武神修太朗異界記 ~ 亡き妻を求めて子連れ剣士が異界を斬る ~

中村月彦

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七二、降臨

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 ひときわ明るい小さな太陽のような魂がひなたの周りを明滅しながら飛び続ける。それを見たしづかはユリをちらりと一瞥し、目を潤ませ、声を押し殺して泣き始めた。ユリは泣き止まないしづかを慰めるように抱きしめる。そして、
「修太朗さん。殯の勾玉を出してください」
 と、声を掛けた。修太朗が殯の勾玉を取り出すと乳白色の物質は消え去り、透明な正四角錘の物体へと変わっていた。ユリはそれを見て満足げに続けた。
「修太朗さん。その殯の勾玉にユキの魂を宿らせてから神別の勾玉に願いを込めて神気を流してください。今の修太朗さんの神力なら十分にその魂に神格を与えることが出来ると思います」
 修太朗はそれを聞いて、殯の勾玉をかざしてから、ひなたの上を飛ぶ明るい魂に呼びかける。
「さあユキ、家族の元へ戻っておいで」
 修太朗がそう言うと、魂は殯の勾玉に吸い込まれるように入っていった。ユリは修太朗に近づくと、神別の勾玉を握らせて寄り添う。そして、
「神別の勾玉に願いを込めてください」
 ユリの小さな呟きに呼応するように、修太朗が目を閉じて神気を込め始める。すると、殯の勾玉が大きくなると同時にユリの体が徐々に消えていく。そこで、泣いていたしづかが堪えきれなくなり、
「行くな、ユリ。いつまでも姉のもとにおるのだ。行ってはならん」
 と、泣き叫びだした。それを聞いて目を開いた修太朗がユリが消えかけているのを確認すると、しづかは、
「ユリには絶対に言うなと言われておった。だがな、そのままでは残滓のユリは消えてしまうのだ。ユリは神別の勾玉を使って残滓を作った時に期限を切っておったのだ。新右衛門と修太朗が一体の魂となり、一つの存在となったように、ユキとユリは一体の魂となり、一つの存在となるのだ。だがな、ユリはユリなのだ。我のただ一人の妹なのだ……ユリ……」
 そう言って、崩れ落ちてしまった。だがユリは、
「姉様、ありがとうございました。そして、修太朗さん、ユリは幸せでした」
 そう言ってユキの魂に吸収されようと手を伸ばした。しかし、修太朗はその手を握るとユリを思い切り抱きしめ、
「新右衛門との約束だ。もう絶対に離さない」
 そう言うと、思い切り神気を神別の勾玉に込め始めた。
 やがて、眩い光の中から神々しい小さな太陽が現れる。それは一つの女性を生み出すと消え去った。
「……ユキ」
「……修ちゃん、それにひなた……」
 修太朗はユキとひなたをユリとは反対の腕で抱きしめた。その光景を信じられないように見ていたユリにユキが微笑みながら言う。
「私はあなた、それは間違いない。でもね、あなたはあなたでもあるの。確かに私にはあなたの記憶がある。修ちゃんとひなたと三人で黄泉に来て過ごしていた記憶もある。だからこそあなたがどれだけ修ちゃんを愛していたのかがわかるの」
 そう言うと、修太朗を見つめると、
「修ちゃん、お願い」
 と呟いた。すると、修太朗はさらに神気を神別の勾玉に込め始める。それを見たユリが慌てて、
「いけない。既に一柱の神を創り出したというのに、それ以上は無理です。修太朗さん、おやめください」
 しづかも、
「修太朗、やめよ。それ以上神気を流すと、修太朗自身の神気が枯渇して消滅してしまうぞ。折角ユキと会えたのだ。やめよ」
 と、叫ぶ。だが、ユキは黙って修太朗を見つめ続けていた。神別の勾玉にどんどんと修太朗の神気が流れ込む。修太朗の目から血の涙が流れ、鼻血が垂れる。耳からも出血し、さらには食いしばった歯が欠け割れるのも構わずさらに神気を流し続ける。徐々に現人神であり不滅であるはずの修太朗の肉体が朽ちていく。修太朗の目から光が消えかけた時、ユキが修太朗に語りかける。
「修ちゃん、ここで負けたらしばらく晩御飯半分にするからね」
 それを聞いた修太朗は苦悶の表情の中に笑みを浮かべて、
「それだけは勘弁してくれ」
 と、言うと、これが最後と言わんばかりに思い切り神気を勾玉に込めた。
 すると、修太朗の肉体は朽ち果てて消滅してしまった。茫然自失のユリにユキが語りかける。
「これでユリはユリとして修太朗の妻として永遠に一緒にいられるよ」
 未だに啞然とするユリに、しづかが信じられないものを見るような目で
「残滓であったユリに神格が宿っておる……」
 と言う。だがユリは、
「いくら私が神格を得たとしても、修太朗さんがいなくなってしまってはどうしようもないではないですか。もう修太朗さんの肉体がなくなって……」
 ユキは、ユリの言葉を遮ると、
「修ちゃんが食いしん坊なのは知っているでしょう。晩御飯半分なんてあの大きな体で耐えられるわけがないんだから」
 そう言って笑いかけた。すると、風蓮がしづかに声を掛ける。
「天地開闢より今に至るまで、現人神であったものが自らに存在意義を与えるのは見たことがありません」
 紫苑も、
「……肉の鎧を断ち切り、自らの魂を神の領域に押し上げ……残滓に神格を与える。これは離れ業……いや奇跡なのか……」
 と、笑う。
 そう、皆の目の前には一柱の神が降臨したのだ。その神は現人神でありながら自らの存在を「武神」と再定義し、愛する人々の前に降臨すると意識を手放したのであった。

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