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五六、八岐大蛇
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風蓮の館に着くと、惑星マリシャスの月に乗り込む者たちが勢ぞろいしていた。
各々が決意と覚悟をした目をしているのを確認すると、風蓮が切り出した。
「それでは手筈通りに皆様を惑星マリシャスの月に転移させます。しづか様、紫苑、力を貸してください」
そう言うと、風蓮に向かって大神しづかと大神紫苑の強大な神気が流れ込む、その神気を受けた風蓮は、
「皆様、ご武運を」
そう言うと、星が爆発するほどの膨大な神力を発して、まずは四の月に銀獅子と鳳凰、九頭竜を転移させ、五の月に豪焔と清碧を転移させた。
次に三の月に紫苑、一の月にしづかと無名一刀斎を転移させると、風蓮は、
「行きますよ」
と告げ、修太朗達を連れて二の月に転移した。
荒野に一陣の砂嵐が吹く。地表を渦巻くガスが砂嵐となって月表面を削る。
現人神である修太朗は空気を必要とはしなかった。重力の弱さに若干の違和感を覚えながら、降り立った月から惑星マリシャスを眺めた。かつてしづかから「修羅の星」と言われていたその星は、その名の通り赤黒い雲を纏わせた不気味な姿をしていた。修太朗がユキの魂が囚われている南極点を探そうとした時、
「早速きましたね」
と、風蓮から声がかかった。修太朗が黒夜叉を抜いて構えようとすると、
「こちらに構わずお行きなさい」
と、風蓮が告げる。
「この月の位置からは北極点に転移させるのは難しいかと思いますので、転移阻害の結界が弱くなっている、あの島へ転移させます。ご武運を」
そう言うと、風蓮は、ラーの背に乗り込んだひなたを背負った修太朗とユリをおよそ北緯三五度あたりの島へ送り出した。
修太朗たちが島に降り立つと、まず目にしたのは富士山であった。
いや、地球ではないので富士山ではない。しかし、眼前の湖に鏡のようにその姿を映し、赤黒い雲の切れ間から覗く太陽の光を受けて赤色に輝くその姿は修太朗とユリにとっては富士山そのものに見えた。修太朗とユリが郷愁を覚えつつ、しばらくその幻想的な光景に見とれていると湖畔で白い何かが動いた。二人が警戒しながら近づくと、そこには一組の老夫婦と年頃の娘が白装束で小さな祭壇を作って富士山に向かって何やら拝んでおり、粗末な衣服を身に着けた数百名の者たちが遠巻きに眺めていた。修太朗とユリはラーを仔猫の姿に戻してから近づくと、眺めていた者に声を掛けた。すると、
「あの娘は、主神マーラの眷族である八岐大蛇に捧げる生贄となるのです。あの老夫婦は娘の祖父母で嘆き悲しんでいるのです」
「生贄?」
「はい。生贄となったものは残忍な喰われ方をされます。四肢をちぎられ苦痛に打ち震えながら泣き叫びます。その姿を見て、我々も恐怖に震えます。その我々の絶望と恐怖を八岐大蛇は吸込み力をつけて主神マーラに捧げるのです……」
そう言うと、顔面蒼白となり、震えだしてしまった。その八岐大蛇がもうすぐ現れるとのことであった。修太朗とユリは少し離れてから語り合う。
「なんか似たような話があったね」
「日本書紀……でしょうか?」
「そのときは確か八岐大蛇に酒を飲ませて、酔わせてから切り刻んだと思う」
「今はお酒が無いですね」
「どうしようか?」
「ふふふ。もう心は既に決まっておいででしょう」
「……そうだね。ここで彼らに絶望と恐怖を与えることがマーラを強化することになるのなら、戦うしかない」
そう心に定めた修太朗とユリは祭壇の前にいる老夫婦と孫娘の前に出て。
「八岐大蛇は我々が退治します。お逃げなさい」
と、声を掛けた。
絶望と恐怖に怯えていた老夫婦と孫娘が硬直しているのを見ると、ラーを銀獅子の姿に変えて跨り、空中に浮かびながら凛とした神気を放って、さらに告げた。
「自分たちは現人神である。この星の主神マーラを葬りに来た。これからの戦いに巻き込まれたくなければ今すぐ逃げよ」
修太朗の口上を聞いた者たちは、白装束に身を包んでいた老夫婦と孫娘も含めて蜘蛛の子を散らすかのように退散してしまった。
「怖がらせてしまったかな?」
「……巻き込まれるよりも良いかと思います。それに……」
「お出ましのようだ」
そう言うと、修太朗は黒夜叉を、ユリは白拍子を構えた。
湖が湖岸から大量の水を溢れ出させる。その水はあたりの樹木をなぎ倒し押し流した。泥と混ざって発生した濁流が澱んだ流れで渦巻く。そこから現れた小山には樹木に苔すら生えていた。やがて小山は八つの鎌首を持ち上げると、それぞれの口から長い舌をちろちろと出しながら、耳障りな声を出した。
「さあ、花嫁をよこせ」
「花嫁?」
そう修太朗が返すと、黄土色の鱗に包まれた巨大な蛇の頭の一つが真っ赤な目で修太朗を睨む。
「そう、花嫁だ。まずは手足の指を一本ずつくらい、血を舐め、泣き叫ぶ声を聞きながら徐々に喰らっていくのだ。我が唾液には気付の効果がある。意識を持ったまま我が血肉となり、その絶望と恐怖をマーラ様に捧げるのだ」
「……悪趣味だな、お前」
「そこの女は我が花嫁とは違うな。子持ちの年増ではなく、男を知らぬ生娘の叫び声が良いのだ」
そう言うと、その蛇の頭は大きく口を開いて、修太朗たちを一飲みにしようと襲い掛かる。修太朗が黒夜叉で斬りつけようとした刹那、空中を白い光線が縦横無尽に奔った。ユリはその蛇頭をみじん切りにすると、その切れ端を全て小さなミミズに変えてしまった。
「一度だけではなく、魚に食われてもう一度輪廻転生の輪をくぐりなさい」
絶対零度の視線でそう告げるユリに修太朗は若干の恐怖を覚えた。
各々が決意と覚悟をした目をしているのを確認すると、風蓮が切り出した。
「それでは手筈通りに皆様を惑星マリシャスの月に転移させます。しづか様、紫苑、力を貸してください」
そう言うと、風蓮に向かって大神しづかと大神紫苑の強大な神気が流れ込む、その神気を受けた風蓮は、
「皆様、ご武運を」
そう言うと、星が爆発するほどの膨大な神力を発して、まずは四の月に銀獅子と鳳凰、九頭竜を転移させ、五の月に豪焔と清碧を転移させた。
次に三の月に紫苑、一の月にしづかと無名一刀斎を転移させると、風蓮は、
「行きますよ」
と告げ、修太朗達を連れて二の月に転移した。
荒野に一陣の砂嵐が吹く。地表を渦巻くガスが砂嵐となって月表面を削る。
現人神である修太朗は空気を必要とはしなかった。重力の弱さに若干の違和感を覚えながら、降り立った月から惑星マリシャスを眺めた。かつてしづかから「修羅の星」と言われていたその星は、その名の通り赤黒い雲を纏わせた不気味な姿をしていた。修太朗がユキの魂が囚われている南極点を探そうとした時、
「早速きましたね」
と、風蓮から声がかかった。修太朗が黒夜叉を抜いて構えようとすると、
「こちらに構わずお行きなさい」
と、風蓮が告げる。
「この月の位置からは北極点に転移させるのは難しいかと思いますので、転移阻害の結界が弱くなっている、あの島へ転移させます。ご武運を」
そう言うと、風蓮は、ラーの背に乗り込んだひなたを背負った修太朗とユリをおよそ北緯三五度あたりの島へ送り出した。
修太朗たちが島に降り立つと、まず目にしたのは富士山であった。
いや、地球ではないので富士山ではない。しかし、眼前の湖に鏡のようにその姿を映し、赤黒い雲の切れ間から覗く太陽の光を受けて赤色に輝くその姿は修太朗とユリにとっては富士山そのものに見えた。修太朗とユリが郷愁を覚えつつ、しばらくその幻想的な光景に見とれていると湖畔で白い何かが動いた。二人が警戒しながら近づくと、そこには一組の老夫婦と年頃の娘が白装束で小さな祭壇を作って富士山に向かって何やら拝んでおり、粗末な衣服を身に着けた数百名の者たちが遠巻きに眺めていた。修太朗とユリはラーを仔猫の姿に戻してから近づくと、眺めていた者に声を掛けた。すると、
「あの娘は、主神マーラの眷族である八岐大蛇に捧げる生贄となるのです。あの老夫婦は娘の祖父母で嘆き悲しんでいるのです」
「生贄?」
「はい。生贄となったものは残忍な喰われ方をされます。四肢をちぎられ苦痛に打ち震えながら泣き叫びます。その姿を見て、我々も恐怖に震えます。その我々の絶望と恐怖を八岐大蛇は吸込み力をつけて主神マーラに捧げるのです……」
そう言うと、顔面蒼白となり、震えだしてしまった。その八岐大蛇がもうすぐ現れるとのことであった。修太朗とユリは少し離れてから語り合う。
「なんか似たような話があったね」
「日本書紀……でしょうか?」
「そのときは確か八岐大蛇に酒を飲ませて、酔わせてから切り刻んだと思う」
「今はお酒が無いですね」
「どうしようか?」
「ふふふ。もう心は既に決まっておいででしょう」
「……そうだね。ここで彼らに絶望と恐怖を与えることがマーラを強化することになるのなら、戦うしかない」
そう心に定めた修太朗とユリは祭壇の前にいる老夫婦と孫娘の前に出て。
「八岐大蛇は我々が退治します。お逃げなさい」
と、声を掛けた。
絶望と恐怖に怯えていた老夫婦と孫娘が硬直しているのを見ると、ラーを銀獅子の姿に変えて跨り、空中に浮かびながら凛とした神気を放って、さらに告げた。
「自分たちは現人神である。この星の主神マーラを葬りに来た。これからの戦いに巻き込まれたくなければ今すぐ逃げよ」
修太朗の口上を聞いた者たちは、白装束に身を包んでいた老夫婦と孫娘も含めて蜘蛛の子を散らすかのように退散してしまった。
「怖がらせてしまったかな?」
「……巻き込まれるよりも良いかと思います。それに……」
「お出ましのようだ」
そう言うと、修太朗は黒夜叉を、ユリは白拍子を構えた。
湖が湖岸から大量の水を溢れ出させる。その水はあたりの樹木をなぎ倒し押し流した。泥と混ざって発生した濁流が澱んだ流れで渦巻く。そこから現れた小山には樹木に苔すら生えていた。やがて小山は八つの鎌首を持ち上げると、それぞれの口から長い舌をちろちろと出しながら、耳障りな声を出した。
「さあ、花嫁をよこせ」
「花嫁?」
そう修太朗が返すと、黄土色の鱗に包まれた巨大な蛇の頭の一つが真っ赤な目で修太朗を睨む。
「そう、花嫁だ。まずは手足の指を一本ずつくらい、血を舐め、泣き叫ぶ声を聞きながら徐々に喰らっていくのだ。我が唾液には気付の効果がある。意識を持ったまま我が血肉となり、その絶望と恐怖をマーラ様に捧げるのだ」
「……悪趣味だな、お前」
「そこの女は我が花嫁とは違うな。子持ちの年増ではなく、男を知らぬ生娘の叫び声が良いのだ」
そう言うと、その蛇の頭は大きく口を開いて、修太朗たちを一飲みにしようと襲い掛かる。修太朗が黒夜叉で斬りつけようとした刹那、空中を白い光線が縦横無尽に奔った。ユリはその蛇頭をみじん切りにすると、その切れ端を全て小さなミミズに変えてしまった。
「一度だけではなく、魚に食われてもう一度輪廻転生の輪をくぐりなさい」
絶対零度の視線でそう告げるユリに修太朗は若干の恐怖を覚えた。
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