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真面目だけど流され系眼鏡B
計算は間違えちゃ駄目だ
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ちょいちょい思い出しては手が止まる。
集中集中。
経費の計算は間違えちゃ駄目だ。
ここで間違えちゃうと、誰かが損をするかもしれない。
誰かが怒られちゃうかもしれないんだ。
うん、しっかりしなきゃ。
何度目かわからないけど、気合を入れるためにメガネを直し大きく息を吸い込む。
……あと五枚。もう少し。
ドアの開く音が聞こえた。
ハッとして顔を上げると、物凄く笑顔の宰相閣下と腰ぎんちゃく無能が入ってきた。
宰相のギラギラした鼻眼鏡に付いた鎖が、鈍く光ってる。
もうちょっと上品な物を選べばいいのに。
「今日は先に帰るが、お前達はきちんと終わらせておくように。」
「明日一番にチェックするから、きちんと終わらせるんだ、いいな。」
ご機嫌な宰相が、自室に入る前に僕らに声をかけてきた。
もちろん腰ぎんちゃくも、気持ち悪い笑顔で自己主張を忘れない。
どうせおっさんが見ても、何もわからないだろう。
書類の移動と、嫌味を言う事だけが仕事のおっさんは早く消えてしまえ。
宰相部屋からの音が無くなりドアの音が聞こえた。
ついでに耳障りなおべっか使いの甲高い声が遠ざかっていく。
しばらくはカリカリとペンの音だけが部屋に響く。
もう少しで今日の分も終わる。
終業と夕方を知らせる鐘の音が鳴り響き、夜番の騎士達が部屋の前の廊下をガチャガチャと音をさせながら通り過ぎていく。
ようやく割り振られた分の書類を終わらせ、顔を上げる。
先に終わらせ先に帰ったのか、腹黒眼鏡Eの姿はなかった。
お茶を持ってこちらに歩いてくる大雑把眼鏡Dと、あと数枚で終わりそうな堅実眼鏡C。
「お疲れさん、ほら。」
「ああ、ありがとう。」
大雑把眼鏡Dのお気に入りのお茶の香りが周囲に漂う。
「あー、Eは先に上がったよ。気が散ってあまり集中できなかったみたいだからね、帰しちゃったよ。」
「そ、そう。そうだなっ、あんなことがあれば仕方ないなっ。」
「そうだね、君はよく立て直せたね。」
「い、いや。よくわからないから、計算に集中してただけだ。」
「ははっ。それを言ってるんだよ。よく集中できたね、凄いな。」
「いや、でも、仕事だし……。」
「そう考えて切り替えて集中できたんだ。中々できることじゃないんだよ。」
「……そう、なのか?」
ニコニコと褒めてくるDに、照れくさい様な嬉しい様なくすぐったい気持ちになる。
いつもならAが大げさに褒めてくる所を、Dに同じ様に褒められた。
そう、いつもならAだ。
普段ならDは、そばでニコニコとして相槌を打つだけだった。
「Aは、止めなくて良かったのか?」
「んー? 止めたかったのかい?」
「……いや、止めた方が良かったのかなって、思った。」
「そっか、じゃあ、あの時はどうだった?」
「……頑張れって、思った。無理しないで欲しいとも。」
「うん。」
「でも、それで良かったのかな?」
「どうして?」
ニコニコとしたまま問いを続けるD、どうしたらいいんだろう。
どう答えたら正解なんだろう。
ずれたメガネが鼻上でむず痒い。
「だって、急に仕事を辞めるだなんて、駄目だっ。責任があるんだし。」
「そうだね、急だったね。仕事も途中だったね。」
「それに……。」
僕の言葉を待ってくれているのか、笑顔のまま何も言わない。
優しい目が、メガネのレンズの向こうで笑っている。
二人で黙り込む時間が少しあった。
「やっと終わった! ってか、終わってるなら手伝ってくれてもいいだろ。」
「あははは。あー、もうすぐ終わりそうだったから良いかなーって?」
「わ、わたしは終わったばっかりだっ。」
「はぁ、まぁいいけどな。」
諦めたように肩をすくめた後、グイっとメガネを引き上げる堅実眼鏡Cにクスクスと笑う大雑把眼鏡D。
いつものやり取りに、少しだけ違和感を感じる。
首をコキコキと鳴らし、肩を回しながらCがこちらを向いた。
「で? Bはどうしたい?」
「えっ?」
「Aの事だよ。引き留めたいのか、行かせてやるのか。どっちだ?」
「あ、うん。う、ん。」
どうしようか。
答えが分からなくて、目線とメガネが下がる。
横で大きく息を吐きだしたDが、Cと間に入ってくれた。
「あー。一晩眠って、頭をスッキリさせた後でも良いと思うよ。」
「ってもなぁ。早ければ明日明後日には、国を出ちまうぞ。」
「その時はその時でいいと思うよ。慌てても結果は出ないさ。どうかな?」
どうしよう、決められない!
どうすれば良いのか、正解がわからないよ。
でも、急いだほうがいいのは、二人のやり取りで分かった。
「そ、そうだなっ。頭、スッキリさせた方が良い判断も出来るなっ。」
「……だってさ。」
「……まぁ、それでもいいだろ。お前の考えがどっちでも、俺らはもう決めてるしな。」
「そ、そうなのか?」
どっちでも、決まってる?
え? どういう事だろう?
待って、終わらせないで。
判断がどっちでもいいって、なんだよ。
「もう、今日は帰れ。夜更かしすんなよ。」
「な、なんだっ。や、めろっ。」
「あーハイハイ。終わり終わり。お疲れさーん。」
もう子供じゃないから、頭をグリグリするのはやめて欲しい。
メガネもずれるし、恥ずかしいだろっ。
集中集中。
経費の計算は間違えちゃ駄目だ。
ここで間違えちゃうと、誰かが損をするかもしれない。
誰かが怒られちゃうかもしれないんだ。
うん、しっかりしなきゃ。
何度目かわからないけど、気合を入れるためにメガネを直し大きく息を吸い込む。
……あと五枚。もう少し。
ドアの開く音が聞こえた。
ハッとして顔を上げると、物凄く笑顔の宰相閣下と腰ぎんちゃく無能が入ってきた。
宰相のギラギラした鼻眼鏡に付いた鎖が、鈍く光ってる。
もうちょっと上品な物を選べばいいのに。
「今日は先に帰るが、お前達はきちんと終わらせておくように。」
「明日一番にチェックするから、きちんと終わらせるんだ、いいな。」
ご機嫌な宰相が、自室に入る前に僕らに声をかけてきた。
もちろん腰ぎんちゃくも、気持ち悪い笑顔で自己主張を忘れない。
どうせおっさんが見ても、何もわからないだろう。
書類の移動と、嫌味を言う事だけが仕事のおっさんは早く消えてしまえ。
宰相部屋からの音が無くなりドアの音が聞こえた。
ついでに耳障りなおべっか使いの甲高い声が遠ざかっていく。
しばらくはカリカリとペンの音だけが部屋に響く。
もう少しで今日の分も終わる。
終業と夕方を知らせる鐘の音が鳴り響き、夜番の騎士達が部屋の前の廊下をガチャガチャと音をさせながら通り過ぎていく。
ようやく割り振られた分の書類を終わらせ、顔を上げる。
先に終わらせ先に帰ったのか、腹黒眼鏡Eの姿はなかった。
お茶を持ってこちらに歩いてくる大雑把眼鏡Dと、あと数枚で終わりそうな堅実眼鏡C。
「お疲れさん、ほら。」
「ああ、ありがとう。」
大雑把眼鏡Dのお気に入りのお茶の香りが周囲に漂う。
「あー、Eは先に上がったよ。気が散ってあまり集中できなかったみたいだからね、帰しちゃったよ。」
「そ、そう。そうだなっ、あんなことがあれば仕方ないなっ。」
「そうだね、君はよく立て直せたね。」
「い、いや。よくわからないから、計算に集中してただけだ。」
「ははっ。それを言ってるんだよ。よく集中できたね、凄いな。」
「いや、でも、仕事だし……。」
「そう考えて切り替えて集中できたんだ。中々できることじゃないんだよ。」
「……そう、なのか?」
ニコニコと褒めてくるDに、照れくさい様な嬉しい様なくすぐったい気持ちになる。
いつもならAが大げさに褒めてくる所を、Dに同じ様に褒められた。
そう、いつもならAだ。
普段ならDは、そばでニコニコとして相槌を打つだけだった。
「Aは、止めなくて良かったのか?」
「んー? 止めたかったのかい?」
「……いや、止めた方が良かったのかなって、思った。」
「そっか、じゃあ、あの時はどうだった?」
「……頑張れって、思った。無理しないで欲しいとも。」
「うん。」
「でも、それで良かったのかな?」
「どうして?」
ニコニコとしたまま問いを続けるD、どうしたらいいんだろう。
どう答えたら正解なんだろう。
ずれたメガネが鼻上でむず痒い。
「だって、急に仕事を辞めるだなんて、駄目だっ。責任があるんだし。」
「そうだね、急だったね。仕事も途中だったね。」
「それに……。」
僕の言葉を待ってくれているのか、笑顔のまま何も言わない。
優しい目が、メガネのレンズの向こうで笑っている。
二人で黙り込む時間が少しあった。
「やっと終わった! ってか、終わってるなら手伝ってくれてもいいだろ。」
「あははは。あー、もうすぐ終わりそうだったから良いかなーって?」
「わ、わたしは終わったばっかりだっ。」
「はぁ、まぁいいけどな。」
諦めたように肩をすくめた後、グイっとメガネを引き上げる堅実眼鏡Cにクスクスと笑う大雑把眼鏡D。
いつものやり取りに、少しだけ違和感を感じる。
首をコキコキと鳴らし、肩を回しながらCがこちらを向いた。
「で? Bはどうしたい?」
「えっ?」
「Aの事だよ。引き留めたいのか、行かせてやるのか。どっちだ?」
「あ、うん。う、ん。」
どうしようか。
答えが分からなくて、目線とメガネが下がる。
横で大きく息を吐きだしたDが、Cと間に入ってくれた。
「あー。一晩眠って、頭をスッキリさせた後でも良いと思うよ。」
「ってもなぁ。早ければ明日明後日には、国を出ちまうぞ。」
「その時はその時でいいと思うよ。慌てても結果は出ないさ。どうかな?」
どうしよう、決められない!
どうすれば良いのか、正解がわからないよ。
でも、急いだほうがいいのは、二人のやり取りで分かった。
「そ、そうだなっ。頭、スッキリさせた方が良い判断も出来るなっ。」
「……だってさ。」
「……まぁ、それでもいいだろ。お前の考えがどっちでも、俺らはもう決めてるしな。」
「そ、そうなのか?」
どっちでも、決まってる?
え? どういう事だろう?
待って、終わらせないで。
判断がどっちでもいいって、なんだよ。
「もう、今日は帰れ。夜更かしすんなよ。」
「な、なんだっ。や、めろっ。」
「あーハイハイ。終わり終わり。お疲れさーん。」
もう子供じゃないから、頭をグリグリするのはやめて欲しい。
メガネもずれるし、恥ずかしいだろっ。
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