラ!
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