武神修太朗異界記 ~ 亡き妻を求めて子連れ剣士が異界を斬る ~

中村月彦

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三八、言霊

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三八、言霊

 ユリの待つ我が家へと入るとしづかも来ており、ひなたと三人で遊んでいるところであった。しづかは甥っ子が可愛くてしょうがないようで、しきりに、「おばさま」ではなく「ねえさま」と言わせようと繰り返し教えていた。ユリも負けじと「ママ」と言わせようと繰り返し教えていたのである。しづかの「ねえさま」に少々思うところもあったが、そんな二人に対し修太朗は、
「地球にいるとき医者に言われたけど、ひなたは発語が遅いらしいんだ。ほとんど泣かないし、未熟児だったせいか体も小さい。何か脳に問題があるのかもしれないって言われたこともあったよ」
「そんなことを言われていたのか?」
 そう問うしづかに、
「だけど、可愛くてしょうがない。この子がいたからあの事故のあと頑張れたんだ。何か辛いことがあってもこの子が笑ってくれると全部吹き飛ぶんだ。仮にどんな問題があったとしても、ひなたは大切な自分たちの子だ。必ず守って見せる」
 修太朗があらためて決意をし、その大きな手でひなたを抱き上げる。すると、ひなたは母親譲りの少し涼しげな目を大きく開けると、修太朗の目を見て、
「ぱ……ぱっ」
 そう言って笑った。
 その言葉を聞いて、三人は雷に打たれたかのように硬直をした。
「い、今、パパって言ったよな?」
「確かに、言いましたね」
「我にもそう聞こえたな」
 三人が確かめ合うと、修太朗の目がみるみるうちに潤みだした。
「そうか、パパか、パパだよな。パパだよ」
 意味なくそう繰り返すと、修太朗は大粒の涙を流しながらひなたを抱きしめた。
 修太朗の腕の中でひなたは微笑むと、ユリを指差し、
「まっまっ」
 次はしづかを見て、
「ねっね」
 と、二人を呼んだのである。
 次の瞬間、目にも止まらぬ早業で修太朗からひなたを取り上げると、二人はまるでなめまわすかのように可愛がりはじめたのであった。
 ひなたが疲れて眠り始めると、二人は大切そうに籠にそうっと寝かせた。
「ユリよ。修太朗にちゃんと説明をしてはおらぬのか?」
 しづかはユリにそう問いかけた。
「すみません。姉様。毎日が楽しくて言いそびれておりました」
 ユリがしづかに頭を下げる。
 何のことかわからない修太朗に、ため息をつくと、しづかが語りだした。
「ひなたが生まれついての神であることは以前言ったと思う」
「はい。確か邪滅を司るとか」
「うむ。神はな、人間と比べると成長が遅いのだよ」
「成長が遅い……」
「わかりやすくいえば、人間の一歳になるために神はおよそ一〇年かかる。ひなたは生まれついての神であるからな。簡単にいえば三歳になるのに三〇年、五歳になるのに五〇年かかるのだ」
「だからな、ほとんどの場合は人間界に生まれついた神は早世したことにして、親代わりの神が保護して育てるのだよ」
「ひなたの発語が遅いのもそのためだ。案ずることは無い」
 しづかのその説明を聞き、修太朗は全身の力が抜けるような感覚に襲われた。しづかは、そんな修太朗になおも続けた。
「それにな、神が発する言葉には言霊が宿る」
「……言霊?」
「そう、言霊だ。神力を十分に扱えない未熟な神が不用意に言葉を発してしまうと大惨事になりかねないのだよ」
「大惨事って……」
「例えばな、『死』を司る我が未熟なままで、そのあたりの生物に『なくなれ』と発した途端に、それらの生物は死に絶えてしまうのだよ」
「だからな、我は生物の存在しない黄泉で大神として育ったのだ」
「神が神力を十分に扱えるようになるまでは、十分に慎重に育てねばならんよ」
 では、ひなたの司る『邪滅』ならどうなるのだろうか。そのことをしづかに問うと、
「我にもはっきりとはわからない。成長すればわかるのであろうが」
 と、返ってきた。
「ゆえに、大事に、大事に育てるのだよ」
 と、言うと、
「修太朗、以前渡しそびれたのだが、そなたたちに我からの贈り物があってな、それをユリに渡しておいた。受け取ってほしいのだ。黄泉の大神特製であるぞ。性能は期待してくれてよいぞ」
 と、分厚い取扱説明書を修太朗に渡してから去っていった。
「姉様がこれを使えと言って、贈ってくれました」
 そう言うと、ユリはひとつの乳母車を取り出した。
「何でも黄泉の秘宝を惜しげもなく使って、姉様が手ずから作られたそうですよ。その姿を見て、無名一刀斎様は『過保護車』と言っていたそうです」
「師匠が『過保護車』って……」
 だが、本当にその乳母車は『過保護車』であった。
まず、中に入ったひなたは周りが真空状態であってもしっかりと新鮮な空気が常に転移してくるため呼吸ができる。乳母車全体には黄泉の大神しづかの神力を大量に込めた神気が纏わり付いており、ひなたを害そうとするものはその神気によってたちまち死に至る。また、仮に攻撃されたとしてもその攻撃の威力は別次元の亜空間へと逃がされるため攻撃が乳母車を直撃することは絶対に無い。しづかの神力は埋め込まれたしづかの髪の毛の効果によって無限に供給されるため、例え一万年たってもその効果は切れることも無い。さらには乳母車には一応車輪らしきものがついてはいたが、ほんの少しだけ地面から浮くようになっていて、どんな悪路でも衝撃を伝えることがない。簡易的な覆いをすると、乳母車全体を外界から遮断する障壁が発生し、例え雷神の巻き起こす暴風雨の中でもひなたに雨粒一滴かかることがない。おまけに乳母車の位置は周囲百億光年の範囲ならどこにあっても特定できる。他にもかなり色々と機能がついていたが、それを確認した修太朗とユリは、
「確かに『過保護車』だな」
「確かに『過保護車』ですね」
 と、ため息交じりに顔を見合わせた。
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