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五一、千尋の谷
しおりを挟む煩悩の化身マーラが黄泉を襲撃してから数日が経った。豪焔と清碧は世界樹の雫を飲んで神力を回復させてから惑星イースへと帰り、しづかは修太朗から火宝石と水宝石を預かりひなたの魂鎧の作成にかかった。風蓮と紫苑が情報収集をする中で、修太朗とユリは急に大きくなったラーとひなたを眺めていた。
「やはりかなり大きくなっているよね」
「はい。ひなたは少し体が大きくなっただけですが、ラーは何倍になったのでしょうか」
「うーん、どう見ても中型犬くらいあるよね」
「柴犬くらいでしょうか」
そんな会話をしながら、久しぶりに訪れた静かなひと時を過ごしていると、おもむろに脳内に大声が響き渡る。その大声に顔をしかめながら、修太朗は返事をした。
「何の用だ、銀獅子?」
そう言うと、修太朗とユリは家の外に出た。そこには威風堂々とその銀色のたてがみをたなびかせた、禊の洞窟で出会った銀獅子がその巨体で立っていたのである。
「うむ。こちらに我が子の気配を感じたのでな、居ても立っても居られない気持ちになり、やって来たのだ」
「我が子……って、お前が親なのか?」
「うむ。我らは星が生み出す存在。体から生まれるわけではない。だが同じ銀獅子はこの広大な宇宙に数頭しかおらぬ。それもこんなに近くにいるのだ。親といってもよいであろう」
「ラーは惑星アークの北極点にいたぞ。そういうものなのか?」
「うむ。大体は北極点か南極点から生まれるな」
「自然にか?」
「いや、自然には生まれん。星が感謝を込めて強大な戦闘の磁場を感知すると生み出すのだ」
「よくわからん」
「うむ。わかるものではない」
「では、お前が虐待していたわけではないのだな?」
「虐待?」
「小さな仔猫を北極点に置き去りにするとか、ただの児童虐待だろ」
「断じてそんなことはない。児童虐待などせぬわ」
「じゃぁ、逢わせてやろう。ラー、おいで」
そう言うと、修太朗はラーを連れて銀獅子と対面させる。
「おお、めんこいのう。では、これからお主を千尋の谷へ突き落すぞ」
「千尋の谷に突き落す……やっぱり児童虐待しようとしてるじゃねえか」
修太朗は、ラーを抱き上げ銀獅子から引き離す。
「だから、児童虐待などではない。銀獅子としての真の力を覚醒させてやるのだ」
「お前、千尋の谷に突き落すって言っただろ」
「それは物の例えだ。獅子は子供を千尋の谷に突き落すというであろう」
「言葉は正確に使え。訳の分からない例えをするな」
「むう。痛いことも嫌がることもせぬ。優しく覚醒させるからな。修太朗、頼む」
そう言って、銀獅子はその巨体を縮めると修太朗に頼み込んだ。
「児童虐待したら、黒夜叉の錆にしてやるからな」
修太朗がくぎを刺してからラーを銀獅子の前に差し出すと、突如として大地が震えるかのような咆哮が響き渡った。ひなたは『過保護車』の中にいて無事であったが、修太朗とユリは鼓膜が破れ、耳から血が噴き出し激痛が走り、衝撃波で吹き飛ばされた。慌てて二人は世界樹の雫を飲んで傷んだ耳を完治させると、共に獲物を抜いて銀獅子を斬りつけようとした。その時、
「うむ。立派だな」
と、満足げに呟く銀獅子の前に、その数倍の大きさの新たな銀獅子が立っていた。
「ラーよ。小さくなれるか?」
そう銀獅子が言うと、驚くことにラーは仔猫の姿に戻っていた。
「どうなっている?」
修太朗が説明を求めると、
「簡単なことだ。今見た大きさがラーの真の姿だ。眷族の力は主の力に左右される。我には主がおらぬからここまでであるが、ラーは大きな力をもった主のおかげで我より遥かに大きくなった。見れば主はまだまだ子供ではないか。主が成長すれば、ラーもどんどん大きくなるぞ」
そう言って、愉快そうにひと吠えした。
修太朗とユリはくるっと獲物を逆さに向けると、吠える前に言えと峰で銀獅子の頭を殴りつけた。銀獅子によれば、ラーの大きさは本人の意思で変えられるらしい。そんな銀獅子がぽつりと、
「主がいるとは良いことだ」
と、言う。それを聞いた修太朗が、
「お前には主はいなかったのか?」
と、聞くと、
「マーラに取り込まれて悪神となり、死んだのだ」
と、その巨体を震わせた。
銀獅子によれば、主となっていたのは絵画の神でまだ少年であった。その神は気が優しく争いごとを嫌い、銀獅子の背に乗って広大な宇宙を旅しては実にたくさんの美しい景色を共に見て描き、讃えたという。銀獅子はそんな主が大好きで、毎日が充実していて、素晴らしく豊かな時間を過ごしていたという。しかし、
「主と共に、マーラが主神として君臨する惑星マリシャスに行った時、主は一人の現人神と恋に落ちたのだ……、主は騙されたのだ……」
「その女はマーラの眷族の夢魔であった。主も我も気付かぬうちに巧妙に主の心はその夢魔に魅せられておった。ある日その夢魔と主が逢引きをするといって、その夢魔の似顔絵を土産に女と会いに行ったのだ。我は邪魔をするのも無粋であろうと待っておった。その時、主の心が引き裂かれるような波動を発したので慌てて向かったのだがな……」
「その夢魔は放心状態で蹲る主の前で男たちと主を嘲笑いながら交わっておった。我は怒り狂ってそいつら全員を八つ裂きにしてやったのだがな……」
「主の心は既に壊れておった。その体を纏う清浄な神気は煩悩の一つである嫉妬に飲まれてあっという間に穢されていった。何度も主に呼びかけてもどうしようもなかった……」
「そして、穢された主の神気が全てマーラに吸い込まれたとき、主はその似顔絵一枚だけを残して消滅してしまったのだ……」
「その似顔絵をマーラは嘲笑しながら、焼き尽くした。そして、主の力がなくなって弱り切った我を宇宙の彼方へ転移させたのだ……」
「我は宇宙を彷徨った。その時にとある予言の神と出会い教わったのだ。煩悩を滅する力のある子が現れる。その子を守る存在が現人神として禊を行う。そこで待てと」
「六〇〇年前新右衛門とユリが現れた。後に二人に子供ができたと聞いて期待したのだ」
「だが、いなくなってしまった……」
「我は主が書いた絵を見ながら次を待ったのだ」
「そして、六〇〇年後に、修太朗……、お前がやって来た」
「……頼む、修太朗、我が主の仇をとってくれ……」
そう言うと、銀獅子は悲しげな咆哮をあげた。
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