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第一章 悪魔を喰らうもの
episode2 ネゴシエーター①
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「──来ました」
声に怯えの色を滲ませるナラハの動きに合わせるように背後を見やれば、顔を真っ青にして先導する戦士の後ろから──。
「あれがデモンズイーターか……」
まるで闇夜で染め上げたようなフード付きのマントでその身を隠し、こちらに向かって静かな歩みを見せている。
距離が縮まるにつれて目に見えない壁に押し潰されるような感覚に襲われたジルドは、いつの間にかカラカラに乾いた喉へ強引に唾を流し込んだ。
「ア、アウァ……」
ジルドの隣では声にならない声を上げたナラハが地面に尻餅をついている。水面に浮かぶ水鳥のように両の足を動かして後ろに下がろうとするも、主の意思に反した腕は地面に縫い付けられたかのごとく微動だにしない。
結果として足は地面を削り取ることにただただ邁進していた。
「この度はこんな田舎町に悪魔が出たということでご愁傷さまでした」
鈴の音のような声は未だマントで全容を窺うことができないデモンズイーターから発せられたものではなかった。
改めて視線を声がした斜め下方向に移してみれば、年端もいかない少年が無邪気な笑みをこちらに向けて立っている。
ジルドは場違いなこの少年の登場に驚き、次に少年の足元にいる犬にも驚いた。デモンズイーターばかりに目がいき、少年と犬は全く視界に入っていなかった。
(なんでこんなところに子供と犬がいるんだ?)
ジルドが呆気に取られていると、
「こやつ大丈夫か?」
「犬がしゃべった⁉︎」
「む。わしの名前は太郎丸じゃ。犬などという蔑称は不愉快極まる。金輪際その名で呼ぶでないぞ」
人語を解す不気味な犬が不愉快そうに言う。驚きはそのままによくよく犬を見てみれば、頭に珍妙な面を乗せていることに気づいた。
(これは狐の面、か? しゃべるだけでも気味が悪いのになんで狐の面なんかつけてるんだ?)
激しく困惑するジルドをよそに、少年が犬に向けてあからさまな溜息を吐いた。
「太郎丸、これから仕事の話をするから少し黙っていて」
「しかしな──」
「太郎丸」
「わかったわかった」
犬を窘めた少年は、ジルドに再び無邪気な笑みを見せてくる。翻ってジルドは、絹糸のような銀色の髪と顔立ちが整った少年に険のある表情を向けてしまう。
普通の子供であればそれだけで泣き叫ぶこと必死なのだが、しかし、目の前の少年はまるで意に介した様子もなく話を続けた。
「初めての方は大体そういうお顔をされます。申し遅れましたが私はこういうものです」
少年は懐から取り出した四角い紙をまるで献上品のように恭しく差し出してきた。一見しただけでもかなり上質な紙であることがわかる。
戸惑いを覚えながらも受け取ったジルドは、紙に書かれている文字を声に出して読んだ。
「ネゴシエーター……?」
まるで聞いたことがない言葉に首を傾げるジルドに向かって、少年はこざかしげに人差し指を立てて言う。
「根本的にはあなた方が行っている事業と一緒です。それが必要とされる人間のところに必要な人間を送り込む」
「つまりは仲介人ってことか?」
「そう捉えていただいても結構です。まぁ言っても僕らが送り込む相手は悪魔に限定していますが」
そう言って妖しく微笑む少年に、ジルドは次第に不気味なものを感じ始めていた。
大人に憧れて大人の真似事をする子供はままいる。だが、目の前の少年はそういったものとは明らかに一線を画していた。世界が違うのだ。綺麗な顔の内に妙な色香と危うさを漂わせていたことも理由のひとつだった。
少年はジルドの思考を遮断するかのようにパンパンと手を叩いて注目を促した。
声に怯えの色を滲ませるナラハの動きに合わせるように背後を見やれば、顔を真っ青にして先導する戦士の後ろから──。
「あれがデモンズイーターか……」
まるで闇夜で染め上げたようなフード付きのマントでその身を隠し、こちらに向かって静かな歩みを見せている。
距離が縮まるにつれて目に見えない壁に押し潰されるような感覚に襲われたジルドは、いつの間にかカラカラに乾いた喉へ強引に唾を流し込んだ。
「ア、アウァ……」
ジルドの隣では声にならない声を上げたナラハが地面に尻餅をついている。水面に浮かぶ水鳥のように両の足を動かして後ろに下がろうとするも、主の意思に反した腕は地面に縫い付けられたかのごとく微動だにしない。
結果として足は地面を削り取ることにただただ邁進していた。
「この度はこんな田舎町に悪魔が出たということでご愁傷さまでした」
鈴の音のような声は未だマントで全容を窺うことができないデモンズイーターから発せられたものではなかった。
改めて視線を声がした斜め下方向に移してみれば、年端もいかない少年が無邪気な笑みをこちらに向けて立っている。
ジルドは場違いなこの少年の登場に驚き、次に少年の足元にいる犬にも驚いた。デモンズイーターばかりに目がいき、少年と犬は全く視界に入っていなかった。
(なんでこんなところに子供と犬がいるんだ?)
ジルドが呆気に取られていると、
「こやつ大丈夫か?」
「犬がしゃべった⁉︎」
「む。わしの名前は太郎丸じゃ。犬などという蔑称は不愉快極まる。金輪際その名で呼ぶでないぞ」
人語を解す不気味な犬が不愉快そうに言う。驚きはそのままによくよく犬を見てみれば、頭に珍妙な面を乗せていることに気づいた。
(これは狐の面、か? しゃべるだけでも気味が悪いのになんで狐の面なんかつけてるんだ?)
激しく困惑するジルドをよそに、少年が犬に向けてあからさまな溜息を吐いた。
「太郎丸、これから仕事の話をするから少し黙っていて」
「しかしな──」
「太郎丸」
「わかったわかった」
犬を窘めた少年は、ジルドに再び無邪気な笑みを見せてくる。翻ってジルドは、絹糸のような銀色の髪と顔立ちが整った少年に険のある表情を向けてしまう。
普通の子供であればそれだけで泣き叫ぶこと必死なのだが、しかし、目の前の少年はまるで意に介した様子もなく話を続けた。
「初めての方は大体そういうお顔をされます。申し遅れましたが私はこういうものです」
少年は懐から取り出した四角い紙をまるで献上品のように恭しく差し出してきた。一見しただけでもかなり上質な紙であることがわかる。
戸惑いを覚えながらも受け取ったジルドは、紙に書かれている文字を声に出して読んだ。
「ネゴシエーター……?」
まるで聞いたことがない言葉に首を傾げるジルドに向かって、少年はこざかしげに人差し指を立てて言う。
「根本的にはあなた方が行っている事業と一緒です。それが必要とされる人間のところに必要な人間を送り込む」
「つまりは仲介人ってことか?」
「そう捉えていただいても結構です。まぁ言っても僕らが送り込む相手は悪魔に限定していますが」
そう言って妖しく微笑む少年に、ジルドは次第に不気味なものを感じ始めていた。
大人に憧れて大人の真似事をする子供はままいる。だが、目の前の少年はそういったものとは明らかに一線を画していた。世界が違うのだ。綺麗な顔の内に妙な色香と危うさを漂わせていたことも理由のひとつだった。
少年はジルドの思考を遮断するかのようにパンパンと手を叩いて注目を促した。
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