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第五章 共和国
第四十八話 浸食
しおりを挟む話しかけてきた男は、またダンジョンに潜るらしい。男たちの後ろに居た商人風の男は、ダンジョンに潜らないようだ。
しかし、商人風の奴は・・・。視線が気になる。確かに、商人に見えるが、何か違和感がある。
しっかりとした根拠があるわけではない。ねちっこく観察されているように思える。商人の視線”だけ”ではない。値踏みしているような視線は、何度も向けられたことがある。辺境伯の跡取りを見るような視線とも違う。敵対している者を見るような視線でもない。
未知な視線だ。確実に俺を見ている。実に気持ちが悪い。
商人風の男は、別のグループに合流するのだろうか?
新しい男たちと話をしている護衛なのだろうか?
「なにか?」
商人風の男が、俺の視線に気が付いたのか、話しかけてきた。
「いえ、ダンジョンには向かわないのですね」
無難な返事を考えておいてよかった。
「ははは。そうですね。これから、採取した物を持って、移動しなければならないのですよ」
相手も、無難な答えだ。
それ以上は、突っ込みようがない。
「そうですか、道中、お気をつけてください」
「ありがとう。貴殿たちもお気をつけて・・・」
男が手を差し出してきたので、手を握ってから別れる。
繋いだ手を見ていると、カルラが話しかけてきた。
「何か、お気になることでも?」
気になるが、何に、気になるのか解らない。
モヤモヤした気持ちだ。
「何でもない。ただ・・・」
そうか、握った手が”商人”らしくない。
俺が知っている商人が、標準的な商人だとは思わないが、多かれ少なかれ、商人の手は扱っている商品で汚れる。そして、どれほど硬貨を磨いても、硬貨は人から人に、移動する。そして、人の生活で汚れる。硬貨を扱う商人の手を汚す。
商人は、硬貨を扱う。そして、硬貨の汚れが・・・。
「マナベ様?」
カルラの呼びかけで、意識が戻る。
周りを見たが、既に遅かった。男たちの姿を見失っていた。
「なんでもない」
スキルを使ってみるが、近くには居ないようだ。
手を見て、スキルを発動する。
ん?
何か、スキルを付与されたのか?
「エイダ。俺の手を調べてくれ」
『スキルの痕跡があります』
スキル?
「どんなスキルか解るか?」
『解析を開始します』
エイダが解析を始めたが、自分でも調べてみる必要があるだろう。
魅了系のスキルでは無いのは、俺が解っている。探索系や追跡系でもなさそうだ。攻撃スキルは、常時展開している結界が反応していないので、違うだろう。侵入してくるようなスキルか?
『マスター。解析が終了しました』
「カルラ!アル!」
二人を呼び戻して、エイダの解析をしっかりと共有する。
『使われたスキルは、痕跡からの判断ですが、仮称”浸食”です』
俺が、カルラとアルバンを呼んだので、エイダも解ったのだろう。二人にも話が解るように伝えてくれたようだ。
二人が、驚いた表情をしている。
俺も、想像はしていたが、実際に”浸食”だと知らされると、恐怖に思えてしまう。
「エイダ!マスターは?マナベ様は、大丈夫ですか?」
カルラが慌てだす。
俺の精神が浸食されたのなら問題だ。エイダが解析を行っていて、慌てていないのなら大丈夫なのだろう。エイダや俺のスキルさえも突破してくるようなスキルなら、万全な状態で挑んでもダメなのだろう。
これで、ウイルス対策だけではなく、侵入や浸食への対策を皆にも施す必要が出て来る。
『大丈夫です。結界で阻まれています。ワクチンが作用しました』
俺が使っている結界には、ワクチンの機能を付与している。
魔法スキルを書き換えようとした場合に対応するようにしている。助けられたようだ。”黒い石”関連のワクチンを作った時に、作成したのだが、結界に付与できるようにしておいて良かった。
「ん?エイダ。ワクチンが有効だったのか?」
それにしても、ワクチンが作用したのか?
カルラやアルバンだけではなく、ダンジョン内にも適用しておく必要がありそうだ。
もしかして、”黒い魔物”がセーフエリアにも出たというのは、ダンジョンが浸食された結果なのか?
『是』
エイダの解析は信じられる。
富岳とは言わないがそれなりの処理速度を持っている。汎用機レベルには到達している。実際に、AS400も動き始めている。贅沢な環境だ。
「”黒い石”との類似点は?」
問題は、”黒い石”との関係だ。情報が少ないが、まったく”無関係”と思えない。
『不明』
どういうことだ?
エイダでも解析が出来なかったのか?類似点を見つける事が出来なかったのか?
「どういうことだ?」
『ワクチンで、ウイルスが破壊され、解析が不可能』
そうか、それならしょうがない。
あの商人を追えなかったのが悔やまれる。
そして、ダンジョンに潜っていった男たちは、”何か”に侵されてのか?
「エイダ。カルラとアルバンを検査してくれ」
『了』
俺が使っている結界と同じ物を使わせているので大丈夫だと思いたい。
それに、侵入と浸食を防ぐためのファイアウォールの開発も視野に入れておく必要がありそうだ。
そういえば・・・。
「カルラ」
「はい」
「俺が手を握った商人風の男だけど、面は見た?」
「え?」
やっぱり、カルラもダメか?
「アルは?」
アルバンも、首を横に振る。
エイダは、近くに居なかった。
もしかしたら、いや、理論を構築するには情報が少なすぎる。
俺も、男の”顔”は見ている。
カルラも、アルバンも、見ているはずだ。でも、記憶に残っていない。
男だったのは間違っていない。にこやかに接してきた。何処にでもいるような人物で、商人風だと俺は思った。表情は思い出せるが、顔の印象が薄い。記憶に残っていない。浸食の影響なのか?
それなら、触られていないカルラやアルバンが忘れるのは理屈に合わない。
カルラは、密偵だ。
一度でも見た人物は忘れない。その、カルラが忘れてしまっている。
忘れさせるようなスキルがあるのか?
「ダメだ。情報が少ない。エイダ!」
考えてもしょうがない。情報が集まってきて・・・。そんな時間があるとは思えないが、今は考えなくてよい。
認識ができない”方法”があると、解っただけで十分だ。
『ダンジョン内で同様のスキルが使われたのか調べます』
「頼む。でも、無理しなくていい。防ぐ方法を確立する方が先だ」
ログを漁るにしても、俺では時間だけが経ってしまう。エイダなら該当データを探す事ができる。
それに、ログの種類を増やさなくては、見つけられない可能性がある。
該当ダンジョンだけでも、使われたスキルの情報を集めておく必要があるだろう。あまりにも、ログが大きくなると調べるのも厄介だ。
未知の攻撃が確認されたからには、ログは必須だ。ログの適用範囲を増やしていけばいいだろう。
『了』
「旦那様。防ぐと言っても・・・」
「解っている。でも、未知ではなく、攻撃方法が解らなければ、攻撃を認識する方法を考える。これは、俺の役割だ」
「はい」
「アルトワ町に立ち寄ってから、アルトワダンジョンに向かう。アルトワダンジョンには、2日程度の滞在だ。それから、王国に戻る。可能か?」
「はい。クォートとシャープと合流すれば可能です」
「わかった。手配してくれ、俺は、浸食のスキルに対応する方法を構築する」
「かしこまりました」
もう一度、ダンジョンに潜って、男たちを探したい衝動もあるが、対策を行わない状態で、商人風の男に会ってしまうのは避けたい。
たしかに、クォートたちと合流して、馬車で移動を行えば、時間の短縮ができる。そのうえで、開発を行うのも可能だ。
ファイアウォールは、ダンジョンには組み込まれているが見直しが必要だろう。
結界への適用も、効率を考えなければ、俺たち以外への・・・。エヴァだけではなく、ユリウスたちへの利用を考えれば、効率をよくしないと、常時発動が難しい。いろいろ、新しい知見も手に入れた。
王国に帰るのには丁度いいタイミングなのだろう。
ダンジョンを狙っているのか?”黒い石”という新しい脅威と新しい敵が見え始めている。
今回、”商人風の男”が敵として姿を見せた。
まだまだ、解らない事が多い。
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