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第八章 踊手
第八話 文月
しおりを挟む晴海は、夕花を助手席に乗せて市内に向かった。
「晴海さん。どこに?」
「明日の準備」
「え?準備?晴海さんの?」
夕花が驚くのも当然だ。
昨日の段階で、準備が終わったと晴海は宣言しているのだ。
夕花にも、明日の会談は重要な物だと説明している。
「ううん。夕花の準備だよ。綺麗になろう!」
「え?僕?なんで?」
「ん?夕花は、僕の奥さんだよ」
「はい」
「うん。うん。一族の者が揃うからね。夕花のお披露目の意味を込めて、会ってもらおうと考えたのだよ」
「・・・。えぇぇぇぇ。僕、聞いていませんよ?」
「うん。今、話したからね。それに、決めたのは、さっきだからね」
「・・・。晴海さん・・・。僕・・・。準備なんてしていませんよ?」
「うん。だから、今から準備をするのだよ」
「・・・。はい。わかりました」
夕花は時間的には短いが晴海との付き合いで、確信している内容がある。
晴海は、夕花が恥ずかしがるような事が好きなのだ。それだけではなく、一度決めたらそれよりも良い提案をされない限りは自分の考えを通す傾向が強い。
そして、口の端を上げて笑っている時には、なにか悪巧みを考えているときだ。
晴海の笑顔は、口の端を上げて笑っているのだ。
夕花はなんとなく悪い予感がするが、晴海は、夕花が本当に嫌がる事をしないのも知っている。愛されていると実感しているのだ。信頼しているので、晴海の指示に従うのだ。
「着いたよ」
「ここは?」
「夕花が大好きなエステだよ。今日は、フルコースだね。オプションはまだ選んでいないから、店で一緒に選ぼう」
「え?僕の?」
「そうだよ。夕花が受けるために予約したよ」
夕花は悟った。
絶対に全部のオプションが追加される・・・。そして、また恥ずかしい事を沢山されるのだと・・・。
夕花は諦めの気持ちで呟くのが精一杯だった。
「はい。わかりました」
晴海は、車を駐車場に停めた。
歩いて、10分くらいの場所にある。ビルの三階にあるエステに案内された。この場所は、礼登の部下が調べてきた場所だ。晴海は、フルコースを予約している。3時間のコースだ。店に一緒に入って、オプションを聞いた。晴海は戸惑う夕花を見ながら、夕花の予想通りすべてのオプションを追加した。同じ物はより上のコースで頼んだのだ。
夕花をエステに案内して、コースの確認とオプションを設定していく。支払いを済ませて、おおよその終了時間を聞いて夕花を残して晴海は店を出ようとした。
「夕花?」
「いえ、何でもありません」
夕花の気分は”昼下がりに市場に続く道を行く、荷馬車に乗せられた子牛”のようだ。
「可愛い。僕の奥さん。綺麗になってきてね。明日、皆を黙らせよう」
夕花は、今日のエステの目的を思い出した。
晴海の”家”の者たちが集まるのだ。その場に自分がでる意味を考えたのだ。城井や礼登から、呼ばれているように、”晴海の奥方”と見るだろう。しっかりしないと駄目だ。晴海に甘えては駄目だ。晴海と一緒に居るために、文句を言わせないように振る舞おう。できるだけ・・・。夕花は、晴海の奥方としてエステを受けてしっかり綺麗になろうと考えを改めたのだ。恥ずかしいのは間違いないが、晴海と一緒に居るのを邪魔されるのはもっと嫌なのだ。
夕花は、施術を行う部屋に連れて行かれた。最後まで、情けない目で晴海を見ていたのは覚悟が決まっても恥ずかしい物は恥ずかしいのだ。
晴海は、出来た時間で市内を一人で歩いてみる。
髪の毛を整えるために、理髪店に行こうと思っていた。美容室ではなく理髪店にしたのには理由はない。単純に、晴海はひげ剃りが好きなのだ。それと、話しかけてこない理髪店の方が性に合っているのだ。面倒な指示をだすのも好きではなかった。
晴海の理髪店での注文はどこに行っても同じだ。
”耳を出して。前は眉毛にかからない程度の長さで。後ろとサイドは刈り上げない。上とか長さは任せる。ひげ剃りとシャンプーを頼む”
一度、能見に言われて美容室に行ったのだが、髪の毛の長さとか確認を求められるのが煩わしかった。理髪店でも注文を付けて確認をしてくる者も居るが、”任せる”と伝えて、それで目を閉じてしまう。仕上がりで文句を言ったことは一度もない。正直、短く剃り上げてしまおうかと考えた時もあったが、能見と礼登や部下たちから一斉に反対された。絶対に”似合わない”と言われて諦めたのだ。
適当な理髪店を見つけて、情報を調べて問題はなさそうだったので、店に入った。
待ち時間もなくすぐに対応してくれた。
晴海はスッキリした気分で店を出て、時計を確認した。
(あと、2時間か?ん?)
晴海はビルの影から晴海を覗っている視線に気がついた。
(うーん。あからさまだな)
晴海は、情報端末を取り出して、自分をインカメラで撮るように仕草で覗きをしている者を撮影した。
(素人?カメラを向けたら逃げるよな?まぁいい・・・)
撮影した画像を、礼登にメッセージを付けて送付した。
すぐに礼登から折り返しのコールが来た。
『お館様。どうしますか?』
「礼登。知っている奴か?」
『いえ、初めて見る顔です。撮影は簡単でしたか?』
「あぁそのまま撮影出来たぞ?」
『そうですか、訓練を受けた者ではなさそうですね。隠れ方も中途半端で目立ってしまいます』
「そうだな」
『排除するのなら、護衛が近くに居ます。排除するだけなら数秒で行えますがいかが致しましょうか?』
「止めておこう。情報を持っているか知りたい。単独だと判明したら排除しろ」
『わかりました。それでは?』
「うーん。あと2時間くらいは市内をぶらつく、理髪店に入る前は居なかったから、交代したのかもしれない。背後関係を調べてくれ」
『わかりました。尾行を付けます』
「頼む」
『お館様。理髪店とおっしゃいましたよね?』
「あぁそうだが?明日の為に、ひげ剃りもしたかったからな」
『わかりました。今回の報酬は、お館様のかっこよ』
晴海は、礼登がふざけた内容を話し始めそうになったので、コールを切断した。礼登も、重要な要件が聞けたので、再コールはしてこなかった。
晴海は、後ろを気にしながら市内を歩いた。
夕花に似合いそうな服がないか探してみたが、奴隷市場に隣接したホテルで買った服が一番だと思い始めた。
そこで、情報端末を出して、ショップの名前を調べる。ホテルにあった店は、高級店だが静岡にも店舗を出していた。複合ショッピングビルの中に出しているようだ。旧国道1号線沿いにある7階建ての商業施設だ。
エステが終了したら夕花と一緒に向かおうと考えた。
フードコートが3階にあるので、夕ご飯は久しぶりに、ジャンクな物を食べようと考えたのだ。他にも、昨今では珍しく本屋もあるらしいので、夕花と訪れるのには丁度良いだろうと思ったのだ。
エステが入るビルの近くにあるコーヒーチェーン店に晴海は入った。呪文のような注文を強要してくる店ではなく、ブレンドと言えばいいだけの店だ。
注文を済ませて、すぐに出てきたコーヒーを受け取って、窓際の席に座った。
晴海の情報端末にコールが入った。礼登からだ。
コールには識別番号がついているので、晴海は耳に入れていたイヤホンで受信した。
『お館様。尾行の身元がわかりました』
イヤホンだけなので、晴海の返事は情報端末から入力する。
”それで?”
『はい。文月の関係者でした』
”文月?”
『我が家の分家です』
”詳細は帰ってから聞く”
『はい。連れていきますか?』
”任せる”
『かしこまりました』
”捕まえたのか?”
『いえ、泳がせています。愚か者と合流する可能性があります』
”わかった”
『どこから情報が漏れたのか調べます』
”頼む”
コールはここで切れた。
(文月か・・・。さて、明日は面白くなりそうだな)
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