武神修太朗異界記 ~ 亡き妻を求めて子連れ剣士が異界を斬る ~

中村月彦

文字の大きさ
上 下
51 / 73

五一、千尋の谷

しおりを挟む

 煩悩の化身マーラが黄泉を襲撃してから数日が経った。豪焔と清碧は世界樹の雫を飲んで神力を回復させてから惑星イースへと帰り、しづかは修太朗から火宝石と水宝石を預かりひなたの魂鎧の作成にかかった。風蓮と紫苑が情報収集をする中で、修太朗とユリは急に大きくなったラーとひなたを眺めていた。
「やはりかなり大きくなっているよね」
「はい。ひなたは少し体が大きくなっただけですが、ラーは何倍になったのでしょうか」
「うーん、どう見ても中型犬くらいあるよね」
「柴犬くらいでしょうか」
 そんな会話をしながら、久しぶりに訪れた静かなひと時を過ごしていると、おもむろに脳内に大声が響き渡る。その大声に顔をしかめながら、修太朗は返事をした。
「何の用だ、銀獅子?」
 そう言うと、修太朗とユリは家の外に出た。そこには威風堂々とその銀色のたてがみをたなびかせた、禊の洞窟で出会った銀獅子がその巨体で立っていたのである。
「うむ。こちらに我が子の気配を感じたのでな、居ても立っても居られない気持ちになり、やって来たのだ」
「我が子……って、お前が親なのか?」
「うむ。我らは星が生み出す存在。体から生まれるわけではない。だが同じ銀獅子はこの広大な宇宙に数頭しかおらぬ。それもこんなに近くにいるのだ。親といってもよいであろう」
「ラーは惑星アークの北極点にいたぞ。そういうものなのか?」
「うむ。大体は北極点か南極点から生まれるな」
「自然にか?」
「いや、自然には生まれん。星が感謝を込めて強大な戦闘の磁場を感知すると生み出すのだ」
「よくわからん」
「うむ。わかるものではない」
「では、お前が虐待していたわけではないのだな?」
「虐待?」
「小さな仔猫を北極点に置き去りにするとか、ただの児童虐待だろ」
「断じてそんなことはない。児童虐待などせぬわ」
「じゃぁ、逢わせてやろう。ラー、おいで」
 そう言うと、修太朗はラーを連れて銀獅子と対面させる。
「おお、めんこいのう。では、これからお主を千尋の谷へ突き落すぞ」
「千尋の谷に突き落す……やっぱり児童虐待しようとしてるじゃねえか」
 修太朗は、ラーを抱き上げ銀獅子から引き離す。
「だから、児童虐待などではない。銀獅子としての真の力を覚醒させてやるのだ」
「お前、千尋の谷に突き落すって言っただろ」
「それは物の例えだ。獅子は子供を千尋の谷に突き落すというであろう」
「言葉は正確に使え。訳の分からない例えをするな」
「むう。痛いことも嫌がることもせぬ。優しく覚醒させるからな。修太朗、頼む」
 そう言って、銀獅子はその巨体を縮めると修太朗に頼み込んだ。
「児童虐待したら、黒夜叉の錆にしてやるからな」
 修太朗がくぎを刺してからラーを銀獅子の前に差し出すと、突如として大地が震えるかのような咆哮が響き渡った。ひなたは『過保護車』の中にいて無事であったが、修太朗とユリは鼓膜が破れ、耳から血が噴き出し激痛が走り、衝撃波で吹き飛ばされた。慌てて二人は世界樹の雫を飲んで傷んだ耳を完治させると、共に獲物を抜いて銀獅子を斬りつけようとした。その時、
「うむ。立派だな」
 と、満足げに呟く銀獅子の前に、その数倍の大きさの新たな銀獅子が立っていた。
「ラーよ。小さくなれるか?」
 そう銀獅子が言うと、驚くことにラーは仔猫の姿に戻っていた。
「どうなっている?」
 修太朗が説明を求めると、
「簡単なことだ。今見た大きさがラーの真の姿だ。眷族の力は主の力に左右される。我には主がおらぬからここまでであるが、ラーは大きな力をもった主のおかげで我より遥かに大きくなった。見れば主はまだまだ子供ではないか。主が成長すれば、ラーもどんどん大きくなるぞ」
 そう言って、愉快そうにひと吠えした。
 修太朗とユリはくるっと獲物を逆さに向けると、吠える前に言えと峰で銀獅子の頭を殴りつけた。銀獅子によれば、ラーの大きさは本人の意思で変えられるらしい。そんな銀獅子がぽつりと、
「主がいるとは良いことだ」
 と、言う。それを聞いた修太朗が、
「お前には主はいなかったのか?」
 と、聞くと、
「マーラに取り込まれて悪神となり、死んだのだ」
 と、その巨体を震わせた。

 銀獅子によれば、主となっていたのは絵画の神でまだ少年であった。その神は気が優しく争いごとを嫌い、銀獅子の背に乗って広大な宇宙を旅しては実にたくさんの美しい景色を共に見て描き、讃えたという。銀獅子はそんな主が大好きで、毎日が充実していて、素晴らしく豊かな時間を過ごしていたという。しかし、
「主と共に、マーラが主神として君臨する惑星マリシャスに行った時、主は一人の現人神と恋に落ちたのだ……、主は騙されたのだ……」
「その女はマーラの眷族の夢魔であった。主も我も気付かぬうちに巧妙に主の心はその夢魔に魅せられておった。ある日その夢魔と主が逢引きをするといって、その夢魔の似顔絵を土産に女と会いに行ったのだ。我は邪魔をするのも無粋であろうと待っておった。その時、主の心が引き裂かれるような波動を発したので慌てて向かったのだがな……」
「その夢魔は放心状態で蹲る主の前で男たちと主を嘲笑いながら交わっておった。我は怒り狂ってそいつら全員を八つ裂きにしてやったのだがな……」
「主の心は既に壊れておった。その体を纏う清浄な神気は煩悩の一つである嫉妬に飲まれてあっという間に穢されていった。何度も主に呼びかけてもどうしようもなかった……」
「そして、穢された主の神気が全てマーラに吸い込まれたとき、主はその似顔絵一枚だけを残して消滅してしまったのだ……」
「その似顔絵をマーラは嘲笑しながら、焼き尽くした。そして、主の力がなくなって弱り切った我を宇宙の彼方へ転移させたのだ……」
「我は宇宙を彷徨った。その時にとある予言の神と出会い教わったのだ。煩悩を滅する力のある子が現れる。その子を守る存在が現人神として禊を行う。そこで待てと」
「六〇〇年前新右衛門とユリが現れた。後に二人に子供ができたと聞いて期待したのだ」
「だが、いなくなってしまった……」
「我は主が書いた絵を見ながら次を待ったのだ」
「そして、六〇〇年後に、修太朗……、お前がやって来た」
「……頼む、修太朗、我が主の仇をとってくれ……」
 そう言うと、銀獅子は悲しげな咆哮をあげた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

高身長お姉さん達に囲まれてると思ったらここは貞操逆転世界でした。〜どうやら元の世界には帰れないので、今を謳歌しようと思います〜

水国 水
恋愛
ある日、阿宮 海(あみや かい)はバイト先から自転車で家へ帰っていた。 その時、快晴で雲一つ無い空が急変し、突如、周囲に濃い霧に包まれる。 危険を感じた阿宮は自転車を押して帰ることにした。そして徒歩で歩き、喉も乾いてきた時、運良く喫茶店の看板を発見する。 彼は霧が晴れるまでそこで休憩しようと思い、扉を開く。そこには女性の店員が一人居るだけだった。 初めは男装だと考えていた女性の店員、阿宮と会話していくうちに彼が男性だということに気がついた。そして同時に阿宮も世界の常識がおかしいことに気がつく。 そして話していくうちに貞操逆転世界へ転移してしまったことを知る。 警察へ連れて行かれ、戸籍がないことも発覚し、家もない状況。先が不安ではあるが、戻れないだろうと考え新たな世界で生きていくことを決意した。 これはひょんなことから貞操逆転世界に転移してしまった阿宮が高身長女子と関わり、関係を深めながら貞操逆転世界を謳歌する話。 果たして、阿宮は見知らぬ世界でどう生きていくのか————。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...