武神修太朗異界記 ~ 亡き妻を求めて子連れ剣士が異界を斬る ~

中村月彦

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五八、旅路

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 セイバーは、まず西に向かうのが良いだろうと提案した。東はかなり大きな海となっており、この星を半周しないと大陸にたどり着けないとのことである。西に向かうと半島があるから、そこから大陸を徐々に南下しながらまずは赤道直下の国に向かうのが良いと言う。
 それを聞いた修太朗達は、早速その通りに進むことにしてセイバーに礼を言うと、旅立っていった。セイバーはその後ろ姿を見送りながら、彼らがマーラを倒すまでこの国から発生している地脈を守ることを誓い、祠の前で地脈に力を流し始めた。
 修太朗達は、時々遭遇する飛龍を倒しながら西へ進んだ。セイバーに教えられた通り、数十分ほどで半島に到着すると、そこからは出会った人々に聞き込みをしながら、次の満月にマーラの眷族が現れそうな場所を探しつつ旅を続けることにした。半島を北上してから回り込むように大陸に入る。その大陸をさらに西に向かうと、広大な平原に出た。
「ずいぶんと大きな平原だな」
「そうですね。雄大、という言葉がしっくりくるかと思います」
 そう話し合う二人の向こうから土埃を巻き上げながら進んでくる魔物の姿があった。
「あれは、なんだろう?」
「あの魔物、誰かに追いかけられてはいませんか?」
 よく見ると魔物の後ろから大斧を頭上に掲げた男が馬に乗り、一軍を率いながら魔物を追いかけていた。追いかけられている魔物は巨大な牛のようであった。頭から生えた三日月型の角が水牛を思い起こさせる。ただ、その大きさは地球の水牛の数倍は大きく、大型トラックが突進しているかのようであった。男はその魔物にくたばれと叫びながら大斧を振り下ろした。だが、大斧は魔物の強靭な皮膚に弾き返される。後ろから来た一団が追いつくと一斉に魔物に攻撃をし始めた。だが、魔物が角を一振りすると数人が吹き飛び、劣勢は否めなかった。修太朗達が手助けするかどうか考えていると、さらに魔物は反転して一団に突っ込み数人を蹴散らした。そこで修太朗は、
「おーい、助太刀はいるか?」
 と、尋ねると、一軍を率いていた男は少し逡巡したが、
「頼む」
 と、言う。
 修太朗は魔物の前に飛び出ると黒夜叉を一閃して、軽く消滅させた。
 修太朗が男に向き合うと、男は馬をおり、
「ハンだ」
 と、名を名乗った。男は上半身裸で腰に獣の皮でできた布を巻いているだけの姿であった。修太朗が満月の日の夕方になると呼び寄せられるマーラの眷族を探しているというと、
「里の爺さんが知っているのではないか」
 と言うので、彼らの里についていくことにした。道中現れる魔物たちをたちどころに瞬殺する修太朗とユリを見て、彼らは修太朗達が人外の存在であることを悟った。聞けば、ハンとは最も勇敢な者に与えられる尊称であり、他の者たちは名前を持たないという。彼らはこの広大な平原で魔物が少なく、かつ水がある場所を求めて移動をし、狩猟をしながら生活をする遊牧民族であった。そのどこまでも続くかのような平原に雨水をため込んだような池が見えると、そのほとりに簡素なテントがいくつも並んでいた。その一つに修太朗はハンに案内されて入っていった。
「爺さん、客を連れてきたぜ」
 と、修太朗を指差してハンが言う。修太朗がマヌーと呼ばれる水牛の化け物を一振りで消滅させた話をして、ここまでくる途中も全ての魔物を瞬殺した話をすると、
「もしかして現人神……ですかな」
 と、爺さんは修太朗を警戒しながら聞いた。修太朗が肯定の返事を返すと、
「次に出会うのは現人神……のなれの果て」
 と、寂しそうに告げる。修太朗とハンが事情を聞くと、
「かつてその現人神は偉大なるハンであり、バアハンと名乗る我々の守護神だった」
 という。バアハンは彼らの民族を守るために現人神となり、この広大な平原のみならず周辺の国も屈服させ偉大な王として君臨していた。しかし、マーラの幻覚によって自分が守護すべき同胞の女子供を虐殺してしまい心を病んで魔に落ちたという。
「だが、バアハンは心が強かったのか魔に落ち切らず、その手に持つ王者の戟で自らの体を貫くと消滅することを選んだ」
 バアハンが体を王者の戟で貫くとマーラは呪いをかけてその魂を縛り上げ、それ以降満月の日の夕方に現れ、北側の山脈を越えた枯れ果てた地で一晩中苦しみ悶えているという。
「バアハンの持つ王者の戟はバアハンが死なない限り消えることは無く、その神速の戟捌きは大天狗達すら恐れて近寄らなかった」
 とのことだった。
「この老いぼれはバアハンの魂が安らぐことを願いますが、あなたが魔に落ちてしまうことも恐れるのです」
 と最後に付け加えた。
 そのテントを出て、次に満月となるのが何時かとハンに聞くと、
「三日後だ」
 と、返事があった。修太朗がユリたちのところに戻ろうとすると、ハンは頼みがあるという。
「俺たちにとってハンと名乗ることは最大の名誉だ。ハンであることは勇猛果敢なだけではなく、その集落で最強でなければならない。当代のハンを真正面から打ち破る戦士が現れたとき、その新たな戦士にハンを継がせる。それは悲しみでなく喜びなのだ。より強い戦士が自分たちを守るのだから。俺もそんな戦士が現れるのを待っている。修太朗よ。バアハンを正面から打ち破り、誇りあるハンとして送ってやって欲しい」
 ハンの真剣な眼差しを見た修太朗は、
「わかった」
 と、短く答えた。
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