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24,隔絶
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シア達を乗せた馬車が小さな城のような建物に滑り込んでいく。ヨハネス子爵の屋敷は王宮の城ほどではないにしても、いくつかの尖塔が備わった広大なものであり、景観に溶け込む自然な色合いの外壁が上品な佇まいを見せていて歴史を感じさせるものであった。
中に入ると重厚にしつらえられた重みのある木柱が温かみを演出し、その隙間から覗く白い壁が明るさを提供していた。
まずシア達を出迎えてくれたのはルーナの妹リリーであった。
「お姉ちゃん、リリーまた強くなったのよ」
「そうなの?」
「うん。この間ね、ゴブリンがでたの。それでね、三匹もやっつけたの」
「リリー……ゴブリンと戦ったの?」
「うん。お母さまと一緒だったの」
「ねぇ、お姉ちゃんの男ってその人?」
「……男って、その言い方……」
「あっ、その犬は強そうだね。リリーと勝負だ~」
そう言って小太郎に木刀で殴りかかろうとする。すると、リリーはひょいと抱き上げられた。
「リリーが済まないな。私はルーナとリリーの母でベリンダという。ルーナとセインはヨハネスに似たのだが、このリリーは私に似てしまってな……少々お転婆なのだ。許してくれ」
そう言うと、頭を下げてくれた。ルーナの母ベリンダは元A級冒険者だったらしい。フライブルク王国の剣術大会で並みいる男をねじ伏せて活躍していたそうだ。背も高くすらりとした体をタイトなズボンとピシッとした上着で包み、男装の麗人とでも言うべき容姿であった。そして、
「シア君、君は剣術の腕が凄まじいと聞く。後で手合わせを頼むよ」
と、告げた。そのときシアはリリーがベリンダに似たということを納得したのだった。
その後ろからヨハネス子爵と一緒に物静かな男性が現れた。その男性はシアとルーナを優しげな眼差しで見つめると、シアに右手を差し出して、
「シア君、ルーナの兄のセインだ。ルーナをよろしく頼むよ」
と、握手を求めた。ヨハネス子爵は家族全員がシアと挨拶を交わしたのを見て食事に誘うと、その日の夜はルーナの家族全員とシアは語り明かしたのであった。
次の日の朝、シアが目覚めると小太郎がいなかった。外に気配を感じて窓から外を見ると、いつの間にか意気投合した小太郎とリリーが庭を駆け回っていた。リリーが小太郎に嬉しそうに跨り、小太郎はリリーが落ちないように注意しながら広大な庭を縦横無尽に駆け回っていた。その様子を見ていたシアの目にベリンダの姿が映った。
ベリンダは素振りをしていた。その剣閃は流麗で隙が無く美しい。細身のレイピアを素早く振りながら鋭く突きを見せる。軽やかな足さばきはダンスを踊っているかのようであった。それを見て、
(そう言えば、手合わせしたいと言っていたな……)
シアは庭に出ることにした。
シアが庭に出るとベリンダが駆け寄ってきた。
「シア君、早速手合わせを頼むよ」
そう言ってシアの腕をとり武器庫の前に立つ。
「さて、得物は何がいいのだ」
ベリンダの言葉を聞いて、シアは神威と同じくらいの大きさの木刀を手にした。ベリンダも同じく木製の武器を手に取ろうとしたが、シアは、
「いや、そのまま真剣のレイピアでいいですよ」
「ふむ。流石はS級冒険者だな」
「先程、上から見ていました。殺すつもりで本気で来ていただいても大丈夫です」
「わかった。その言葉に甘えよう」
そう言って二人は庭にしつらえてある剣闘場に上がる。
その様子を見たリリーが皆を呼びに行き、ヨハネス子爵の家族だけではなく、護衛の兵士たちも集まり、ちょっとした催しになってしまった。
「さて、シア君。胸を借りても良いかな?」
「どうぞ。先手は譲ります」
「うむ。では参る」
そう言うと、穏やかな表情が一変し獲物を狙う猛獣のように目が座った。全身に魔力をかけ巡らせ、ゆらゆらと殺気が迸る。空気が張りつめ、見ている者が息苦しさを感じた頃、凄まじい速さの突きがシアの顔を襲う。だがシアは、軽く首を捻るとその場から一歩も動かず突きを躱した。
ベリンダが腕を伸ばしたまま横に薙ぎ払おうとする。シアは頭を下げてまたしても軽く躱した。振りぬきかけたレイピアを一気に胸元に寄せると次はシアの胸を狙う。だがそれもシアは難なく躱した。その後もベリンダは息が詰まるような攻撃をシアに浴びせ続けた。ルーナ以外の者はいつベリンダの剣がシアに刺さるかとひやひやしていた。セインなどは回復魔法の準備までしていたのである。だが、
「流石だな。全く当たらん」
「右足に重心が乗りすぎですね」
「……癖まで」
「それから握り手の親指が弱いですね。小指の力に頼りすぎです」
「……」
「ですから、剣先が目標からずれていますね」
その時、シアの顔面めがけてまたしても凄まじい突きが放たれる。だが、
「……うそだろ」
「おい、見たかあれ」
「どうやったら、あんなこと出来るんだよ」
シアはベリンダの突きを避けもせず、左手でレイピアの剣先をつまんでいたのである。そしてゆっくりと右手の木刀をベリンダの喉元に突きつけた。
「……ここまで実力が隔絶している相手は初めてだな、負けたよ。全く勝負にもならなかったな」
ベリンダがそう言うと、歓声が沸き起こった。
「シア君、お疲れ様」
ルーナが当たり前のようにシアにコップに入れた水を渡す。
「ありがとう、ルーナ」
ルーナは一滴の汗もかいていないシアの首筋を手に持った濡れたタオルで拭く。
シアが水を飲み終えると、自然な仕草でコップをルーナに手渡す。
「冷たい水だね、美味しかったよ」
「そろそろかと思って氷魔法で冷やしておいたのよ」
「ルーナは氷魔法が使えたの?」
「へへ。今冷たい水を飲ませてあげたら喜ぶかなと思ってやってみたら上手くいったの」
「そうか、俺のために。ありがとう」
「ううん。シア君が喜んでくれたから大満足だよ」
「ルーナ、汗だくの、この母には……何もないのか?」
「あっ、えーと、誰かお母さまにもお水をあげてください」
「えっ、誰か……?」
「お母さま、何かおかしなことありましたか。あっ、タオルですね。すみません。どなたかタオルもあげて下さい」
「……全てにおいて負けたのか?」
「お母さま。どうされたのですか。そんなに肩を落とすことはありませんよ。私のシア君に勝てるわけがないのですから。シア君、疲れたでしょう。朝食の準備が出来ています。一緒に食べましょうね。今日はシア君が好きなカリカリベーコンを料理人に頼んで作ってもらいました。紅茶もシア君が好きな少しだけ濃い目に入れておきますね。卵も少しだけ固めにするように頼んでいます。さあ、行きましょう」
そう言うと、ルーナはシアの腕をとり屋敷に入っていった。
後に残されたベリンダをヨハネス子爵とセインが優しく慰め、リリーと小太郎はため息をつき、ギャラリーは「リア充爆ぜろ」と言っていたらしいが謎である。
中に入ると重厚にしつらえられた重みのある木柱が温かみを演出し、その隙間から覗く白い壁が明るさを提供していた。
まずシア達を出迎えてくれたのはルーナの妹リリーであった。
「お姉ちゃん、リリーまた強くなったのよ」
「そうなの?」
「うん。この間ね、ゴブリンがでたの。それでね、三匹もやっつけたの」
「リリー……ゴブリンと戦ったの?」
「うん。お母さまと一緒だったの」
「ねぇ、お姉ちゃんの男ってその人?」
「……男って、その言い方……」
「あっ、その犬は強そうだね。リリーと勝負だ~」
そう言って小太郎に木刀で殴りかかろうとする。すると、リリーはひょいと抱き上げられた。
「リリーが済まないな。私はルーナとリリーの母でベリンダという。ルーナとセインはヨハネスに似たのだが、このリリーは私に似てしまってな……少々お転婆なのだ。許してくれ」
そう言うと、頭を下げてくれた。ルーナの母ベリンダは元A級冒険者だったらしい。フライブルク王国の剣術大会で並みいる男をねじ伏せて活躍していたそうだ。背も高くすらりとした体をタイトなズボンとピシッとした上着で包み、男装の麗人とでも言うべき容姿であった。そして、
「シア君、君は剣術の腕が凄まじいと聞く。後で手合わせを頼むよ」
と、告げた。そのときシアはリリーがベリンダに似たということを納得したのだった。
その後ろからヨハネス子爵と一緒に物静かな男性が現れた。その男性はシアとルーナを優しげな眼差しで見つめると、シアに右手を差し出して、
「シア君、ルーナの兄のセインだ。ルーナをよろしく頼むよ」
と、握手を求めた。ヨハネス子爵は家族全員がシアと挨拶を交わしたのを見て食事に誘うと、その日の夜はルーナの家族全員とシアは語り明かしたのであった。
次の日の朝、シアが目覚めると小太郎がいなかった。外に気配を感じて窓から外を見ると、いつの間にか意気投合した小太郎とリリーが庭を駆け回っていた。リリーが小太郎に嬉しそうに跨り、小太郎はリリーが落ちないように注意しながら広大な庭を縦横無尽に駆け回っていた。その様子を見ていたシアの目にベリンダの姿が映った。
ベリンダは素振りをしていた。その剣閃は流麗で隙が無く美しい。細身のレイピアを素早く振りながら鋭く突きを見せる。軽やかな足さばきはダンスを踊っているかのようであった。それを見て、
(そう言えば、手合わせしたいと言っていたな……)
シアは庭に出ることにした。
シアが庭に出るとベリンダが駆け寄ってきた。
「シア君、早速手合わせを頼むよ」
そう言ってシアの腕をとり武器庫の前に立つ。
「さて、得物は何がいいのだ」
ベリンダの言葉を聞いて、シアは神威と同じくらいの大きさの木刀を手にした。ベリンダも同じく木製の武器を手に取ろうとしたが、シアは、
「いや、そのまま真剣のレイピアでいいですよ」
「ふむ。流石はS級冒険者だな」
「先程、上から見ていました。殺すつもりで本気で来ていただいても大丈夫です」
「わかった。その言葉に甘えよう」
そう言って二人は庭にしつらえてある剣闘場に上がる。
その様子を見たリリーが皆を呼びに行き、ヨハネス子爵の家族だけではなく、護衛の兵士たちも集まり、ちょっとした催しになってしまった。
「さて、シア君。胸を借りても良いかな?」
「どうぞ。先手は譲ります」
「うむ。では参る」
そう言うと、穏やかな表情が一変し獲物を狙う猛獣のように目が座った。全身に魔力をかけ巡らせ、ゆらゆらと殺気が迸る。空気が張りつめ、見ている者が息苦しさを感じた頃、凄まじい速さの突きがシアの顔を襲う。だがシアは、軽く首を捻るとその場から一歩も動かず突きを躱した。
ベリンダが腕を伸ばしたまま横に薙ぎ払おうとする。シアは頭を下げてまたしても軽く躱した。振りぬきかけたレイピアを一気に胸元に寄せると次はシアの胸を狙う。だがそれもシアは難なく躱した。その後もベリンダは息が詰まるような攻撃をシアに浴びせ続けた。ルーナ以外の者はいつベリンダの剣がシアに刺さるかとひやひやしていた。セインなどは回復魔法の準備までしていたのである。だが、
「流石だな。全く当たらん」
「右足に重心が乗りすぎですね」
「……癖まで」
「それから握り手の親指が弱いですね。小指の力に頼りすぎです」
「……」
「ですから、剣先が目標からずれていますね」
その時、シアの顔面めがけてまたしても凄まじい突きが放たれる。だが、
「……うそだろ」
「おい、見たかあれ」
「どうやったら、あんなこと出来るんだよ」
シアはベリンダの突きを避けもせず、左手でレイピアの剣先をつまんでいたのである。そしてゆっくりと右手の木刀をベリンダの喉元に突きつけた。
「……ここまで実力が隔絶している相手は初めてだな、負けたよ。全く勝負にもならなかったな」
ベリンダがそう言うと、歓声が沸き起こった。
「シア君、お疲れ様」
ルーナが当たり前のようにシアにコップに入れた水を渡す。
「ありがとう、ルーナ」
ルーナは一滴の汗もかいていないシアの首筋を手に持った濡れたタオルで拭く。
シアが水を飲み終えると、自然な仕草でコップをルーナに手渡す。
「冷たい水だね、美味しかったよ」
「そろそろかと思って氷魔法で冷やしておいたのよ」
「ルーナは氷魔法が使えたの?」
「へへ。今冷たい水を飲ませてあげたら喜ぶかなと思ってやってみたら上手くいったの」
「そうか、俺のために。ありがとう」
「ううん。シア君が喜んでくれたから大満足だよ」
「ルーナ、汗だくの、この母には……何もないのか?」
「あっ、えーと、誰かお母さまにもお水をあげてください」
「えっ、誰か……?」
「お母さま、何かおかしなことありましたか。あっ、タオルですね。すみません。どなたかタオルもあげて下さい」
「……全てにおいて負けたのか?」
「お母さま。どうされたのですか。そんなに肩を落とすことはありませんよ。私のシア君に勝てるわけがないのですから。シア君、疲れたでしょう。朝食の準備が出来ています。一緒に食べましょうね。今日はシア君が好きなカリカリベーコンを料理人に頼んで作ってもらいました。紅茶もシア君が好きな少しだけ濃い目に入れておきますね。卵も少しだけ固めにするように頼んでいます。さあ、行きましょう」
そう言うと、ルーナはシアの腕をとり屋敷に入っていった。
後に残されたベリンダをヨハネス子爵とセインが優しく慰め、リリーと小太郎はため息をつき、ギャラリーは「リア充爆ぜろ」と言っていたらしいが謎である。
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