武神修太朗異界記 ~ 亡き妻を求めて子連れ剣士が異界を斬る ~

中村月彦

文字の大きさ
上 下
55 / 73

五五、前夜

しおりを挟む
 修太朗は、その大きな手から伸びる長い指で、まだ小さなひなたの頬をなぞるように撫でていた。健やかに眠るひなたの無邪気な顔を見ながら、しづかの言葉を思い返していた。
「神は成長が遅いって言っていたな」
 しづかによれば、人間の一歳になるために神はおよそ一〇年かかる。三歳になるのに三〇年、五歳になるのに五〇年かかるとのことだった。
「もうこの黄泉に来てから数年経つけど、見た目はまだまだ一歳児なんだよな」
 その時、ユリの嫋やかな細い指が、修太朗が撫でている頬の反対側をなぞりだした。
「ですから、人間界に生まれた神は早世させて、親代わりの神が引き取り育てます。人間の寿命では神は育てることができません」
「確かに、そう言っていたね」
「……はい」
「そういえば、新右衛門とユリは再生して修太朗とユキになっていて……修太朗とユキは人間だから……」
「はい……事故がなくてもそのままだとひなたは早世していたでしょう……」
「ひなたが早世……」
「おそらく、死産したように見せかけて御霊は親代わりの神が引き取ったかと……」
 修太朗は黙り込んでしまった。仮に事故がなくてもひなたが死産したことになると、修太朗とユキの間の大切な一粒種はこの手の中にはいなかったのである。そう思うと、胸を締め付けるような苦々しく切ない感情がこみ上げて、言葉が出なかったのである。
 黙り込む修太朗にユリが囁く。
「……嫌だった、のです。離れたくなかった」
 ユリの頬を一筋の涙が流れ落ちる。
「私は……修太朗さんを……だましていたのかもしれません。人間に再生すれば子がとられる。ならば、修太朗さんを黄泉に連れてくることが出来れば……残滓を残しておけば、次の世は、……我が子をこの手で抱けると……そして、夫とも一緒に居られると……」
 ユリは大粒の涙を修太朗に隠しもせず流しながら、
「浅はかな女とお笑いください」
 そう言うと、嗚咽をもらしだした。修太朗はユリの肩を抱き、背を撫でて言った。
「もし、自分がユリだとしても、同じことを考えただろう」
 と。そして、
「それに、心残りがあるんだ」
 と、ユリに言った。
「心残りですか?」
「新右衛門が言ってたよ。祝言を挙げていないって」
「私が地球に押しかけ女房をしに行って、そのままでした。そのうち陽日を妊娠しましたので、祝言などは忘れておりました」
「ユキとも結婚式を挙げてないんだ」
「そうなのですか?」
「式場の予約はしたんだけどね……コ〇ナウィルスが流行って、人が集まれなくなったからキャンセルして、そのまま何もせずに入籍だけ済ませたんだ」
「……そうだったのですね」
「だからユリ、約束だ。ユキの魂を取り戻したら今度こそ結婚式を挙げよう」
「……ありがとうございます、修太朗さん」
 そう約束しながら、修太朗とユリはひなたを間に挟んで川の字になると互いに抱き合いながら静かに眠りについたのであった。

 次の日の朝はいつもより慌ただしかった。出陣は正午、そこに向けて準備を進めていた。外に出て最後にユリが自宅を亜空間収納にいれた。更地になったその場所を修太朗は万感の思いを込めて眺めていた。
「修太朗さん、私もひとつ心残りがあります」
 ユリが修太朗を見上げると、そう言い続ける。
「新右衛門様が大天狗にやられた日、私は妻として出陣前のまじないをすることができませんでした。それゆえに敗北されたのではないかと気に病んでおりました」
「……気に病むことではないかと思うけど」
「いいえ、妻としての勤めです」
 そう言うと、修太朗に背を向けるように促した。
 いつものように、右肩に軽く触れる気配がしてから、背後で「かちかち」と音がする。その後、ユリは修太朗といつもより長く口づけた。そして、
「この度は、『いってらっしゃいませ』とは申しません。どこまでもお供いたします」
 そう言うと、艶やかな黒髪を見事に結い上げた日本髪に大きな白百合の簪をさし、華奢な体を修太朗とお揃いの絣の着物に身を包んだ愛すべき稀代の女剣聖は、ひなたを背負った修太朗の手に嬉しそうに指を絡めた。
 その手を握りしめた修太朗は、
「どこまでもついてこい」
 と、力強く頷き、その手を引いて歩き出したのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

高身長お姉さん達に囲まれてると思ったらここは貞操逆転世界でした。〜どうやら元の世界には帰れないので、今を謳歌しようと思います〜

水国 水
恋愛
ある日、阿宮 海(あみや かい)はバイト先から自転車で家へ帰っていた。 その時、快晴で雲一つ無い空が急変し、突如、周囲に濃い霧に包まれる。 危険を感じた阿宮は自転車を押して帰ることにした。そして徒歩で歩き、喉も乾いてきた時、運良く喫茶店の看板を発見する。 彼は霧が晴れるまでそこで休憩しようと思い、扉を開く。そこには女性の店員が一人居るだけだった。 初めは男装だと考えていた女性の店員、阿宮と会話していくうちに彼が男性だということに気がついた。そして同時に阿宮も世界の常識がおかしいことに気がつく。 そして話していくうちに貞操逆転世界へ転移してしまったことを知る。 警察へ連れて行かれ、戸籍がないことも発覚し、家もない状況。先が不安ではあるが、戻れないだろうと考え新たな世界で生きていくことを決意した。 これはひょんなことから貞操逆転世界に転移してしまった阿宮が高身長女子と関わり、関係を深めながら貞操逆転世界を謳歌する話。 果たして、阿宮は見知らぬ世界でどう生きていくのか————。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...