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第八章 踊手
第三話 薯蕷
しおりを挟む晴海は図書館に用事があるわけではなかった。
祖父が寄与した蔵書があるはずなのだ。その中から、歴史に関係する本ではないが、”人食いバラ”とかの稀覯本もあると思っている。晴海の数少ない家族との思い出の中に祖父の書庫で見た”人食いバラ”が忘れられないのだ。
図書館の中は、静かだった。書生が居るわけではなく、ガードロボットが管理をしているだけだ。
晴海と夕花は、情報端末で身分を説明した。
「夕花、好きにしていいよ。僕も、気になる本を探したいからね」
「わかりました」
夕花は、晴海から離れて、歴史書が置いてある場所に足を運んだ。
場所は、ガードロボットに聞けば教えてくれるのだ。
晴海も夕花も、電子書籍は好きではなかった。
電子版しかない書籍は電子書籍で読むが、紙での出版があるのなら、紙で読みたいと思っている。最近では、少数派になってしまっているが、二人は気にしていない。図書館を二人で専有出来ると喜んでいるようにも思える。
夕花が本棚に消えていったのを見送った晴海は、ガードロボットに情報端末を翳して、質問を行う。
「六条家からの寄贈本はどこだ?」
『情報検索。六条家当主。文月晴海。六条家の寄贈本。一冊該当』
「一冊だけ?」
晴海は怒りに似た感情が芽生えたのを認識した。
夕花に一言だけ断りを入れて、図書館から外に出る。周りに人が居ないのを確認して、情報端末をつかって城井貴子にコールする。
『文月さん。何かありましたか?』
「確認したい内容がある」
『なんでしょう?』
「先代が寄贈した本があると思うが、図書館で調べたら1冊だけと言われたが、どういう事だ?稀覯本とかもあったよな?」
『・・・。あ!もうしわけありません。百家の一部が大学に来て、持っていこうとしたので、阻止するために、私の研究所に退避させています』
「それなら、問題はない。一冊だけ残したのは?」
『たんなるミスです。後ほど処理します』
「頼む。その百家は、文月か?」
『はい。文月家です』
「わかった。今度、蔵書を借りに行く、”人食いバラ”があったと思うから見てみたい。あと、前世紀に流行った”ラノベ”もあるだろう?」
『私が管理している六条家からの蔵書をリストでお送りします』
「頼む」
コールを切ってから、晴海は安心したと同時に怒りを覚えた。
文月は何がしたいのかわからない。
文月の目的がわからない気持ち悪さはあるが、蔵書が無事だったので晴海は良かったと思っている。
その頃、夕花は歴史書に埋もれていた。
欲しかった本や電子書籍で読んだ本などがあって、読み始めたら止まらなくなってしまった。興味がある場所を読んでいると、疑問が出てくる。疑問を解消するために別の解釈が書かれた本を読む。試しに読み始めただけだが、知識欲の暴走が止められない。
「え?はる・・・みさん?・・・。・・・。え?あっ!僕、ごめんなさい」
夕花は、窓から入る明かりが赤くなっているのを見て慌てた。何時間という単位で晴海を待たせた。夕花が慌てるには十分な理由だ。それだけではない。薄暗くなってしまうと、海を横断するので、屋敷に向かうのが難しくなってしまう。ビーコンがあるので、操舵には問題は出にくいが、昼間に比べるとリスクが高いのは間違いない。
「いいよ。きにしなくて」
「でも、僕・・・」
夕花は、晴海を待たせてしまった。
晴海の時間を無駄にしてしまった。
その思いが強く心にのしかかって、涙が出てしまった。
「ほら、泣かなくていいよ。夕花。夕花は、静岡は詳しいのだろう?どこかうまい店に連れて行ってくれよ。あと、今日は屋敷に戻らないで、どこかに泊まろう」
「よろしいのですか?」
「うん。明日も午後に顔を出せばいいから、午前中は市内でデートしよう」
「はい!晴海さん。宿泊先はおまかせします。食事の場所まで僕が運転していいですか?」
「わかった。食事処まで案内を頼む。その間に宿泊先を決めておくよ」
「お願いします」
車に戻った。夕花が運転席に座った。緊張している面持ちを見て、晴海は笑ってしまった。
「晴海さん。酷いです」
「ごめん。ごめん。夕花。気にしなくていいよ。人身事故にだけ気をつけてくれれば、車をぶつける位なら問題ないから安心して」
「・・・。わかりました。案内したいと思っている店は、僕が小さかった時に、母に連れて行ってもらった店です。安倍川を超えた場所にある”とろろ汁”の店で、江戸時代から営業していると言われています」
「へぇとろろ汁か、楽しみだな」
「はい。メニューもいくつか、ありますが、麦ごはんがおかわり出来たので、子供の時には、無理して食べて・・・」
「うん。楽しみだよ。夕花。店の名前は解る?」
「調べれば出てくると思います」
「わかった」
車が動き出した。
晴海は、情報端末を操作して、夕花が言っていた店を探した。
「よかった。まだ営業しているよ。予約を入れるね」
「はい!」
危なげない運転で、夕花は店に向かった。
ナビは、晴海がしている。旧国道1号線を西進する。安倍川を超えたら、バイパスに向かった道を選ぶ。
安倍川を渡ってから5分程度進んでから脇道に入る。表からも入られるようだが、裏からの進入のほうが、駐車出来るスペースが多いのだ。晴海が店の情報にアクセスして空いている駐車スペースを探していた。
到着して、二人は車から降りた。
目の前には、オブジェあろうか?人力車や井戸の水を汲み上げる滑車などが展示されている。江戸時代に実際に使っていたものだと説明が書かれている。
「へぇここ?」
「はい!」
藁葺き屋根の店舗の古い引き戸の扉を開けて中に入る。
情報端末で認証を行うと、予約の確認が取れて、半個室になっている場所に案内された。途中で靴を脱いで部屋用の下履きに履き替えた。
食事の用意は出来ていた。
店員が、とろろ汁の食べ方を説明して、料理を運んできてくれる。夕花は、晴海が予約したときに注文したのだと思っていた。実際に、注文を済ませていた晴海だったが、思った以上にボリュームがあるのに驚いてしまった。
ご飯は、”おひつ”で持ってきていた。
夕花を見ながら晴海もとろろ汁を麦ごはんにかけて口に運ぶ。
「うまいな」
「はい!」
満面の笑みで夕花は応える。
自分の母親との思い出の店の味を、晴海が気に入ってくれたのが嬉しかったのだ。
「”揚げとろ”がうまいな。追加で注文してもいいな」
「はい。”おかべ揚げ”や”むかごの唐揚げ”もおいしいですよ」
「そうだな。今日は、”揚げとろ”を追加で食べよう。次に来た時に、他の物を注文しよう」
そういった晴海だったが、”揚げとろ”を一人前だけ追加して、気になっていた”切りとろ”を追加で注文した。
すべての料理を食べ終えて、緑茶を飲んで休んでいる。
二人ともお腹が一杯になるまで食べたので、動きたくなかったのだ。
晴海はチェックをすませた。お茶のおかわりを頼んで、二人でゆっくり過ごすと決めた。
藁葺き屋根の店舗の中は時間から取り残された雰囲気を持っている。周りに人も同じ様に感じているのだろう。会話の声も小さく周りを気にしている。
おかわりのお茶を飲み干した。
「さて、行くか?」
「はい」
会計はすでにすませている。
チップは必要ないと書かれているので、店舗を出て駐車場に向かった。
今度は、晴海が運転席に座る。
「晴海さん。宿泊は?」
「あっ。一度、礼登にあってから、クルーザーの整備と係留を頼んでから移動するよ」
「わかりました。そうですよね。係留する場所を変えないと駄目ですね」
「うん。それは、礼登たちの仕事だからね」
「はい」
晴海は、クルーザーを停めた場所まで移動した。礼登はすでに居なかったので、従業員に明日までの係留を頼んだ。
「晴海さん?」
「うん。どうせ、一泊だけだし、たまには若いカップルのようにしてもいいよね?」
「はい!」
晴海が連れて行ったのは、ファッションホテルだ。古い言い方をすれば”ラブホテル”だ。
予約が出来たホテルに二人は到着した。晴海は、チェックインをすませて、夕花を伴って部屋にはいった。
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